魔王城の会議
改稿しました(2022年6月6日)
演習場でのクララの行いは、瞬く間に魔王城内で広まっていった。その結果、元々、受け入れる気でいた魔族達は、さらに受け入れる気が増していた。
さらに、反対していた魔族達も以前に比べたら、受け入れてもいいのではと思うようになってきていた。それだけ、怪我をした魔族を救ったという事実が大きいのだ。
これを受けて、ガーランドは、重役達を招集して会議を始めた。
「皆も聞いていると思うが、クララが、演習中に怪我を負ってしまった者を治療してくれた。このことから、クララが人族のスパイになる可能性と魔族を恨んでいる可能性は消えたと考えられると思うが、どうだろうか?」
ガーランドの言葉に、頷いて同意を示す魔族達。その中で、一人の魔族が手を挙げる。その魔族は、ふさふさの鬣を生やした獅子族のガウリオ・レオニダスと言う。魔王軍の中で、アーマルドに次ぐ地位に就いている魔族だ。
実質的な訓練などは、アーマルドが担当しているが、戦略などはガウリオが担当している。見た目の怖さに反して、ガウリオは、かなり知的な方だった。
「ガウリオか。何だ?」
「スパイの可能性は、まだ残っているかと。こちらが連れ去ったとはいえ、いずれこちらの情報を人族へと渡す事は可能なはずです」
「……だが、向こうでのクララの境遇を考えれば、その可能性は限りなく薄いと思うが」
「だからこそかと。向こうの教会や国に、逆らえないように洗脳、脅迫などをされているやもしれません」
ガウリオの発言に、他の魔族達も考え込み始める。
「つまり、クララが助けたのも、薬を作っているのも、こちらに取り入って情報を手に入れるためと言いたいんだな?」
「はい」
ガーランドの確認に、ガウリオは頷く。会議に参加している魔族達が黙り込んでいると、カタリナが、ぽつりこう溢した。
「あの子、そんなに器用な子じゃないと思いますよ」
会議に参加している中で、一番クララと接しているカタリナの言葉なので、ガーランド達も一概に否定する事は出来なかった。
「今後とも監視はしておこう。ただ、これを機に、街の受け入れ体勢も整えていきたいと考えている。クララが、シロだった場合、すぐに街へと繰り出すことが出来るようにしておきたい。こっちの都合で、攫ったのだから、出来る限りのびのびと生活して欲しいんだ」
「では、まずは、今作っている薬の市販から始めては、如何でしょうか? 軍の報告を待つ事にはなりますが、品質、効能に問題がないのではれば、市販させても問題はないかと」
ガーランドの考えに、これまたガウリオが意見を出す。ガウリオは、クララの事を毛嫌いしているわけではない。ただただ、常に最悪の事態などを考えているだけだった。
だからこそ、こうして、クララのためになる意見も出してくれる。
「品質、効能検査は、卸す前に毎回行うようにしましょう。そうすれば、薬が毒になっている時も、すぐに分かるでしょう」
「そうだな。この市販に関しては、まだ保留としよう。その時が来た時に、改めて議論する事にする。他に、意見がある者はいるか?」
ガーランドがそう訊いても、誰も手を挙げようとも発言しようともしない。このことに関して、意見がある者は、もういないようだ。それを確認したガーランドは、一度頷いてから、次の議題に移っていく。
「次は、勇者の動向についてだ。現在の位置は、どうなっている?」
ガーランドが訊くと、タキシードの男が立ち上がった。この男は、インキュバスのバーボン・ファンタズマ。人族領に潜り込ませている間者の元締めをしている。つまり、リリンの上司だった者だ。
現在のリリンは、クララの世話役という仕事に変更されたので、間者の仕事をしていない。ただ、クララの世話役として、クララに関する情報は集めないといけないので、その情報だけは、他の間者である部下から受け取っていた。
今は、その程度の繋がりしかない。
「現在、勇者達は、国境沿いを移動しているようです。一昨日に街を出たそうですが、その前に近くの領主へと手紙を送っています。どのようなものか探ることは出来ませんでしたが、恐らくは援軍要請かと」
「つまり、これから移動する場所で戦闘をする可能性が高いということだな」
「はい。その通りです。現状、南下をしていますが、どこまで南下するかは分かりません」
「監視を続けろ」
「はっ!」
カルロス達は、今も南下を続けているようだ。援軍を呼んでいるという事は、すぐに戦闘が起きる事はないが、起きる事は確実ということだ。また、魔族の犠牲者が出てしまう。
「いつも後手に回ってしまうが、そろそろ反撃をするべきか……」
「魔王様の理念に反する事になります。下手をすれば、本格的な戦争へと発展する可能性もあるかと」
「現地に駐留している魔族達に任せるしかないのか……」
ガーランドの言葉に、皆、顔を伏せる。自分達の思っていた事は、ガウリオが全部言ってくれた。皆、過去の惨劇を繰り返したくないのだ。
「今後、情報が届き次第、軍と俺に渡してくれ」
「はっ!」
「今回の会議は、ここまでだ」
ガーランドがそう言うと、カタリナ以外の魔族達が立ち上がり、ガーランドに一礼して、部屋を出て行く。
「カタリナは、時折、クララの様子を見るようにしてくれ」
「分かっています」
クララの様子は、寝起きから就寝まで、リリンが見ている。そのため、カタリナが見にいく必要は、あまりないのだが、まだ自由に外へと出ることが出来ないのが現状なので、なるべく知り合いと触れあう機会を用意しようとの考えだった。
クララの生活が一変する事は無かったが、確実に一歩一歩進んでいると言えるだろう。




