魔族達の聖女
改稿しました(2022年6月6日)
翌日、クララが目覚めると、何かがいつもと違う事に気が付いた。
「?」
クララが寝ぼけ眼になっていると、自分の頭の上から声がした。
「おはようございます、クララさん」
「!?」
クララは、一気に目が覚め、自分の今の状況を確認した。そして、自分がリリンの服に、しっかりとしがみついている事に気が付く。
クララは、すぐにリリンの服から手を放す。
「お、おはようございます! すみません! 私、リリンさんにしがみついちゃって……」
「いえ、何も問題ありませんよ。私もよく眠ることが出来ました」
リリンは、クララの頭を一撫でして、ベッドを降りていった。クララもベッドから降りて、洗面所に洗顔と歯磨きをしに向かった。
それを済ませると、身体を伸ばしながら元の部屋に戻ってくる。すると、部屋の中に、リリンの姿がなかった。
「あれ?」
クララは、リリンがいないことを、少し疑問に思う。
「あっ、身支度しに行ったのか。私が、ずっとしがみついていたから、何も準備出来なかったんだ。申し訳ないことをしちゃった」
クララは反省しながら、椅子に座っていると、リリンが朝ご飯を持って戻ってきた。自身の身支度を済ませた後に、食堂に寄っていたのだ。
リリンは、テーブルの上に手早く朝ご飯を並べる。
クララは、美味しそうに朝ご飯を食べていた。リリンは、その様子を見守る。いつも通りの朝ご飯の時間が訪れた。
そうして、クララが朝ご飯を楽しんでいると、部屋の扉が、勢いよく開く。
「クララちゃん!!」
部屋の中に飛び込んできたのは、慌てた様子のカタリナだった。クララは、カタリナの慌てぶりに驚いてしまう。
「カ、カタリナさん!?」
「クララちゃん!」
カタリナは、クララの姿を確認すると、直ぐさまクララに飛びつき、顔や身体を触っていく。クララは、何が何だか分からず、されるがままになっていた。カタリナは、そんな事お構いなしに、クララの様子を確認する。
「ちゃんと、クララちゃんね?」
「え、あ、はい。クララですけど」
クララがそう返事をすると、カタリナは、クララの事を抱きしめる。
「はぁ……無事で良かった」
「あ、すみません。ご心配お掛けしました」
クララは、カタリナが何故慌てていたのかを理解して謝った。クララが誘拐されたと聞いて、心配していたのだ。
「ううん。ある程度の事情は予想出来るから、クララちゃんのせいじゃないって事は分かっているわ」
「でも、よく帰ってきているって分かりましたね?」
「今朝方、クララちゃん達が帰ってきたって報告があったのよ。それを確認するために急いで来たの。本当に、無事で良かったわ」
カタリナの抱きしめる力が増す。
(ここ最近、抱きしめられてばっかだなぁ)
カタリナに抱きしめられながら、クララはそんな事を思っていた。
「私は、このことを上層部やあの人に知らせないといけなから、もう行くわね」
カタリナは、クララの額にキスをすると、部屋を出て行こうとする。そこに、リリンが近づく。
「カタリナ様。クララさんが関わったラビオニアでの戦闘は、終結致しました」
「そう、わかったわ。クララちゃんの食事が終わったら、報告に来てくれる?」
「分かりました」
カタリナは、クララに手を振って部屋を出て行った。リリンは、クララの傍に戻ってくる。
「食事の続きを致しましょう」
「はい」
クララは、食事を再開する。そこで、クララはある事を思い出した。
「そういえば、精気を吸うって、どうしたら吸えるんですか?」
クララは、馬車内で聞いた精気を吸う事が、食事と同じ感じだという事を思い出したのだ。少し気になったので、リリンに訊いてみたのだ。
リリンは、突然の質問に目を丸くしていた。
(あっ、この質問はダメだったかな。馬車では、答えてくれたから大丈夫かと思っちゃった)
クララは、リリンの様子を見てそう思った。だが、クララには、気になる事の他にリリンに訊いておかなければならない理由が存在した。
リリンが、自分の精気を吸うのなら、きちんとその方法を知っておかなければならないのだ。それを知っておけば、リリンが精気を吸いやすいように、自分からも何か出来るかもしれないからだ。
「身体的接触で吸い取ることが出来ます」
リリンは、突然の質問に驚いただけだったので、普通に答えてくれた。その後に、何故か、少しだけ考え込む。
「……効率の良い方法は、キスなどですね」
「なるほど。つまり、エッチな事だと効率が良いんですね」
クララは、平然とそう言った。
(そういえば、クララさんは、あの性欲の勇者の元にいたんでしたね。そこまで配慮する必要もありませんでしたか)
リリンが考え込んだ理由は、クララの情操教育上、伝えて良いものかと考えたからだった。だが、クララは、性欲主体の勇者と行動を共にしていたので、そういう言葉などは慣れっこだった。
「そうですね。それが、一番効率が良い方法です。相手を魅了する必要がありますから、私達は、基本的に美男美女となっています」
「リリンさん、お綺麗ですもんね」
クララが何気なくそう言うと、リリンは少し照れていた。
同時に、クララは朝食を食べ終えた。それを確認したリリンが、テーブルナプキンで、クララの口元を拭う。
リリンに口元を拭って貰ったクララは、椅子から降りると、正面にいるリリンに抱きつく。突然の行動に、リリンは目をぱちくりとさせる。
「これで、吸い取れるんですか?」
クララがリリンに抱きついた理由は、精気を吸い取らせるためだった。
「いえ、さすがに服越しでの吸収は無理ですね」
「じゃあ、お風呂の時にしか吸い取れないんですね」
肌と肌の接触が必要な以上、服を脱いでいるお風呂の時しか、吸い取る機会はないとクララは判断する。
その瞬間、クララの唇に、リリンの唇が重なる。
「これでも取れると言いましたよ」
リリンはそう言って、クララの朝食を下げ始める。唐突にキスをされたクララは、顔を赤くして頬を膨らませていた。
そんなクララにリリンは、ニコッと微笑むと食器を載せたカートを押して、部屋を出て行った。食器を下げるのと、カタリナへの報告に向かったのだ。
そんなリリンを見送るクララの表情には、さっきと違って、笑みが溢れていた。
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クララの部屋を出て行ったリリンは、カタリナの執務室にいた。現在、今回の件の報告の真っ最中だった。
「今回のクララさん誘拐を指示したのは、獅子族のレオングという指揮官でした。目論見は、クララさんを引き渡すことによる人族の撤退です」
「それは、人族に知れ渡っているの?」
「いえ、既に戦闘が始まっている事から、交渉は済まされていないと推測されます。恐らく、クララさんを捕まえてから、交渉に動くつもりだったのでしょう」
「それなら良かったわ。本格的な戦争に移行する事はなさそうね。現場でのクララちゃんはどうだった? 受け入れられそうだったかしら?」
カタリナは、クララが来た事による向こうの魔族達の反応を訊く。
「最初こそ、歓迎されていませんでしたが、クララさんが怪我人の治療を始めると、何も言わなくなりました。クララさんのおかげで、重傷者が減り、死者が出なくなった事が要因かと」
「なるほど。献身的に魔族に尽くしている姿を見たから、何も言えなくなったってところかしら。これを機に、向こうでも意識改革になればいいんだけど」
「そこら辺の心配はないかと。最終的には、クララさんに感謝していそうな魔族もいましたので」
「そう。後の問題は、クララちゃんの名前が、人族領との境界線の街に広まる事よね。どうにかして、別の名前とかに出来ないかしら?」
カタリナが危惧している事は、クララの名前が、ぽろっと人族領に流れないかどうかということである。互いに敵対しているとはいえ、何かの拍子に、情報が流れる可能性も否定しきれない。
「そこら辺は、向こうも配慮してくださるでしょう」
「そうだと良いわね。クララちゃんの様子はどう? 大丈夫そう?」
「先程見て頂いた通り、いつも通りの状態ではあります。ですが、正直なところ、少しだけ消耗している気がします」
リリンは、昨日のクララの涙を見て、そう判断していた。今日は、いつも通りの様に見えていたが、それも表に塗り固めたものの可能性がある。自身の疲れなどを取り繕っているように見えたのだ。
「何か癒しが必要かもしれないわね。何か、思いつくような事はある?」
「取りあえず、やりたいことを訊く方が良いでしょう。我々が思いつくことが、本当にクララさんのためになるわけではありませんから」
「そうね。今回は、クララちゃんに助けられたみたいだから、色々と便宜を図れれば良いわね」
「はい。では、私は、クララさんのお世話に戻ります」
「ええ、よろしくね」
カタリナへの報告を終えたリリンは、クララの元に戻る。リリンが部屋に戻ると、クララは、薬学書を読んでいるところだった。
「あっ、おかえりなさい、リリンさん。もう大丈夫なんですか?」
クララはリリンに気が付くと、薬学書を閉じた。
「はい。薬室に入りますか?」
「えっと……今日は、やめておきます。お時間があればで、良いんですが、一緒に遊びませんか?」
クララは、上目遣いでリリンに訊く。リリンは、クララに微笑みかけると、
「はい。遊びましょう」
と言って、クララの頭を撫でた。クララは嬉しそうに笑い、遊びの準備を始める。
こうして、クララの魔族領に来てからの日常が戻ってきた。
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クララがラビオニアでの負傷者を治療してから、数日経った。あの日から、クララを表す言葉として、魔聖女という通り名が広まった。この通り名には、魔族達の聖女という意味合いを持っている。
聖女のままだと、カタリナ達が危惧していた通り、人族の領土にも広まる恐れがあったからだ。
「あの名前、魔族に受け入れられ始めているのは分かりますけど、正直どうなんでしょうか?」
「魔族の味方をする聖女としては、良い通り名ではあります。ただ、少し安直すぎる気もしますね」
「そうですよね。聖女の模倣って思ってくれれば良いですけど」
この通り名を、クララは仕方ないと思いつつ受け入れていた。これが、魔族に受け入れられているという実感に繋がるからだった。
魔聖女という通り名が、人族達の耳に入るのは、ずっと先の事だ。