クララの挨拶
カーテンを抜けてクララが顔を出すと、盛大な拍手が鳴り響いた。たかが拍手の音だというのに、クララの身体にはその衝撃が伝わってきていた。それだけ力がある魔族がいるという事だろう。
「クララさん……歩きますよ……」
少し驚いていたクララに、リリンが耳元で囁いた。クララは、リリンにしか分からないくらいに小さく頷いて、リリンと一緒に歩き出す。そして、会場に設置されているステージの中央まで移動してきた。
そのクララに、カタリナがマイクを渡す。事前にそれが何か知らされていたので、クララは迷わず、マイクに顔を近づけた。
「えっと……こ、こんばんは。私は、クララ・フリーゲル。今代の聖女です」
クララがそう言ってぺこりとお辞儀すると、先程よりも柔らかめな拍手が響いた。先程の盛大な拍手は入場を盛り上げるためのもの。今している拍手は、クララを歓迎するものだ。あまり大きな拍手をすると、クララが後を続けにくくなるので、先程よりも控えめになっていた。
ここから始まるのは、クララの自己紹介だ。自分がどういう人で、どうしてここにいるのか。それをクララ自身の口から話す。
「えっと……私は、人族領で生まれて、人族領のとある場所で育ちました。そこは緑豊かで静かな場所で、やさしい両親や近所の人達と楽しく暮らしていました。そして、十一歳の時、聖女の力に目覚めた時、そんな日々が終わりました。教会に連れ去られ、聖女としての教育を受けました。その課程で、教会に私の故郷を滅ぼされました」
会場の魔族達は、悲愴な面持ちになる。クララの境遇に同情しているのだ。
「それから……」
クララは、ここで言葉を詰まらせる。この後に続くのは、勇者パーティーとして活動していた事だ。つまり、魔族の敵だった時の話だ。話しにくいのも仕方ないだろう。
クララは、サッと会場全体を見る。魔族達は、話し始めないクララを不審に思うことは無かった。クララが聖女だという事で、これから話す内容がどういうものなのかは予想出来るからだ。
会場を見ていたクララは、その一画にサーファとサラ、エリノラがいるのを見つけた。三人とも頑張れと口パクで言っていた。
そんな中で、リリンがクララの背中に手を当てる。自分も傍にいるという事を伝えるためだ。
少し離れたところからクララを見ているガーランド、アーマルド、カタリナも頷いていた。そして、かなり離れた場所では、ベルフェゴールが笑顔で見守ってた。
皆のそんな些細な行動で、クララは勇気が湧いてくる。一度深呼吸をすると、クララは続きを話し始める。
「それから、勇者と一緒に旅をしました。その中で私の力が使えないという事が判明して、そこからはぞんざいな扱いをされてきました。そして、つい三ヶ月程前に勇者パーティーを追放された後、こちらに誘拐されてきました」
そう言ったクララはリリンの事を見る。リリンもクララの事を見て、ニコッと微笑む。詳細は省いたが、クララがこちらに来るまでに経験した事は、こんな感じだった。
勇者パーティーにいた事を話しても、魔族達は表情を一切変えなかった。感情を表に出していないというよりも、本当に何とも思っていない様子だった。
「こちらに来てから、私は、教会に連れ去られてからの生活が嘘のように幸せな生活を送る事が出来ています。ラビオニアのような事もありましたが、それでも本当に楽しく暮らさせて貰っています。ここでの生活で、私は一つの事実を知りました。それは、教会や王国の教えとは違って、魔族が必ずしも悪ではないという事です。私は、もう人族領に帰る気はありません。向こうに戻っても、教会の人達に凌辱されるのがオチですから」
クララがそう言うと、また魔族達が同情する。さすがに、クララの境遇は誰でも同情してしまう。そのくらい負の側面が強いものだからだ。
「なので、私は、これからもこちらでお世話になります! どうか、よろしくお願いします!」
クララは、頭を深々と下げる。これはクララの懇願だ。歓迎パーティーとは言われているが、本当にクララを歓迎しようと思っている魔族達ばかりとは限らない。基本的に歓迎しようと思っている魔族が集まっていると言われていたが、それでも、クララはちゃんとお願いする事が重要なのだと思ったのだ。
クララは、魔族達の反応が怖くて、中々頭を上げる事が出来なかった。そんなクララに、魔族達は最初に入場した時と同じ盛大な拍手で応えた。
「歓迎するぞ!」
「ずっとこっちにいて良いぞ!!」
「向こうと同じ事にはさせないからな!」
「いつでも頼って良いのよ!」
魔族達は口々にクララに声を掛けていった。
魔族達がクララを歓迎する理由。それは、クララが人族領に戻らないようにするためだった。魔族達は、聖女の悪名を知っている。クララが人族領に戻り、魔族達と敵対する事の危うさを分かっているのだ。
つまりのところ、打算が働いた結果と言えなくもない。ただ、少なからずクララに同情したというのもあった。
「…………」
まさかの盛大な拍手と歓迎の言葉に、クララは声を発することも出来ずに、静かに涙を流す。そんなクララの肩をリリンが抱きしめる。涙を流すクララに変わって、カタリナが進行を行う。
「それでは、クララちゃんの挨拶も終わったところで、改めて、乾杯しましょう。皆様お手元のグラスをお持ち下さい」
魔族達は、それぞれ近くのテーブルに置いていたグラスを手に取る。メイドの一人が、クララとリリンの分のグラスを持ってきて、二人に渡す。
「それでは、クララちゃんの魔族領歓迎の意を込めて。乾杯!!」
『乾杯!』
皆がグラスを高々と掲げた。こうして、クララの歓迎パーティーは進んで行く。
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クララの挨拶が終わると、クララは会場内に降りる。傍には、リリンとカタリナがいた。
「あの……私の挨拶、大丈夫でしたか?」
事前に話す内容は決めておいたとはいえ、自分がしっかりと出来ていたかどうかは分からなかった。そのためカタリナに大丈夫だったか訊いているのだ。
「ええ。問題無いわよ。しっかりと身の上話になっていたから。皆も聞き入っていたわよ」
「そうですか……良かったです」
「そうね。すぐにダンス会場に移動する事になるけど、多分他の魔族達から声を掛けられると思うわ。リリンがいるから大丈夫だと思うけど、頑張ってね」
「あ、はい! ありがとうございました」
「ええ、じゃあね」
カタリナは、クララに手を振って、先に移動していく。ダンス会場の方を見にいかなければいけないからだ。
カタリナを見送ったクララの傍に、サーファとサラとエリノラが近づいて来た。
「クララちゃん、良かったよ。頑張ったね」
ベールを被っているので、サーファはクララの頬を軽く揉む。
「ふぁい。ありがふぉごふぁいまふ」
頬を揉まれてまともに発音出来ないクララはそう返事した。
「これからダンス会場に移動するけど、クララは、着替えるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、先に会場に行ってるね」
「うん。また向こうでね」
サラは、クララに手を振ってダンス会場に移動していった。エリノラは、リリンと話をしていた。
「聖女ちゃんの衣装、本当に綺麗だけど、いくらくらいしているの?」
「訊かない方が良いですよ。私達の給料から考えると、卒倒レベルです」
「うわぁ……本当に愛されているって感じ。まぁ、気持ちは分かるけど」
「そうですね」
サーファとサラと話していたクララには、二人の話は聞こえていなかった。そうして、サラとエリノラと別れたクララの元に、他の魔族が近づいてくる。近づいて来たのは、ふさふさの鬣を持った獅子族のガウリオだった。
「失礼、魔聖女殿。私は、魔王軍の参謀兼副官をしているガウリオ・レオニダスと申します。先の件では、同族がご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳なく存じます」
ガウリオは、初手謝罪から入った。いきなりの謝罪という事もあり、クララは面食らって、少し慌てていた。
「え、えっと……お気になさらないで下さい! ガウリオさんが悪いわけではないんですから」
「そう言って頂けると助かります。本日のお召し物、大変お似合いです。では、私は、これで失礼させて頂きます。今後ともよろしくお願い致します」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
ガウリオは、クララに頭を下げると、ダンス会場の方に向かった。
「すごく丁寧な方ですね」
クララがそう言いながら、リリンとサーファの事を見ると、サーファが緊張している事に気が付いた。
「サーファさん、大丈夫ですか?」
「う、うん! ちょっとびっくりしちゃった。まさか、参謀長官と会うとは思わなかったから」
元々魔王軍に所属していたサーファにとって、ガウリオは、逆らってはいけない上司というイメージが強かった。訓練に顔を出しているアーマルドよりも、ガウリオ相手の方が緊張してしまうのだ。
「ガウリオ殿は、頭脳派ですからね。粗暴さはなりを潜めています。ラビオニアの件で、少し後ろめたさを感じていたようですね」
「同族だからって、そんなに気にする事ですか?」
「獅子族は、同族の繋がりが強いですから。他の獅子族が失態を犯せば、自身の失態と感じてしまう事があるらしいです」
「へぇ~」
そんな話をしていると、サラとは違うエルフ族の男が近づいて来た。男の名前は、アルミタイル。魔王城の重役の一人だ。
「……」
「……」
アルミタイルがクララを見下ろして、気まずそうにしているので、クララは何が何やら分からず、黙っているしかなかった。
「ああ……魔聖女殿。その……いや、何でもない。君を歓迎する。それと、ラビオニアでの事は、本当に感謝している。ありがとう」
アルミタイルが手を出すので、クララも手を出して握手をする。その後、軽く頭を下げると、アルミタイルもダンス会場に移動していった。
「彼の名前は、アルミタイル・ユグニスタと言います。アルミタイル殿は、戦争賛成派なのですが、クララさんを人族に差し出すという案にも内心、賛成していたらしいのです。そのため、クララさんにどう話しかけて良いのか分からなかったのだと思います。ラビオニアの件で、クララさんの有用性などを感じ、考えを改めたようですが」
「な、なるほど……」
リリンの補足に、クララは、どう反応して良いのか分からなくなっていた。アルミタイルの気持ちも分かるので、怒るというのも違うと思っているのだ。
アルミタイルが去ってから一分程で、今度は中年のインキュバスが近づいてくる。リリンの元上司バーボン・ファンタズマだ。
「元気そうだな」
「お久しぶりです」
バーボンは、まず隣にいたリリンに声を掛けた。
「こんにちは、魔聖女殿。私の名は、バーボン・ファンタズマ。リリンの元上司です。どうぞ、よろしく」
「よろしくお願いします」
バーボンは先に来た二人よりも気さくな雰囲気で、クララに接していた。二人と違って後ろめたさがないからだ。
「リリンは、優秀な諜報員でした。世話係としても問題はないと思いますが、如何でしょうか?」
「はい。いつもお世話になっています。一緒にいて凄く楽しいです」
「それでしたら良かった。では、私は、ここで失礼します。リリン、あまり迷惑を掛けないようにな」
「ええ。分かっています」
バーボンもお辞儀してから、ダンス会場へと向かっていった。
「リリンさんは、迷惑を掛けた事ないですけど……」
「……いえ、あれはクララさんから精気を吸うのは、ほどほどにしておけということです」
「ああ、なるほど」
それからも、入れ替わり立ち替わり魔族達がクララに挨拶をしていく。龍族、鬼族、妖精族、精霊族、ドワーフ族、耳長族、獣族、吸血族などなど様々な種族だ。
それらが終わるのは、会場にいた全員がダンス会場へと移動をした後だった。




