駅での二人。ソノイチ。
俺こと、セキヤマキヨラは記憶にある限り、おどろおどろしいモノを見た事が無い。おかしいな?友人達はそんな俺に、心霊写真とか見せてくれるのだが、どこが、心霊なのかわからないのだ。
「それは君の名前に由来するのね、セキヤマは桜の品種、古来より浄化の力があるとされてるわ、そしてキヨラ、最強タッグね!誰がお付けになられたの?」
ざわめく時間帯の最寄り駅のコンコース。肩から大きなバッグを下げた虹子さんと、共に歩いている。
「名前が?田舎のじ…、祖父が付けたと聞いているけど……」
きゅっと、何か思い出し切なくなった。俺をビビらせる事を、なぜか生きがいとしていたじいちゃん。夏休みに帰ると、夜な夜な怪談話をしてくれた。
「夜の座敷、ほれ見ろ……、部屋の四隅はとけておろ?」
電気を消した部屋は真っ暗。目が慣れてきて薄ぼんやりと天井の蛍光灯の輪が見えても、じいちゃんの言う通り、部屋の四隅はモヤモヤと夜が集まってるみたい。
「昔から、座敷で走り回ってはいかんと言うんやな……
ちゃぁんと意味があるんや……」
……、ばあさんから聞いたんじゃけどな、ばあさんがまだお下げ髪の可愛らし頃に、近所にごんたくれの、マサやんがおったんじゃの。親からアカン、と言われた事は片っ端からやってのける。お山の大将じゃったんやと。
ほんでな、七日盆の暑いアツイ日のことや、マサやんは留守番をを頼まれたんじゃ、オバアはオジイの初盆があるけぇ、墓掃除にいっちょった。 オカンとオトンは田んぼの草刈りに出ちょった。
カランカラン、アイスキャンデェ……キコキコキコキコ……自転車のきしむ音、じーじーじ、シャンシャン蝉がよう鳴く、ジリジリとした暑い日じゃ。
マサやんは退屈しとったんじゃ。庭先に伏せて置いた桶を捲り、アオダイショウを入れ込んでたのを見つかり、こっぴどく叱られ、小遣いを減らされけ、アイスキャンデェを買う事も出来ん。
ジーワジーワ……蝉の声まで、お前は阿呆じゃと言う様に聞こえたんじゃと。
……、マサやんはガバリと起き上がった!そしてな、部屋の隅に行ったんじゃ。四角い部屋じゃ。右から左向かい側の隅に走った。また目の前の隅に走ったんじゃ。そしてまた……、→↓→ と走ったんじゃな。
それはアカン事じゃった。ぐるりと回ればも説いた最後の隅に、口が開くんじゃと……、ましてや八月の七日盆、地獄の釜の火が落ちる時じゃ……。
マサやんはニマリと笑ったそうじゃ。ほしてな、目の先の、一番最初に立ってた隅に走ったんじゃ!ほしたらな!
うぞぞぞぞ……、真っ昼間に隅っこが黒う暗うなったんじゃと。おまけに、オオオオオオ、オオオオオオ、気色悪いコエ迄聴こえたんじゃと。
アカン!ヤラれると足を止めようにも、止まらんかったんじゃと。黒い動く岩のみたいなんから、のうのう、ノウノウと手が幾本も伸びて、ごんたくれのマサやんを、捕まえようと伸ばして来たんじゃと。
止まらなアカン!アカンアカンアカンアカン、あか……、
「で、話を聞いてるの?これからする事を、説明したんだけど……」
「あ!うん、俺は北口の男子トイレを見てくるんだね」
祖父との思い出に少し浸っていた俺は、慌てて意識を切り消えた。
「そうよ、その前に女子トイレに入ってもらうから」
「はひ?じじじ?ダメダメ、ムリムリ!」
何を言い出したんだ?慌てふためく俺に、さっき何を考えていたの?と聞かれたから、祖父の怪談話をかいつまんで話した。
「ふふん、いいお祖父様ね、それをお座敷で聞いていて怖くなかったの?」
「うん、怖くないオチだし、畳って滑るから気をつけろって事だろ?あと畳が痛むのを防ぐ為とか」
そう、この話の終りはマサやんが、座敷を走り、畳で滑って転んで頭を打った。てな事になっている。座敷で走るなとは、畳が痛むのを防ぐ教訓話なんだろうな。危なし。
「へえ?ほんとにそう言い切れる?マサやんは何も見なかったのかしら、その後彼はどうなったの?」
「その後?うーん、確か……」
……、あかん!あかん!どうしよ!足が止まらへん!マサやんは目をいっぱいに広げた。黒いナメクジみたいにジュルジュルしたモノが、びょょんと身体を伸ばすと畳の上すれすれに、マサやんの足首目掛けて進んでくる。
あれに捕まったらアカン!もう、もう悪いことせえへんから、誰か助けて!
マサやんは怖うて怖うて、歯の音がガチガチ鳴った!足首にソレがニュルリと巻き付いた!グイッと引き寄せられ、マサやんは仰向けに倒れる。
天井がぐるりと回る。隅っこからはオウオウ、オウオウ、喜ぶ様な声と血なまぐさい匂いと……。
マサやんは、ガチガチしながら、何時も祖母が唱えているソレを唱えておすがりしたんじゃ。ヒトフシ、一言づつ、天井を眺めて唱えたんじゃ……
南,無、大、師、遍、照、金、剛……お大師さま助けてださい……。
線香を誰も立てていないのに、お香の匂いが濃くどっからか出てきたんじゃと。シャン!錫杖の音が響いてのぉ……、マサやんはそこまでしか覚えておらん。気がついたら……。
かなかなかなかな……日暮が節をつけて歌うように鳴いていたんじゃと。畳の上に大の字で、ひっくり返っていたんじゃと。
頭にでっかいたんこぶこしらえてな。だから座敷で走っちゃいかんのか。目を畳の上に向けたら、すこうしささくれている。それを見てな、だから走っちゃいかんのだな、畳が痛むから。ほか、みんな夢かと思うたんじゃけどな。
「ばあちゃんいなのに、線香誰がたてたんだろ?」
……、夕暮れがこそりと入ってくる座敷にの、白檀の香りが薄うく、うすうくしていたそうじゃ。
「な!なんやこれ!うそや、嘘や!どないしよ!ばあちゃん?う、ええ……」
マサやんは頭をさすりながら起き上がると、己の足首を見て驚き泣き出したんじゃと!なんと。掴まれた足首にはくっきりと、人の手の痕がついとったんじゃと!
「なんでや?アレ人間じゃ無かったのに、なんで人の手なん?なんで?」
マサやんはガチガチまた震えたんじゃ。これからアカンって言われた事は、絶対にせえへんからと、心底思ったんじゃと。
……、かなかなかなかな……、かなかなかなかな。日暮しか鳴く夏の夕暮れ時にな、マサやんはうずくまっての、ガチガチカタカタと……、震えておったんじゃ。