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吉兆

 それから数ヶ月の時が経った。クララは、薬室と運動と趣味を繰り返しながら、毎日リリンの部屋で過ごしていた。だが、その間にリリンが目を覚ます事は無かった。

 今日は、薬室も運動も休みの日なので、リリンのベッドの傍で刺繍をしていた。一ヶ月程までに遊びに来たユーリーが教えてくれたものだ。細かい作業だが、クララの性に合っていた。

 クララがリリンの部屋で過ごしている間、サーファは、リリンがやっていた部屋の掃除をしている。クララも手伝おうとしたのだが、すぐに捕まえられ、リリンの部屋に送られてしまった。サーファが言うには、『今は私の仕事だから、クララちゃんはクララちゃんのやりたいことをしてて』との事だ。

 黙々と刺繍を続けていると、視界の端で何かが動いた。


「!?」


 クララは、それに即座に反応した。動いた箇所がリリンのベッドだったからだ。


「リリンさん?」


 クララは、ゆっくりとリリンの顔を覗く。すると、リリンの瞼がゆっくりと開いていった。そして、目が動いてクララの事を見る。


「リ、リリンさん!」


 リリンは声を発そうと口を開いたが、数ヶ月も寝たままだったので、上手く喋る事が出来ていなかった。だが、口の動きだけで、クララの名前を言っているのが分かった。

 クララは、ボロボロと涙を流して、リリンの手を握った。リリンも弱い力で握り返してくれる。それがリリンが起きたという事を、より深く実感させて、クララは、さらに大泣きする。

 そこに掃除を終えたサーファが入って来た。サーファは、瞼を開けているリリンと大泣きしているクララを見て、その場で固まる。そして、膝から崩れずれるように座りこんで、クララと同じように涙を流した。子供のような泣き声を上げながら、大泣きするサーファを見て、リリンは少し驚いていた。クララはともかく、サーファも大泣きするとは思わなかったのだ。

 リリンが知る由もないが、サーファは、クララが目を覚ますまで、一人で二人の世話をしていた。毎日毎日、朝起きて、服を着替えて二人が起きていますようにと願いながら、扉を開き、寝たままの二人を見て唇を噛んでいた。クララが目を覚ましたことで、リリンの世話を二人で一緒にやるようになったが、毎朝の期待は変わらなかった。

 それだけ蓄積された思いが、ここで爆発してしまったのだ。

 リリンは、身体の動かしにくさやクララ達の大泣きから、自分が長いこと眠りについていたと察した。リリンは、空いている腕を動かして、サーファを招く。それを見たサーファは、泣きながらゆっくりと近づいていく。すると、リリンが優しくサーファを抱きしめる。

 まだ声が出ないため、これが自分の気持ちを伝える一番の方法だった。

 その後、泣き止んだサーファがエリノラを呼び、診察して貰った。


「……うん。異常はなし。声もそのうち戻るでしょ。しばらくは安静に。一ヶ月くらいは、聖女ちゃん達に世話してもらう事。無理をすれば、早く治るって訳じゃないんだから」


 エリノラの言葉に、リリンは大人しく頷いた。


「というわけで、リリンの事よろしくね。時折見に来るから」

「はい。ありがとうございました」


 エリノラがいてもやれる事はないので、リリンの診察を終えて帰って行った。それを見送ったリリンは、近くにいたサーファの袖を引いてから、机の方を指した。そこには、リリンが使っている筆記用具がある。声が出ない分、筆談で伝えるという事だ。

 サーファは、すぐに筆記用具を持ってくる。それを受け取ったリリンは、身体強化を使って、メモを書いていく。自力で動かすのが困難であれば、強化して補えば良いという発想だ。魔力に問題はないので、ゆっくりとだが動かせる。

 リリンが書いたのは、


『報告』


 という短い単語だった。さすがに、長文を書く事は難しいので、こうなってしまう。その単語だけで、サーファは何を言っているのか理解した。


「現状は、停戦状態です。ですが、最近人族領で、反乱の兆しがあるようです。まだ先導者も明らかになっていません。加えて、クララさんの手によって勇者の力が失われました。今後、勇者の力がどうなるのか分かりませんが、これを気に終戦までこぎ着けないかという風に言われています。後は……これは、クララちゃんから話した方が良いと思う」


 そう言われて、クララはサーファが何の事を言っているのか分かった。リリンもクララの方を向く。


「えっと、実は私の聖女の力も弱まってしまって……」


 リリンは、眉を動かして少し驚いていた。すぐに紙に文字を書いていく。


『お身体に変化は?』

「あ、ないです」

『なら、良かったです』


 リリンからしても、クララに聖女の力があるかどうかは、特に気にする内容ではないので、クララの体調の方を気にしていた。見た感じでもクララは普段通りに見えているので、クララの言葉は嘘ではないとリリンは判断する。


「それじゃあ、私達は、ここで失礼しますね。リリンさんは、おやすみください」


 サーファは、クララを抱き上げながらそう言う。さすがに、数ヶ月間昏睡状態だったリリンに、普段通り起きていて貰うのは無理があるからだ。

 サーファの気遣いにリリンは頷く。それを見てから、サーファはクララの部屋へと移動する。クララは、部屋を移動する直前にリリンに手を振った。それに対して、リリンは微笑んで応えた。

 クララ達がいなくなった部屋で、リリンはまっすぐ天井を見上げた。


(勇者の力を消失させた反動でしょうね。聖なる力の対消滅と考えれば、納得は出来ますね。クララさんが気にされていないのは幸いでした。いえ、もしかしたら、既に立ち直った後なのかもしれませんね……)


 リリンは、そこまで思考して意識を手放した。


────────────────────────


 部屋に戻ったクララは、サーファの膝の上で、ご機嫌に刺繍を続けていた。リリンが起きた事が、とても嬉しいのだ。サーファも同じ思いなので、尻尾が大きく揺れている。

 そんな二人の元にカタリナがやって来た。


「リリンが目を覚ましたって聞いたけど」

「あ、カタリナさん。はい。先程目を覚ましました。今は、休んで貰っています」

「そう。なら、顔を見るのは、後日にした方が良さそうね」


 カタリナは、リリンのお見舞いを諦める。さすがに、寝ている所を起こすわけにはいかないからだ。リリンのお見舞いが出来ないと知った後も、カタリナは執務室には戻らず、二人の正面にある椅子に座った。


「実は、人族領での反乱が、本格的に始まったみたいなのよ」

「はぁ……」


 真剣な表情で言ったカタリナは、淡泊な返事をするクララに、少し驚く。


「あまり興味ないかしら?」

「興味自体はありますけど、どうせ、失敗に終わると思いますから」

「まぁ、クララちゃんからすると、そう思ってしまうのも無理は無いわね。でも、人族のほとんどがそれに加担しているってなったら、どうかしら?」

「えっ!?」


 これには、クララも驚いた。クララの認識では、人族は、王族や教会に逆らえない。だが、今回の反乱に手を貸しているとなると、何かが変わったと考えられる。


「でも、急にどうして……?」

「そこは、まだ報告が来てないからなんとも言えないわね。ただ、まだ事実確認が出来てないけど、先導者が勇者という情報もあるの」

「え?」


 クララは、かなり困惑していた。カルロスの勇者の力は、クララが消したはずだと思ったからだ。これで、勇者の力が消せていないのであれば、カルロス達が退いている理由が分からなくなる。


「意味が分からないわよね。私も聞いた時は、『はぁ?』って声が出たもの。王族や教会の悪行を公表して、今こそ悪政を討つときって言っているらしいわ。勇者の名前を騙った誰かなのかは、調査を続けているところよ」

「そうですか……」

「ベルフェゴールによると、完全に殺しはしてないらしいから、もしかしたら本物の可能性も十分にあるわ」

「何も起こらないと良いんですけど……」

「そうね。これ以上魔族領に攻め入ってくるようであれば、あの人も動く事になると思うわ。クララちゃんやリリンが昏睡状態で運ばれてきた時、自分も出なかった事を後悔していたもの。あの人が死んだら、こっちも困る事になるっていうのにね」


 これはクララには黙っていた事だったのだが、ガーランドは、クララとリリンが昏睡状態になっているのを見て、魔王城の壁が凹むような威力で八つ当たりをしていた。これに関しては、後でカタリナに怒られた。


「もし、クララちゃんが聞きたいと思うのなら、また反乱の情報を持ってくるけど、どうする?」

「お願いします」


 内容が内容なだけに、クララもこの反乱がどうなってしまうのか興味があった。これで人族領が変わるような事があれば、自分のような悲劇を減らせるかもしれないからだ。


「分かったわ。それじゃあ、リリンによろしくね。また、来るわ」


 カタリナは、クララの額にキスをしてから、何故かサーファの額にもキスをして、部屋を出て行った。


「……ついでかな?」


 自分にもされた理由が分からず、サーファは困惑していたが、そこまで気にするような事でもないと思い、クララを抱きしめながら、クララがやっている刺繍を見ていた。

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