クララへの感謝
クララ達の尽力もあり、マリンウッドの復興は、どんどんと進んで行った。噴石で壊れた家屋の修理もほとんど終わり、土砂崩れも対策と同時にしっかりと固められた。リリンが伐採した木々の撤去も進められた。ただ、流れ出た溶岩だけは、まだ撤去できていない。範囲が思いの外広く、まだ固まりきっていない箇所もあったからだ。こればかりは、時間での解決を待つしかない。
そして、デズモニアへ帰る日。クララ達は、港ではなく砂浜に来ていた。メイリーが、ちゃんと別れの挨拶をしておきたいと言ったからだった。
「あっ、メイリーさ~ん!」
海にメイリーの姿を見つけたクララは、大きく手を振った。クララの声に気が付いたメイリーは、砂浜まで泳いできた。
「よいっしょっと」
砂浜に来たメイリーは、尾ひれを引き摺って、砂浜に上がってくる。
「ちょっ、大丈夫なんですか!?」
「ん? 平気平気。さすがに、尾ひれで歩くことは出来ないから、引き摺るしかないのよね。因みに、立ち上がる事は出来るのよ」
メイリーはそう言うと、その場で尾ひれを使い立ち上がった。
「前よりも綺麗に立てるようになりましたね」
「でしょ!? 卒業してからも練習していたから、このくらいどうって事ないわ!」
「それで、何かの役に立ちましたか?」
「……」
リリンの問いかけに、メイリーは視線を逸らした。練習したは良いものの、結局何かの役に立った事が無いからだった。
「はぁ……やっぱり」
「良いじゃない。浪漫よ。あっ、でも、こういうときは便利ね」
メイリーはそう言うと、目の前にいたクララを抱きしめる。それだったら、いつもの事だが、この後に、誰も予測していなかった事をした。クララの唇を自分の唇で塞いだのだ。
「!?」
メイリーからそんな事をされると思っておらず、クララは目を丸くする。そんなクララの口の中に鉄の味が広がった。口を塞がれているクララは、そのまま鉄の味をするものを飲み込む。そのまま十秒程キスをして、メイリーは口を離した。
「ふぅ、これまでの感謝を込めてね」
そう言って離れたメイリーの口元は、血で濡れていた。それは同時にクララの唇も濡れているという事を指す。
「クララちゃん、大丈夫?」
「はい。私の血じゃないので」
「えっ!? それじゃあ、もしかして、人魚の血を!?」
サーファは、クララの唇を拭いながら驚く。リリンは、若干呆れ気味だった。ただ、クララ一人だけ、何が何なの分かっていなかった。
「人魚の血には、色々と効能があるのです。自然治癒速度の上昇、老化速度の減少、寿命の上昇です。老化と寿命に関しては、少しですので、後百五十年ほどになったくらいですが」
「うぇ!?」
クララは、まだ自分の肩に手を回しているメイリーを見る。
「言ったでしょ? 感謝を込めてって。魔聖女ちゃんは、色々な危険に巻き込まれやすいみたいかだから。少しでも、安心出来る要素を増やしてあげようと思ってね」
「だからと言って、口移しで渡す必要などないでしょう」
リリンの言葉には、少し棘があった。それを受けて、メイリーは、またクララを抱きしめる。
「やだやだ、カリカリしちゃって。このままリリンに預けていたら、魔聖女ちゃんまでリリンみたいになっちゃう。このまま連れて帰って、私のものにしちゃおうかしら」
メイリーは、リリンを煽るように、少し笑いながらそう言った。それを見たリリンは、イラッとしながら、二人に近づき、クララを奪い返す。
「この子は、私のものです!」
リリンはそう言いながら、クララを大事そうに抱きしめる。リリンがそんな事を言うとは思っていなかったクララは、少し頬を赤くしながら驚いていた。
その後ろで、サーファが小さく手を伸ばそうとして、ゆっくりと戻していた。それを目撃していたのは、メイリーだけだった。
(あら? あら、あら、あら!?)
メイリーは心の中で、にやにやとしていた。三人のある関係性に気が付いたからだ。メイリーは、サーファを手招きする。サーファは、首を傾げつつもメイリーに近づく。
メイリーは、サーファの耳元に口を持っていく。
「もっと勇気を出しても良いと思うわよ」
そう囁かれたサーファは、反射的にメイリーから離れる。それと同時に、クララと眼が合ってしまった。
顔を赤くしたサーファは、すぐに目を逸らす。
サーファの気持ちを知らないクララは、どうしたのだろうと首を傾げる。それに気付いたサーファは、何でもないという風に手を振った。
そんなサーファを見て、メイリーはにやにやと笑いながら、ぴょんぴょんとサーファに近づいて頭を撫で、口パクで「頑張れ」と伝えて、海に戻っていった。
「それじゃあ、また機会があったら来ると良いわ。マリンウッドは、いつでも魔聖女ちゃん達を歓迎するから。ああ、火山は別みたいだけどね」
メイリーはそう言いながら微笑むと、海に帰っていった。
「行っちゃいましたね」
「ええ、そうですね。では、我々も港に行きましょう」
「はい!」
クララはそう返事をしてから、サーファとリリンの手を握る。リリンとサーファは、互いに目を合わせて、笑い合ってからクララと一緒に、馬車まで向かった。馬車は、直接港まで向かってくれる。
港には、すでに船が着いていた。クララ達は、置いて行かれないように、早めに船に乗った。最後までマリンウッドを見ておきたいので、船尾の方に立っていた。
「まだ火山から煙が出てますね」
「そうですね。ですが、メイリーの話では、しばらくの間は噴火しないとの事です」
「それなら安心ですね」
そんな事を話していると、船の汽笛が鳴る。出港の合図だ。
「長かったような短かったような……そんな感じですね」
「途中から、働いていただけですからね。今度来る際には、もっと遊べると良いですね」
「はい!」
少し怖いこともあったが、マリンウッドでの日々は、クララにとって楽しい思い出が沢山あった。そして、それは人族領にいれば得る事の出来なかった経験でもある。そのため、クララも何回でも来たいと思っていた。
クララの考えを手に取るように読んだリリンとサーファは、安堵したように笑う。色々あったが、しっかりと楽しんでくれたからだ。
「あっ、メイリーさん?」
マリンウッドが小さくなり始めた頃に、クララは海面で手を振っているメイリーを見つけた。クララは、大きく手を振り返す。すると、メイリーの下から、急に水龍が顔を出した。メイリーは、水龍の頭に乗りながらも手を振り続けた。水龍も身体を横に振った。
「随分お茶目な水龍ですね」
「ええ、それだけクララさんの事を気に入っているという事でしょう」
「水龍にまで気に入られたと知ったら、カタリナ様も驚きますね」
「そうですね。良い土産話が出来ました」
こうして、メイリーと水龍に見送られながら、マリンウッドを後にして、デズモニアへと帰って行った。二週間ずっと待機していたナイトウォーカーの馬車で帰ったので、行きと同じで所要時間は三日だった。
「何だか、懐かしい気分です」
馬車から見えるデズモニアの景色を見て、クララはそう言った。
「そうですね。二週間も離れていましたから。やはり、慣れ親しんだデズモニアの方が落ち着きますか?」
「はい。マリンウッドは楽しい場所でしたけど、やっぱりこっちの方が落ち着きます」
「クララちゃんの二つ目の故郷みたいな感じかな?」
サーファにそう言われて、クララは目をぱちくりとさせてから嬉しそうに笑う。
「そうですね。そんな感じです」
魔王城を自分の帰る場所と認識しているクララだったが、こうしてデズモニアを第二の故郷だと意識すると、より一層自分の帰る場所という認識が強まった。
それは、リリンやサーファにとっても嬉しい事だった。




