人魚族の街
翌日。今日は、メイリーから人魚族の街に招待されている日だ。そのため、この前と同じガーランドの私有地の砂浜に来ていた。海には、まだメイリーの姿はない。
「メイリーさんは、まだでしょうか?」
「そうですね。そろそろ来てもいい頃だと思いますが」
リリンがそう言った直後、海からメイリーが顔を出す。メイリーは、クララ達を見つけると、大きく手を振りながら、クララ達のところに泳いできた。
「ごめんなさい。ちょっと待たせちゃったわね。これから海に潜って貰うんだけど、準備は良いかしら?」
「クララさん、風玉を」
「は、はい。『吹き荒ぶ風よ・我が身を覆え』」
リリンに促されて、クララが詠唱すると、クララの周りを風が覆っていった。
「上出来です。サーファは、私の傍を離れないように」
「はい」
リリンは無詠唱で風玉を使うと、自分とサーファをまとめて覆った。
「準備は良いみたいね。それじゃあ、私に付いてきて」
風玉で声が聞こえにくくなっている可能性があるので、大きく身振り手振りをしながら、メイリーがそう言った。
クララは恐る恐る海に向かって歩き始める。一歩一歩進んでいくと、風の膜で、海水が弾かれていった。そのまま進んで行き、完全に海の中に入っても、海水は風の膜で弾かれ続け、普通に呼吸が出来る様になっていた。
「海底を歩けるんだ。便利かも」
「風玉が途切れないように、気を付けて下さい。なくなれば一瞬で海中に放り出されますから」
「は、はい。あれ? メイリーさんの声よりも綺麗に聞こえる」
風玉と海水によって阻まれているはずなのに、リリンの声は、クリアに聞こえていた。その事に、クララは違和感を覚える。
「風玉と風玉の間に、風の通り道を作っていますので、私とサーファの声は、ちゃんと聞こえるはずです。逆に、クララさんの声もちゃんとこちらに届いているという事ですよ」
「そんな事も出来るんですね」
「クララさんには、まだ難しいですが、そのうち出来るようになると思います」
リリンはいとも簡単にやっているが、これ自体かなりの高等技術だった。ただ、これは風玉同士を繋げるものなので、メイリーの声は依然として不明瞭のままだった。
「このまま、まっすぐ人魚族の街に向かいましょう。メイリーの後を追って下さい。ただし、足元には注意して下さい。地上よりも凸凹になっているので、危険です」
「分かりました」
メイリーは、クララ達の足の速さに合わせながら、しっかりと先導する。幸いな事に、人魚の街までの道のりは、ならだかな下り坂になっていたので、特に苦労する事なく街に着く事が出来た。
街は、地上の街と違い、華やかな感じではなかった。どちらかと言うと、廃墟の集まりのようなイメージを受ける。海の中の街なので、塗装が使えないというのが一番の理由だ。
だが、街の賑わいは、地上と変わらない。
「…………」
見た事のない光景に、クララは声も出なかった。
「あれが人魚族の街ですか。私も初めて見ました。思っていたよりも賑わっていますね」
「種族が違うってだけで、暮らしはあまり変わらないって感じですね」
リリンとサーファも人魚の街には来た事がないので、この光景には、少し驚いていた。そんな三人を優しい眼差しで見ていたメイリーは、三人の前に移動してまた付いてくるように手振りをする。
「メイリーに付いていってください」
「はい」
メイリーに付いていって、街の中を進んで行く。そして、一つの建物に着いた。そこは、他の建物と違うところがあった。それは、建物の中に空気があるという事だ。
「空気?」
「そのまま中に入って下さい。入った後は、風玉を解除して構いません」
「分かりました」
リリンに言われた通り、建物内に入ったクララは風玉を解除した。
「本当に空気がある」
「私達が風玉を使い続けなくてもいいように、整えてくれたようですね」
「ちょっと時間が掛かってしまったけどね。このまま上まで上がって」
建物の中に張り巡らせた水路を使って顔を出したメイリーの指示に従って、クララは上へと上がる。すると、クララも見覚えのある景色が現れた。
「水族館みたい……」
そこは、壁の一面を崩し、外の海の様子が見えるように改造された部屋だった。そのため、水族館のように魚が泳いでいるのがよく見えた。ただ、水族館と違うところが一つある。それは、魚だけでなく、人魚族達が泳いでいる姿も見える事だ。
「ようこそ! 人魚族の街、マーメイディアへ!」
メイリーがそう言うと、建物の外いる人魚達が、舞うように泳いでいく。人魚達の歓迎の舞だ。
「ほらほら、三人は、こっちに座って」
メイリーに促されて、人魚達の舞がよく見える席に三人が座る。すると、すぐにマーマン達が豪華な魚料理を配膳していった。
「魔聖女ちゃんの暴食っぷりは聞いているから、大量に作らせたわ。だから、どんどん食べて良いわよ」
「暴食……」
クララは、左右に座っているリリンとサーファを見る。リリンとサーファは、自分ではないと首を横に振る。それを見て、クララは一つ心当たりを思い出した。
「カタリナさんか……」
メイリーさんに、こんな事を伝えた犯人がカタリナだと分かったクララは、少し頬を膨らませる。正直なところ、クララの食欲は暴食と言っても過言ではないので、怒るに怒れないのだった。
「せっかく用意して下さったのです。美味しく頂きましょう」
「そうですね。頂きます」
クララは、配膳された魚料理の一つである魚の刺身を口にする。
「!?」
すぐそこの海で獲れた新鮮そのものの魚を味わったクララは、いつも食べていた魚と全く違う味と風味に驚いていた。
「やはり、違いますね」
「分かる? やっぱり、魚を生で食べる時は、獲れたてに限るわよね。でも、ここの魚は焼いても美味しいのよ。ささ、どんどん食べて食べて」
メイリーがそう言う前から、クララは、どんどんと目の前の料理を食べていた。あまりに美味しそうに食べるので、配膳するマーマンも嬉しくなり、クララにどんどん配膳していった。
「あらまぁ……」
「本当に美味しいみたいですね。出て来る分で足りると良いのですが……」
「えっ……一応、一週間分くらいは用意しておいたんだけど」
「それなら大丈夫だとは思いますが、食べ尽くされる事は覚悟しておいてください」
「おぅ……」
メイリーはマジかという表情になる。自分の一週間分あれば、寧ろ余るくらいだろうと考えていたのだ。だが、クララの食欲と胃袋は、その予想を超えようとしていた。
クララに料理を配膳しているマーマン達は、食べる勢いの衰えないクララを見て、戦慄していた。そして、この事態をすぐに厨房と共有した。
「このままだと材料が足りなくなるぞ! すぐに獲ってこい!!」
「調理が追いつかない! 料理人の数を増やせ!」
「おい! 調味料もないぞ!」
「くそ! そっちも取りに行くぞ!」
厨房では、そんな声が響いていた。そんな事をクララが知るはずもなく、幸せそうに食事を続けていた。
「魔聖女ちゃんは、こっちに来て良かったと感じてる?」
メイリーは、クララの食事風景を見ながら、問いかける。クララは、一度食べる手を止めて、口に入っているものを飲み込む。
「んぐっ……はい。良かったと思っています。あのまま人族領に留まっていたら、どんな目に遭っていたか分かりませんし」
「そう。それなら良かったわ」
メイリーは、クララの頬に手を添えながら微笑む。パーティーでのクララの挨拶を聞いていないメイリーは、クララの気持ちを知らない。だから、一度確認しておきたかったのだ。クララが、自分の意思でここに居続けたいと思っているのかを。
それが聞けたので、メイリーは満足げだった。




