クララの薬室
改稿しました(2022年6月6日)
二日後、クララの薬室の完成予定日が訪れた。その日、クララは、朝からそわそわとしていた。
「もう少しお持ちください。ただいま、最終点検をしているところですので」
「はい」
リリンにそう言われても、クララは落ち着かなかった。クララのそんな様子に、リリンも自然と笑みが溢れる。
「クララさんは、本当に薬がお好きなんですね」
「はい。お母さんがやっていたお仕事だったので、少し憧れていたんです。大きくなったら、お母さんの薬屋を引き継げるんじゃないかって思ってもいたんですよ」
「……そうだったのですか」
クララの夢は、既に叶わなくなっている。故郷そのものがなくなっており、母親の店すらも残っていないからだ。その事を知っているリリンは、少し表情が暗くなる。クララに、同情しているのだ。
「でも、もう出来ないと思っていたことだったので、こんな形でも叶った事が嬉しいです」
「そうですね。クララさんがそう言ってくれて良かったです」
リリンがそう言った直後、クララが暮らしている部屋の壁の一部が崩れた。
「!?」
突然の事に、クララはビクッと震える。リリンもすぐにクララの傍まで移動して、何が起こっても行動できるようにしていた。
二人が警戒していると、空いた穴からずんぐりむっくりの髭を蓄えた男が出て来た。それに、クララはさらに警戒するが、リリンは警戒を解いた。
「むっ、驚かせてしまったか」
「ライナー……あなた、ここを繋ぐって事、二人に知らせたの?」
ライナーと呼ばれた男の後ろから、カタリナが出て来た。カタリナにそう訊かれたライナーは、少し申し訳なさそうな顔をする。
「……そういえば、忘れていたやもしれません」
「はぁ……報告は、しっかりとしておきなさい。ごめんね、クララちゃん。少し驚かせちゃって。利便性とかを良くするために、二つの部屋を繋げることになったのよ。クララちゃんの安全面も考えてね」
「安全面?」
「そうよ。まだ、王城内をうろつける程、信用を勝ち取っていないからね。ここに鍵付きの扉を用意して、外に出なくても行き来できるようにするのよ」
クララの部屋と直通の扉を作ったのは、クララの安全面を考えてのことだった。まだ、クララは完全に受け入れられたわけではない。下手に一人で部屋の外に出ると、どんな目にあうか分からないのだ。
昨日のうちに、カタリナとライナー達職人が話し合って決まっていた。カタリナは、外せない用事があったため、リリンにも知らせるようにと伝えていたのだが、ライナー達は、それを忘れてしまっていたのだ。
「これを付け終わったら、薬室の完成よ」
「じゃあ、中の方は、もう完成しているんですね」
「ええ、色々な器具の動作確認も済ませておいたわ。いつでも使える状態よ。これが終わったら、ライナーが案内してくれるわ」
「えっ、カタリナさんじゃないんですか?」
カタリナが案内してくれると考えていたクララは驚いて、カタリナを見る。少し不安そうにしているクララに、カタリナは、少し困ったように微笑む。
「今日は、この後、色々とやることがあってね。クララちゃんのところで、さぼ……休んでいるのが、メイドにバレて、どやされたのよ……」
「ああ……」
思い当たる節があり、クララは納得した。カタリナは、名残惜しそうにしながら、部屋から出て行った。それを見送ったクララが、扉が設置される部分に視線を向けると、既に扉の枠が完成していた。
「え?」
「初めて見ると驚いてしまいますよね。彼らは、ドワーフという種族の魔族です。物作りが得意で、基本的に建設などは、彼らに要請します」
「そうなんですね。もう扉が完成してる……」
リリンと話していた一、二分程目を離していただけなのだが、さっきまで枠だけだったのが、扉が取り付けられて微調整の段階になっていた。
「彼らは、かなりの力持ちですので、扉の二、三枚は軽々と持ち上げてしまいます。それでいて、手先が器用なので、繊細な装飾なども易々とやってのけるのです」
「じゃあ、物作りでドワーフの方々に勝る魔族はいないということですか?」
「いや、そうでもねぇ」
リリンではない声が会話に入ってきたので、クララがそちらを向くと、ライナーが歩いてきていた。
「認めたくはねぇが、布関係の物作りに置いては、エルフの野郎どもの方が優れている。そっち関係で、頼みたい事があるなら、俺達よりも、あっちに頼むんだな」
「な、なるほど。えっと、私は、クララです」
「俺は、ライナーだ。よろしくな。ほれ、これがあの扉の鍵だ」
ライナーはそう言って、クララに鍵を渡す。
「あんたにも渡しておくぜ」
「はい。ありがとうございます」
リリンにも同様の鍵を渡す。リリンが、クララの世話役だからだ。
「そんじゃ、中の説明をすんぞ」
「よ、よろしくお願いします」
クララはライナーの後に続いて中に入っていく。そこには、三人のドワーフが作業をしていた。
「まずは、ここら辺の器具一式だな。薬学で使うものばかりだが、一部、特殊なものが混じっている。まずは、この魔力注入器だ」
ライナーは、四角い台座の四隅に四本の柱が立ったものを取り出す。
「薬学書にもなかったです」
「だろうな。本来なら、魔道具作りに使うものだ」
「魔道具?」
聞き覚えのない言葉に、クララは首を傾げる。
「……マジか?」
「マジです」
ライナーは、信じられないものを見たように驚いていた。リリンに確認を取ると、リリンは頷きながら肯定する。
「はぁ……魔道具も無しに、どうやって生活していたんだ……」
「えっと、普通にですが……」
ライナーの顔は、驚きから呆れに変わっていった。
「人族の職人は、一体何をしているんだ……」
「武器とかが中心で、生活が豊かになるようなものは、あまり作っていなかったと思います」
「そんなだと、民の不満が溜まる一方だろ」
「いえ、特に不満が噴出するみたいな事はなかったです。それが当たり前だったので」
ライナーは、少し苛立っていた。ライナーからすると、現状に満足して先を目指さないことがおかしい事だからだ。特に生活面では、人々が暮らしやすくなるのに必要な事なので、普通は発展させるだろうと考えていた。
実際、ライナーは、職人になってから数々の魔道具や普通の道具を作っており、それらは、魔族達の暮らしの発展に貢献している。
「ったく、これだから人族は……まぁ、良い。魔道具については、本当に何も知らねぇんだな?」
「はい……すみません……」
「別に、おめぇに、怒ってはねぇよ」
クララがシュンとすると、ライナーは、少し慌てながらそう言った。ライナーとしても、職人ではないクララを責める気はなかったからだ。
「まぁ、簡単に説明すると、魔力を燃料にして動く道具のことだ。おめぇが、普段使っている部屋の照明や浴場がそうだな」
「へぇ~、確かに便利ですもんね」
「そうだろ。そういったものを作るのに使うものが、魔力注入器だ。この台座に、魔道具の素体を乗せて、魔力を入れていくんだ。まぁ、薬学に使えるかは分からねぇが、一応作っておいた。魔道具について知らねぇなら、他の器具も説明が必要になるな」
「お、お願いします」
「任せな。分からなければ、遠慮せずに質問すんだぞ?」
「は、はい!」
そこから、ライナーによる薬室の説明が続いた。クララは、ちゃんと分からない事は質問して、逐一メモを取っていった。これによって、完璧とは言い難いが、何とか薬室の設備について理解する事が出来た。
(この設備を使いこなせるのかな……)
使った事の無い器具ばかりのせいで、クララの中に、一抹の不安が残った。