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再び攫われる聖女

改稿しました(2022年6月6日)

 クララがカルロス達の情報を知った日の夜、リリンは、クララを寝かしつけて、自室に戻っていった。当然、クララの部屋の鍵も閉めておく。

 部屋の中には、クララの静かな寝息だけがしていた。ここまでは、いつも通りだった。その日の夜中、クララの部屋に外へと通じる窓から、何者かが侵入してきた。その者は、リリンと同じ黒髪に赤眼の男だった。

 男は、音を立てないように中へと入り、クララが眠るベッドまで移動しようとする。

 しかし、男の予想に反して、クララは目を覚ます。男が持つ害意を、敏感に感じ取ったのだった。

 すぐに上体を起こして、ベッドの横に立てかけてある杖に手を伸ばすが、その前に、首にナイフを突きつけられる。


「……!!」


 クララは、杖に伸ばした手を引き戻し、大人しくする。


(誰? 少なくとも、私と会った事はないはず……)


 クララは、この状況でも冷静に相手の顔を見て、何が起こっているのか把握しようとした。初めて見る相手なので、魔王城内にいるメイドや執事ではなく、さらに、魔王軍という可能性も低い。


(魔王城外部の人かな。なら、あの人達の動きを知っての行動?)


 クララが、そんな風に考えていると、


「そのまま動くな」


 と言われてしまう。クララは頷いて、恭順の意思を示す。男は、ナイフを収めると、クララの手足を縛り、目隠しと猿轡をされる。そして、男は、クララを脇に抱えると、侵入した窓から飛び降りる。


「(~~~~~~!?)」


 目隠しと猿轡をされているクララは、突然の浮遊感に驚いて無言の悲鳴を上げる。衝撃による苦しみを覚悟したクララだったが、それよりも遙かに着地の衝撃が少なかった。その事を疑問に思ったクララだったが、すぐに走る揺れを感じて、それどころじゃなくなった。


(抱え方の問題なのかな……凄く苦しい……)


 クララは、若干苦しみながらの移動を強いられる。クララを抱えた男は、魔王城の敷地から出ると、そのままどんどんと離れていった。真夜中の暗闇に紛れているので、誰にも見られる事はない。さらに言えば、ほとんどの魔族は就寝中なので、そもそもの人通りも少ない。

 男は、魔王城から、かなり離れた所で御者台に協力者がいる馬車に乗り込む。二人が乗ったのを確認した御者が、すぐに馬車が走らせる。

 馬車が走って、少しすると、クララの目隠しと猿轡が外された。目と口を解放されたクララは、自分を攫った相手を睨む。

 だが、すぐに別の事が気になった。


「何か、馬車がすごく揺れているけど、大丈夫なの?」


 クララの声は、少しだけ低い。魔族領に、初めて攫われた時と同じだ。明らかに味方では無いので、全く敬意を払っていないのだ。


「馬の代わりにナイトウォーカーという生き物が引いているんだ。馬と違い、スタミナと速度があるが、速すぎて馬車の中が荒れるんだ。お前が、こっちに攫われてきた時も同じように運ばれたはずだぞ」


 クララは、すらすらと答えて貰えた事に、少し驚いた。そして、自分がこれで運ばれてきた事にも驚く。そんな記憶は無いからだ。だが、それも当然の事だった。


「……寝ていたから」

「ああ……なるほどな。まぁ、それでもこんな速度では、走っていないだろうな。この速度で走っていけば、目的地まで一日掛からない」

「そう」


 目的地の正確な場所は知らないが、きっとカルロス達がいる所なのだろうと、クララは考えた。


「私を、どうするつもりなの?」


 今日の朝に、リリンと話したので、ある程度の目的は察することが出来るが、念のため確かめておこうと判断したのだ。


「お前を相手に差し出し、退いて貰う」

「それで、本当に退いて貰えると思うの?」

「……分からない。だが、可能性はあるだろ」


 男は、朝のクララと同じ考えだった。リリンは、それでは解決しないと言っていたが、男は、まだ可能性はあると信じているようだ。これが、実際にピンチに陥っているかどうかの差だろう。


(ここまで来たら、仕方ないかな……せめて、戦場に立たないで済むように、教会に掛け合ってみよう。リリンさん達とは戦いたくないし……)


 クララは、既に人族領に帰された後の事を考え始めていた。リリンがいない現在、クララが人族領に帰される事は、ほぼ確実のものになっているからだった。


 ────────────────────────


 クララが攫われた直後、リリンは、何か嫌な予感がして目を覚ます。


「……クララさん?」


 リリンは、急いでクララの部屋まで走る。普段なら、ここで走る事はないのだが、緊急性が高いと判断して、全速力で走っていた。


「クララさん!」


 部屋の鍵を開けて、中に飛び込んだリリンが見たのは、開け放たれた窓と誰も寝ていないベッドだった。リリンは、すぐにベッドの中に手を入れる。


「まだ、温かい……攫われてから、そう時間は経っていないですね」


 リリンは、窓の枠に飛びついて、外を見る。すると、魔王城から離れた場所に何か黒いものと白いものが移動しているのが見えた。


「クララさん……」


 今日の夜に、寝間着として白い服を着させていたので、すぐにクララだと判断出来たのだった。


「夜に紛れて、音も立てずに攫っていく……そして、この感じ……アークですね」


 リリンは、侵入してきた男を自身の同族であるアークと断定した。ここからの判断は早かった。

 立てかけてあるクララの杖を持ったリリンは、すぐに魔王軍の宿舎へと向かう。そして、サーファの部屋にノックもせずに入ると、サーファを叩き起こした。


「起きなさい、サーファ」

「ふぇ? リリンさん?」


 若干寝ぼけ眼のサーファは、自室にリリンがいる事に驚く。混乱しているサーファに、リリンは手短に事情を伝える。


「クララさんが、攫われました。すぐに追います。準備して、魔王城の入口で待っていてください」

「!? わ、分かりました!」


 サーファは、すぐに支度を調える。リリンも自室へと戻り、自分の支度を調えた。リリンが、一人で追わずに、サーファを連れていこうと思ったのは、クララの近くに行けば、サーファの鼻で追えるからだ。


(魔王様やカタリナ様にお伝えしたいところですが、その時間も惜しいですね。事後報告で許して貰いましょう)


 リリンは、カタリナ達への報告を後回しにした。その間にもクララの状況は悪くなる可能性が高いからだ。それに、もしかしたら、すぐにクララの身柄が人族の手に渡ってしまう事もあり得る。

 クララの向こうでの境遇を知っている以上、それを許すわけにはいかない。

 準備を終えたリリンは、すぐに魔王城の厩舎に向かい、ナイトウォーカーを二頭連れて、魔王城の入口に向かう。そこには、準備を終えたサーファの姿があった。


「ナ、ナイトウォーカー!? 連れてきて大丈夫なのですか!?」

「二頭ぐらい、大丈夫でしょう。この子達の速度がなければ、追いつくのは不可能ですから」

「な、なるほど……」


 サーファは、リリンからナイトウォーカーを貰い、上に跨がる。リリンも同じように跨がった。


「本来であれば、馬車を用意したいところですが、この際仕方ありません。すぐに移動します。付いてきてください」

「はい!」


 リリンとサーファの二人は、クララが乗せられた馬車を追い掛けて魔王城から出て行った。


「あの……クララちゃんが、どこに行くのか分かっているのですか?」

「ええ。あなたも聞いていると思いますが、勇者がラビオニアを攻めてきます。恐らく、そこに連れて行かれています。勇者達を追い返すためですね。可能性は、ほぼゼロに近いと思いますが、その可能性にも飛びつきたいのでしょう」

「現場の人達の気持ちを察すれば、そう考えても仕方ないですね。でも、それなら、クララちゃんの身の安全だけは、保証されているという事ですよね?」

「はい」


 道の途中でクララに追いつけなくても、クララが殺されるという事はないと分かり、サーファは少しだけ安堵する。だが、リリンの険しい顔は変わらない。


「ですが、それは、こちらにいる限りです。向こうに行けば、何をされるか分かったものではありません」

「人族のクララちゃんへの扱いは、そんなに酷いものなんですか?」


 クララの境遇について、詳しく知っているわけではないサーファは、リリンの必死さに、少し不安になる。


「ええ、教会に連れて行かれても、陵辱される可能性があります。それに、下手すれば、私達と強制的に敵対する事になるでしょう。どちらかと言えば、後者の可能性が高いですね」

「それは……絶対に連れ戻さないといけませんね」

「それと、クララさんがこちらにいると分かれば、あちらの宣戦布告の理由にされる可能性もあります」

「尚のこと、連れ戻さないといけませんね! 急ぎましょう!!」

「そうですね」


 リリンとサーファは、ナイトウォーカーの速度を上げていく。


 そんなリリン達の前には、クララ達のものではない影が、一つあった。


 ────────────────────────


 一方で、人族領のファットアでは、魔族の街ラビオニアを襲うための作戦会議が行われていた。

 それは、勇者であるカルロスが中心となっていた。魔族に対する作戦なので、魔族を殺す事に特化した勇者に主導させているのだ。


「この先に魔族が住んでいる街がある。そこに進軍する。そして、内部にいる魔族を皆殺しにする。強い魔族は俺達勇者パーティーが倒す。他の魔族は、お前達でも何とか対抗出来るだろう。足止めさえ成功すれば、俺達が倒してやる」


 カルロスは偉そうにそう言った。パーティーの女達も頷く。カルロスのパーティーは、クララがいなくなってから、一人増えていた。その一人も女性で、カルロスと肉体関係にある。

 カルロスのパーティーは、勇者であるカルロスと戦士のバネッサ、魔法使いのメラーラ、そして新しく入った回復要員のネリだ。新しく入ったネリ以外、魔族を殺した経験がある。


「分かりました。我々は、勇者殿が強い魔族を倒すまで、他の魔族の注意を引き続ければ良いという事ですね」

「ああ、そうだ」


 それなら出来そうだと、人族の指揮官もやる気を出す。この分では、他の軍の兵士達の士気も大丈夫だろう。


「我々は、たった今到着したばかりですので、作戦の開始は、明朝で如何でしょうか?」

「そうだな。体力は万全にしておいた方が良い。そうしよう」


 こうして、人族の作戦の決行は、明日の朝となった。不幸なことに、それは、クララがラビオニアに到着するよりも前の時間だった。

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