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攫われた聖女~魔族って、本当に悪なの?~  作者: 月輪林檎
第二章 聖女の新たな日常

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三度目の誘拐

 クララが攫われた直後、サーファが勢いよく席を立った。


「クララちゃんが遠ざかっています!」

「!!」


 リリンはすぐにトイレの方に向かう。そして、その途中の通路で、窓が開け放たれている事に気が付いた。リリンはトイレには入らず、窓から外を見る。すると、ちょうど通路を曲がる男と担がれているクララの姿があった。

 そこに遅れてきたサーファが合流する。


「会計を済ませてきました!」

「ありがとうございます。すぐに追い掛けますよ!」

「はい!」


 二人は、窓から外に飛び出し、クララを追う。サーファの鼻のおかげで、一切迷う事なく追えるので、二人は止まらずに走り続けた。


「いました!」


 リリン達の視界に、クララ達の姿が映る。今、走っているのは分かれ道のない直路。唯一の曲がり角はまだ先だった。


「サーファ!」

「はい!」


 サーファはリリンを置いて、一気に加速する。リリンの方は、走りながらジッと男の脚を見て、徐に指を指す。そして、指が光ったかと思うと、男が脚を縺れさせて転んだ。

 その拍子に宙に投げ出されたクララを、追いついたサーファがキャッチする。


「ぐっ……一体、何が……」


 男は、自分の身体に何が起こったのか分からず、混乱していた。そこに、リリンが追いついてくる。そして、リリンが踵を一度鳴らすと、地面が変形してき、男の身体を拘束した。

 完全に動けなくなった男を、リリンは冷たく見下ろす。


「クララさんを連れ去って何をしようとしたのか。答えて貰えますね?」

「あ、ああ……」


 リリンに拘束されたその男は、獣族の一種である羊族だった。背の高さで言えば、リリンやサーファよりも大きい。力もそれなりあるだろう。だが、リリンの拘束を解くことは出来ないと観念し、素直に話し始めた。


「魔聖女様の力を借りたかった。だが、付き人がいると、話が出来ない可能性が高いと思ったんだ。それで、一人になるときを狙って連れ出して話を訊いて貰おうと考えたんだ」

「それで、クララさんが素直に首を縦に振ると思いますか?」

「…………」


 羊族の男は、何も言えなくなる。そこにクララも言葉を掛ける。二度の誘拐を経た結果、このくらいのことでは、大して動揺しなくなっていた。


「話って何なんですか?」


 自分に話があると言われて、少し気になったのだ。


「実は俺には妹がいるんだが、その妹が不治の病に罹っているんだ。魔聖女様なら、不治の病でも治せるんじゃないかと」


 羊族の男は絞り出すようにそう答えた。その言葉を受けて、クララはリリンの方を見る。こんな話を聞いてしまったら、いても立ってもいられない。そんな意思を、リリンはクララから感じていた。

 クララの期待が灯った眼差しに、リリンは首を横に振ることで答えた。


「な、なんでですか……?」

「クララさんの力を無闇矢鱈と使うのは、得策ではありません。頼めば何でも治して貰えると思われてしまいます」

「対価を支払えば良いのでは?」


 クララの意見に、リリンは小さくため息を零す。


「クララさんはご自身の力の価値が、どの程度のものなのか分かっていません。一般人に払える金額ではありません。大体五千万ゴールドといったところでしょうか。一般的な医療費は、診察だけなら千ゴールド、治療や検査を行うのであれば、三千ゴールド以上します」

「そ、そんな大金……無理だ……」


 羊族の男は、絶望の表情になる。一般的な魔族の年商は、平均で二百万。そこから食費や家賃など、諸々の費用を払うことを考えれば、クララが施す治療の代金は高すぎる。


「仮に対価を支払い、治療を頼みたいというのなら、これが最低基準となると考えて下さい。クララさんが持っている力というのは、そういうものです」


 リリンの言葉に、クララは苦い顔をする。そして、自分が自分の力を、少し軽く考えていた事を実感した。


「……でも、苦しんでいる人いると知ってしまったら……」

「助けずにはいられない。そうおっしゃりたいのは分かります。ですが、もし治療するというのなら、対価を要求します。割引などは一切無しで」

「……」


 リリンもクララが言いたいことは理解している。だが、それでも考えを曲げることは出来なかった。


「例外が続けば、それは慣例になってしまいます。クララさんが行う治療行為の唯一の例外は、この前の戦場での治療だけだとお考え下さい。それだけ、クララさんの力は破格なものなのです」


 リリンとクララの会話を聞いて、男は顔を伏せる。嗚咽も聞こえるところから、泣いている事が分かる。

 クララは、どうにかならないかとリリンを見上げる。その視線を受けたリリンは、ばつの悪い顔をしながら、少し考え込み、大きくため息を零す。


「あなたの特技あるいは得意な分野は何ですか?」


 リリンは羊族の男に向けてそう訊いた。男は、最初自分に駆けられた言葉だとは気が付かなかった。だが、どう考えても他の二人に言っているわけがないと気付き、顔を上げる。


「お、俺は、農業が得意分野だ! 近くの村で作物を育てていた!」

「ふむ……では、妹さんの特技は?」

「えっと……薬師の手伝いをしていた。だから、その分野なら得意なはずだ」


 これらを聞いたリリンは、ある提案を出す。


「借金という形式でなら、受け入れましょう。あなたには薬草園を、妹さんにはクララさんの薬作りを手伝って貰うという形です。ここで出す給料の内、二割を返済に充てて貰います。これに利息も付きますので、全て返済するのに数十年掛かりますが、これは、あなた方の働き方次第で変わってきます。さらに、この労働は、借金返済後も続けて貰います。クララさんが亡くなるまでです。これらの事を聞いて、まだ治療を頼みますか?」

「た、頼む!」


 羊族の男は、間髪入れずに頭を下げた。拘束された状態なので、地面に頭を擦り付ける形だ。

 契約内容的には、クララが生きている間、下働きを強制され続けるというものだ。それだけで不治の病が治るというのなら、これでも安い方かもしれないが。


「はぁ……先程も言いましたが、借金という形ですので、保証人を付けて貰います。なって頂けそうな方はいらっしゃいますか?」

「あ、ああ……」

「では、その方を連れて、魔王城までお越しください。私達も、その間に魔王妃様に話をしておく必要があります。許可を貰えるようにしますが、場合によっては、借金の金額が上がるあるいは、この話自体がなくなる可能性もあります。それらもご理解頂けると助かります」

「わ、分かった……」


 魔王城と魔王妃という言葉に、多少狼狽えてはいたものの、羊族の男は頷いた。


「あなたのお名前は?」


 リリンはそう言うと、羊族の男の拘束を解いた。羊族の男は、ゆっくりと立ち上がる。


「オウィスだ」

「名前を言えば、クララさんの部屋まで案内されるように手配しておきます」

「あ、ああ……分かった」


 オウィスはそう返事をすると、すぐに駆けだして行った。オウィスが見えなくなると、クララはリリンの方に向く。


「じゃあ、私達も……!?」


 クララの言葉は途中で途切れた。リリンが急に抱きしめたからだった。


「リリンさん?」

「ご無事で良かったです……」


 アークの時とは違い、クララが完全に連れ去られず、助け出すことは出来た。だが、それでも一時の間、クララを失った衝撃があったのだ。


「これからはトイレの中にも付いていきますから」

「出来れば、外で待っていてくれると嬉しいんですけど……」


 リリンのトイレまで付いてくる発言に驚き、クララは苦笑いでそう答えた。実際、トイレの中まで付いてこられるのは、いくらリリンが相手でも恥ずかしいのだ。


「考慮しましょう」

(考慮なんだ……)


 さすがに、リリンも考えを改めるかと思っていたクララだったが、その予想ははずれた。


「クララちゃんに怪我は無いようですから、私達も魔王城に戻りましょう。彼との約束もある事ですし」

「そうですね。クララさんは、ご自身で歩けますか?」

「はい。大丈夫です」

「では、参りましょう」


 サーファに促されて、クララ達は魔王城への移動を始めた。その中で、クララは少し気になった事を訊く。


「そういえば、私が連れ去れたとき、リリンさんがオウィスさんの脚を止めていましたよね? どうやったんですか?」


 クララが気になったのは、リリンがオウィスを止めた方法だった。クララからは、オウィスが勝手に脚を縺れさせたように見えたのだ。


「雷魔法の一つで、雷針らいしんと呼ばれるものがあります。心臓付近などに刺して、心停止または心肺蘇生に使うものですが、これの威力を少し下げたものを脚に打ち、筋肉を痙攣させて、あちらの意思とは関係なく動かしたのです。下手をすれば、クララさんが地面に転がる事になりかねませんでしたが、サーファが一緒にいたので、心配する必要がなかったのが大きいですね」

「ふふん!!」


 サーファは胸を張って、得意になっていた。実際、そのくらいの態度をとってもいいくらいには、お手柄だった。


「お二人は凄いですね。私も自分で抜け出そうと頑張ったんですけど、身体強化は通用しませんでしたし、私が使える魔法では、あの布を解けませんでしたし……」


 せっかくベルフェゴールに魔法を教わったというのに、それを活用する事が出来なかった。その事が、クララの中では心残りだったのだ。


「炎魔法が使えたら、もう少し違ったと思うんですけど……」

「そうですね。そこを学べたのは、不幸中の幸いでしたね。炎魔法は、こういうときにも使用出来るので、使えた方が良かったのです。こればかりは、前にも言ったとおり、適正の問題でどうしようもないので、あまり気にしないで大丈夫です」

「はい。分かりました」


 思わぬところで、魔法の属性のメリット・デメリットを実感する事が出来た。この経験は、今後に活きる事だろう。

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