プロローグ 肝試しの夜
夏。部活動引退の3年生は、学園内にある合宿所を借り、恒例のお泊りお別れ会で盛り上がる。ただ、残念な事に、夜が来ても校内は火気厳禁なので、花火で盛り上がる事は出来ない。なので『真夏の夜の学校』と言えば……、
定番の肝試しである。小中高一貫校である学園の敷地は、無駄に広い。初等科の音楽室、流れる曲は、『ラフマニノフのピアノ協奏曲』を奏でる、赤いマニキュアの指だけピアニストやら、
高等科の玄関ホール、歴代校長が写真から抜け出し集まっており、真っ赤かな通知表を受け取れと、追いかけられる高等科の校舎とか、
夜中零時に、体育に情熱を捧げていた、中等科のさる校長の指揮の元、体育館でラジオ体操をしている、身体だけ生徒達。それにとっ捕まると、合同体育祭が何故か体育館にて開幕され、生者代表として締め切った熱帯と化した体育館で、熱中症の危険を覚悟で、全種目参加しなければならない、など。
怖い話には事欠かない夜の学校。だが、そのような怪し気な場所に行かずとも、鬱蒼とした木立に囲まれた、合宿所周辺をぐるりと一周でも、それなりに盛り上がる事が出来る。
いかにも出そうな外トイレとか、その隣には何故か藤棚があり、下には絶対、目に見えない何かが、ラブラブで座っていそうなベンチが置かれている場所とか、昔この辺りに遺跡があったとかで、大きな桜の木下には、小さな道祖神の祠があったり、ゾクゾクスポットは満載している。
「……、やるのか、き、肝試し」
元部員の一人が言った。
「……、くじを引いて、二人一組で5分おきにここを出る。今年のルートは、トイレに行って手を洗い、鏡を見てから外のベンチに座って、校歌を歌う、それから裏門の祠に行って手を合わせて、祠の前に、昼間の内に箱を用意してあるから、そこからスーパーボール、監督のサイン入りを持って帰って来るコースだ」
元部長が真剣な顔をして説明をする。
「お前ら、ズルはいけないぞ!スーパーボールのサインは、毎年オリジナルだ。それに、この肝試しをやり遂げないと……」
やれやれ、この子達ともお別れか、と寂しい気分の先生は、意味有りげに言葉を切る。
呪われるのですか?先生!些か怖がりの生徒の悲鳴が上がるのは、毎年のお約束。
「いや、呪いはかからないが、この先受けても受けても、試験に落ちるという話だ」
……、しん、と静まる食堂。ガタン!と立ち上がったのは、将来を見据えて勉強に余念がない、元部長の生徒。
「まさかの!試験って!センター?落ちるんですか!」
「センター試験ですか!部長は大丈夫でしょ、推薦枠取れそうだし、ヤバいのは俺たちです!」
「それより、受けても受けても?試験?ま、まさかの定期考査なら卒業が……、」
イヤだァァァ! 生徒の悲鳴が上がる。
「やり遂げたら合格するとのご利益だな、まあ行ってこい。懐中電灯落とすなよ、あ、出来れば心霊写真撮ってこい!監督賞をやる」
こうして始まった肝試し。くじによる相手と共に、恐々としつつ動き出した夜の時。おずおず出るチームや、むっつり黙る事で平常心を保ち行く生徒、中にはふざけながら出る二人もいる。
そのような中、この肝試しを、心待ちにしていた生徒がいた。
「ふおっし!今宵こそは見てみたい!」
「何で気合いが入るんだよ……」
相方に笑顔で話す彼。やだなぁ、俺苦手なんだよな……、相方の生徒は懐中電灯を握りしめ、外灯がそれなりに並ぶ敷地内をビクビクしながら、気を紛らす為に話をしながら進む。
「監督、写真取れってたけどムリムリ、なぁ、走って行こうぜ……、うぎゃぁ!出た!……、はぁぁ、ってか、おお、斉藤かよ!終わったんだ、俺達今からだよ」
前方にぼう……と浮かんだ二人組に驚く懐中電灯の生徒。出る時とは真反対に、意気揚々とした様子で、彼らとすれ違う仲間。情報交換はしてはいけないルールなので、黙ったまま拳を上げて、エールのやり取りする。
「……、やだなぁ、やだなぁ……!ひっ!なんだよもう、なんか動いた?てか、清……、お前怖くないのかよ」
「うん、怖くない、さっきのなんか動いたのも、お前が懐中電灯揺らすからそう見えたたけだし、それにお化けは、居ても脅かすだけだから怖くないと思う」
あっけらかんと言い切る彼。
「じゃ、じゃ、トイレとか、校歌とか、俺待ってるから頼める?いやぁ頼りになる!うん、お前最高!」
「?別にいいけど、そんなに怖いか?」
怖いよ!とわざと明るく声を張り上げ、テンションを上げる為、わざとで手にしたそれを振り回す、懐中電灯の生徒。途中幾つかの仲間とすれ違い、ようやくたどり着いた外トイレ。
頼りになりそうな相方は鼻歌をうたっている。しかしこの時、相方の生徒は、気が付かなければならなかった。
『敵は本能寺にあり』
身内こそが何よりの敵だと言う事に……。
四角い建物の側に、ひとつ立っている外灯。白く丸く辺りを照らしている。トイレの入口に面して、夾竹桃が数本、隣には緑の葉を繁らせてる藤棚と下のベンチ……。それを目にした彼は、懐中電灯を握りしめている相方に、嬉しそうに話をした。
「監督賞欲しいし。なあ!記念撮影しようぜ!『赤い紙、青い紙どっちがいい』って聞かれるトイレより、『誰かが座っている藤棚』が場所的にいいかな、一応調べたぜ。首から上から見えないカップルが、そこでイチャついてるんだって、出来れば二人の間に座って、校歌歌いたいな……。それか祠かな?あそこ背中向けると、白い手が伸びて来て、足首掴まれるんだろ?」
ゴトン!ザッ!ダダダダ
「ギャァァァー!」
「おい!え?何で?アイツ帰っちゃったし。仕方ない一人で行こう、あいつの分もスーパーボール、持って帰ったらいいよな」
落とされた懐中電灯を拾うと、先ずはトイレね、次は記念撮影だな。彼は与えられた任務を、独りで確実こなした。勿論、監督賞も貰った。
そしてこの夜を境に、彼『関山 清』は、仲間内から『魔王』という称号を得ることになった。