魔物動物園(2)
魔物園に入ったクララは、これまでの動物園、水族館とは違う雰囲気を感じ取った。
「あの……そういえば、魔物ってどういうものなんですか? 私が知っているのは、魔力を持った動物ってだけなんですが」
「そうですね。より正確に言えば、強い魔力を持っている動物を指します。そして、そのほとんどは凶暴になるという特徴があります」
「えっ……凶暴になっていて、大丈夫なんですか?」
「はい。凶暴になっても手懐ける事の出来る魔物を飼育しています。実は、ナイトウォーカーもその手懐けられる魔物なのです」
「!?」
自分の身近なところにも魔物がいた事にクララは驚いていた。
「ナイトウォーカーは、比較的手懐けやすい魔物なんだ。だから、魔王軍でも正式に配備されているんだよ」
「そうだったんですね。私が知らないだけで、魔物は見た事あるのかも……」
「う~ん……どうだろう? 自然にいる魔物は、本当に凶暴だからなぁ。存在が確認されたら、魔王軍が派遣される事もあるしね」
「じゃあ、私が見た事はなさそうですね」
「そうですね。もうそろそろ最初の魔物です」
リリンからそう言われて、クララは少し身体を強張らせる。先程の話を聞いて、魔物がそこまで友好的な存在では無いという認識になったからだ。
恐る恐る最初の魔物を見てみる。そこにいたのは、角が肥大化した鹿だった。
「ホーンディアーと呼ばれる魔物です。鹿が魔物化したものですね。あの角での突撃は、かなり危ない攻撃ですが、時間を掛けて手懐ければ、あのように大人しくなります。とはいえ、じゃれあいで角を振り回されると危ないですが」
クララの視線の先に居るホーンディアーは、飼育員に撫でられて嬉しそうにしていた。それだけを見たら、普通に安全な動物に見えるが、これは飼育員に懐いているからなので、クララが無防備に近づけば、角で殺されてしまうだろう。
「あの角は、一年周期で生え替わるから、それを武器とか防具とかに使ったりするんだ」
「そんなに硬いんですね」
「うん。だから、危険なんだよ」
軍にいたため、魔物に関してはサーファも詳しい。しばらくホーンディアーのコーナーが続き、次の魔物が見え始める。
次の魔物は、通常よりも身体の大きい牛だった。基本的にはそれ以外変わったところは見あたらない。
「牛ですか?」
「はい。ビッグカウですね。こちらも手懐けやすい魔物となっています。ただちょっと気難しいところがありまして、飼うにはコツがいります。ですが、ビッグカウから採れる牛乳は栄養価が高いので、重宝されています。魔王城にも入っているので、クララさんも知らず知らずのうちに飲んでいますよ」
「へぇ~、お肉は美味しいんですか?」
「そこそこの美味しさですよ。お肉の方もクララさんの食事に出た事があります」
そう言われて、クララは魔王城に来てからの食事を振り返る。
「う~ん……全然分からないですね」
「食べた事がないのですから、どれがそうと言われても分かりませんね。今度からは、食事の際に、そういったことも教えていきましょうか?」
「ちょっと気になるので、お願いします」
「はい。分かりました」
そうして次の魔物の元に向かう。次の魔物は、クララも知っているナイトウォーカーだった。
「ナイトウォーカーだ!」
「そうだね。一応、ナイトウォーカーは、馬が魔物化したものなんだけど、何か特殊な変化をしてるんだ」
「ナイトウォーカーは、速さに特化して魔物化した馬なのです。これが通常の魔物化となると、クララさんが動物園で見た馬よりも巨大化して力強くなります。こちらの名前は、ギガホースという名前です」
「ギガホースは、魔王軍とかで利用しないんですか?」
「そちらは、手が付けられない程凶暴なので、利用出来ません。こちらになってしまった場合は、討伐対象となります。こちらの肉は、食用としても使われますので、機会があったら食べられますよ」
「楽しみです!」
次の魔物は、足が肥大化し、二足歩行をしている兎だった。
「…………」
その微妙な見た目に、クララは言葉を失っていた。
「ビッグフットという魔物です。あの足から放たれる蹴りは、凶悪そのものです。一応、懐く事もあるので、こうして飼育されています。こちらは、肉が硬すぎるので、食用には向いていません」
「それは、残念ですね」
クララは、すぐに次の魔物を見に向かう。次の魔物は、まん丸に太った鶏の魔物だった。
「ファットチキンです。通常の鶏よりかなり太っていますね。あの状態で転がって攻撃してきます。足元に転がってくると、その重さで足が折れる可能性があります。そこに気を付ければ、比較的友好的な魔物ですよ」
「充分凶悪じゃないですか。というか、そんなに重いんですか?」
「あの見た目通りの重さだよ。でも、そのお肉は適度に油が載っていて、とても美味しいんだよ」
「これも、魔王城でクララさんにお出ししていますよ」
「へぇ~、人族領では見た事がないですけど、同じように飼育しているんでしょうか?」
クララの疑問に、リリンが少し考える。
「私が調べた場所では、飼育されていませんでしたね。ですが、どこかで飼育されて使われているという可能性は否定しきれません。もしかしたら、上流階級の人は食べていたかもしれませんね」
「ああ……それはあり得ますね。私が食べた事がないのも頷けます」
クララが少し暗い顔をしたところで、リリンはクララの方に手を置く。
「少し遅いですが、ここで昼食しましょう」
「はい! もうお腹ペコペコです!」
ご飯と聞いて、クララの目が輝く。ちょうど近くに魔物の肉を使ったレストランがあったので、そこで昼食を摂る。クララは、気になっていたビックカウとファットチキン、そして偶々入荷していたギガホースを使った料理を堪能した。
昼食を食べた後は、残りの魔物を見に向かう。残りの魔物は、牙と足が発達したストンプエレファント、体毛がボサボサに伸びたワイルドペンギンの二種だけだった。
「魔物って意外と少ないんですね」
この魔物動物園にいるのは、全六種の魔物だけだった。それでも、それぞれの魔物の数が、少し多めなので、寂しいという感じはしない。
「そうですね。魔物は凶暴な方が多いですから、魔物園と言っても飼育出来る魔物は限られます。ですが、こうして間近で魔物を見る機会など、そうそうありませんから、良い体験は出来ていると思いますよ。もし興味がお有りでしたら、地理などと一緒に魔物や動物についても勉強しますか?」
「したいです!」
「では、そうしましょう。それでは、最後に馬とナイトウォーカーの試乗体験に行きましょうか」
「私も乗れるんですか?」
「はい。身長制限もありませんでしたから。心配でしたら、サーファも一緒に乗りますので、ご安心下さい」
リリンがそう言ったのに合わせて、サーファがピースサインをしてアピールする。
「それなら大丈夫そうです。お願いしますね、サーファさん」
「うん! 任せて!」
サーファが笑顔でそう言うので、クララはさらに安心感を得た。クララ達は、馬とナイトウォーカーの試乗場までやって来た。そこでは、子供も大人も関係なく馬やナイトウォーカーに乗って楽しんでいた。受付で、クララとサーファの代金を払って、リリンは柵の外で二人を見守る。
「さてと、まずは、どっちに乗る?」
「えっと、普通の馬の方を」
「了解。こっちだね」
サーファに手を引かれて、クララは馬の横まで来た。ここにいる馬は、動物園の入口にいたような大きな馬では無く、通常サイズの馬だった。
サーファに手伝って貰いながら鞍に上がり、その後ろにサーファも乗った。
「よし、じゃあ歩かせるよ」
「は、はい」
鞍に掴まったクララは、少し猫背になりながら、揺れに耐える。
「そのまま背筋を伸ばして、まっすぐ前を見ると良いよ。さっき象に乗った時と同じ感じ」
「は、はい」
サーファのアドバイスに従って、クララは背筋を伸ばす。それによって、ようやく馬に乗った景色が、見え始めた。
「わぁ……象に乗った時とは、また違う感じです」
「そうなの? 私は、象には乗った事が無いから分からないけど、普段とは見える景色が全く違うから、ちょっと楽しくなるよね」
「はい!」
クララは、るんるん気分になりながら乗馬を楽しんだ。サーファとしては、駈足もしてあげたいところだったが、そこまで乗馬場が広いわけでもないので、ゆったりと並足程度に抑えて歩いた。
十分程歩き回ってから、今度はナイトウォーカーの方に向かった。クララが近づいていくと、ナイトウォーカーは、少し身体を揺らす。あまり歓迎されている感じではないので、サーファの顔を見て確認する。
「大丈夫だよ。本当に嫌がっている時は、すぐに離れていくから。ほら、触っても怒ったりしないでしょ?」
サーファはそう言いながら、ナイトウォーカーの首元を優しく撫でる。それでもナイトウォーカーは、嫌がっている素振りを見せてはいなかった。
クララも安心したところで、サーファがクララをナイトウォーカーに乗せる。そして、馬の時同様、自分も後ろに乗った。
「あれ? 何というか、馬の時よりも安心感がありますね」
「速さ特化って言っても、他が一切伸びていないってわけじゃないんだ。これでも耐久力とかは普通の馬より上なんだ。だから、私達が乗った後の安定感も上になるんだよ」
速度特化のナイトウォーカーでも、その他の力も通常の馬より上がっている。そのため、クララ達の重みにも一切動じないのだ。馬車を異常な速度で引っ張れるのも、このためだ。
ギガホースの方は、力強さもより強くなっているので、仮に飼育が出来る様になれば、大きな荷物を楽々と運ぶ事が出来るようになるだろう。ナイトウォーカーの方では、そこまでの荷物を載せてしまうと、動かせない。そのくらいの違いが、この二種にはある。
サーファは、ナイトウォーカーを歩かせる。その速さは、先程の馬よりも明らかに速い。
「やっぱり馬よりも速いですね」
「そうだね。軽く歩かせてこれだからね。いつもは、馬車を引いているけど、馬車がなければ、もっと速くなるよ。ここじゃ、あまり速く走れないから、それは魔王城に戻って許可が出てからだね」
「ちょっと楽しみです。許可が出ると良いなぁ」
「多分大丈夫だとは思うけどね」
そのまままた十分程走らせて、クララ達はリリンの元に戻ってきた。
「リリンさん! 凄く楽しかったです!」
「それは良かったですね」
リリンはそう言いながら、クララの頭を撫でる。
「魔物動物園で出来る事は、これで全部ですので、そろそろ帰りましょうか」
「はい」
三人は、日が沈み始めたところで宿に戻ってきた。今日は、疲れるような遊びをしていないので、クララもすぐに眠る事はなかった。
夕飯を済ませた後、クララとリリンは一緒にお風呂に入っていた。
「リリンさん、リリンさん」
身体も洗い終えて、二人で湯船に浸かっている時に、クララは期待の込められた眼差しで、リリンを見ながら呼び掛けた。
「ああ、羽ですね」
本当は、昨日見せる予定だったのだが、クララが爆睡してしまったため、見せられていなかったのだ。
リリンは、一度湯船から上がり、背中を向けて湯船の縁に座る。そして、背中から黒く半透明で皮膜の張った翼を出す。魔力で出来ているためか、どこか神秘的な雰囲気が出ていた。
「綺麗……」
「そうですか? 気に入って頂けたのなら嬉しいです」
リリンは、少し照れながらそう言った。今までに人に羽を見せた事は、あまりないので、綺麗と言われたのが少し嬉しいのだ。
「触っても良いですか?」
「良いですが、魔力で出来ているので、実体はないですよ?」
そう言われながらも、クララはリリンの羽に手を伸ばす。だが、羽に触れる事は叶わず、手がすり抜けてしまった。
「本当だ。全然触れないです」
クララはそう言いながら、さらに手を伸ばして、リリンの背中、羽の付け根に触れる。いきなり触れられたので、リリンはピクッと反応してしまう。
「あっ、ごめんなさい」
「いえ、少し驚いてしまっただけですので、お気になさらないで下さい」
リリンは、ニコッと笑いながらそう言った。実際、あまり気にしていないが、ちょっと恥ずかしいとは感じていた。
「リリンさんの背中、すべすべです」
もう一度触りたくなり、クララが手を伸ばすと、その手をリリンの手が遮った。そして、羽を仕舞うとまた湯船に浸かった。
「これで終わりです」
「えぇ~! もうちょっと……」
「クララさんが触りたいのは背中でしょう」
リリンに目的を見抜かれてしまったクララは、スッと目を逸らした。
「クララさんが背中を触るのなら、キスで精力を頂きますよ?」
「えっ、じゃあ、キスをしたら触って良いって事ですか?」
これでクララを牽制出来ると思っていたリリンは、まさかの返事に少し驚く。
「そうですね。良いですよ」
リリンがそう言うと、クララはリリンに顔を近づけていった。
(クララさんも冗談で言っていると思いましたが、どうやら違ったようですね。背中に触るのにハマってしまったのでしょうか?)
リリンはそう思いながら、クララの顔に両手を添えて、キスをする。その際に、クララから精力を貰うのを忘れない。クララは、さらに身体を近づけて、リリンの背中に手を伸ばして触る。
(やっぱり、リリンさんの背中、すべすべだ)
リリンの背中を堪能したクララは、リリンと一緒にお風呂から出て、しばらく皆でお喋りをしてから就寝した。




