記録03 春の園遊会について
ですから、あの事件のあった日……、王太子妃候補者が集うお茶会を開催し始めてから丁度一年経った、春の園遊会のことでございますね。
その園遊会での結果で候補者を数名までに絞り、今後は王太子妃教育が進められると噂が出ていたのでございます。
ですので、殆どの候補者の方々にとっては、春の園遊会は最後のアピールイベントであると認識されておりました。
え?本当に数名まで絞る予定だったのか。ですって?
わたくしが園遊会前にお伺いしたお話では、王太子殿下がご婚約者候補をお決めになったので、打診している最中だとお聞き致しました。
ですから春の園遊会は、むしろ集まっていたご令嬢方への労いの催しと言えましたでしょう、アピールイベントではございません。
なぜなら、候補者はすでに確定していたのですからね。
もっとも、現時点でも候補者の方からは、了承をいただけていないそうですけれども。
え?誰かって?
今この記録に必要な情報ではございませんよね?
婚約発表までは機密事項でありますから、書記官殿であっても陛下から公開のお許しもないのに、こんなところでお話するわけございませんでしょう。
そもそもあなた方……(関係がない内容のため、省略)
そのようなわけで、他のご令嬢と同じく、最後のアピールイベントと勘違いされていたリサ嬢は、評価の高いメイサ嬢とユーレティシア嬢の評価を落とそうと画策されたわけです。
当日も、私は給仕側の総指揮を取り仕切っておりました。
普段の茶会とは違い規模も大きく、ご令嬢だけではなく同世代のご令息やご両親も招待されていて、とても賑やかな催しでございました。
そのため、わたくし一人では会場内全てに目端が利くものではなく、これからお話する内容は、侍女頭、侍従長を含めた指導係とそれらを切り盛りする侍女や侍従たちの話を総合した内容にございます。
春の園遊会は、わたくしの耳目となり、手足となるスタッフが大勢おりました。
会の当日に姿は見せることはないものの、会場である中央庭園を美しく整えた庭師たちが大勢おりましたし、招かれたお客様方を喜ばせるための食事も、料理長の指揮の元、大勢の料理人と侍女で作られておりました。
当然テーブルウェアも専門侍女が磨き上げて準備しておりましたし、それらを運ぶ給仕の者たちもかなり気を引き締めて動いていた事は間違いございません。
案内役の侍従達は、侍従長を筆頭に各所に配置されておりましたし、護衛騎士たちも第二騎士団長の号令のもとに、配置されておりました。
リストは、先程お渡しした書類の後方部分でございます。
気になる点があれば、それぞれの侍女や侍従たちから個別に話を聞いてください。
ただし、業務時間を大幅に削るようなことはなさらないように。
我々も仕事が詰まっておりますからね、そこは心得ておいてくださいませ。
本来であれば、皆様が集まった後に姿を見せられる両陛下と王太子殿下でいらっしゃいますが、今回の園遊会は変則的で、王妃陛下と王太子殿下が先に会場入りされ、来客順にご挨拶をなさっていました。
尚、陛下は園遊会に遅れてご入場されるご予定で、ご挨拶についてはご入場の際に一言だけいただくことになっておりました。
……そのスケジュールは叶いませんでしたが。
確か、開始から一時間程経過した頃合いでしょうか。ご招待された方が殆ど会場入りされ、ご挨拶の列も無くなってしまうと、王妃陛下は、仲の良いご婦人方の輪へと入って行かれました。
そして、王妃陛下が傍を離れた瞬間、王太子殿下の周囲に、ご婚約者候補のご令嬢が一斉に集ったのです。
まず一番手前に、ユーレティシア嬢とその取り巻き方が陣取り、お話をなさい始めました。
園遊会の頃には、候補者であった殆どのご令嬢方は、ユーレティシア嬢の取り巻きとなり、彼女が王太子妃になられた暁には側仕えになれるようにと、目標を切り替えていらっしゃったご様子でした。
皆様、強かでございましょう?ユーレティシア嬢が王太子妃に収まることができれば、彼女たちも賢明であったと讃えられたやも知れません。
その後ろに、他の派閥が推すご令嬢とその取り巻き方が陣取られましたが、残念ながらユーレティシア嬢とその取り巻き方が見せるような勢いはございませんでした。
そしてあろうことか、もう一つの有力候補であったメイサ嬢。
彼女は評価が高いながらも取り巻くご令嬢は一人もおらず、ユーレティシア嬢からは、敵ではないと評価されていたご様子です。
メイサ嬢の周囲に誰も居なかったのには、三つの理由がございました。
ひとつめは、子爵家と言う低い家格な上、貴族の派閥とは系統の異なる教会からの推薦のため、貴族のご令嬢方からの支援が受けにくかったこと。
ふたつめは、奔放に振る舞うリサ嬢がご家族ということで、敬遠されてしまったこと。メイサ嬢個人に対する同情の声はございましたが、リサ嬢がそれぞれの派閥が推すご令嬢全てに迷惑を掛けておりましたから、家単位としては怒りの対象となっても仕方が無かったように思います。敬遠のみで済んだのは僥倖かもしれません。
みっつめは、そもそもメイサ嬢が王太子殿下の婚約者候補、という立場に恐れ多いと感じているご様子でした。家格の低さ、聖女とは言え第三級、妹君よりも大人しめの容姿、と特筆するべきところが無い、とご本人が思っておられたようで、お茶会でも王太子殿下へのご挨拶が終われば、二歩三歩と下がって過ごされているような状況。
お茶会の参加も、妹君の暴走を止める役割と教会への顔立てのおつもりでいらっしゃったようでした。
わたくしの目からすれば、時折王太子殿下から振られる話にも笑顔でそつなく対応されますし、妹君のような着飾り方はしていませんが、同じような整ったお顔立ちで、シンプルな出で立ちは他のご令嬢よりも上品に見えます。
聖女としての立場からくる、凛として楚々としたご様子は、白い百合の花のように見えましたよ。
ですからね、彼女が選ばれなかったことは、わたくしと致しましては本当に残念でございました。
とは言え、妹君がアレですからね、王太子妃というのは、王家と家の繋がりでもございます。妹君に甘い母君に、後ろ盾としては宮廷で立場の弱い父君。教会の後ろ盾がどこまで通用するのかわからないとあれば、例え打診があったとしてもご辞退なされるお気持ちはわかる気が致します。
ここまで、女官長のお話にお付き合いくださってありがとうございます。
書記官二人は、へばっております。
……もう少し、続きます。
お付き合いいただけると嬉しいです。