目覚め
魔族の勝利に終わった日から、数日が経った。クララの祝福により、戦闘による負傷者は全員癒えているのだが、それ以前に出た犠牲に関しては、どうしようも無かった。だが、それでも予想以上に犠牲の数は少なかった。
多くの魔族は、この勝利を喜んだ。犠牲に関しては、もうどうしようもない。この犠牲には、デズモニアの魔族が総出で追悼式に参列した。
ガーランドにより、今回の犠牲者達への追悼が行われ、その家族達は涙した。そして、同時に最後の最後まで、皆を助けようと奔走したクララを称えた。
そのクララは、未だに目を覚ましていない。全魔力の消費だけなので、二日程寝ていれば起きると思われていたが、現在も寝たままだ。エリノラの診断では、魔力の消費以外にも原因があるとの事だったが、その原因は、エリノラが診断しても全く分からなかった。
そして、クララと同じく、リリンも目を覚ましていない。こちらは、出血量が多かった事に加えて、聖剣に斬られたという事が大きいとエリノラは見ている。同じように、聖剣に斬られているベルフェゴールが、傷は治っているが、身体の奥に違和感があるという風に報告していた。エリノラは、これを聖剣の呪いと見ていた。
この状況で一番堪えているのは、サーファだった。クララもリリンも目を覚まさない。毎日毎日、二人の部屋に来ては、身体を拭いて早く目を覚まさないかと願っている。ずっと心臓を握られているかのような苦しさを感じていた。
それから、さらに数日が経過した。その頃には、戦闘の後始末も終わり、元の生活が戻って来ていた。その中で、サーファはいつも通りリリンの身体を拭いてから、クララの元にやって来た。
「クララちゃん?」
もしかしたら、返事をしてくれるかもしれないと思い、声を掛ける。いつも通りなら、何も返事がない。だが、今日は違った。
「……は……い……」
「!!」
サーファは、クララに近づいて顔を覗きこむ。すると、クララがゆっくりと目を開いていった。
「サー……ファ……さ……ん……」
「うん! そうだよ!」
サーファは、ボロボロと大粒の涙を流してクララの頬を撫でる。クララを撫でてくれる手は、震えていた。今ある現実が、実は夢なのではという恐怖からだった。だが、手を通じて感じるクララの体温は本物。それに、クララ自身がサーファの撫でに対して、自分から頬を擦りつけるように動かしている事からも、これが現実だと判断出来る。
「待ってて。今、エリノラさんを呼んでくるから」
サーファは、すぐにクララの部屋を飛び出して、エリノラの元に駆け出した。それを視線だけで見送ったクララは、ゆっくりと自分の手を持ち上げた。
(この感じ……力がほとんど消えてる……勇者の力を消した時に、一緒に消えたのかな)
クララは、自分の身体の中に、聖女の力がほとんど無いという事に気が付いた。勇者の力を消すのは、聖女の力を犠牲にしないといけなかったのだ。今のクララは、聖女の力を前の半分も使えないだろう。
「もう聖女じゃないのか……」
そう呟いた直後、サーファが、クララの元にエリノラを連れてきた。エリノラは、手早くクララの状態を診断する。
「……ずっと寝ていたから栄養不足だって事を除けば、問題はなさそう。聖女ちゃん自身はどう?」
「聖女の力が、ほとんど消えてます」
「「!!」」
これを聞いた二人は驚いてクララを見る。
「本当に?」
サーファの確認に、クララは縦に頷く。
「完全に無くなったわけじゃないので、少しは回復すると思いますけど、前までのような力は出せないと思います。一応、私が聖別した杖と祭服、絵画から、力は感じますが」
「そうなんだ。それで、クララちゃんの身体に影響はないの?」
これまであった力の大部分が消えたと聞いたため、サーファはクララの身体にも異常が出ているのではと心配になった。
「その影響が、今日までの昏睡かな。いきなり力がなくなったから、その分を補うための準備をしていたんだと思う」
エリノラの診断に、クララは少し納得した。同時に、一つ疑問があった。
「私って、どのくらい寝ていたんですか?」
「大体二週間くらいかな」
「そんなに……」
思っていたよりも寝ていた事に、クララは驚く。
「取り敢えず、聖女ちゃんが、前に聖別した物を近くに置いて、そこから力を戻せないか試してみたら? その方が早く回復するかもだし」
「そうなんですか?」
「やってみないと分からないけど、聖別した物に宿っているのは、聖女ちゃんの力なんでしょ? それなら可能性はあると思う」
エリノラがそう言ったので、サーファは、祭服と杖を持ってくる。そして、クララの身体を起こして、祭服を着せた。
「絵画はそこにあるし、杖も傍に置いておくね」
「ありがとうございます。そういえば、リリンさんは、どこにいらっしゃるんですか?」
クララがそう訊かれたサーファとエリノラは、表情を曇らせてしまう。だが、そこで何も言わないという事は出来ず、サーファが教える。
「リリンさんは、まだ目を覚ましてないんだ」
「恐らく、聖剣の呪いが残っているんだと思う。聖女ちゃんのおかげで、限りなく薄くなっているだろうから、目を覚まさないって事はないと思う」
「私の治療が間に合わなかったから……私のせいで……」
「違うよ! 寧ろ、クララちゃんの治療が間に合ってくれたから、リリンさんは今も息をしてくれているんだよ! クララちゃんのせいじゃない! クララちゃんのおかげなの!」
サーファは、クララの頬に両手を添えてそう言う。これは、一言一句本当の事だった。あの時、クララの治療が遅れていれば、それだけリリンの命が危うかった。カルロスを吹き飛ばし、すぐに治療を始め、間に合わないと判断して回復薬を投与した。この判断がなければ、リリンは死んでいた可能性が高い。
つまり、今、息をしている事自体がクララのおかげだという事になる。
「取り敢えず、聖女ちゃんは、最低三日間安静に。消化の良い物から食べさせてあげて」
「分かりました。診察して下さってありがとうございました」
サーファが頭を下げてお礼を言う。クララは、寝たまま何とか頭を下げた。
「良いの良いの。今回の事とかあって、聖女ちゃんの主治医になったわけだからね。また、何かあったら呼んで」
そう言って、エリノラはクララの部屋を出て行った。
「それじゃあ、私は、カタリナ様にも報告してくるから。眠かったら寝て良いからね」
「はい。分かりました」
サーファがカタリナの執務室に向かおうとしたその時、クララの部屋の扉が勢いよく開く。
「クララちゃん!?」
ちょうどクララ達のお見舞いに行こうとしていたところで、エリノラと鉢合わせて、クララが起きたことを知ったのだ。
カタリナは、涙を流しながら、クララに近づくと優しく頬を撫でた。
「大丈夫そうね」
「力がほとんど無くなった事以外は」
「力が? その心当たりはあるの?」
「一応、勇者の力を消し去ったので、その反動だと思っています」
「勇者の力を消し去った? そう……詳しい話は、クララちゃんが元気になってから、聞く事にするわ。とにかく目を覚ましてくれて良かったわ。おかえりなさい」
「ただいまです」
カタリナは、クララの額にキスをしてから部屋を出て行った。ガーランドやマーガレット達にも知らせる必要があるので、少し急いでいた。
「報告をする必要なくなったし、取り敢えず寝ようか」
まだまだクララは本調子じゃないので、まずは寝て調子を戻していく必要がある。
「じゃあ、傍にいてくれますか?」
「うん。じゃあ、一緒に寝ようか」
サーファは、クララのベッドに入ってそう言う。クララは、一緒に横になったサーファにしがみついた。そして、野営地のテントでもしたように、サーファの腕枕で眠りにつく。
サーファは、自分にしがみついて、寝息を立てているクララを見て優しく微笑んだ。これで一つの懸念が消えた。後は、もう一つの懸念であるリリンが目を覚ましてくれれば、いつもの日常に戻れる。
(早くいつもの日常に戻れたら良いなぁ……)
クララが起きた事で興奮しすぎたのか、サーファも本当に眠くなってしまい、クララと一緒に眠りについた。