ようやくの休み
宿に戻ったクララは、ソファに座り込んだ。
「ふぅ……ちょっと疲れました」
「結構魔力を使ったみたいだし、また魔力暴走を起こすかもね」
「それって、この旅行中に起きますかね……?」
「う~ん……どうだろう? クララちゃんの成長次第かな。取りあえず、今日はもう寝ちゃいな。あ、その前にお風呂に入ろうか。汗でベトベトだもんね」
「は~い」
クララは、サーファと一緒にお風呂に入ってから、大人しくベッドに入って眠りについた。クララの頭を撫でながら、その寝顔を見ていた。
「今日はよく頑張ったね。クララちゃんのおかげで、死者は一桁だって。この規模の噴火で一桁台の被害で済んだのは、初めてみたいだよ。本当にお手柄だね」
静かな寝息を立てているクララを起こさないくらいに小さな声で、サーファは喋り掛けた。クララはそれに反応するという事はなかった。
「…………」
サーファは、キョロキョロと周囲を見回して、誰もいない事を確認する。そして、そっとクララの頬、それも唇に近いところに、そっとキスをした。
「お疲れ様……」
サーファはそう囁いてから寝室を出て行った。
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一方で、リリンは土砂崩れを起こした場所の通行止め解消を行っていた。最初の土砂崩れへの対処で、コツを掴んだので、こちらの土砂崩れは二時間半で解消出来た。
「はぁ……もう夜になりますね……」
なるべく早く戻りたいと考えていたリリンは、近くに水路に流れる土砂が、まだまだある事に気が付き、また深いため息を零す。リリンは、水路と道に沿って移動していく。すると、三つ目の土砂崩れを見つけた。ただ、ここの土砂崩れは、他の二つと違って、ほとんど土砂がなかった。その理由は、単純だった。地上職員が撤去をしていたからだ。
職員の一人が、リリンに気が付き近づいて来た。
「もしや、リリン様ですか?」
「そうですが、様付けはいりません。その様子だと、メイリーから話を聞いているようですね」
「はい。もし合流する事があれば、協力して事に当たるようにと仰せつかっています」
「分かりました。ここに来るまでにあった土砂は撤去しておきました。事が終わったら、確認しておいてください。他に、何か手伝う事はありますか?」
「では、消火の手伝いをお願いします。西側にある街で、かなり延焼しているらしいので。火山灰も酷いですから、布などで口元を覆ってください」
職員はそう言って、一枚の布をリリンに渡す。
「分かりました。消火に回りましょう」
布を受け取ったリリンは、南に大回りして西へと回っていった。先程の街の西側には、溶岩が流れていたので、大火事になっていた。だが、リリンが今来た場所は、溶岩では無く噴石が大量に降り注いだ結果、火事になっているようだった。
避難は完了しているので、後は消火するだけだ。消火の手が回っていない理由は、単純に人数不足からだった。
リリンは、誰も手が付けられていない箇所から、消火を始めた。周囲に人がいる可能性も考えて、窒息消火ではなく水魔法での消火をしていた。
その消火作業も三時間程で、完了する。その頃には、もう日も沈んで、夜になっていた。リリンは、職員と合流する。
「ご協力ありがとうございました! おかげさまで、この街の火災は鎮火しました」
「お力になれたようで良かったです。他に、火災で困っているところはありませんか?」
「今のところは大丈夫なはずです。こちらに、その手の報告は来ていませんから」
「そうですか。では、私は避難所に向かいます」
「はい。ゆっくり休んで下さい。本当にご協力頂きありがとうございました」
職員からのお礼にリリンも頭を下げて答える。そして、避難所の方へと向かって行った。先程の大回りで、避難所の大体の場所は分かっている。急いで避難所に向かいたいところだったが、ここまで働き通しで、肉体的にも精神的にも疲労しているので、歩いて避難所まで移動した。
一時間で避難所に着いたリリンは、真っ先にクララとサーファを探し始めた。
「別のところを手伝っているのでしょうか?」
クララ達の姿を確認出来なかったリリンは、二人がこことは別の場所で手伝いをしているのでは無いかと考えた。
そんなリリンの元に、見覚えのある猫族がやってくる。
「あなたは……あの街にいた看護師の」
「あ、はい。ニャミーと申します。もしかして、魔聖女様達をお探しですか?」
リリンの顔を覚えていたニャミーは、クララ達を探していると察して、駆け寄ったのだ。
「はい。どちらにいるかご存知なのですか?」
「はい! 魔聖女様達は、宿に戻って休むとおっしゃっていました」
「そうですか。教えて頂きありがとうございます」
「いえいえ、魔聖女様達には、お世話になりましたので」
ニャミーのこの言葉で、クララ達がしっかりと仕事を熟したのだと分かる。
「では、私は、宿に戻ります」
「は、はい! お疲れ様でした!」
ニャミーに軽く頭を下げた後、リリンは宿へと向かっていった。宿の居間に到着すると、本を読んでいたサーファが、気が付いた。
「リリンさん。お疲れ様です。遅かったですね」
「ええ、消火の他に土砂の撤去などもしていましたから」
「ああ、だから、泥も付いているんですね。先にお風呂に行っちゃってください。その間に簡単なご飯の用意をしておきますので」
「そうですか。では、お言葉に甘えましょう」
リリンは、サーファの言葉に甘えて、お風呂に入った。火事と土砂崩れに対処したリリンは、煤と泥にまみれていた。
「服も洗っておきましょう」
仕事着であるメイド服も同様に汚れてしまったので、ついでに洗濯もしていく。クララ達の服は、クララが眠った後で、サーファが洗っておいた。
身体も服も綺麗にしたリリンは、ゆっくりと湯船に浸かって身体を休めた。
お風呂から出たリリンは、まっすぐ居間に向かうのでは無く、一度寝室に寄った。サーファが居間に一人でいたという事は、クララは寝室で寝ているだろうと考えたからだ。
クララは、相変わらずしずかに寝息を立てながら眠りについている。リリンは、クララを起こさないように細心の注意を払いながら、ベッドに近づき、クララの寝顔を覗きこむ。クララのあどけない寝顔に、頬を緩ませると、クララの頬に軽くキスをした。それは、サーファがしたところとちょうど反対側だった。
クララの様子を見終わった後は、サーファが作ってくれたご飯を食べに居間に戻る。サーファが作ってくれたのは、少し薄めのパンケーキだった。
「随分と可愛らしいものを作りましたね」
「えっ、そうですか?」
「てっきり、ステーキか何かが出て来るものかと」
「さ、さすがに、この状況でステーキは焼きませんよ」
サーファは、少し顔を赤くしながらそう言った。
「これもあなたらしいといえば、あなたらしいのかもしれませんね。では、頂きながら互いに報告し合いましょうか」
「はい」
リリンとサーファは、パンケーキを食べながら、手分けした後の報告をし合った。
「そうですか。魔力回復薬を……それは、改めてお礼を言わないといけませんね」
「クララちゃんが起きたら、避難所に向かいますか?」
「いえ、その前にクララさんの説教をします。また無理をしたということですから」
「それもそうですね。後は、今後の予定ですけど」
アローナ火山が噴火した影響で、当初の予定は全て白紙になった。最悪の場合は、このまま帰路につくという事もあるだろう。そのため、改めて予定を練り直す必要があるのだ。
「そうですね……正直、今後の動き次第というところでしょうか。火山の噴火は治まったようですが、ここの施設が元の通りに営業するかどうかは分かりませんから。その辺りは、明日メイリーに確認しましょう。もしかしたら、まだ復興を手伝う事になるかもしれません」
「貴重な労働力ですしね。それは仕方ないと思います」
この状況下では、三人の労働力が必要になる可能性が高い。そうなれば、三人とも断るような事はないだろう。
「これを食べたら、私達も休みましょう。サーファも、寝てはいないのでしょう?」
「あはは、バレましたか? 帰ってきた時に、何があったかを説明しておかないとって思いまして」
「それに関しては助かりました。ありがとうございます」
「いえ、気にしないで下さい。それじゃあ、洗い物も私がしちゃいますので、リリンさんは先にお休みになって下さい。一番疲れているんですから」
「その言葉にも甘えましょう。おやすみなさい、サーファ」
「はい。おやすみなさい、リリンさん」
サーファに洗い物を任せて、寝室に入った。そして、クララと同じベッドの中に入る。クララを起こさないようにそっと入ったのだが、クララは薄目を開ける。
「リリンさん……?」
「すみません、起こしてしまいましたね。ただいま帰りました。まだ夜ですので、寝ていて大丈夫ですよ」
「むにゅ……」
クララはもぞもぞとしながら、リリンに近づいてぴったりと寄り添った。リリンは、優しく微笑みながら、クララに布団をかけ直して一緒に眠りについた。




