噂となりし二人
ジーワジワ、ジーワジワ、ジー、チチ。
「ふぉあぁぁ!ありぃぃ!」
俺は慌てて立ち上がり、手の甲の上をチマチマ歩く蟻を振り払った。大きいのは苦手だ!いや、小さいのも好きでは無い。うじゃうじゃうじゃうじゃ、餌と認識した対象物に群がっているのを思い出す。
うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ、うじゃうじゃ……。
気持ち悪い、ゾワゾワゾワゾワ……。
ふぉぉ……!俺は手の甲を、かわる代わるさすった。
「……、蟻、嫌いなんだ、怪異を見たいのに?『魔王』君」
「蟻って、皮を食い破って入り込み、中身からバラすから苦手なんだ!その過程を想像したら……うきゃぁぉ!ゆ、幽霊とかは、自分がバラけてるだけで、バラさないだろ?だから怖くない、てか、何でそれを?」
クスクスと笑う玉虫さん。何で魔王の件、知ってるのだろ?
「おっかしい、君の恐怖とは、真っ当な現実的なモノなのか。面白い、興味が出た。霊体よりも蟻が怖いなんて、アハハハ、話を聞くわ。暑いしランチルーム、行きましょう、夏休み中は開放してあるから」
そう言うとサラサラと髪を揺らして、踵を切る彼女。足早に校舎へと戻る。その後を慌てて、ついて歩く。
――、嘘だ!虹子様が男といるぞ!人間なのか?
誰だ!あの野郎!狐かなんかが化けてるとか……。
いやぁ!虹子様が『穢れ』ちゃう!『男』といるぅぅ!
……なんだ?聴こえるヒソヒソなのだが。『汚れ』ちゃうって、女子だよな。俺やっぱ汗臭いかな。ズボン汚れてるとか?四方八方から、チクチクと見られている様な?
ハッ!そうか!玉虫さんだ!
学園きっての美貌と才知、そして噂によると『霊能力』を駆使して世の為人の為に働いているとか……。恐れ多くて憧れてても近づけない、雲の上の佳人の彼女。
「何か飲む?」
薄紫の小銭入れを取り出す玉虫さん。自販機の前に立ち、『櫻の山の天然水』を迷うこと無く押す。
ガコン、取り出し……君は?と問いかけてきた。
――、うぉぉ!虹子様に奢ってもらうのか!
うぉぉ!誰か!アイツの情報を調べろ!
3年D組の『魔王』こと!セキヤマキヨラ。成績はそこそこ、顔は普通、性格、熱血、感激屋、のんびり、天然素材。好きなものアイスクリーム、唐揚げ、嫌いなもの、にんじん、特技、動物に好かれる。将来の夢、幼稚園教諭、出身中学校は……
嘘お!そこの女子!どっから、俺の個人情報を引っ張りだしてきてんの!知らぬところで、ウェブの海に何か流されてる?魔王の件、誰が喋ったんだよ!
情報の伝達が速い!そして俺の趣味志向まで……、進路迄バレてるぞ!怖い……、怖すぎる……、ついたばかりの『魔王』が広がっちまう!俺は慌てふためきながら、自分で買いますからと言った。
カタン……、パイプ椅子を引き出し、斜に持たれてゆったり座る玉虫さん。右肘をテーブルに付き、手にしたペットボトルを開ける。ひとくち飲みながら足を組めば、ふぉぉぉ……と声が上がる。何時もの俺だと、一緒になって拝んでいるところだが、今はそんな余裕は無い。
ちなみに玉虫さんの許可無く写メを撮ると、メモリーしてあるフォト全てが、なんと!心霊写真になるという事だ。なので誰もカメラを向けることは無い。そうか!撮れば幽霊見れるかな?
いきなりここで写メするのは失礼だし……でもベストポジションだし……、棒立ちをしていた俺に、座ったら?と気さくに話す彼女。
「で!魔王君、肝試しをしたって、調べが上がってるのよ、君も好きねぇ」
テーブルのひとつを二人で使っている。少しばかり離れて興味津々の大勢に、ぐるりと取り囲まれではいるが。俺は差し向かいに座ると、炭酸飲料の蓋を開けながら、あのお別れ合宿の顛末を話す。
「アハハハ、うまいこと座れた?で、なにか見えた?フォト、保存してるなら見せて」
「……自撮りしたんだどね、そこで先客が座っていたんだ、だから一緒に校歌歌ってさ、記念撮影したんだよ、何であの二人あそこにいたのかなぁ?普通の大学生位の二人で……、そういや、監督に見せたらドン引きされたけど?どうして?」
手を差し出されたので、アプリから、フォトを出し携帯を渡した。
――、なんだ?あいつのスマホ呪われたとか?
そういやヤバいフォト撮ったらしいぞ!
魔王、肝試しの時に、藤棚の下で自撮りしたのよ!きっと呪われたのよ!ググれば……、あぁ!
ああ……魔王呼び定着しちゃったし……。それに、どうして部外者が、そこで自撮りしたのを知ってるの!
ヤバいフォトって何!呪い?野次馬をちらりと見ると、何やら女子がページを開いて調べてる……。
何!黒く笑ってるし!怖い怖い怖い……何処のサイト見てんだよ!『あぁ!』て何!拡散されたらどうしよう。
「ふふん……あら、上手く記念撮影出来てるわよ!で、何故『見たり聴いたり』したいの?」
オタオタとしていたら、俺の携帯の画面を見ながら、外野席の事など気にもせずに、聞いて来る玉虫さん。それに慌てて答えた。
「あ、の、その……言っていないから……ふえ?記念撮影?」
「うん、二人も喜んでピースを、何を?言ってないの?ほらぁ、早く答えなさいよ。ふふ、何かなぁ、えー!こんなところで言う?」
何をって、ゔー。絶対、今から言う事を分かっている気がする。期待満々で恥ずかしいな。外野が盛り上がる。
――、まさかここで告白か!魔王流石だ。
いや、さっき中庭で告ってたそうだ。
いやぁぁ!魔王に穢されるぅぅ!
「で、なに、何を?言え言え!何かなぁ?ウフフ」
玉虫さんって案外、意地悪じゃないのかな、周りはあることない事を、ガヤガヤと騒いでいる。それにしても人の口ほど怖い物は無いな、この状況をネタにして。
『魔王、自撮りをしたら呪われ学園イチの美人、霊能者玉虫虹子さんに告白する』なんて、なろうみたいなタイトルが、どこぞのサイトに今晩辺りアップされている様な気がする……。
――、とっとと言え!撃沈しろ!
そうだ!所詮高嶺の花だ!
そうよ!止めるのよ!セキヤマ!両思いなんてなったら、呪ってやるんだから!
言おうか言うまいか黙り込んでいると、ツッコミが入る。しかも、一部女子から『呪ってやるんだから』『両思い』何それ!俺には、俺にはなぁ……。
画面を閉じると、ニヤリと笑ってじっと俺を見てくる玉虫さん。切れ長の瞳、黒目が俺の目の中に入ってくる感じ……、探られてる様な、値踏みをされてる様な変な気分。目を逸らす事が出来ない。
――、おおお!見つめ合っている……。
くそお!あいつ呪ってやろうぜ!
藁人形のアイテム探しましょう!
外野席、黙れ。呪うな女子。
「……、ふうん、わかった。恐らく君は、見ているけど見えていない、幽霊やら、不可思議な怖い姿で、今まで見た事無いでしょう」
携帯を差し出しながら、訳のわからない事を話してきた。受け取りポケットに押し込む。
「で?うん、見た事ないよ、だから肝試しとかお化け屋敷とか怖くなくて、一度位は幽霊とか見たいな、て思ったのがいけなかったのかなって……、はぁぁ」
「そうねぇ、私が思うに、見えるから怖いんじゃないの、怖い怖いと思うからなんじゃないかな、て思うんだけど……」
「うー?よくわからないけど……、玉虫さんはその……、見えてるんでしょ、で。怖くないの?祓ったりとかしてるって噂があるけど」
「全然、そうよお仕事なのだから……」
愚問だった。足を組み換える玉虫さん。
「私が怖がれば、仕事になんないでしょうが」
呆れた口調で返された。はい、そうです。
「で、どうして見たり聴いたりしたいの」
あ、会話が元に戻った。わかってる癖に……。俺の中で美紗子ちゃんの姿が大きく膨らんだ。
会いたいな、うん、会いたいよ。彼女と最後に出逢ったのは、引退大会が終わって、直ぐの登校日だったかなぁ……、それからしばらく休み中で、何時もの電車に乗れなかったから……。
あの時言ってりゃ良かったのにさ、言ってたら何か変わってたかな。あ、駄目だ。涙が出てきそう。慌てて開けたまま飲んでないそれを、イッキに飲み干した。そして、
「好きだって、言いたいから……」
ゲップが出そうなのを押し込めながら、もごもごと話す。
「は?声が小さくて聞こえない、私が納得出来る理由ならば、協力しようと思ったのだけど、あら、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃ」
飲みかけのそれのキャップを閉めると、突然、席を立つ玉虫さん。慌てて俺は立ち上がる。ガタンと椅子が大きく鳴る。じゃぁねと背中を向けられた。だから……思わず!
「好きだって!言いたいから!」
大きな声を張り上げた。俺たちの、一言ひとことを漏らすまいと、聞いていた野次馬達の、きゃぁぁぁ!うぉぉぉ!黄色い声と野太い声のハーモニーが立ち上がった。
――、うぉおぉ!言ったぞ!虹子すぁまにぃぃ!
うおおお!撃沈しろやぁぁ!フラれろ!
きゃぁぁぁ!やめてぇぇ!セキヤマコロス!
何だか勘違いされてしまった……。明日から、下駄箱に何か入ってたらどうしよう……。
「ふふん……、そういう事なら協力しましょう、とりあえず、関山 清、今日から私の助手になんなさい」
くるりと回る。サラサラの黒髪が円を描く。満面の笑みを俺に向けた。
「は?助手?」
「そ!私の事は、虹子と呼びなさい」
豆鉄砲食らっている俺の事など、気にもしない玉虫さん。言いたい事を一方的に話す。
「に、虹子……さん?」
――、うぉぉぉ!虹子様に、まさかの男が誕生!相手は魔王だし!
うおおぉ!身の程知らずが!な!名前呼び!?
いやぁぁぁぁ!近づかないで下さい!いやぁぁ!
ツカツカと俺の側に回ると、さっ、行きましょうと悪戯っぽく笑って、グイッと腕を絡める様に取られた。
ふええええ!リア充シネ、憧れの虹子様をよくも……、セキヤマ!女子の敵!な視線が、俺に!ビシビシ、グサグサと刺さる気がするんだけど……、ちょっとまって、俺には好きな子がいるんだ。
その子に好きだって、言いたいんだ。ちゃんとして。