森を抜けて砂浜へ
噴石を壊したサーファが着地してきたのを見て、クララは、急いで駆け寄った。
「サーファさん!」
駆け寄ってきたクララは、サーファの両手両足から血を流しているのを見て、目を見開く。そして、すぐに魔法を使う準備に入った。
「すぐに治療を!」
そう言って手を伸ばすクララを、サーファは手で制する。
「ううん。それよりも、避難が先だよ。また噴火してこないとも限らないからね。すぐに移動します! 担架を持って下さい!」
サーファはそう言って、また避難の先導をする。クララは、その後を心配そうに付いていく。こうして先導している間にも、サーファの手足から、血が流れていた。
「じゃ、じゃあ、動きながら治療します」
「だ~め。クララちゃん、まだ本調子じゃないでしょ? 移動している途中に倒れられたら、こっちが困るからね。それに、このくらいの怪我で動けなくなるような鍛え方はしてないから」
「それは、鍛え方でどうにかなるものですか……?」
「なるなる。それよりも、森に入るよ。ここからは、口を覆って進んで行こう」
サーファは手振りで後ろの人達にも指示する。それを見た住人達は、布で口元を覆っていった。担架で運んでいる負傷者達にも、乾いた布を被せている。
(思ったよりも熱気が少ない。リリンさんが冷やしておいてくれたみたい。これなら、灰に気を付けていれば、進んでいける)
熱気自体は抑えられているが、灰が宙を舞っているため、それを吸い込まないように布で覆っているのだ。森の木々は、リリンによって薙ぎ倒されている。そのため、倒木がそこらかしこに転がっている。
「足の踏み場が少ないので、前の人と同じように歩いて下さい!」
サーファが一番前にいるので、ちゃんと全員が通りやすいであろう道を選んで進んでいた。住人達は、その後ろを二列ほどになって付いていく。そのまま三十分程進んで行くと、燃えていない森に入っていった。その森を二十分歩いて、ようやく砂浜に辿り着いた。
その砂浜には人魚族が複数人待機していた。そして、その近くには、避難民移送用の小舟があり、さらにその向こうには、多くの人が乗れるであろう大きめの船が浮かんでいた。
「良かった。メイリーさんが手配してくれたみたい」
リリンは大丈夫だと言っていたが、サーファ的には、本当に準備が調っているか心配で仕方がなかった。
クララ達の姿を見つけたマーマンが大きく手を振る。
「こちらの船にお乗り下さい! 向こうの船まで送った後、避難所に移送します!」
マーマンの呼び掛けを聞いた住人達は、喜びの声を上げる。そして、我先にと、小舟の方に走っていく。
メイリーが手配してくれた人魚族の案内で、ようやく住人達が本格的な避難を開始する事が出来た。
避難を呼び掛けたサーファには、砂浜で全員が避難するのを見守っておく責任がある。なので、その間にクララは、サーファの手足を治療していった。一応、どんな怪我をしているか診断したクララは、その傷の特異さに眉を顰める。
「身体の内側から傷付いてます。でも、手の甲は、擦り剥けているだけです。一体、何をしたんですか?」
「ああ、えっと……なんて説明したら良いんだろう? 身体強化の派生形って感じかな。局所強化って言って、魔力を身体全体に流して、身体全体を強化する身体強化と違って、魔力を手や足に集中させたの。それで、一時的に殴りや蹴りの威力を上げる事が出来るんだ。私は、未熟だから、ちゃんと使えないんだよ。だから、こうして怪我をしちゃうってわけ。まぁ、使えただけ成長したって感じだけどね」
局所強化は、軍時代のサーファには使えなかったものだ。当時のリリンは、魔力の精密操作を不得意としていたからだ。身体強化自体は、大雑把な魔力操作で使えるので、サーファも使えない事を、特に気にしていなかった。
だが、それもクララの護衛になった事で意識が変わった。クララをしっかりと守るために、改めて覚える事にしたのだ。幸い、クララと一緒にベルフェゴールの講義を受けた事によって、魔力に対する認識を深める事が出来た。
そこから自主練を繰り返して、不完全ながら、今日ようやく成功させる事が出来たのだった。
「局所強化……そんな事も出来るんですね」
「うん。あっ、クララちゃんはやっちゃ駄目だよ。下手したら、身体がボンッだから」
「ぼんっ……」
クララは、自分の身体が弾ける姿を想像して、少し青い顔をする。そして、リリンやサーファの許可が出るまで、局所強化は使わない事を誓った。
サーファの怪我は、重傷というわけでもなかったので、簡単に回復する事が出来た。
「ふぅ……また魔力が空です」
「だから、無理に治さないで良いって言ったのに。取りあえず、全員の避難は完了したから、私達も避難しようか」
「えっ、リリンさんは?」
「この感じだと、まだ消火しているんじゃないかな。もしかしたら、発火の原因である溶岩をどうにかしているかもね。実際に、そんな事が出来るか分からないけど。リリンさん的にも、私達が避難して噴火の危険範囲から離れる方が有り難いと思うよ」
「そう……ですか」
そう言われてしまったら、クララも何も言えない。クララは、遠くリリンがいるかもしれない森の方を見る。
(リリンさん……)
心の中で呟くクララを抱えて、サーファは小舟に乗った。そして、その小舟をマーマンが引いて避難用の船に運ぶ。
これで、この場でのクララの仕事は終わった。それでも、クララは気を緩めない。
「ここから避難所まで移動するんですよね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、後は、そこにいる怪我人の治療をしないとですね」
やる気を出しているクララを、サーファは優しく撫でる。
「なら、まずはしっかりと休まないとだね」
「はい」
サーファは、クララを抱えて甲板に座る。そして、クララはサーファに体重を預けて眠りにつく。それが、一番体力と精神を休める事に繋がるからだ。
二人を乗せた船は、安全な避難所へと航行する。
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三度目の噴火時。リリンは、街の南側の鎮火を終え、街の西側に来ていた。
「また噴火ですか。短時間で二度……また起きる可能性も考えておいた方が良さそうですね」
リリンは、火山を見て噴石の飛ぶ方向を確認する。
「こっちには飛んできませんか。北側に飛んだのは、少し気になりますが、サーファがどうにかしてくれるでしょう」
クララ達の避難路に飛んでいった噴石の心配をしていたリリンだったが、サーファの事を信頼して、また西側を見る。そこには、すでに燃え尽きた森の姿があった。最初に焼けた森なので、燃え尽きるのも早かったのだ。
「ここをどうにかした方が良いと思いましたが、それも遅かったようですね。溶岩を止める術も持ち合わせていない事ですし、次は東側の土砂崩れの解消に動きましょう」
リリンは、東側へと駆けていく。途中で、街の様子を確かめ、クララ達が居ない事から、避難が済んだと判断した。三度目の噴石で火事を起こしている家屋があったので、それの消火を済ませてから、改めて東側に向かっていった。
そして、サーファから報告のあった土砂崩れ現場に着いた。
「ふむ……これは、予想外ですね」
土砂崩れの規模は、リリンの想像以上に酷かった。空を飛んで確認した土砂の高さは三メートル程、幅は十メートル程ある。
「取りあえず、安全に通行出来るようにしておきましょう」
土砂の撤去は、火災の消火よりも時間が掛かる。その理由は、連鎖的に土砂崩れを起こさないように注意しながらやらないといけないからだった。土魔法で土砂崩れを起こした山の土を補強しつつ、崩れた土砂を分別していく。主に、木、土、岩の三つだ。
土は、上手く操って、元の山に戻し、岩で壁を作って補強する。この際、山の土を補強したのと同じように土魔法を使っておいた。木に関しては、折れていない木は元の山に植え直し、折れてしまった木は、道の端っこに寄せておいた。
この作業には、四時間程掛かったが、その間、新たな噴火が起きる事はなかった。三度目の噴火で最後だったのだろう。
「サーファの考えでは、この先でも土砂崩れが起きている可能性があるとの事でしたね。そっちの対処もしておきましょう」
リリンがそのまま道を進んでいくと、本当に土砂崩れが起きていた。その規模は、先程の倍以上だ。
「これは、骨が折れそうですね」
内心ため息をつきながら、リリンは土砂に向かって行った。




