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祝福

「リ、リリンさん!!」


 目の前でリリンを斬られた事で、クララの頭は真っ白になり、魔法の衝撃波を無詠唱で放ち、カルロスを大きく吹き飛ばした。


「ぐあっ!!」


 カルロスが地面を転がっている間に、クララは、リリンの治療をする。勇者の力が、クララの回復を阻害してきたが、相当に怒っているクララの聖女の力で、即分解された。


(駄目だ……これじゃ止血しか出来ない……なら!)


 クララは、祭服の胸ポケットから一つの瓶を取り出す。これは、クララが込められる限界ギリギリまで魔力を込めたせいで、最早消毒液ですら無くなった回復薬だ。本当にギリギリを攻めたので、たったの一つしか作る事が出来なかった。

 クララは、躊躇いなくリリンに使用する。その回復薬によって、リリンの傷はたちまち塞がっていき、何とか命は繋ぐことが出来た。だが、それだけで、リリンが目を覚ましはしない。


「リリンさん……リリンさん……」


 クララは涙を流しながら、リリンに呼び掛けるが、リリンは目を覚まさない。

 そんな中、カルロスは、少し戸惑っていた。それは、リリンとベルフェゴールが身を挺して、クララを庇ったからだった。それは、クララの言っている事が本当だと証明出来るくらいの出来事だったからだ。魔法を使ってクララを守るのは、利用価値があるからで説明が出来るが、自分の命を投げ出して助ける程の事では無い。それでも、二人は自分を犠牲にしようとしていた。

 自分の考えが揺らいだカルロスだったが、またすぐに首を横に振った。自分の考えが間違っているなんてあり得ないと思っているからだ。

 聖剣を杖に立ち上がったカルロスは、裏切り者であるクララを殺すために動き出す。


「させませんよ」


 最早、死に体に近づいているベルフェゴールが、クララとカルロスの間に割り込む。


「邪魔だ!!」


 カルロスは、ベルフェゴールを斬り捨てようとしたが、そこにネリが飛んできて、聖剣を止めた。同時に、ベルフェゴールが飛んできたネリを、カルロスに向かって蹴り飛ばす。

 カルロスは、思わずネリを受け止める。そして、バネッサ達と戦いながら、意識のないネリを飛ばしてきたサーファを睨んだ。

 そのサーファも冷ややかな目でカルロスを睨みつけながら、バネッサ達をいなしていた。

 そんな中、呼び掛けても意識を戻さないリリンをその場に寝かせたクララは、杖を握りしめて、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、深呼吸を一回すると、カルロスを睨みながら詠唱を始めた。


「『魔族の聖女たるクララ・フリーゲルが希う』」


 それは、誰も聞いた事がない詠唱。


「『我が(ともがら)に安寧の時を』」


 それは、誰も知らない魔法。


「『我が輩に護るための力を』」


 それは、自分ではなく他者へと紡ぐもの。


「『我が輩に生きるための力を』」


 それは、聖女の加護などを超えたもの。


「『(みな)永久(とこしえ)の平穏を』」


 クララの身体から、金色の魔力が噴き出す。


「『魔族の聖女たるクララ・フリーゲルが与えん』」


 魔力は、空まで噴き上がるとある方向に向かって飛んでいった。


「『皆に祝福あれ』」


 クララの魔力は、魔王城にぶつかり、世界中に撒き散らされる。この魔力の影響を受けるのは、全ての魔族だった。魔族達の身体を金色の魔力が覆っていく。その瞬間、魔族達の傷が癒えていき、力が身体の奥底が湧き上がってきた。

 これがクララの能力。名前を付けるとすれば、【祝福】となるだろう。魔王城を経由する事で、漏れなく全ての魔族へ届けた。結果、人族の優勢だった今回の戦闘がひっくり返る事になる。


「これは……」


 ベルフェゴールとサーファも同じように恩恵を受けていた。ベルフェゴールの傷が、全て癒えていく。サーファは怪我をしてないが、身体中から湧き上がってくる力を感じる。


「虚仮威しが!!」


 聖剣と自分の力を過信しているカルロスは、ベルフェゴールに斬り掛かる。ベルフェゴールは、その聖剣を軽く避け、カルロスの顔を軽く殴る。


「ぐっ……!」


 先程までであれば、この程度の攻撃ではダメージにもならなかったのだが、クララの力が加わった今では、それだけで蹌踉けてしまう。


「ふむ……これは興味深い」


 ベルフェゴールは、追撃として氷の矢を何百本も一気に生み出し、順次放っていく。カルロスは、ベルフェゴールが放つ矢を次々に斬り払っていく。だが、ベルフェゴールは、次々に量を増やしていくので、常に対応せざるを得なくなっていた。

 一方で、サーファもさらにバネッサ達を圧倒していた。メラーラが放ってくる魔法を、局所強化を使った拳で弾き飛ばす。あれからサーファも自主練を重ねており、デメリット無しに局所強化を使えるようになっていた。さらに、クララの祝福によって、さらに強化されているので、魔法すらも弾けるくらいになっている。

 自慢の魔法が悉く通じず、メラーラは涙目になっていた。そんなメラーラに、局所強化をしたサーファの蹴りが打ち込まれようとしていた。だが、その間にバネッサが割り込んできた。バネッサは剣を盾にしたが、サーファの蹴りによって折れた。

 サーファは、そのまま止まらず、後ろ回し蹴りで、バネッサの側頭部を蹴る。その一撃で、バネッサは白目を剥いて倒れた。圧倒的な力で、ネリとバネッサを倒したサーファを前に、メラーラは、涙を流しながら尻餅を付いていた。


「あっ……あっ……」


 メラーラは言葉も出せず、ただただ怯えていた。完全に戦意喪失しているメラーラを見逃してあげる……という事もなく、サーファの拳が顔面に叩き込まれて、メラーラは意識を失った。死んでいないだけ温情が与えられたと思った方が良いだろう。

 さらに一方で、リリンを見ていたクララは、リリンにも自分の魔力が与えられているにも関わらず、目を覚ます気配がない。クララは歯を食いしばりながら、カルロスを睨む。


「私達なんかに、こんな大層な力があるから、不幸になる人がいなくならないんだ!! こんな力は私達には要らない!!」


 クララはそう言いながら、杖をカルロスが持つ聖剣に向ける。


「な、何をするつもりだ!! やめろ!!」


 カルロスが咄嗟にそう叫ぶが、それで止まるはずもない。カルロスに聖剣にクララの金色の魔力が纏わり付いていく。カルロスは、自分の魔力で上書きしようとするが、怒り心頭に発しているクララの力は、勇者の力を即座に分解し、上書きが出来なかった。


「【浄化】」

「やめろオオオオオオオオ!!!!」


 カルロスの叫びと共に、聖剣が砕け散る。それだけに留まらず、カルロスの身体も聖女の魔力が覆っていく。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 カルロスが、胸を押えて、苦しそうに叫ぶ。クララは、無情にただカルロスを見て、全魔力を込める。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 カルロスの身体から、煙が上がっていき、そのまま倒れ伏した。クララの全魔力を込めた浄化は、クララの思惑通り、カルロスから勇者の力を消し去った。クララが勇者の力を憎み、消し去りたいと願ったからだ。

 全魔力を消費したクララは、そのまま意識を失ってしまう。そこに、バネッサ達を倒し終えたサーファが駆け寄って、倒れる前に受け止めた。


「クララちゃん!」


 サーファはすぐにクララの呼吸や心音が正常か確認する。どちらも正常だった事を確認出来て、サーファは安堵する。そんなサーファの元に、ベルフェゴールが近づく。まだカルロスに意識がある事を見抜いていたため、そちらを警戒していた。


「ここは私にお任せを。サーファ殿は、聖女殿達を後方へ」

「すみません! お願いします!」


 ベルフェゴールの指示に頷いたサーファは、上着を脱いで、クララを自分の背中に括り付けた。そして、リリンを抱き上げて、後方に向かって駆け出した。いくら獣族が身体能力に優れていると言っても、ここから後方まで駆けていくのは、厳しいところがある。どこかで迎えの馬車に乗せて貰うしかない。


(他の方々は避難したのかな? 唐突に勇者達が襲ってきたから、そっちまで気が回ってなかった)


 サーファは、野営地に残っていた他の魔族達の心配をする。現状二人を連れて行くのが最優先のため、捜索は出来ないので、無事でいる事を祈った。


────────────────────────


 サーファ達が後方へと避難した直後、カルロスが立ち上がる。


「まだやる気ですかな?」


 カルロスは、勇者としての力を失っている。自分自身の事なので、カルロスも感覚で理解していた。自分には、もう魔族を虐殺した際の力は残っていない。それを理解しているにも関わらず、カルロスは、ベルフェゴールに向かって拳を構える。


「例え力を失ったとしても、俺は人族を救う勇者だ!!」


 自分に向かってくるカルロスを、哀れな存在と思いつつ凍結させた。勇者の力の全てを失っているカルロスには、これを防ぐ術もなかった。


「運が良ければ、誰かが助けてくれるでしょう」


 ベルフェゴールはそう言って、凍ったカルロスを人族領の方に向けて吹き飛ばした。凍らせているが、ベルフェゴールの魔法という事もあり着地で壊れるという事もないだろう。

 カルロスへの対処を済ませたベルフェゴールは、次に気絶しているバネッサ達を見る。


(ふむ……捕虜にして、情報を聞き出す方が良いかもしれませんな)


 ベルフェゴールは、バネッサ達を捕虜として捕縛し、今後の人族の動きを確認する事にした。魔法で三人の手足を縛る。この際、メラーラだけは口も封じた。そして、その身体を浮かせて、前線の野営地まで運んでいった。そして、野営地に三人を閉じ込め、自分は前線に出ていく。


「降伏するのであれば、捕虜としての身分は保証しますが?」

「ふざけるな!!」


 降伏するように言っていくが、誰も降伏する事はなく、ベルフェゴールによって、次々に倒されていった。ベルフェゴールが来る前から、完全に魔族側に戦況が傾いていたのだが、ベルフェゴールが参戦した事によって、さらに大きく傾く事になった。もはや、人族側に勝ち目などあるはずもなく、魔族領に攻めてきた人族は、その数を十分の一に減らして帰還する事になった。

 帰還の途中で、凍らされたカルロスを拾っていった。だが、そのカルロスも、既に勇者ではない。この戦いで、人族は戦力のほとんどを失い、さらに最大の戦力である勇者すらも失った事になる。

 この戦いは、圧倒的に魔族の勝利で終わった。

 人族は、聖女と勇者という魔族に対抗出来る力を両方失っている。この事から、もう人族が魔族に挑んでくる事はないと考えられる。

 この戦いの勝利は、同時に長きに渡る平和を獲得したのだった。

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