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記録04 ユーレティシア嬢

 さて、王太子殿下を囲うようにしてお話していたユーレティシア嬢とその取り巻き方。

 その囲いを後ろから無理やり崩すように切り込んだのが、リサ嬢でございました。

 そしていつも周囲のご令嬢にマナー違反だと叱られる行為……、周囲を無視して王太子殿下の腕に手を回し、上目遣いでご挨拶なさったそうです。

「ごきげんよう、エドワード様!」

と。

 この時偶然傍に居た給仕は、定例のお茶会では給仕していなかった者でございました。

 園遊会で初めて見たその様子に、驚きのあまりグラスを載せたトレーを落としそうになったと口述しております。

 給仕の名前ですか?政務宮付きの侍女、グレースでございます。


 グレースから聞いた様子で見えたものは、困惑した表情の王太子殿下と怒りに狂ったユーレティシア嬢とその取り巻き方の姿でございました。

 しかし、肝心のリサ嬢には、それらの姿が認識できていないご様子で、

「今日もエドワード様とお会いできて、リサはとっても幸せです」

 と宣ったとか。

 ここで、何かが切れてしまったのでしょう、ユーレティシア嬢が激昂なされました。

「あ、貴女ねぇ!この一瞬でどれだけマナー違反を重ねれば、気が済みますの!? 周囲の人たちに挨拶もしない、無言で人を押しのけて突然やって来る、許可なく王太子殿下の腕に触れる、正式な挨拶をなさらない、殿下のお名前を気安く呼ぶ!貴族の令嬢としてはしたないと思いませんこと!?」

 と大きな声で叫び、周囲の目を集めてしまったのです。

 その様子を見たリサ嬢は、怯えたように振る舞い、あっという間に涙を浮かべたそうです。そして

「ユーレティシア様、申し訳ございません。わたくしのマナーが至らず……でも、せっかくエドワード殿下の婚約者となるのです。マナーに拘り過ぎては、よそよそしいではございませんか。これからの関係を思いますと、歩み寄るべきだと思ったのです……」

 と、しおらしく答えたようです。

「まるで自分が婚約者に決まったように言うなんて、図々しいにも程があります!そのようなことは、本当に決まってから行えば良いことです!それでもこのような公式の場ではわきまえるべきこと。そのような教育も受けずに、何が婚約者候補ですか!」

 と、ユーレティシア嬢は、更に激昂されました。

 更に、ユーレティシア嬢の援護に回ろうと思ったのでしょう、虎の威を借りた取り巻きのご令嬢が

「家格が足りないから教育が行き届いていないのですわ。貴族であるならば、せめて自らを弁えてその場を退きなさいな!候補者として居るだけでも図々しすぎますわ!」

 と、騒ぎ立ててしまいまいました。

「……そんな……、確かに私は皆様と違って、子爵家の娘ですけれども……」

 と、両手で顔を覆って泣き始めたリサ嬢。その姿はそれまでと打って変わって、弱々しく儚げな深窓のご令嬢に見えたそうですよ。

 それをまた、初めて目にした通りがかりの殿方が同情なさって、

「家格は確かに低いかもしれないが、聖女としての評価があるからこそ教会からの推薦があったと聞いている。王太子殿下の婚約者に決まれば、相応しい教育も施されるようになるだろう、それで補えることもある。だが、性根の曲がり具合は、王太子妃としての教育でも施せないのではないかな?王妃陛下主催の園遊会で、大声で相手を叱責する、そのせいで耳目を集めていると言うのに、更に家格の低さを(あげつら)い相手を貶める。君たちの方こそ、品位を疑うね」

と、ユーレティシア嬢とその取り巻き方を叱責し、リサ嬢のフォローに入る方が出てまいりました。

 確か、ユーレティシア嬢とは派閥違いのカントル伯爵だったかと思います。


 実際のところ、ユーレティシア嬢とその取り巻きたちの行動は悪手でございました。

 通常のお茶会は、同じ王妃陛下主催とは言え、小規模であり規則も緩く、参加者も候補のご令嬢の他は、ご令嬢方の付添としてお越しの夫人やご親戚のご婦人ばかりでございます。

 女同士の諍いに慣れた方々ばかりですし、それまでの経緯を存分に知っておられました。

 ですが、春の園遊会は、陛下もご参加予定の公式行事。

 そのため、ご令嬢方のお父上に当たる方々も参加されていましたし、宮廷で要職についておられる殿方も参加なさってお出ででした。

 多少は噂で聞いていたでしょうが……、その目で実際に見るのとは違います。

 居丈高に怒鳴りつけるご令嬢方に囲まれて怯えて泣く少女、確かにマナーは足りないですが儚げで同情心を煽ったでしょうし、王妃陛下の主催する園遊会で大声を張り上げて怒鳴るご令嬢よりも、マナー違反をしているようには見えなかったでしょう。

 また、リサ嬢の被害に遭われた王太子殿下ご本人も、困惑してはいたものの、その時点でお怒りはございませんでした。

 と、申しますのも、王太子殿下が対応する前にユーレティシア嬢が激昂してしまったと言うのが実際のところでしょう。そのため“王太子殿下の采配を遮った”とも言えるユーレティシア嬢の行動が、余計にマナー違反として浮き上がってしまったのでございます。

 公式の場で冷静に対処せずに激昂する……と言うのは、貴族として恥ずかしい行いのひとつでございます。

 何より王族が取り仕切る公式行事での行動ともなれば、その催事自体に水を差したようなもの。

 リサ嬢の行動も褒められたものではございませんが、催事の邪魔と言うほどではございません。ですがユーレティシア嬢とその取り巻き方の行動は、見逃すわけにはいかない行為となってしまったのです。


 離れた場所で会話をしていた、ユーレティシア嬢の父君であられるシュルメーナ侯爵は、騒ぎを聞きつけて慌ててやって来ると、王太子殿下へ謝罪の言葉を述べ、娘を連れて早々に退場なさいました。

 もちろん取り巻き方のご両親も右へ倣えでございます。

 あれで、シュルメーナ侯爵の在籍する派閥は、一時とは言え大人しくせざるを得ないでしょう。

 そして、この時点でユーレティシア嬢とその取り巻き方の王太子妃への道は完全に閉ざされたのでございます。

 自業自得でございますけれどね。


 シュルメーナ侯爵とその派閥に属する方々がご退場なされた後は、いたたまれない空気に包まれておりました。

 会場内は、ヒソヒソと会話する者たちはいたものの、その後の成り行きを窺う方々が多く、賑わいの足らぬ静かな様子でございました。それを払拭するためにと王妃陛下が立ち上がり、気づいた皆の目線が動いたその瞬間のことでございます。


 リサ嬢が王太子殿下の腕にギュッと飛びつき、

「エドワード様、リサはとっても怖かったのでございます……」

 と、涙をポロポロと流して泣き始めました。

 リサ嬢の言葉は、王妃陛下の言葉を聞こうと更に静まったその会場に響き渡り、衆目を集めることとなりました。


ここまで女官長にお付き合いくださりまして、ありがとうございます。

残りラスト2話。

お付き合いいただけますと幸いです。

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