彼女の秘密
入学式の日以来、席が前後なこともあり、史と文はよく話すようになった。
「え?清華って有名な中高一貫校だよね?どうしてそのまま高等部に上がらなかったの?」
お互いの出身中学の話になり、文の校名を聞いた史は驚いた。清華といえば、国公立大学の合格率も高く、そのまま内部進学しても、清華女子大学は名門校だからだ。
「まあ、いろいろあって、ね」
詳しく話す気のないらしい文は、ノートにペンを走らせていた。
入学式から二か月余り、文の優等生ぶりは際立っていた。入学直後の学力テストで全教科高得点をたたきだしたかと思えば、全国模試でも順位は一桁。これほど学力のある人が何故清華の高等部に上がれなかったのか、と史は不思議で仕方がなかった。
「文って、すっごくいい香りするよね」
放課後、帰り仕度をしながら、史は文に話しかけた。
「そう?」
文は、なんでもないことのようにさらっと史の言葉を流し、鞄を持った。
「ね、何の香水つけてるの?」
反応の薄い文に、史は食い下がる。
「なーいーしょ」
そう言って文がふっと笑って、そのまま教室を出て行こうとする。
「あ、待って待って」
史は慌てて文の後を追いかけた。
帰るとばかり思っていたのに、文は昇降口に向かわなかった。
「待ってー文、どこ行くの?」
「屋上」
すたすたと歩いていく文。実際にそこに入る生徒は少なかったが、この高校は屋上に自由に上がることができる。
「ふう」
屋上まで辿り着いた二人。並んで、グランドを見下ろす。文が、鞄をごそごそし始めた。
そして、取り出したのは、--煙草だった。
「え? 文? え? 文がそれ吸うの?」
完全にうろたえている史を気にすることなく、文は煙草に火をつけた。空に向かって紫煙を吐き出す。
「史になら、見せてもいいかな、と思って。これが、理由だよ。 私が内部進学できなかった理由」
史は理解した。つまり、喫煙という素行不良で進学できなったのだ。
「そして、私が香りをつけている理由。 一応、隠さないとここでも退学の可能性はあるからね」
退学、という重い言葉を使いながら、どうってことないという顔で文は煙草を吸っている。
どうして、煙草を吸うようになったんだろう。
史は、そこが気になった。文の、群を抜いて優れた成績。整った容姿。でも、文の笑顔は、いつもどこか寂しそうで、どんな苦しみを和らげるために煙草を吸うようになったんだろう、と。
でも史は、その疑問は口にしなかった。
「文、私も一本もらっていい?」