歓迎パーティーの準備
それから二週間後。クララの歓迎パーティーが行われる日がやって来た。魔王城は、朝からてんてこ舞いだった。会場の準備から、今日参加する魔族達の案内などやる事はいっぱいだ。
そんな中、クララはリリンから今日の予定を確認していた。
「クララさん登場までの流れは、このような形です。事前に予定していた通りとなりますが、何かしらの不手際が起こる可能性もありますので、必ずしもこの通りに進むとは思わないで下さい」
「仮にこの通りにいかなかったら、どうすればいいですか?」
「基本的には、私の指示をお待ちください。どうしようもない場合は、クララさん自身で切り抜ける必要がありますが、私は傍にいる予定ですので」
「わ、分かりました」
仮にリリンが傍にいない状況になったら、どうしようかとクララが考えていると、廊下への扉が開いて、サーファがハンガーラックを引いて入ってきた。
「衣装持ってきました」
「ありがとうございます」
パーティー会場が自室から近いので、クララの着替えは自室で行う事になっていた。
「もう着替えるんですか?」
「いえ、早めに持ってきて貰っただけです。パーティーは夕方からですので、今はゆっくりと休んでいてください。始まれば休む暇もなくなると思いますので」
「うぅ……今から緊張してきました……」
「サーファ。クララさんに付いていてください。私は、カタリナ様達と打ち合わせをしに行って参ります」
「はい。分かりました」
リリンは、クララの頭を撫でてから部屋を出て行った。それを見送ったサーファは、ベッドに座っているクララの隣に座り、ぎゅっと抱きつく。
「時間まで遊んでいようか」
「えっと……」
「今のクララちゃんに出来る事はないから、遊んでいて大丈夫。寧ろ、遊んで胸に積もるモヤモヤを吹き飛ばそう!」
サーファが元気一杯にそう言うと、クララも自然と笑ってしまった。それから、クララとサーファは楽しくボードゲームなどをして遊んだ。そのおかげで、クララは緊張を解す事が出来た。
そうして過ごしていくと、リリンが帰ってきて、着替えの時間になった。リリンとサーファは先に自分の着替えを済ませていた。
「お待たせしました。時間になったので着替えましょう。サーファ、手伝いなさい」
「はい」
リリンとサーファは、テキパキとクララを着替えさせていく。用意された衣装は、白を基調としたもので、まるで天からの使いのような神聖さを感じさせるものになっていた。頭には、ベールを被っている。そのベールが、よりクララの神聖さを引き立てていた。
「この前試着した時も思ったんですけど……私には綺麗すぎませんか?」
クララの感想はドレスを着た自分の事では無く、ドレスそのものに対して言っていた。
「そうですか? とてもお似合いですよ」
「うん! すっごく似合ってる! 絵画になってもおかしくないくらいだよ!」
二人にそう褒められ、クララは自然と口角が上がっていた。
リリンは、サーファの言葉で、ある事を思い出した。
「少々お待ちください」
リリンは一度自分の部屋に戻り、すぐに何かの箱を持って戻ってきた。その箱には、丸い穴のような物とダイヤルの様な物と平べったい穴があった。
「何ですか、それ?」
「これは絵画のように、この空間にある景色を写し取るものです。昨日、研究開発班から頂いたのです。私ならクララさんを撮ると思っているのでしょう」
「…………それって、大丈夫なんですか?」
聞いた事のない物を持ってきたので、クララは少し不安になっていた。
「ええ。研究開発班が安全性も確かめていますので。こちらの丸いところを見ていて下さい。サーファは、こちらに」
リリンはサーファを自分の傍に呼び、クララを一人で立たせる。
「では、行きます。三、二、一」
リリンが付けられているボタンを押す。すると、箱から眩い光が発せられる。
「ん……!!」
突然の光に驚いて、クララは、反射的に目をぎゅっと瞑る。
「はい。終わりです」
リリンはそう言って、ダイヤルに付いている取っ手を持って、くるくると回す。すると、箱の下の方に開いていた平べったい穴から、紙が出て来る。
「ん? 真っ白な紙ですよ?」
隣にいたサーファは、箱から出て来たのが白い紙のままで、景色などは移っていなかったので首を傾げていた。
「この紙に魔力を通すと浮かび上がるのです。正直、私も詳しい仕組みは分かっていないのですが、光魔法の応用らしいですよ」
「へぇ~……」
サーファが感心していると、リリンが紙に魔力を通す。すると、紙にドレス姿のクララが写っていった。
「おお……凄い……!」
「ええ。私も初めて見たときは驚きました。研究開発班の努力の結晶ですね。すでに、この魔道具の専門チームが出来ているらしいです。これは、まだ試作品ですが、いずれ市場にも出るでしょうね。えっと……クララさん?」
リリンは、ずっと黙って目を瞑っているクララに声を掛ける。
「もう目を開けても大丈夫ですよ」
「は、はい」
クララは恐る恐る目を開ける。
「凄くびっくりしました」
「すみません。先に言っておくべきでしたね。こちらをどうぞ」
リリンは、今し方撮った写真をクララに渡す。
「……凄い……鏡で見た自分にそっくりです!」
「そっくりと言うより、そのものですが」
「へぇ~」
「後で、研究開発班に光の軽減を提案しておきます。こちらは、ご自身で持っておきますか?」
リリンにそう言われて、クララは自分の写真をジッと見る。
「……ちょっと恥ずかしいので、リリンさんに差し上げます」
「有り難く頂きます。では、そろそろ参りましょう」
リリンは、クララの写真などを自室に置いていく。
「じゃあ、私は、先に行っています。クララちゃんの晴れ舞台楽しみにしているね」
「えっと、はい!」
クララと一緒に入場するのは、リリンだけなので、サーファは先に会場に行く事になっていた。そのためクララに手を振って部屋を出て行く。
「ローヒールですが、大丈夫そうですか?」
「これまで頑張って練習したので、何とか大丈夫です」
「歩きにくいと感じましたら、すぐに言って下さい」
「分かりました」
クララとリリンも会場の方へと移動する。サーファは既に会場内に入っているが、クララ達はサーファが入った入口とは別の場所に移動する。
「私達は、こちらから入ります。すぐに会場に着くことはありません。まずは控え室となります」
リリンの言う通り、扉を抜けて入った場所には、カタリナしかいなかった。沢山の人のざわめきが、カーテンの向こうから聞こえてくる。
「時間通りね。クララちゃん、本当に綺麗だわ。ちょっと失礼」
カタリナは、クララに近づくと耳を弄る。そうしてカタリナが離れると、クララの耳に小さな白い羽の耳飾りが付いていた。
「穴を開けない物を作って貰ったのよ。クララちゃんの衣装を見た時に付けたいと思ったのよ。それと、ちょっとここに座って大人しくしていてね」
言われた通りに座ると、カタリナはクララに軽い化粧をしていった。
「クララちゃんは、元々顔が整っているし、あまり派手なのは似合わないから、このくらいで十分っと」
「ありがとうございます。化粧の方はカタリナ様の方が得意ですので、お頼みしたのです」
「なるほど……」
化粧は本当に軽くされただけだった。だが、その軽いものでも、クララは一段階綺麗になった。
「それじゃあ、これから五分後に入場してきて」
カタリナはそう言うと、カーテンの向こうに向かって行った。
「五分……」
そろそろ出番という事もあり、クララは途端に緊張しだした。身体が強張っているのが、リリンにも分かった。
「大丈夫ですよ。皆さん歓迎してくれます。先程もクララさんと会うのを楽しみにしている方々が多かったですよ。人族と話す機会はないですからね」
「その話すのが、ちょっと怖いです。皆さんがリリンさん達みたいじゃないですから」
クララは、ちょっとだけ暗い顔になる。クララにとって、ラビオニアの件はトラウマに近いものとなっていた。
「大丈夫です。そうだ。おまじないをしてあげましょう」
「おまじない?」
きょとんとするクララに、リリンはニコッと微笑むと、クララの唇に自分の唇を重ねた。たっぷりと十秒程重ねるとスッと離した。
「緊張は解れましたか?」
「えっと……はい……」
クララは自分でも驚く程リラックスしていた。
「サキュバスに伝わる緊張の解し方なんですか?」
「いえ、全くそんな事はありませんが」
「…………」
リリンの答えに、クララは唖然としてしまう。そして、ある事に気が付く。
「もしかして、精気を吸いました!?」
「おや、バレてしまいましたか」
「むぅ……! 緊張を解すって嘘なんですか!?」
「いえ、ちゃんと緊張は解れたはずですよ?」
「う……確かに……」
クララがぐうの音も出なくなっていると、リリンがクララの唇から一度口紅を落とすと、改めて口紅を塗り直した。先程のキスで自分のものが少し付いてしまったからだ。
「さて、そろそろお時間です」
「あ、はい!」
クララは慌てて立ち上がる。
「また緊張を解しますか?」
「大丈夫です!」
クララはそう言いきってから、朗らかに笑った。先程まであった緊張は、本当に吹き飛んだようだ。
「では、参りましょう」
「はい!」
リリンがクララの手を取って歩き始める。クララの歓迎パーティーの始まりだ。
改稿しました(2023年6月11日)




