ラビオニア軍議
改稿しました(2022年6月6日)
クララとアークがラビオニアに着くと、街の中は騒然としていた。多くの魔族が荷物をまとめて馬車に載せていた。他の魔族達も慌てている。
それをクララとアークは、馬車の中から見ていた。
「ちっ……もう始まっているのか」
アークは、苦々しい顔をする。その顔だけで、クララは何が起こっているのか察した。既に戦闘が始まっているのだ。荷物を馬車に載せている魔族達は、ラビオニアから脱出しようと考えているのだろう。
(戦闘音は聞こえない……街の近くには来ていないみたい。それだけでも、少し安心した)
クララは、今すぐに、街が襲われる事はないと分かって、安堵した。だが、アークの焦りは止まらない。アークは、御者台に通じる小窓を開け、御者に指示をする。
「すぐに軍の本陣へと向かえ」
「了解です」
馬車は、街中で止まることなく、外へと向かった。そのまましばらく進んで行くと、街の外に張られた軍の本陣に着いた。
「降りろ」
先に降りたアークが、クララにも降りるように指示する。既に足枷は外されているので、クララも自分で歩くことは出来る。抵抗する意思はないので、クララは指示に従う。
「こっちに来て、前を歩け。進む方向は指示する」
「分かった」
クララは、アークからの指示に従いながら先に進んで行く。その途中で、多くの怪我人が横たわっている野戦病院を通った。
「……」
勇者達が引き起こした事態に、クララは言葉が出なかった。そして、過去には、自分がこれに関わっていたのだ。クララの顔が、蒼白になっていく。
「おい、どうした? 早く進め」
「う、うん……」
アークに急かされて、クララは先へと進む。ここで吐き出さなかっただけ、マシだっただろう。
そして、アークに連れて行かれた天幕は、本陣の中に築かれた軍議の場だった。中には、多くの魔族がいる。アークは、クララより一歩前に出た。
「レオング大隊長、聖女をお連れしました」
「アークか。良くやってくれた」
アークがレオングと呼んだのは、ガウリオと同じ獅子族の魔族だった。ガウリオと違うのは、毛並みが茶色いところだろう。
アークの報告によって、中にいた魔族達の視線がクララに刺さる。今までに感じた事の無い視線に、クララは、後ろに一歩下がってしまう。
「既に戦闘は始まってしまっていますが、今からでも聖女を引き渡しては如何でしょうか!? あるいは、聖女を人質に脅しを掛けるというのも有りだと思います」
「そうだ! これで敵が退くならやるべきだ!」
「勇者が敵なら、聖女を無視することは出来ないはず!」
「私も賛成だ!!」
クララが来たことによって、魔族達の軍議が苛烈になっていく。全員、クララを差し出す方向で話を進めていた。クララは、リリンに言われた事などを伝えるべきかどうかを考えたが、そんな隙は、一切なかった。
そのため、どうしたら良いか分からず、おどおどとしていた。そんなクララに苛立ち、軍議に参加していた鬼族の男が掴みかかろうとしてきた。
「……!!」
驚いたクララは、反射的に身体を庇おうとする。だが、手枷は外されていない。そのため、腕で身体を守る事も出来ず、眼を瞑るだけになる。
痛みと苦しみを覚悟したクララだったが、それらが襲ってくる事はなかった。
「……?」
いつまでも痛みが襲ってこないので、少しだけ目を開けて前を見てみると、クララの前に立ちはだかる者がいた。それは、燕尾服を着た魔族だった。
「な、何故……」
その姿を見た魔族達は、狼狽えていた。クララは、後ろ姿だけでは何も判別がつかない。
「だ、誰!?」
クララは思わず、そう大声を上げてしまう。すると、その魔族が振り向いてクララに顔を見せる。その顔を見て、クララには思い当たる人物いた。
「変態執事さん!?」
クララが、まさかの人物に驚いて、また大声を上げてしまった。クララが発したその言葉に、周りの魔族達はギョッとしてしまった。本人の目の前で、変態執事などと言ったからだ。
そんな風に思っていても、本人に向かってそんな事を言えるわけがない。それほどまでに、ここにいる魔族達にとってベルフェゴールは、位が高い魔族なのだ。
そんな相手に、クララが失礼な事を言ったので、魔族達は馬鹿な事を言っているじゃないと思ったのだった。
そして、こんな事を言われたベルフェゴールは、特に怒るといった事もなく、クララに向かってニコッと微笑んだ。
「いえいえ、変態紳士でございます」
「変態……紳士……?」
謎の言葉に、クララも戸惑っていた。
「ベルフェゴール殿。何故こちらに居られるのか、お訊きしてもよろしいか?」
クララが戸惑っている間に、レオングがベルフェゴールにここにいるわけを訊いた。本来であれば、ベルフェゴールは、魔王城にいるはずなのだ。
そのため、遠方に来る場合には、事前に連絡が行くようになっている。だが、今回ベルフェゴールが、こちらに来るという連絡は届いていない。
だからこそ、ベルフェゴールがここにいるわけを訊いておきたかったのだ。
「夜中に牢を抜け出して、幼女の様子を確認しようと徘徊していると、こちらの幼女が攫われていくのが遠目に見えたのです。私は、それを追い掛けてきたのですよ」
これを聞いたレオング達は、唖然としてしまう。
「ふっ、幼女あるところに我あり」
ベルフェゴールが格好付けてそう言う。既に、レオング達は呆れ顔である。ベルフェゴールの事を知っていても、目の前でこんな事を言われては呆れてしまうのも仕方ないだろう。
「あの……私、幼女じゃないです……」
さっきから、幼女、幼女と言われているクララは、少し傷付いた顔をしながら小さく訂正した。その訂正を聞いたベルフェゴールは、勢いよくクララの方を振り返る。あまりに急な振り向きに、クララは驚いて肩を揺らす。
そして、ベルフェゴールは、改めてクララの身体を上から下へと見ていく。
「なるほど……前よりも肉付きが良くなりましたな。これでは、幼女では無く少女と呼んだ方が良さそうだ」
何故か服の上から自分の体付きを見抜かれたクララは、ぞわっとして身体を隠そうとする。だが、手枷が付いたままなので、うまく隠すことは出来なかった。
「だが、例え少女でも構わん!!」
ベルフェゴールは、格好付けながらそう言った。ベルフェゴールの言動に、クララは、唖然としてしまう。
(これが、カタリナさんやリリンさんが語っていた変態の真実……優秀そうだけど、本当に変態さんなんだ……)
クララは、リリン達の言っていた事に納得する。
(私には無害と言っていたけど、本当に大丈夫なのかな……)
クララは、ベルフェゴールに襲われる可能性もあるのではないかと考え、少し怖く感じ始めた。だが、クララは、ここである事に気が付いた。ベルフェゴールが、先程からクララから一定以上の距離を取っている事に。
(気のせいかな? でも、絶対に、私には触れないように動いている気がする。リリンさん達が無害って言っていたのは、こういうことだったんだ。でも、変態なのは変わらないかも……)
ベルフェゴールは、クララにニコッと微笑みかけるとレオング達を見る。
「ここまで来たからには、聖女殿をお守りするため、私も戦わせて頂きましょう」
ベルフェゴールがそう言うと、軍議に参加していた魔族達が歓喜する。それには、レオングとアークも含まれている。
だが、クララだけは、少し心配していた。
「あの、そんな勝手なことをして大丈夫なんですか? 魔王様達に怒られるのでは?」
「そうですね。確実に怒られるでしょう。ですが、ここで仲間が死んでいくのを黙って見ている事など出来ません」
ベルフェゴールは、今日最大の決め顔でそう言った。
(変態紳士さんに、仲間想いの一面があるなんて……まさか、今までの変態としての一面は、カモフラージュという事?)
クララが、そんな風に考えていると、ベルフェゴールは、さらに、それを上回る決め顔をする。
「それに聖女殿に何かあれば、変態の恥さらしですからな!!」
(あっ、違うわ。変態と仲間想いの二面性があるだけだ)
これには、クララだけでなく、他の魔族達も呆れ顔になる。
この時、ベルフェゴールは、クララの中で、一応味方として扱う事が決まった。だが、変態というのは確定なので、あまり深く関わりたくないとも思われていた。
ベルフェゴールが来たことによって、クララを差し出すなどの話が流れていった。
そして、天幕の中に、二つの影が飛び込んでくる。




