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言い合い

 それから一週間が過ぎていった。戦闘は続き、段々と魔族側が押されていた。その度に、クララ達後方組は、さらに後方へと野営地を後退させていた。


「魔聖女様の薬が切れました!」


 この報告が来た時、クララは思わず舌打ちをしそうになった。薬を切らした魔族に対してでは無く、いつまでも攻めてくる人族側に対してだ。


「私が一手に引き受けます! 皆さんは、治療をお願いします!」


 クララは、軽傷者重傷者関係なく、勇者の力を無力化させる事にする。その分、クララに負担が集中するが、この状況では他の者達の負担も同様に大きいので、気にしているところではない。


「戦線復帰出来ない負傷者は、最低限の治療の後、さらに後方へと送ります。その選別をお願いします」


 クララのサポートをしながら、リリンが指示を出す。ベアラーやクララが治療に専念しないといけない状況なので、必然的に他の者が指示を出す必要があった。その中では、比較的負担の少ないリリンが適任だった。

 リリンの指示で看護師達が負傷者の選別を行う。


「サーファ、次の運送の手筈はどうですか?」

「既に馬車の準備は出来ています。最初の移送では、五十名が限界です」

「分かりました。重傷者を三十名、医者を十名、軍人を十名で移送を開始してください」

「はい!」


 リリンの指示でスムーズに後方への移動が始まる。その他は、野営地を守る軍人達の事だ。同時に、野営地の設置も担当するため、一緒に連れて行く必要がある。

 そのまま一日が経ち、ある程度の移送が完了してくると同時に、戦闘音が微かに聞こえてくるようになった。


(私達も早く避難しなくてはいけませんね。ですが、クララさんの薬が無い今、クララさんの力は必要不可欠です。おいそれとここを離れる訳にもいきません……)


 本来であれば、カタリナとの約束通りクララの無事を優先したいところなのだが、ここでクララが後方に引っ込めば、一気に人族の軍団が進軍してくる可能性が高くなる。前線の維持にクララが関わり過ぎているのだ。


「重傷者の搬送が終わりました! 次の移送で魔聖女様達も行って下さい!」

「分かりました。あなた達は軽傷者の治療に移って下さい。私達と一緒の馬車で後方に移動しますので、それを忘れないように」

「分かりました!」


 看護師への指示を済ませつつ、魔力を消費しているクララに魔力回復薬を飲ませる。


「クララさんは、少しお休みを。この後の馬車で移動を始めます」

「分かりました……」


 魔力回復薬で、魔力はかなり回復しているが、疲労はかなりあった。


「クララちゃん、大丈夫?」

「はい……ちょっと疲れましたけど」

「うん。移動中は寝て良いからね」

「はい。ありがとうございます」


 取り敢えず、一息つこうとクララが椅子に座ろうとした時、大きな音が響くと共に、クララ達の野営地に何者かが侵入してきた。侵入してきたのは、三人。


「ここが奴等の野戦病院だ! ここを潰せば……」


 侵入者の口が、クララを見るのと同時に止まる。それは、侵入者達がクララの事を知っているからだった。


「ク、クララ……?」

「バネッサ……メラーラ……」


 入ってきたのは、勇者パーティーの三人。だが、ネリに関しては、クララも知らないため、二人の名前しか出なかった。

 クララがいる事に驚いて固まっているバネッサの腹に、一瞬で接近したサーファが拳を叩き込んでいた。


「うぐっ……」


 サーファの重い拳を受けたバネッサは、クララとは反対方向に吹き飛んでいった。あまりに突然の事に反応出来ていないネリの顔面に、サーファの蹴りが命中する。顔面の中央を思いっきり蹴られて、ネリの意識が消える。いかに勇者の加護に守られているとはいえ、急所を打たれても無事とはいかなかった。

 それで我に返ったメラーラが魔法を撃とうとするが、構築段階で妨害された。


「あ、あれ!?」


 そのメラーラに、サーファが拳を打ち込もうとすると、サーファに吹き飛ばされたバネッサがサーファに斬り掛かったため、後ろに跳んで避ける。


「素手でいけますか?」

「何とか」

「魔法は任せて下さい。あの程度であれば妨害出来ます」

「分かりました」


 サーファが前衛、リリンが後衛で構える。同時にバネッサとメラーラも構えた。ネリは、サーファの蹴りで完全に意識を飛ばしていた。バネッサが意識を保っているのは、単に鍛えていたからだった。


「次の馬車は、どのくらいで?」

「出発したばかりですので、早くても一時間程だと思います」

「では、時間を稼ぐというよりも」

「倒すって事ですね。分かりました」

「何をごちゃごちゃ言ってる!?」


 二人が呑気に会話をしている事に苛ついたバネッサが飛びかかる。同時にメラーラが魔法を使おうとするが、構築段階で妨害されたため、また不発に終わる。そこに、リリンが水の矢を大量に生成して、メラーラに向かって放った。


「な、何なのよ!!」


 ベルフェゴールに続いて、リリンにも魔法を無効化されて、メラーラは、涙目で逃げ惑う。バネッサの剣は、素早く身を横にずらしたサーファの前を空振りしていく。そして、サーファの拳がバネッサの顎を打ち抜く。


「あうっ……」


 さらに続けて放たれた拳が、バネッサの顔面に叩き込まれた。バネッサは鼻血を出しながら、後ろに蹌踉めく。そこに追い打ちを掛けようとすると、クララ達の近くにベルフェゴールが吹き飛ばされてきた。


「へ、変態紳士さん!?」

「ごふっ……聖女殿……」


 ベルフェゴールは、クララがいるのを見て、顔を顰める。クララを巻き込んでしまったためだ。自分の力の弱さを悔やんでいる。

 クララは、すぐにベルフェゴールの治療を始める。それほどまでに消耗していたからだ。

 そして、ベルフェゴールが吹き飛ばされたという事は、当然カルロスもやってくる。ニヤニヤとベルフェゴールを見ていたカルロスは、クララがいるのを見て、一瞬足を止める。

 次の瞬間、憤怒の表情でクララを見た。


「クララ……お前、裏切ったのか!!?」


 激昂したカルロスに対して、クララは全く感情が動かなかった。怖いとすら思っていない。


「そっちが捨てたんでしょ。その後の人生を私がどう過ごしても、私の勝手でしょ」


 カルロスは憤怒の表情のまま、ベルフェゴールではなくクララに向かって剣を振り下ろそうとする。


「『断絶せよ』【障壁】」


 クララとカルロスの間に金色の障壁が生まれ、カルロスの聖剣を受け止める。クララの聖女の力とカルロスの勇者の力がぶつかり合う。クララは、ベルフェゴールをこんな目に遭わせたカルロスを嫌い、カルロスは、人族を裏切ったクララを憎んでいる。そのせいで、互いに互いの力を弾いて拮抗していた。

 クララに聖剣を振うカルロスに向かって、リリンが魔法を放つ。出の早い雷魔法だったのだが、カルロスは、易々と避けた。

 メラーラの対応していたリリンがいなくなったので、メラーラの魔法が解放される。この好機を逃さずに、魔法を撃とうとしたメラーラに向かって、バネッサが飛んできた。メラーラは、咄嗟にバネッサを受け止めたため、魔法を中断せざるを得なくなる。

 そこにサーファが突っ込んで行く。リリンがクララの援護に行くので、サーファは一人でバネッサ達を相手にする事になった。

 クララの援護に向かうリリンは、カルロスに魔法を放つ。同時に近くにいたベルフェゴールも魔法を放った。カルロスは、一歩後退して、二人の魔法を斬り裂く。そして、再びクララに聖剣を振り下ろした。クララも再び障壁を張って防ぐ。同時に、魔法でベルフェゴールをその場から後ろに吹き飛ばした。

 ベルフェゴールを守りながらでは、その場から動けないからだ。クララは、障壁を上手く動かして、カルロスの聖剣をいなし、その場から飛び退く。


「魔族の味方をして、何が聖女だ!!」

「聖女なんて、なりたくてなったんじゃない!! 私が何をしたってどうでもいいでしょ!」

「人族の聖女のくせして、魔族の仲間になった屑が!」

「魔族は、敵じゃないって知ったからだよ!」

「魔族は、人族の敵だ!!」

「そんな事ない!! 魔族と人族は、分かり合える!!」


 カルロスの攻撃を障壁で防ぎながら、クララとカルロスの言い合いが続く。クララには、相手を倒すための力が無いので、基本的に防戦一方になる。


「そいつらは、人族を殺す!!」

「人族だって、魔族を殺す!! 殺し殺されてを繰り返すなんて、馬鹿のする事だ!!」

「お前の両親もこいつらに殺されたんだろ!!」

「私の両親は、教会に殺されたんだ!! 私に魔族を憎む感情を持たせるために!!」

「世迷い言を!!」


 カルロスの中では、教会も人族領の上層部も自分の味方という事になる。そんな人達が、自分達の仲間である人族を殺す訳がないと考えていた。


「あなたが勇者になって、魔族が人族の領地に攻め入った事が一度でもあった!? 一方的に、人族が魔族領に攻めているだけでしょ!? 第一、私の暮らしていた場所は、魔族領から遠く離れてる! その間にあった街が無事で、私の故郷だけが滅ぼされている時点でおかしな話でしょ!!」


 それを聞いて、カルロスは少し動揺する。改めて考えてみると、クララの言う通りおかしな部分があるからだ。だが、カルロスは首を横に振って、その考えを消した。そのまま考えていると、自分のアイデンティティが失われてしまう感じがしたからだ。


「だが! 勇者と聖女は、魔族を殺すために存在している! それは事実だろ!!」

「それが、そもそもの間違いなんだよ!! 勇者と聖女は、魔族を殺すためじゃない! 人族を守るために存在したの!! 勇者、聖女、そして、魔王! これが、それぞれの抑止力になれたんだよ!!」


 これが魔族領に来てから得たクララの考えだった。勇者と聖女、そして魔王が存在する事によって、互いに攻め込まない。互いに抑止力になり、最終的に平和に続くかもしれないと考えている。


「そんなものは要らない!! 魔王を殺し、魔族を滅ぼせば! 人族は平和に暮らせんだよ!!」

「そんな事しなくたって、平和に暮らせる! 実際に、私は魔族領で一年も暮らし続けたんだから!! 私という人族を受け入れてくれる魔族達がいるのだから、平和的解決法があるはずだよ!」

「それは、お前に利用価値があるからだろうが!」

「違う!! 心を通わせて、友人にだってなってる!!」

「それ自体が、奴等の思惑だろうが!!」


 魔族を敵と考えているカルロスからすれば、クララは魔族に利用されている哀れな馬鹿にしか見えなかった。


「そんな事ない! そうやって、相手の事を何も知らないで、理解しようともしないから、ずっとぶつかり合う事になるんだ!! 互いに理解し合う事が理想的な解決方法でしょ!!」

「そんなもんは、理想論に過ぎねぇ!! そんな楽観的な考えで、人族と魔族の溝が塞がると思ってんじゃねぇ!!」


 そこで、カルロスが力強い一撃を振り下ろす。正面から受けられないと考えたクララは、障壁を斜めにして、攻撃をいなした。


「塞ぐ努力もしないで、何を言ってんの!!」

「それすらも馬鹿馬鹿しい考えなんだよ!!」


 カルロスの突きがクララに迫る。クララは横にステップを踏みつつ、障壁を張る。同時に、リリンとベルフェゴールが、カルロスの足元を泥濘ませ、バランスを崩させる。

 クララとカルロスの攻防は、かなり激しいもので、聖剣を振り回すカルロスにリリン達は近づけないので、魔法による牽制しか出ていなかった。


「あなたは、魔族に何かされたの!? だから、そんなに恨んでるの!?」

「俺のことは関係ない! 人族が何をされたかだ!!」

「いつの話をしているの!! 自分達が生まれてもいない昔の事をいつまで引き摺るつもりなの!! 恨みの話で考えれば、今は、魔族からあなたへの恨みの方が強いでしょ!! 一方的に虐殺を頼んでいる異常者が!!」

「それが必要な事だからだ!!」

「虐殺の必要なんてないって言ってるでしょ!!」


 話は永遠に平行線を辿っている。魔族領で暮らし、魔族の事を知ったクララは、魔族が一方的に悪いなんて事はないと知っている。それどころか、この現状に関しては、人族のせいだとも分かっている。

 だが、人族領でしか育っていないカルロスには、そんな考え一切ない。周りも全員魔族が悪と言っているのだから、魔族が悪としか考えられないのだ。

 この平行線状態に、さらに苛ついたカルロスは、リリンとベルフェゴールの魔法攻撃を聖剣で斬らず、体捌きだけで避けてクララに接近した。クララは障壁を張ろうとするが、ここまでの疲労に加えて、この攻防でさらに疲労により、足の力が抜けてしまった。


「あっ……」


 それを見て、即座にベルフェゴールが間に入るが、ここまでの怒りでさらにパワーアップしたカルロスの蹴りで吹き飛ばされる。


「死ねェエエエエ!!」


 クララは、カルロスの攻撃を真っ正面から全力の障壁で受け止める。障壁と聖剣がぶつかり合う。これまでなら、ここ拮抗したが、今回はカルロスの怒りで、勇者としての力も増している。

 その結果、障壁が割れてしまった。


「!!」


 聖剣が振り下ろされる。クララは、咄嗟に杖でガードしようとするが、恐らく間に合わない。絶体絶命のその瞬間、クララに衝撃が襲い掛かる。


「!?」


 クララとカルロスの間に割り込んできたリリンが、聖剣の攻撃を受けたのだ。リリンの背中には羽が生えている。羽を使って、一気に加速し、クララとカルロスの間に割り込んだ後、後ろに向かって飛んだのだ。だが、それでも聖剣の攻撃を避ける事は出来ず、袈裟掛け斬られてしまった。

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