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planetarian 前日譚 第三夜 もうひとつの天国 前編

作者: オーガスフロンティア

この作品は、アニメ planetarian の二次創作作品です。劇場パンフレットに発表されていた年表をもとにして、書かれています。

今回は、その三回目。

火星探査と、アンドロイドについての話がメインになっていますが、ほしのゆめみが言っていた「天国をふたつに分けないでください。」をにじませるエピソードの前編となります。


 第一話 戦いの神の星



「着陸ミッションに入る。コード3275。エウレカ、各センサー以上ないか。」

 火星探査有人船「シュペイア」の船長のハリコフ大佐は、探査船のAIであるエウレカに呼びかけた。

 《各センサー異常感知ありません。侵入コース確認。クルーの確認が終了しだい、いつでも降下に入れます。》

「アルベルト。こちらも問題ありません。」

「フェスティーヌ。こちらも問題ありません。」

 宇宙飛行士3名を搭乗させて、人類初の火星有人探査船は、火星の衛星軌道上に位置し、地上に設けられた基地に向けて、着陸船の降下を開始しようとしていた。



 西暦2028年。

 人類は、火星に向けて、AIを搭載した無人惑星探査船「オポチュニティーシリーズ」を送り込み、火星上に幾つかのプラントを持つ基地の設営を始めた。月面都市での設営開発を元にして、無人でも設営可能な基地を建設することが可能になったのである。降下したロボットたちは、火星の砂塵に手こずりながらも、着々と建設を進めていった。なにしろ彼らは人間の指示なしに活動できたので、人類は2日に一度送られてくる膨大なデータを、月面の開発センターにあるAIで解析し、少しの指示と確認をするだけで良かった。よって人類は、月面にあるAIとの確認作業というなんともへんてこりんな火星開発となったのであった。


 西暦2031年3月。

 第三月面宇宙港の衛星軌道上から、火星探査有人船「シュペイア」が出航した。探査船の航行能力が上がったとは言え、片道9か月の旅は、この退屈な時間をいかにして過ごすかという課題も抱えていた。ドーナツ状の居住区を胴体に抱え、遠心力を使った疑似重力のある地面を作り、日々のトレーニングをしたり、まれに可能になる地球との交信、エウレカとの問答もあったが、やはりマンネリな生活を打ち破るのは、予期できない小さなハプニングが必要だった。そこで、やはり地上で暮らすことになるだけ近づけるように、野菜や花を植えて不規則に伸びる葉や花を楽しみ、家畜やペットなども同乗させて、小さな驚きが絶えぬよう工夫を凝らした。

 そのため宇宙船は巨大になったが、これは宇宙飛行士が精神を正常に保つ上で、大変有効だった。地球の軌道上であれば、地球との交信は頻繁に可能であったし、地上を眺めては、夜景や、刻々と変化するオーロラ、タイフーンなどを眺めて気が休まるのだが、火星と地球の間には何もなく、宇宙船の中で心を完結するしかなかった。

 そして忘れてはならないのが、生命の維持そのものにかかる材料、すなわち、水、食料、空気だった。これらの材料は、あらかじめ貯蔵タンクに圧縮して詰め込まれてはいたが、植物やバクテリアの力も使って再生、循環させた。あとはエネルギーであるが、電気だけは太陽光パネルで補うことができた。

 それらのユニットを結合して、火星探査船「シュペイア」が構成されていた。よって「シュペイア」は、先頭をコントロールルームとした一本の細長い軸に、着陸船、巨大なドーナツの筐体、巨大な太陽光パネル、エネルギーを詰め込んだ球体をいくつも並べて、放射状に延びたフレームの先端に噴射装置を付けたなんとも不格好な乗り物であった。

 選ばれた乗員3名は、この環境によく溶け込んでいた。彼らは研究者であり、こういった空間に籠る事をなんとも思っていないようだった。彼らの探求心は専門的で小さな知識や情報、そして火星へ探検できるという満足感で満たされていた。

 そしてその9か月後、ついに火星軌道上に静止した探査船から着陸船に乗り込み、着陸態勢へと入ったのだった。



「エウレカ、地上のお出迎えはきちんとしてもらえるのかな。」

 ハリコフ大佐は、目の前のモニターに拡がる火星基地からのライブ映像を眺めながらエウレカに聞いた。

 《火星地上基地支援AIマルスと交信し、準備完了との回答をいただいております。》

「重力が低くても、久しぶりに大地の重力に体を預けられるって待ち遠しいわ。」

 シートに身を預けて、目を閉じるフェスティーヌ。

「赤い惑星かぁ・・・。早く降下して、火星の重力を感じたいね。」

 高校生まで体操競技で体を鍛えていたアルベルトは、肉体に関する関心も強かった。

「さあ、いよいよ降下するぞ。エウレカ、カウントダウンを始めてくれ。」

 《了解しました。火星への降下開始まで、あと150秒。各センサー異常なし。月面都市との交信はこちらで継続しております。次に、火星地上基地からの情報。》

 《こちらは火星基地支援AIマルスです。大気に大きな異常は見当たりません。風速0.5m/h。降下に支障ありません。着陸船の受け入れ態勢問題なし。離発着ドームの外殻開きます。牽引レーザー射出準備完了。いつでもどうぞ。》

 《カウントダウン60秒前。59、58、57、・・・・》

「人類は、AIにお世話になりっぱなしだな。」と、ハリコフ大佐。

「AI同士の会話を聞くのにも、すっかり馴染んでしまいましたね。」と、アルベルト教授。

「ま、その代わり、人間は、AIよりも少ない情報で方針を決めなければならないから、どうにも皮肉なものだ。」

「さすがにAIは夢を見ないでしょう。人間は夢を見ることができて、やりたいことを見つけて進化していくんだもの。AIがあるおかげで、人類の進化が加速しているもの。」

 フェスティーヌは、宇宙服の大きなフェイスシールド越しに、横目でハリコフ大佐を見た。

「そうだな・・・。火星到達ミッションも、その夢の一つなわけだ。」

 《28、27、26、25、・・・》

「どこまで行っちゃうのかしらね・・・、人類は。」

 人類が火星に到達してしまえば、現実的にその先となるような惑星も、そのような対象も見つからなかった。フェスティーヌは、幸運にもこのプロジェクトに参加できたのだが、火星という“研究対象”に到達しても、しばらくは・・・といっても数百年だが、金星や木星に行くということはありえないだろうと思っていた。ただ、その人類の探求心とか、終わることのない欲望のようなものに、つい溜息をつくような言葉になったのだった。

 もし、仮に火星の先へ行くことができるとすれば、それは人類ではなく、AIか、冷凍スリープされた人類・・・もしくは冷凍遺伝子、またはデータ化された遺伝子であろう。いずれにしても彼らには途方もなく遠い話で、自分達の限られた生にとって現実味はなかった。


「とりあえず、俺たちの夢は地球に帰ることだがな。」穏やかに笑うハリコフ大佐。

「そうね、早くフランスに帰ってビーチで日光浴がしたいわ。なんたって地球が一番よ。」

「おいおい、宇宙飛行士がそんなこと言っていいのか?でも、私もこっそり招待してくれよな。」と、突っ込むアルベルト教授。

「いいわよ。地中海の海は最高なんだから。」と、フェスティーヌはウィンクした。

 《16、15、14、13、・・・》

「おっと、続きはまたあとで。各センサーの監視よろしく。」

「了解。」

「了解。」

 《5、4、3、2、1、ロック解除。噴射開始。時速1.5kmで離脱開始。》

 淡々と、冷静沈着に、エウレカは進行を読み上げた。


 そして、着陸船は小さな噴射音を構内に響かせて、静かに、静かに、戦いの神の星と呼ばれた惑星に降下していった。


(火星にも神様はいるのかしら。)

 フェスティーヌは、こんな時につまらない事を思ったな。と思ったが、

(そういえば火星は戦いの神の星だったわ。)

 と、またしてもつまらない事を思ったと、心の中でぼやいた。






 第二話 ㈱アシタノヒューマン 2



 西暦2032年


「はぁぁぁ・・・、予算がぁ・・・。」

 アンドロイド開発部の三ヶ島五郎は、自分の言い出したプロジェクトに従事することができたにもかかわらず、結局、低予算の開発を命ぜられ四苦八苦していた。

「筐体もAIも低予算にしろっ。て言われてもなあ・・・。自社開発は無理かなぁ・・・。」

 ロボット本体を作ることはかなりの予算が掛かる。そこはやはり他社から供給してもらうしかなかった。ロボットのデザインは自社でも可能だ。しかし、相応のデザイナーがいるかと言えば、そんな人物はいない。残るAIくらいは、なんとかしたいが、AIの普及が進み過ぎて、特に特定の分野や高度なものでなければ、汎用品をアレンジするくらいしかやることがなかった。

 結局のところ、現代の格安パソコンメーカーのように、世界中から部品を集め、客層に合わせて組みあげたものを、製品として販売するほうが現実的だった。

「しかし、15才の少女とは・・・。専務も専務だよなぁ・・・。」

 当初、吾郎は20才くらいの青年をイメージしたロボットを計画していた。

 天文や星の話は、男の子のほうが強く興味を持っているので、「頼れるお兄さん。」のロボットのほうが、プラネタリウムにふさわしいと思ったからである。

 ところが、そこで片倉取締役が口を挟んできた。青年型ロボットでは、そのうち飽きられてしまうというのである。少女型にしてみても、いずれは飽きられると思うのだが、片倉取締役が強く推してきてしまったので、そのようになった。吾郎にしてみれば、どちらでも大差ないと思っていたので、とりあえず少女型のロボットを契約した。

 AIに関しては汎用品を契約して、吾郎自身が改良を加えることにした。ロボットに高度な接客業務を期待されているわけでもなく、難しい筐体の姿勢制御や挙動、運動を求められているわけでもない。せいぜいプラネタリウム館内を歩く、身振り手振りで説明する、客への簡単な挨拶程度である。あとは星座や宇宙の知識を学ばせるだけである。

「ま、難しいことは必要ないよね・・・。」

 あとはデザインだった。外部のデザイナーに委託するとしても、そのコンセプトが必要になってくる。


 星の世界の少女と言えば・・・。

 ➀かぐや姫

 ②織り姫

 ③スターシ・・・いやいやこれには版権が・・・

 ④ギリシャ神話 アルテミス

 ⑤月の女神 ルナ


 一般的なおとぎ話やアニメ作品なども考えてみたが、ゴージャスな感じがして、どうにもしっくりこない。

 星の世界への案内人としては、宇宙船に乗っている添乗員というイメージであればどうだろうかと考えた。

 と、いうことで、そういったデザインの世界に疎い吾郎であったので、社内会議にかけることにした。

 添乗員と言っても、いろんな乗り物がある。

 ➀バス

 ②高速鉄道

 ③飛行機

 ④宇宙船

 ⑤テーマパークの乗り物にいる案内のお姉さん

 吾郎は事前に資料を作り、社内のクラウドにアップしていた。といっても文字だけであるが・・・。


 以降、ネット会議の様子。

 司会「えー、只今より、現在開発中のアンドロイドについての会議を始めます。それでは三ヶ島さんどうぞ。」

 三ヶ島「ロボット開発部の三ヶ島です。クラウドにアップした資料に目を通していただいたでしょうか。筐体、AIにつきましては、予算的にも他に選択肢がありませんでしたので、こちらで決定いたしました。残るはデザインについてですが、私、こういったデザインについてはあまり詳しくありませんので、皆さんの意見をお聞かせいただきたく集まっていただきました。忌憚ないご意見をお願いいたします。」

「はい。」と、まずは一声、同僚の千鳥ゆうなが挙手ボタンを点灯させた。

「吾郎さん、早速だけど、簡単なスケッチは無いの?」

「ごめんなさい。僕にはそういった能力がないので・・・。」

「あら、じゃあ大体の方向性が決ったら、私に描かせてよ。プロとまではいかないけれど、デザイナーさんに渡せるくらいのスケッチは描いてみせるわ。」

 千鳥ゆうなには、こういったイラストを描く趣味があるらしい。どうにも仕事以上の情熱があるようだ。

「あ、ありがとう。」ちょっと戸惑う吾郎。

「星座の世界と言えば、ギリシャ神話じゃないか。神話に登場する女神をイメージするようなデザインじゃだめなのかなぁ。」と、営業部の霧島尊が発言した。

「それだと、世界観が狭まってしまうと思うんです。もちろん星座の話をする番組もあるようですが、天体などの話が中心になりますので、トータル的にみてふさわしいデザインが良いと思うのです。」

「なるほどねぇ・・・、それで添乗員か・・・。観客を接客するという目的では、それが似つかわしいのかもしれないなぁ・・・。」

「そうね。宇宙を案内するんだから、宇宙船の添乗員でいいんじゃないかしら。ロボットっぽく目が光ったり、ライトがあちこちついてたりして。」

 ここで片倉取締役が登場する。

「いやいや、プラネタリウムにやってくるお客さんは、子供が多い。メカメカしているものより、人間味があるほうかいいな。」

「わかりました。では、メカメカ少女と、人間ぽいスケッチを描いてみます。それでご感想をいただいてから決めましょう。」

「そうだな。じゃあ、次回の会議までに、デザインをアップしておいて。」

「わかりました。まかせておいてください。」

 ゆうなは、声を弾ませて返事をしながら、既に頭の中でイメージを作り出していた。






 第三話 アンドロイド法施行



 千鳥ゆうなが自宅に帰って、電子ペンを走らせている頃、三ヶ島吾郎は、デザインに悩む必要がなくなってほっとしながら、自宅でビールを飲みながらニュースを見ていた。


 中国の深圳からのレポートだった。

 〈ここ、深圳では、アンドロイドやAIに依存しすぎたために、労働意欲を失い、自宅でひきこもる人が増えている問題が発生しています。結婚する人が減少し、少子化が進み、このままだと数年のうちに人口の6割がアンドロイドに入れ替わってしまう可能性が指摘されています。年齢のバランスを取るために、他県や外国からの移民も話し合われていますが、進み過ぎたアンドロイド社会に恐怖を覚えたり、「それは既に人間社会ではない。」と毛嫌いする人も多く、人口の流出が流入を超えており、皮肉にもアンドロイド社会を受け入れてしまった人達が残るという結果になってしまい、人口減少は止まらないようです。〉

 (中国はデジタル化が進んでいたからなぁ・・・。進み過ぎるのも、人間にとって弊害かもしれないなぁ・・・。アンドロイドに生かしてもらってる。ってのも変だし・・・。その点、日本はまだまだアナログが残っていて幸せだなぁ・・・。)

 進んでいないことに、妙な安心感をもって、ほっとしたことが滑稽で、自分の考えに笑ってしまった。


 しかし、吾郎の笑いは、笑いごとではすまない切実な問題だった。

 実は、中国政府のみならず、世界中の政府や科学者、哲学者たちが、この事態を危惧していた。なぜなら、ついに人類がAIたちにコントロールされ始めたと考え始めたからである。しかし人々の心配とは裏腹に、AI達には、生活を補助しているとか、養っているという思考しかなく、支配しているとか、飼っているという思考は組み込まれていなかった。人類が勝手に妄想して、「ついにディストピア到来か?」と煽る連中も出現し始め、自分の不幸を誰かの責任にしたがる現象は、この時代になっても変わらず、散発的ではあるけれども先進国において「アンドロイド狩り」と称した残酷な破壊事件が見られるようになった。


 深圳では機械化、コンピューター化が進み過ぎて少子化を引き起こしてしまったが、日本では少子化が進み過ぎたおかげで、機械やコンピューターに頼らざるを得なかった。

 よって、日本でも、AIを搭載した自律型ロボット、つまりアンドロイドの普及も進み始め、「アンドロイド狩り」にみられるような社会的混乱が生じかねないとして、新たに法律を制定する必要がでてきた。

 それが、『疑似人間型自律機械運用法』通称〈アンドロイド法〉である。

 この法律では、アンドロイド定義、所有権の保護、登録、審査に関する事、危害を加えた場合の賠償、許可制製造、廃棄方法、原料、材料に関する規定、行動範囲の制限、追尾システム、出力制限、ネットワークへの接続制限、AIの思考に関する倫理規範などが定められ、ロボット人権などという大それたものではなかった。


 ここで難題の一つであったのが、【アンドロイドの定義】である。

 まるで人間のように会話が可能であり、歩行し、手足を動かしているのがアンドロイドというのは簡単にイメージできても、例えば、目が3つあるとか、上半身だけ人間で、下半身が二輪であるとかいった場合、または顔の代わりにカメラがついていたり、動物の顔がついていたりするのは、アンドロイドと言えるのか?腕の代わりにハサミが付いていたら?AI搭載の自律型の車は?モニター内にのみ存在するアンドロイドは?

 逆を言えば、アンドロイドの定義から外れてしまえば、法から逃れることもできる。

 そして、自律型のAIの定義と言っても、単純な作業の判断から、複雑な論理の思考、人間と会話できるような思考をもったものまで様々で、簡単に定義できるものではなかった。

 ロボット工学の専門家、ロボット産業の開発者から哲学者に至るまで、様々な分野から専門家が集まり、結果、分類付けをして、なんとか法を策定することができた。

 このうち、〈疑似人間型〉とは、人の表情を持ち、人間と日常生活の会話が可能であり、外観がほぼ人間と変わらないことが求められた。軽微な変更に関しては、例えばアクセサリーの形をしていたり、額に小さなセンサーを付けるために、インド人の化粧のように見せれば可能であったし、腕にハサミを付けたい場合は、そういった作業をするときのみ、人間のような腕と交換することで緩和されていた。


 もう一つは【AIの倫理規範】である。

 ロボット三原則は適用されるとしても、原則から外れた場合、法律から外れた場合、命の選別を迫られた場合、どのように判断させるのかが鍵となった。

 道徳、倫理、モラル、信条、宗教などについては、そもそも人間の永遠のテーマであり、これを定義づけることはできなかった。

 そこで専門家たちは、原則の他に、細則として “今、日本で正しいと思われている判断、基準の思考”をAIに学習させ、そのほかは所有者の判断に委ねることとし、車の車検と同じように、新規登録時、定期点検時に倫理テストが行われた。もし仮に、アンドロイドが罪を犯せば、それは所有者の責任に準ずることとなった。

 こうやって、『疑似人間型自律機械運用法』通称〈アンドロイド法〉は、議論の余地を残していたとはいえ、とにもかくにも個体の管理だけは早急に実行せねばならないとして施行された。


 ちなみに、議決した国会の議員達は、法の中身についてはよく分からず、自分にはあまり関係がないとして、とりあえず賛成している者がほとんどだった。国家公務員の天下り先の機関が一つ増えたことで、官僚にも貸しが出来るだろう。くらいのことである。既にこの時、『秘書アンドロイド』を一部の者が使用していたが、当人が使うのではなく、秘書官が、機械的に業務をこなしてくれるアシスタントとして『秘書アンドロイド』を使っていた。なぜなら、アンドロイド達は、法の遵守にうるさく、詳細に正しく覚えており、AIに「空気を読む。」「忖度する。」という発想はないので、政治家たちの邪魔になったからであった。


 もちろん、吾郎たちは、もっと和やかで夢を見させてくれるアンドロイドを作ろうとしていた。

 いまや、利用者に喜んでもらえるアンドロイドを開発することが、吾郎の夢となった。






 第四話 火星から飛び立つ



 宇宙とは過酷な環境である。


 通常、宇宙での温度は、絶対温度の単位であるケルビン(マイナス270度=0ケルビン)が用いられる。


 火星探査機は、その激しい温度差の宇宙を航行してきた。

 日影と日なたでは数百度の違いがあり、10か月を超えた船旅の船体に、その影響が出始めたことにクルーは気が付かなかった。


 彼らは、まだ火星基地に滞在していた。

「さぁてと、火星ミッションもいよいよ終わりだな。」

 ハリコフ大佐は、帰り支度をしながら二人につぶやいた。

「試料も取ったし、地中のデータも取れた。なにより私たちの人体データがとれたものね。」

 今回の有人探査は、プロパガンダもあったが、火星の重力下での生活がどの程度人体に影響を与えてしまうのかという命題もあった。

「早く筋力トレーニングを始めないと、復活させるのが大変だぜ。」

 火星の重力は地球の約1/3であり、トレーニング施設まで作れなかった火星基地では、筋力の縮小、骨のカルシウム流出が懸念されていた。

 予想通り筋力は衰え、いつか簡単に骨折するのではないかと、アルベルト教授は心配していた。

「帰りも9か月あるんだ。通常の筋肉量くらいきちんと戻せるさ。大してほかにやることもないしな。」

「やっと帰れるんだわ。早く家族にも会いたいわ。」

「へぇ、それは最愛の旦那さまかい?」

「あら、私、まだ未婚なのよ。父と母に会いたいの。」

「おや、じゃあ、僕が一緒に同行してあげるよ。ついでに将来の旦那様として紹介してくれるかな?」

「お断りするわ。帰ってくるのか来ないのか、信用できない宇宙飛行士なんて御免だわ。友人として紹介するわね。」

「つれないねぇ・・・。友人止まりかぁ・・・。」

「二人とも、着陸船に乗り込む時間だぞ。火星よりは着陸船。着陸船より宇宙船。宇宙船より地球が一番だ。」

 三人は、ざっくばらんに話をしながら、乗り込みハッチをくぐって着陸船に乗り込んだ。

「エウレカ、聞こえるか?こちらハリコフ。着陸船の発進準備頼む。」

 《了解しました。ハリコフ大佐、アルビン教授、フェスティーヌ飛行士の乗船を確認いたしました。各センサーに異常は見られません。一時間以内に発進可能です。》

「こちらは・・・。二人とも問題ないか?」

「ちょっと待ってくれ、椅子に上手く固定できない・・・。」

 アルベルトは、体をゆすったり、腰の位置にあるロックボタンを何度か触って体を固定した。

「よし、いいぞ。筋力が衰えてて、うまくいかなかった。」

「あなた、力任せの傾向があるから改めたほうがいいわよ。私は、いつでもいいわ。」

「あら、将来の妻に怒られちゃったよ。今のうちから練習しとかなくちゃな。」

「宇宙飛行士とは結婚しません。そうね・・・。私の地元の学校の先生になってくれたら考えてあげてもいいわ。」

「先生かぁ・・・。俺はろくに学校へ行かなかったからなぁ・・・。努力はしてみるよ。」

「本気にしないで待ってるわ。」

「エウレカ。二人のコントを聞いていてもつまらないから、カウントダウンを頼む。」

 ハリコフ大佐は冷静に命令を出した。

 《承知しました。カウントダウンを開始します。15分前。》


 15分後、着陸船は噴射を始め、衛星軌道上に静止している母船に向けて垂直上昇を始めた。

 《高度2万メートルの母船に向けて、2km/h2て加速中。20 分後にドッキング制御シーケンスを開始します。》

 宇宙飛行士たちは、噴射音と少し腹に響くくらいの振動を受けながら、目の前の表示パネルを眺めていた。全てAI制御になっているので、異常が発生しない限り、何かを操作することはない。着陸船の離発着に関しては、彼らが火星に到着する前に、先行して開発をしていたAIが、なんどか試験飛行をしていたので、特に異常も見つからず、着陸船は順調に上昇して行った。


 《ドッキングまで、あと30秒。衝撃に備えてください。》

 と、言っても、そんなに衝撃があるわけではない。着陸船は、実にゆっくりと母船にドッキングした。

 《ドッキング。ハッチのドッキングロックを開始します。》

 プシュ、プシュと空気が抜ける音がわずかに聞こえてドッキングは完了した。

 《ドッキング完了しました。ハッチを開けていただいて構いません。》

「了解した。ただいまから母船に移り込む。」

 ハリコフ大佐は、エウレカに返事をして、

「ふぅー。やはり緊張するな。万が一ということもあるからな。」

 と、息をついた。

「そうですね。ともかく母船に戻ることができて良かった。おめでとうございます。」

 アルベルトは、そう言って腰のベルトロックを外した。

 三人は、おめでとうを言い合って握手を交わし、母船に乗り込んだ。

 《おかえりなさい。ハリコフ大佐。アルベルト教授。フェスティーヌ飛行士。ご気分はいかがですか。体調チェックがありますので、居住スペースの診療スペースへいらしてください。》

「了解した。俺から始めるよ。」

 《承知しました。ハリコフ大佐から始めます。宇宙服を脱いで診療スペースへおいでください。》

「それから一日休暇を取る。そのあと帰還作業に入るから、母船のチェック、月基地へ交信して、データの送信、帰還作業に入ることを報告しておいてくれ。」

 《承知しました。命令を遂行いたします。24時間後に帰還作業に入ります。ゆっくりとお休みください。》

「大佐、もっと早くてもいいんだぜ。早く地球に帰りたいからな。」

「まずは気分を変えてもらうことが優先だ。あせっても良い事はないからな。」

「了解。」と、アルベルトは、二本の指を前に出して了解のポーズを取った。






 第五話 地球へ帰還しよう。



 24時間の休息が終わり、アルベルトは居住スペースに居た。

 三人とも診療システムによる身体検査で異常は感知されなかったが、やはり筋力は衰えていた。

「やっぱりきついな。歩くだけでも大変だよ。仮想重力の設定を少し落としてくれないか。」

 アルベルトは、筋力の落ちた足で震えながら歩いていた。

「そうだな。まあ、正直俺もうまく歩けないし、少し落としておくか。」と、スピーカーからハリコフ大佐の応答があった。

 ハリコフ大佐は、コントロールルームで帰還のための準備を始めていた。

「エウレカ。居住スペースの仮想重力を、0.8Gに変えてくれ。」

 《了解しました。居住スペースの回転数を下げて調整いたします。》

 ドーナツ型の居住スペースは、その回転数をゆっくりと落として仮想重力を落とした。

 人間もふわふわと足元が浮いたが、家畜兼ペットの羊もふわふわ浮いて、異常を察知してメェーと鳴いた。

「エウレカ、艦内のチェックは済ませてあるか?異常があったら教えてくれ。」

 《了解しました。艦内の空気量、成分とも異常なし。生命維持機関も順調に稼働しています。ただし、艦全体に0.2%のひずみが見られます。現在は異常が見られませんが、このままひずみが大きくなれば、何らかの故障や支障が発生するでしょう。》

「ふーむ。それはちょっと気掛かりだな。どんな故障が考えられる?」

 《艦の筐体のどこかに、極微細な亀裂が生じることは予想されますが、急激な噴射や重力が掛からなければ問題はないでしょう。問題は、ひずみから発生する部品同士の隙間です。特に、空気、水は外部の真空に引っ張られるので、隙間を埋めることができなければ、生命維持の継続が困難となります。》

「ひずみは進んでいるのか?」

 《はい、おそらく太陽光による艦表面の寒暖差によってひずみが生じているので、このまま太陽光を浴び続ける限り、ひずみは進んでいくと推察されます。》

「月面基地まで、艦は維持できそうか?」

 《艦の構造自体に影響は少ないと思われますが、生命維持の継続に関しては、保証できません。》

「まあ、もとより宇宙飛行に保証なんかないのかもしれんが・・・。」

 ハリコフ大佐は、そのまま黙ってしまい、親指を顎に当てて考え込んだ。

 正直、少しやっかいなことになったと思った。

「エウレカ、月面基地までの生命維持の確率はどれくらいだ?」

 《このままひずみが続くとなると、82%です。》

 別な解釈をすれば、約8割進んだところで生命が維持できなくなる可能性がある、ということである。

「アルベルト教授、フェスティーヌ、コントロールルームに来てくれないか。問題が発生した。緊急ミーティングを開く。」と、落ち着いた声で呼びかけた。

「穏やかじゃないね。」と、アルベルトは肩をすくめた。


 数分後、三人はコントロールルームに集まった。

 まず、ハリコフ大佐が口火を切った。

「実は、艦全体に0.2%のひずみが発生している。ひずみを戻すことはできず、なおかつ進行中だ。このままひずみが進むと、18%の確率で、空気が漏れ出てしまい、我々は生命を維持することができない。そこで、地球の管制センターへ報告書を転送する前に、二人から忌憚のない意見を聞きたい。」

 アルベルトは目を丸くしてぎょっとなり、フェスティーヌは口を結んで少し上を向いて悔しそうな顔をした。

 が、そこは宇宙飛行士たる者、冷静に思考をめぐらせていた。

「ま、少なくとも死にたくはないな。」冗談交じりに応えるアルベルト教授。

「そうね、羊さんたちとも仲良く帰りたいわ。」無理に笑顔を作るフェスティーヌ飛行士。

「で?」言葉を続けるよう促すハリコフ大佐。

「原因は掴めているのかい?」と、アルベルト教授は斜めに向き直って聞いた。

「エウレカの報告によれば、艦の表面に当たった太陽光の熱で、金属的なゆがみを発生させているらしい。つまり、日の当たる場所と、影の部分の温度差で、艦全体がひずんでいるということだ。」

「なるほど、そうならないように設計されていた訳だが、そうはならなかったという訳か。」

 通常、宇宙船は同じ方向から太陽の熱を浴びないように、ゆっくりと回転させるのだが、何らかの原因で、均一に熱が加わらなかったと考えられた。

「そうだ。我々が航海する途中で大量発生した太陽のプロミネンスの影響が考えられる。これは俺の推測だがな。」

「太陽神さまさまね。エウレカにもわからないことがあるのね。」フェスティーヌが口を挟んだ。

「それはそうだ。エウレカは万能の神ではない。過去のデータを分析して組みあがっているだけで、予想できないこともある。それに、彼は、あくまで我々のサポーターだからな。」

「わかってるわ。ちょっと言ってみたかっただけよ。」

 《申し訳ございません。フェスティーヌ飛行士。わたしにも限界はあるのです。》と、エウレカが突然割り込んできた。

「おや、これは珍しいな!初めてエウレカが謝ったぞ!」

 三人は、声を上げて大声で笑った。

「いやいや、これは愉しいこともあるもんだ!フェス!お手柄だな!」

「いやねぇ・・・。こんなことで褒められても嬉しくないわ。」

 しばらく笑っていたが、実はこれはコミュニケーションの一環であり、円滑な関係を作るための自然に身に付いた彼らの習慣であった。


「さて・・・、どうするか・・・。」

 笑い終わった後、ハリコフ大佐が顔を横に向けてつぶやいた。

「そうね、私のボーイフレンドだったら迎えに来てくれるわね。」

「え、付き合ってる人いたの?ひどいよ。」

「ばかねぇ・・・たとえ話よ。だとしてもあなたとお付き合いする気はありませんけど。」

「どっちにしても、しょんぼりだなぁ・・・。」とおどけるアルベルト教授。

「そうだな、それが現実的かもな。8か月・・・、ランデブーする時間も考慮すると半年くらいか・・・。それくらいあれば、連合も送迎艦の準備が出来るだろう。」

「ひずみを止める手段はないのかな?」

「まんべんなく太陽光を浴びせるとか、伸びていない面を太陽に向けることも考えられるが、ひずみの度合いが読めないだろう。修理キットがあるわけでなし。船外作業で、ひずみを直すことはあきらめた方がいいだろう。」と、ハリコフ大佐。

「わかったよ。それじゃあ、地球に報告してくれ。回答を待って対策を練ろう。」とアルベルト教授が答えた。

 わかっていても、質問と回答を繰り返して、お互いの考えをチェックしたり、新しいアイデアを生み出す。このやりとりも、そういった理由で敢えて行っていた。

「エウレカ、艦の詳細報告と帰還シーケンスに入る報告を送信しておいてくれ。この問題の解決方法を求む。ともな。それから何かメッセージは届いているか?」

 《了解しました。現在の艦の報告と問題解決の問い合わせを送信いたします。地球の管制センターからビデオメッセージが届いています。再生しますか?》

「頼む。再生してくれ。」


 《再生を開始します。》

 [西暦2032年12月21日記録。連合管制センター。送り主、管制センター最高責任者ジェリー・フレッチャー。]

「メリークリスマス! 我々から最も遠い宇宙の探検者!火星探査完了おめでとう。今頃は、クリスマスケーキを楽しんでいるかな? それとも、誰かさんが全部平らげてしまったかな?」

 動画が始まると同時に、フレッチャー最高責任者が、カメラに向かってクラッカーを鳴らし、「メリークリスマース!」と叫んだ。画面から姿が消えると、画面の中には、広い管制室が映り、多くのスタッフが映り込んだ。スタッフの中には、コーンの形をした紙の帽子を被った者や、サンタの衣装をした者までいて、すっかりクリスマスムードを演出していた。

「すっかり順調なようだな。我々も安心して見ているよ。気は抜かないようにしているがな。AIのおかげで随分と楽になったよ。早くデータを送ってくれよ。地球上の科学者とAIが待ち構えているからな。何かあったらすぐに連絡くれ。何もなくても『何もない。』と報告くれ。じゃあ、しっかり頼むぞ。」

 それだけ言うと、画面が真っ暗になった。

 《動画は以上です。》


「なんだ、ずいぶんとお祭り気分じゃないか。クリスマスケーキなんてあったっけ?エウレカ?」

 《はい、ございます。ですが、本日は12月23日ですので、ご提供するのは明日の夕食となります。》

「なんだ、そういうことか。奴らも随分と気が早いものだ。」

「通信のタイムラグを踏まえて転送してきたんだろうが、一日惜しかったな。」

「まぁ、いいじゃないか。エウレカ、何かクリスマスソングを流してくれよ。」

 《承知しました。》

 すぐに、シャン、シャン、シャン、シャンと鈴の音が鳴り始め、クリスマスソングが始まった。

「やだ、うきうきして困っちゃうわ。羊さんに赤いリボンでもつけようかしら。」

「エウレカ、クリスマスっぽいホログラムも頼むよ。」

 《承知しました。居住スペースにてランダムで投影します。どうか良いクリスマスを。》

 居住スペースには、クリスマスツリーや、雪景色、星をまき散らしながら飛んでいく小さなサンタのソリ、雪だるまなどが映し出され、三人のクルー達は、クリスマス気分を味わった。


 (冬か・・・。コールドスリープを使うことになるかもしれんな。)と、ハリコフ大佐は、降ってくるホログラムの雪を見ながら、そう思った。



 後編に続く。


長くなり過ぎたので、前編、後編と分けることにしました。

科学的な考察は出来ていませんので、ご容赦ください。

後編は、いったん、花菱デパートに戻るところからになります。


しかし、物語がだんだん暗いシーンに移っていくのがつらいです。


 第四夜に続きます。

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