クララにも伝わる情報
改稿しました(2022年6月6日)
クララは、リリンから勇者カルロス達の動向について聞かされた。カルロス達が動く事自体は分かっていた事だが、こうして魔族領にいるときに聞くと、クララの心に来るものがある。
「あの……私が向こうに行く事で解決はしますか?」
クララは自身が犠牲になれば、今起ころうとしている戦闘を収める事が出来かと訊く。
これに対して、リリンは首を横に振って答える。実際、クララが犠牲になったところで、何も変わりはしないからだ。
「仮に、クララが向こうに行く事で、今回の戦闘を収められても、これからの戦闘を収めることは出来ません。それどころか、次の戦闘にクララさんが出される可能性もあります」
「聖女としての力が、使い物にならないのにですか?」
「はい。聖女が魔族を退治しに向かっているという事は、恐らく人族にとって、勇気や活気を与えるものになると思いますから」
聖女が魔族と戦っているということは、人族達にとっても勇気づけられる事だと思われる。だからこそ、再び戦場に出される可能性もあるとリリンは考えていた。実際は、教会に監禁される事になるが、リリンに、その発想はなかった。
(何か、私に出来る事はないかな……?)
クララは、これから起こってしまうであろう戦闘で、魔族達のために自分に何か出来る事はないかと考える。
クララがそう考えている事に、リリンも気が付いた。
(まだ、こっちに来てから日が浅いのに、完全にこっち側の思考になっていますね。いい子……というよりも、向こうに絶望していたという方が正しそうですね。実際、それに足る事をされているわけですし)
リリンは、改めてクララの境遇に同情する。そして、優しくクララの頭を撫でる。クララは、くすぐったそうにしていた。
「これから、何が起こるか分かりませんので、しばらく演習の手伝いや演習場を使った運動は休みになります。魔王軍も、いつでも動ける状態にしていないといけませんので」
「もしかして、本格的な戦争に発展するんですか?」
クララは、戦争に発展する可能性がある事を考えて、少しだけ怖くなった
「分かりません。ですが、魔王様は、人族との戦争に発展させたくないと考えています。なので、こちらから意図的に開戦させるような事はしないでしょう」
クララの表情が少しだけ曇る。こちら側に、その意思がないということは分かったが、向こうに開戦の意思があれば、どうなるか分からない。そして、その意思がある可能性が高いことを、クララは知っている。
そして、最悪の場合、自分がその開戦の原因になるかもしれない。教会は、それだけ自分に執着しているかもしれないのだ。
リリンは、クララを安心させるように抱きしめて、頭を撫でる。クララが考えている事など、リリンには筒抜けだった。
「クララさんのせいで、開戦するなんて事はありません。クララさんが魔族領にいる事は、人族達には知られていませんから。それに、もしそうなったとしても、自責の念を抱く必要はありませんよ。それは、クララを利用して開戦した人族が悪いのですから」
そう言って、クララを慰めたが、クララの表情が曇っているのは変わらなかった。リリンは、クララを抱きしめる力を、少しだけ強める。
(まだ、自分のせいで開戦したわけじゃないのに、どうして、ここまで自分を責めてしまうのでしょうか。これでは、本当に開戦した時にどうなってしまうことか……今の内に、何とか安心させてあげたいのですが……)
リリンは、クララを安心させる方法を考える。
(この問題は、クララさんの心……精神に深く関係していそうですね……いえ、もしや、故郷の事が一番に関係しているのでは……?)
リリンが考えたのは、クララの故郷が焼き払われた事だ。これは、教会がクララに魔族への憎悪を植え付けるために行った事だ。これをクララは自身の責と考えていた。自分のせいで、家族と故郷がなくなったのだと。
これに関しては、聖女の間者をしていた時のリリンも部下を派遣して調べさせていた。そして、それが真実であるという事も発覚している。
(この傷は、さすがに私には癒やせませんね……そっとしておくしか……)
リリンは、何も出来ない自分にやるせなくなってしまう。そんな中で、自分に出来る事を考えたリリンは、今一度ぎゅっと抱きしめると、頭を撫でて離れる。
「それでは、今日はいかがなさいますか?」
「えっと……じゃあ、いつも通り、薬室で藥作りをします」
「わかりました。では、参りましょう」
クララとリリンは、いつも通り薬室に向かう。リリンは、無理に何かをするよりも、いつも通りの生活を送る方がクララのためになると考えたのだ。
クララが薬を作るのを、リリンが見守っていると薬室の扉が開いた。
「クララちゃんいる?」
やってきたのはカタリナだった。リリンに伝言を頼んだカタリナだったが、やはりクララの様子が気になって、仕事の合間を縫ってやってきたのだ。
「いますよ」
クララは、薬作りの手を途中で止めて、カタリナの傍までやってくる。カタリナは、クララの顔を覗きこんでジッと見つめる。
「?」
「普通に薬も作っているし、大丈夫そうね。じゃあ、また来るわ」
カタリナは、クララの頭を撫でると、部屋の出口に向かう。カタリナは、部屋から出る直前に、リリンからメモを渡された。それは、薬作りをしているクララを見ながらも書いていたものだった。
カタリナは、メモを受け取って部屋を出て行く。
「何のご用だったんでしょうか?」
「クララさんの事が心配だったのでしょう。それよりも、お薬の方は、大丈夫ですか?」
「あっ! そうでした!」
クララは、薬作りに戻る。
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カタリナは、執務室に戻るまでの道で、リリンから貰ったメモを読む。そこには、情報を伝えた後のクララの様子などが書かれていた。
「はぁ……確かに、これがあると、もしもの事を考えて憂鬱になってしまうのも無理は無いわね……」
執務室に戻ったカタリナは、机に座るなり、上体を投げ出して机に突っ伏した。
「魔王妃様?」
突っ伏したカタリナを心配して、メイドがカタリナの傍に寄る。
「どうかなされましたか?」
「実は、クララちゃんに勇者の動向について、リリンに伝えて貰ったんだけど、どうやら戦争が起こる可能性とかまで考えちゃったみたいなの。それに、戦争が起こる可能性の一つに自分の存在が関係しそうって事もね」
「なるほど……聖女様の身柄を取り返すためにということですね。ですが、そこまでいくと、考えすぎになるのでは?」
まだ、勇者が行動を起こしているということだけなので、戦争が起こるかどうかは全く分からない。
「ただ、クララちゃんは、向こうで故郷を滅ぼされているでしょ? その時の経験があるから、自分が理由で何かが起こることがあるって身をもって知ってしまっているのよ。それが、心の傷になっているみたいよ。もしもの事を考えるだけでも、不安になってしまうのね」
「では、そのような事を想起させるような事が、これ以上起こらない事を祈るしかないですね」
「そうね。まぁ、クララちゃんが、魔王城から出る事はないから、人族がクララちゃんの存在に気が付くことは無いわね。でも、どうにか根本的な解決は出来ないかしら?」
カタリナは、メイドに意見を求める。
「……こればかりは、時間を掛けるしかないかと」
「まぁ、そうよね」
カタリナもメイドと同じ意見だった。
「リリンと一緒に過ごしていく中で、どうにか解決出来ると良いのだけど」
「そうですね。そろそろ、お仕事に戻りましょう。今日中に終わりませんよ」
「……分かったわ」
仕事をほっぽり出したいと考えたカタリナだが、素直に続きを始めた。




