出発
そして、出発の日。準備を整えて、杖と荷物を持ったクララは、魔王城前に来ていた。そこに、ナイトウォーカーと馬車が用意されている。クララ達は、これで戦場の後方まで向かう。戦闘はまだ始まっていないので、すぐに出番があるというわけではない。
見送りには、カタリナとガーランドが来ていた。
「無理はしないようにな」
「無事に帰ってくるのよ」
「はい。行ってきます」
クララは、カタリナとガーランドに手を振って馬車に向かう。カタリナとガーランドも、クララに手を振り返していた。
そんな二人に見送られながら、クララはリリンの手を借りて、馬車に乗り込む。そして、リリンとサーファは、カタリナとガーランドに頭を下げてから馬車に乗り込む。
クララ達が馬車に乗ると、すぐに馬車が動き出す。クララは、馬車の窓から流れる景色を見ていた。すると、そこにサラがいるのを見つける。そわそわしているのを見て、自分を探しているのかと思い、窓から顔を出す。すると、サラがクララを見つけた。
サラは、すぐにクララの馬車に近づいた。
「クララ、戦場に行くって本当だったの!?」
「うん。私に出来る事があるから」
「そう……じゃあ、これも持っていって」
サラは、クララに何かが入った布の袋を渡した。
「これは?」
「色々な薬草。今日収穫したやつ。もしかしたら、向こうで材料が必要になるかもだから」
「ありがとう。使わせて貰うね」
「うん。気を付けて」
物資を渡したサラは、クララに手を振って離れていく。クララも手を振って応える。馬車は段々と速度を上げていったので、サラは見えなくなっていった。だが、そこで別の声が上がった。
「魔聖女様だ!」
「魔聖女ちゃん! 頑張って!」
「気を付けるんだぞ!」
「またお店に来てね!」
街の住人達がクララに声援を送っていた。この半年で、城下街に何度も行っていたので、住人からの人気は高くなっていた。それでも、名前よりも魔聖女という肩書きの方で呼ばれる事が多かった。これは、クララを馬鹿にしているという訳ではなく、ガーランドやカタリナのように慕っているからこその事だった。この声援を送る住人達の中には、アリエスとオウィスの姿もあった。
皆に手を振って、声に応えていき、城下町から出たところで、クララも馬車に戻る。
「皆、心配してくれます」
「当たり前です。友人を心配しない者などいませんよ。カタリナ様達からしたら、家族という認識だと思われますが」
「今回の戦い、こちらに勝ち目はあるんですか?」
ここまで訊けなかった事だが、クララはこの場で勇気を出して訊いてみた。
「どうでしょうか。正直なところ、勇者の力は未知数です。ベルフェゴール殿も魔王軍本隊もいますので、不利だとは思いませんが、負ける可能性はあると見た方が良いでしょう」
この言葉に、クララは少し緊張感を得る。だが、すぐに首を振って、その緊張感を取り除く。
(私よりも前線で戦う人達の方が緊張するんだ。私は、後方で、でんと構えておかなきゃ。私が、皆が安心出来る場所を作るんだ)
クララは、ただ怪我人を治す事を目的とせず、後方に送られてきた魔族達が安心して貰えるようにしたいと思っていた。
「クララさん」
「あ、はい」
思考に夢中になっていたクララは、リリンに呼び掛けられて、顔を上げる。すると、いきなり口を唇で塞がれた。いつも通りいきなりの事なので、クララは目を丸くする。
「思い詰め過ぎです。誰かの為を思うのは、クララさんの良いところだと思いますが、それでは視野が狭まるだけです。魔聖女の奇跡は、今や全ての魔族が知っている事です。そんな魔聖女様が険しい顔をしていたら、皆も危ない状況だと思ってしまいます。いつも通りのクララさんでいてくださった方が、安心出来ますよ」
「い、いつも通りですか?」
「はい。クララさんの笑顔には、その力があるのです。治療は真剣にやって頂かないといけませんが、その笑顔が相手を安心させるという事もお忘れなく」
リリンにそう言われて、少し力の入っていたクララの肩が下がる。そして、クララは横に座っているサーファの膝を枕にした。
「ちょっと張り切っていたかもしれません」
「張り切るのが悪い事ではありませんが、今はまだ戦場ではありませんので、ゆっくりとしましょう」
「……はい」
クララは、サーファの膝を枕にしたまま寝息を立て始めた。ここで張り切って起きているよりも寝て体力を温存する事にしたのだ。サーファは、ゆっくりとクララの頭を撫でてくれるので、クララは安心した顔で寝ていた。
「やっぱり勇者が相手となると、クララちゃんも思うところがあるみたいですね」
「そうですね。ほぼ確実に大怪我をする者が絶えないでしょう。私達も走り回る事になりそうです」
「こんな争いが無くなればいいんですが……」
サーファは、クララの寝顔を優しい眼差しで見ながらそう言う。魔族と人族の争いが、いつまでも残っているから、クララの両親は殺された。それを考えると、こんな争いに意味があるのかと思ってしまっていた。
「今はまだ難しいですが、いつかそうなると良いですね」
「そうしたら、クララちゃんの故郷にも行けるかもですし」
「そうですね」
三人を乗せた馬車は、一直線に目的地に向かっていく。クララの最後の戦いが始まる。
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一方で、人族側でも動きがあった。勇者率いる人族の集団が魔族領に向かって歩いていた。と言っても、馬車なども一緒にいる。そこに載っているのは、全部物資という事もあり、人は自分で歩いているのだ。ただ、勇者パーティーだけは馬車に乗って運ばれている。人族最大の戦力のため、体力を温存させているのだ。
「なぁ、カルロス。本当に、もう魔王を倒しに向かうのか?」
カルロスのパーティーメンバーの一人である戦士のバネッサが、カルロスに訊いた。半年以上前に、ものすごい修行(本人達にとっては)をして、魔族領に挑んだところ、前まで勝てた戦いですら、惨敗したのだ。その時の記憶が、バネッサには、まだ新しいものとしてあった。
「あん? 当たり前だろ。あれから半年も修行を重ねてんだ。そう簡単に負けるかよ。それに、勇者の加護で、他の奴等も強くなってんだぞ。負ける要素がどこにあるってんだ」
カルロスはそう言いながら、隣にいる魔法使いのメラーラの胸を揉んでいた。メラーラは、声を漏らさないように手で口を押えている。どこからどう見ても緊張感はない。リリンによって、気が楽になったクララとは違い、カルロスには最初から緊張感がないのだ。力が増した事による増長が招いた事だった。
だが、このおかげで、バネッサ達も緊張が薄れていた。意図した事では無いが、それでも少しは良い事だったと言えるかもしれない。
「そういや、クララのやつは、今、何してんだろうな」
「いきなりなんだ?」
バネッサがクララの事を話題に出した事でカルロスが少し不機嫌になる。自分の言う事も聞かない役立たずだったため、カルロスからのクララの評価は最低辺だったからだ。
「私の前任で、聖女だった人ですよね? 教会の発表では、まだ行方不明との事ですが、強い方ではないようですし、もう亡くなっているのでは?」
クララの後に仲間になった回復要員のネリがそう言う。クララとの思い入れもないので、若干どうでもよさげだった。メラーラは、少し気になっていたが、カルロスの手は止まらないため、すぐにどうでもよくなった。
「死んでようが生きてようが関係ねぇよ。これから行くのは魔族領なんだからよ」
「まぁ、そうなんだけどさ」
それ以降、バネッサの頭の中からもクララの事は消えていった。今気に掛けたのも、たまたま思い出したからであって、常に気に留めていた訳でもないので当然ではあった。
その後、本格的に欲情し始めた勇者が暴走するという事があったが、それ以外は何も問題無く野営予定地に着いた。そこに本陣を張り、対魔族戦に備える。
その二日後。勇者達は、進軍を開始した。




