いざプールへ
翌日。クララは、顔に差し込んできた光によって目を覚ました。
「んぅ……」
「クララちゃん、起きて。もう朝だよ」
光から逃れるようにそっぽを向いて、布団を被り直す。
「クララちゃ~ん」
「ん……」
サーファが声を掛けても、クララは、ベッドから出てこようとしない。サーファは、仕方がないといった風に息を吐くと、クララのベッドに入っていく。そして、布団の中で丸まっているクララを抱きしめると、一気にベッドから出した。
「は~い。起きて」
「うぅ……はい……」
クララはそう返事をするが、サーファの肩に頭を乗せて動かなくなる。そんなクララを連れて、サーファは居間まで来る。
「リリンさん、クララちゃんが起きようとしてくれません」
「仕方ないですね。クララさんを貸してくれますか?」
「はい」
サーファは、クララをリリンに渡す。受け取ったリリンは、クララをソファに座らせて、キスをする。それも長く口を塞ぐような。
「んぐっ!? んぐぐぐ……!」
唐突に呼吸がしにくくなったので、一気に目を覚ましたクララは、目の前にリリンの顔があり、心底驚いていた。そして、起きた事を伝えるために、リリンの肩を軽く叩く。それでもリリンは唇を離さず、クララの口を塞ぎ続けた。
「ん~!!」
もう限界だったので、リリンの肩を少し強めに叩く。そこでようやくリリンが口を離した。
「起きましたか?」
「はい……起きました……」
「今日は珍しく寝起きが悪かったですね。最近は、しっかりと起きられていましたのに」
「だからって、今回は長過ぎだと思います」
そう言って、クララは頬を膨らませる。心なしか頬も赤くなっていた。
「最近はご無沙汰でしたので」
「むぅ……」
「そんな事よりも、朝ご飯が出来ています。席に着いてください。ところで、サーファは何をしているのですか?」
リリンは、一連の出来事を指の隙間から見ていたサーファにそう訊いた。
「ふぇ!? い、いえ! 何もないです!」
サーファはそう言って、すぐに席に着いた。それを見て、クララも席に着く。
「サーファさん、顔が赤いですよ?」
「何でもないよ! さっ! ご飯にしよ! いただきます!」
サーファはそう言って朝食を食べ始める。クララは、首を傾げつつも食事の挨拶をして、朝食を食べる。
(魔力酒の時などから、結構慣れているのかと思いましたが、他人のとなると話は別みたいですね。この前は、クララさんを眠らせるという名目がありましたから、あまり気にしなかったというところでしょうか)
サーファが顔を赤くした理由をそういう事だと予想したリリンも食卓に着いて、朝食を済ませた。
「さて、今日はプールに行きます。支度は調っているので、身支度の方をお願いします」
「はい」
クララは、歯磨きと洗顔をしに洗面所が付いている脱衣所へと向かった。その間に、リリンは皿洗いを済ませる。全員の支度が調ったところで、昇降機を使って一階まで降りていき、リリンが受付に鍵を預ける。
「迷子にならないように、手を繋ぎましょう。下手をすると、誘拐されてしまうかもしれませんから」
「うっ……分かりました」
リリンに攫われたのも含めれば、計三回攫われている。その事もあり、クララは何も言い返せなかった。だが、手を繋ぐこと自体には抵抗はないので、普通に手を繋ぐ。
そうして、三人で並んで歩いていると、クララはあるものを見つけた。
「リリンさん、あれって何ですか?」
「あれは、商店街ですね。王都にある通りと似たようなところです。見たところでは、観光客向けのものみたいですね」
「観光客向け? じゃあ、服とかですか?」
「服も売ってるけど、着替えようとかじゃなくて、ここに来たよって感じの服だよ。観光客が、ここで過ごしやすいようにするっていうお店じゃなくて、ここに来た証を残すとか、こんな所に行ったよってお土産を知り合いのために買うとかそういう感じのところ」
クララの勘違いをサーファが訂正する。
「なら、カタリナさん達に買っていかなきゃですね」
「そうですね。帰りの日の前日に寄りましょうか」
「はい!」
途中で見つけた商店街を素通りし、まっすぐにプールへと向かっていった。宿からプールまでは、十分程で着く事が出来た。受付を済ませて、更衣室に入ると、そこには大量のロッカーが並んでいた。
「おぉ~……これが、プール」
「更衣室です。まだプールの本番ですらありませんよ。さぁ、水着に着替えて、中に入りましょう」
「水着って、この前着たやつですか?」
「そうです」
クララは、ササッと服を脱いでいく。そして、リリンから受け取った水着を着ていく。クララの水着は、上下に分かれたビキニタイプのもので、水色のビスチェとフリルスカートになっている。
「どうですか?」
「はい。可愛いですよ。改めて着てみて、キツいとかありますか?」
「ある程度はキツいですけど、苦しくはないですよ」
「それでしたら良かったです」
そう言うリリンの水着は、黒い紐のビキニで下にはパレオを巻いていた。その横にいるサーファは、白いシンプルなビキニを着ていた。
「それでは、一応日焼け止めを塗っておきましょう」
「はい」
リリンは、クララの身体に日焼け止めを塗っていく。サーファとリリンは、前と腕を自分で塗り、互いの背中を互いに塗り合った。
「では、行きましょう」
「はい」
クララは、リリンに手を引かれて、更衣室から出て行った。サーファは、何やら別の準備をし始める。
「うわぁ……」
更衣室を出た瞬間に見えてきた光景に驚く。そこには、様々なプールがあった。流れるプール、ウォータースライダー、飛び込み用の深いプール、その他深さが違うプールがいくつか。
「さて、取りあえず浅い所から入っていきましょう」
「は、はい」
クララ達は、一番浅いプールに入る。そこは、クララの太腿までしか水深がない。つまり、宿で入ったお風呂くらいの深さとなる。
「このくらいなら、大丈夫ですよ?」
「そうですか? では、もう少し深いところに行きましょう」
今度は、クララの胸辺りの深さのプールに来た。魔王城の浴場の浅い場所よりも深いところになるので、クララは少し顔を曇らせる。だが、傍にリリンがいるため、少しだけ落ち着いていた。
「おお、練習の成果が出ていますね」
そう言いながら、リリンは、クララから少し離れる。クララは、それを必死に追う。
「私が傍に居ないと駄目なのは、結局直りませんでしたね」
リリンがそんな事を言っている間に、クララがリリンの元まで歩いてきて抱きつく。もう離れないようにだ。
「そういえば、あまりお客さんがいませんね?」
リリンが傍にいる事で余裕が出来たクララは、周囲を見回して自分達の他にはちらほらしか客がいない事に気が付いた。
「この前も言ったとおり、ここに来る観光客のほとんどは、海を目的としていますので、プールの利用客は少ないのです。とはいえ、ここまで少ないのは予想外でしたが」
「こんな感じでも、ここは経営出来るんですね」
「そうですね。今日は特別少ないのだと思います。私達には、有り難い事です」
「のびのびと出来ますしね」
「クララさんは、のびのびとは正反対のご様子ですが」
「リリンさんが居れば、のびのびします……」
リリンのちょっとした意地悪に、クララは少し頬を膨らませる。そんなクララを宥めるために、リリンは優しく頭を撫でる。
そこに、サーファが合流した。サーファは、身長くらいの大きさのマットのようなものと輪っかの何かを持っていた。
「ようやく膨らみました。改善の余地有りって感じです」
「そうですか。報告書を書いて、研究開発班に提出しましょう」
どうやら、サーファが持っているのは、研究開発班で開発されたもののようだ。
「なんなんですか?」
唯一、何も分かっていないクララは、首を傾げていた。
「泳げないクララさんのために、何か用意出来ないかと思い、ライナーのところに顔を出したところ、試作品をいくつか渡して頂けたのです」
「一応、耐久テストも合格したから、後は実地試験を残すだけだったんだって。それで、プールや海に行くならちょうど良いって事でね。ここで使うなら、こっちの方かな」
そう言って、サーファは輪っかの方をクララ達の方に向かって投げた。それは、水の上をぷかぷかと浮いている。
「?」
それを手に取ったクララは、どう使うものなのか分からず混乱する。そんなクララから輪っかを取って、リリンが穴の開いている部分をクララの頭から被せる。
「こうして、真ん中に身体を通して使うのです。この輪っかを掴んでいる限りは、沈む事はないらしいです。名前は、そのまま浮き輪とするみたいですよ。実際に浮かんでみてください」
「えっ!? えっと……沈んだら、助けて下さいよ?」
「はい。お任せ下さい」
リリンが優しく微笑むので、クララは意を決して、浮き輪を支えにして浮かぶ。
「おっ……おぉ……?」
クララは、若干不安そうになりながらも、何とか浮き輪で浮き始めた。
「問題なさそうですね。どのような感じですか?」
「えっと……ちょっと沈みそうで怖いです」
「ふむ……慣れないと怖いのは変わらないという事ですね。そこも報告しておきましょう」
リリンは、クララの浮き輪を押して、軽く流していく。
「ちょっ!? リリンさん!?」
段々と離れていくリリンに、クララは驚愕しつつも浮き輪を手放せば沈むと思ってしまい、何も出来ず流されていく。
「意外と進んで行きますね」
「浮かぶ力も強いので、沈む心配もないですね。でも、強い波にさらされたら危なそうです」
マットのようなものを横に置いて、プールサイドに腰を掛けていたサーファも、クララの様子を見て、そう分析した。
さすがに、クララをそのままにすると可哀想なので、リリンが迎えに行く。
「脚を伸ばせば、底に着くのでは?」
「絶対に沈みませんか?」
「沈みません。私も支えますから」
クララは、リリンを信じて、浮き輪を抱える力を緩めて身体をプールの底に着けていく。クララが心配したような事態に陥る事もなく、普通にプールに立つ事が出来た。
「ふぅ……」
「この浮き輪があれば、基本的に沈む事はないと思います。しばらく、このまま浮き輪を使って、遊びましょうか」
「あまり離れないで下さいよ?」
「分かりました。では、また押しますよ」
「はい」
そこから少し間、クララを水に慣らすために、リリンが浮き輪を押して、クララをぷかぷかと水の上を滑らせていく。その際、クララに言われた通り、リリンはクララの浮き輪から離れる事は無かった。




