異世界転移したら素敵な彼女が出来ました!――ただし彼女の周囲にハーレムが形成されつつあるので皆殺しにしようと思います――
※『異世界転生したら素敵な彼氏が出来ました!――ただし彼の周囲でよく人が死にます――』の後のお話になります。それぞれ別主人公なので単独で読めますが、そちらを先に読むのをおすすめします。
※前作よりは抑え気味(?)ですが、ホラー描写があるのでご注意ください。
素敵な恋人が出来て以来、俺の朝は彼女を優しく起こすことから始まる。
「朝だぞシャロン。早く起きないと遅刻する」
「ん……あと三十分……」
「しゃきっとしろ。隙だらけで寝ていると、殺人鬼にやられるぞ?」
そう言って頬を優しくつねれば、シャロンはクスクスと笑い出す。
「あなたが言うと、ジョークに聞こえないわね」
「ジョークじゃない。死にたくなかったら、今すぐ起きて俺にキスしてくれ」
俺の言葉に、シャロンは目を擦りながら俺の頬に優しい口づけをしてくれる。
「これで、殺さないでくれる?」
「俺の作った朝食もちゃんと食べるか?」
「もちろん。今日は何?」
伸びをしながら尋ねてくるシャロンの側に、俺はパンケーキとミルクの載ったトレーを置いた。
「私、ハーヴィと出会うまではベッドまで朝食を運んでくるイケメンって、2次元にしか存在しないと思ってた」
「こういうの、嫌か?」
「ううん、甘やかされるのは好き」
屈託のない笑顔を浮かべるシャロンが愛おしくて、俺は既に切り分けてあったパンケーキを彼女の口元に運ぶ。
ここまでの甘やかしは想像していなかったのか、彼女は恥じらうように頬を赤く染めた。
そこにもう一度キスをしようと身をかがめたが、残念ながら唇は彼女に届かなかった。
『おいハーヴィ! 俺のアーミーナイフどこやったんだよ!!』
部屋の扉が開かれ、俺のルームメイトがせっかくの甘い時間をぶち壊しにやってきたのである。
思わずうんざりしていると、シャロンが代わりに身を乗り出す。
「アーミーナイフって、どんなやつ?」
『刃渡り30センチで、柄の所にバットマンのシールが貼ってあるヤツだ』
「切り裂きジャックから貰ったって言ってたやつ?」
『ちがう、殺人鬼連盟のビンゴであてた方だ!』
「それならたしか、地下室にあったわよ。洗濯機の上」
『まじか! さすがシャロン、愛してるぜ!!』
ドタドタと騒がしく部屋を出て行くルームメイトに、シャロンが可愛らしく手を振る。
その様子を見ながら、俺はため息をこぼす。
「最近バーニーとずいぶん仲がいいな」
「だって彼可愛いし、面白いから」
「最初は滅茶苦茶怖がってたくせに」
「そりゃあ怖いわよ。だって彼、喋って動く殺人人形よ?」
でも殺人人形が大暴れする映画は大好きだったからすぐに慣れたと、シャロンは笑う。
「それにしても、映画そっくりのキャラと会えるなんて、この世界も捨てたもんじゃないわね」
「ヴァンパイアより、殺人人形の方がタイプなのか?」
自分でも驚くほど拗ねた声がこぼれると、シャロンがクスクスと笑い出す。
「安心して、殺人人形はタイプじゃないから」
「でもジェイソンやブギーマンが現れたら浮気するんじゃないか?」
「そうね、確かにマイケル=マイヤーズだったらちょっと揺れちゃうかも」
「そのときは、あいつのマスクを真っ赤に染めてやる」
俺の言葉にシャロンは大笑いする。それから彼女は俺を安心させるように優しいキスをしてくれた。
それにほっとしつつも、もし本当に彼女好みの殺人鬼が現れたらと思うと気が滅入る。
なにせこの世界はマトモじゃない。どこもかしこも人殺しだらけ。つまり、シャロンが大好きなホラー映画からぬけ出たような化け物も至る所に存在している。
そんな世界では、俺はあまりに地味な存在だ。
「俺もマスクをかぶるべきかな?」
「どうしたのよ突然」
「俺にはホッケーマスクも、ハチェットやチェーンソーみたいな得物もないだろう? そういう男で、君は満足してくれるのかなって」
「それ、本気で言ってる?」
「だって君は、個性的な人殺しが好きだろう?」
「ヴァンパイアだってだけで、十分個性的だと思うけど」
「でも俺は太陽も十字架も聖水も平気だし、大事な個性が死滅してるだろ」
「安心してハーヴィ、超絶イケメンっていうヴァンパイアに一番大事な要素は残ってるわ」
だからむしろマスクはするなとシャロンは豪語するが、やはり武器くらいは持つべきだろうかと、俺は本気で悩み始めた。
■■■ ■■■
「それじゃあ、5時に迎えに来る」
朝の甘い時間を過ごした後、シャロンを高校まで送っていくのも最近増えた俺の日課だ。
本当はずっと側に置いて可愛がりたいが、殺人鬼だらけのおかしな世界にも世間体という物はある。
それにシャロンは家の事情で最近まで学校に通えておらず、それを彼女自身が心苦しく思っていると分かってしまえば、家に監禁することなんて出来ない。
「絶対に遅れるなよ」
「まるで保護者みたいな言い方ね」
「保護者だよ。君が殺人鬼に引っかからないよう、常に目を配ってる」
「引っかからないわ。そのために、わざわざロスに越してきたのよ?」
シャロンは俺を安心させるように笑うが、彼女の主張にはいまいち納得出来ない。
それに正直、この引っ越しは乗り気じゃなかった。俺は各州に邸宅を有しているので家を替えるのは問題ないのだが、ロスの家はバーニーに貸していたからだ。彼とルームメイトになったのも、そういう経緯である。
「ロサンゼルスなら安全だって本気で思ってるのか?」
「ホラー映画と言えばアメリカ南部の田舎じゃない」
「もしくは、雪に閉ざされた山荘とかな」
「でもこの辺りは雪も降らないし、殺人鬼やモンスターも似合わないでしょ? 青い空にハリウッドにディズニーランドもあるし」
「ディズニーランドがあるのはアナハイムだ」
「でも近いし、モンスター感がなくて全体的にハッピーな感じがするじゃない」
「でもここに一人、青空が似合う殺人鬼がいるけど?」
「あなたが規格外なのよ。でも統計的に見れば、絶対ロスは安全」
確固たる自信があるのか、シャロンは言い切る。
「だから安心して、私が学校に行ってる間は遊んでていいのよ」
「なら、今日は非番だしディズニーランドでも行くか」
「ミッキーマウスは絶対殺しちゃ駄目だからね」
ジョークとキスを置いて、シャロンは颯爽と車を降りていく。
後ろ姿さえも愛らしい彼女を眺めていると、そこで小さな咳払いが後部座席から響く。
『そろそろ置物のふりはやめても良いか?』
低いダミ声で、ようやく俺は我に返る。
忘れていたが、学校の送り迎えには殺人人形のバーニーも毎回ついてくるのだ。
「だめだ。まだ高校の駐車場だぞ」
『せめて助手席に座らせてくれよ。俺、暗くて狭いところは嫌なんだ」
「君はオモチャだろ?」
『箱入りの期間が長かったせいでトラウマなんだよ』
言いながら、バーニーは勝手に助手席へと移動する。
「君みたいな不気味な人形を助手席に置いてたら、変態に間違われそうだな」
『じゃあリボンでもつけとけよ。プレゼントっぽい感じで』
リボンをつけたところで、誤魔化せる容姿ではない。
なにせバーニーは、有名なホラー映画から飛び出てきたような姿なのだ。
映画と違って外見は日系アメリカ人の子供だが――その中にはブードゥーの魔術に長けたアフリカ系アメリカ人が入っているというちぐはぐさだが――、カッとなるとナイフを振り回す物騒なところは映画のキャラそのもので、その残忍さが全身からにじみ出ている。
色々あって今は俺と同様FBIに所属しているが、3度の飯より殺しが好きなのは変わらない。
『にしても、最強の殺人鬼が女子高生に骨抜きにされるなんて世も末だな』
「君だって、シャロンに惚れてるくせに」
『あの尻を見て惚れない奴がいるか?』
「少なくとも、殺人人形は普通人間には惚れない」
『それ、差別発言だぞ』
憤慨しながら、バーニーもまた校舎へと歩いて行くシャロンをじっと見つめている。
その目は、確かに恋をしている男のそれだ。
FBIに入るまでは女子供関係なく惨殺していた人形のくせに、彼はシャロンに本気なのだ。
ナイフの代わりにロリポップをさしだし、俺からシャロンを奪おうと滑稽な色仕掛けまでしている始末である。
『まじそそるよな。特殊な魔法でもかかってるんじゃねえのかなってレベル』
「そんなことがあり得るのか?」
『時々、なんかこいつは殺しちゃ駄目だなーって思うやつがいるだろ? あれの強化版って感じがする』
突飛な話だが、それがあり得るのがこの世界の恐ろしいところだ。
なにせこの世界には、超自然的な力が普通に存在している。そしてその力に引きずられる形で、俺もずいぶん前に別の世界からこの世界へとやってきた口だ。
この世界に喚ばれた明確な理由は分からないけれど、たぶん人殺しをするためだろう。俺にはそれしか出来ないし。
それに化け物じみた俺の存在を、この世界は拒絶しない。今や人殺しの能力をかわれ、国家機関公認の殺人鬼にまでなったくらいだ。
だからきっと、世界は俺に好きなだけ人を殺せと言っている。
そしてそんなとんでもない意思が働く世界なのだから、自分の恋心に超自然的な力が関係していてもおかしくはない。
「じゃあ俺も君も、魔法のせいでシャロンに恋してるのか?」
『俺は違う。あの尻に惚れた』
お前もだろ? と笑うバーニーの頭を俺は小突く。
「お前と一緒にするな」
『尻じゃなきゃ、やっぱり魔法か?』
「かもしれない。このところ、身体も心も変なのは事実だしな」
『どう変なんだ?』
「毎日楽しくて、幸せで、昨日なんて仕事中にYour Songを口ずさんでた」
『おいおい、内臓引きずり出しながらエルトンジョン歌ったのか!?』
「あと雨に唄えばもだ。重症だろ?」
『そりゃ絶対魔法の影響だな。そもそもお前、人を愛せるキャラじゃないし』
「否定できないな」
『シャロンも可哀想だな。俺に惚れとけば魔法が切れても大事にしてやれたのに』
「切れることなんてあるのか?」
『無くはないだろ。殺人鬼に溺愛されるなんてチープな展開、いつまでも続くと思うか? これがドラマだったら、シーズン1の最後に魔法が切れてお前があの子を惨殺するシーンでTo Be Continued だよ』
「あり得そうで困る」
何せ今まで、俺は誰かに惚れた事なんて一度もなかった。
快楽を求めて刹那的な関係を築いたことはあるが、大抵二日もすれば飽きて、首から血と魂を吸い取って殺してしまうのが常だ。
ただシャロンには、未だそんな気持ちが欠片もわかない。小さな傷をつけることさえ躊躇われるありさまだ。
だから同棲を始めて1ヶ月が経つのに、実はキス以上のこともしていない。
そういう空気になる度、何故か他の殺人鬼に襲われて出来ない……という不思議な間の悪さもあるが、シャロン自身も身体を重ねることに慎重になっている気配があるので、無理強いはしたくないと思ってしまうのだ。
「魔法が切れたら、昔の俺に戻るんだろうか」
『戻りたいのか?』
「戻りたくない。……だから問題なんだ」
彼女と一緒にいると楽しいし幸せだ。
人を殺すことより、彼女に尽くすことの方が大事だとさえ思う。
でもその気持ちが魔法による偽りの物なら、解けてしまう方が良い気もするのだ。
この状態が続けば、魔法のあるなしに関わらず俺はシャロンにより執着する。そんな状態で魔法が切れたら俺は彼女を殺さずにはいられない。
そうなる前にまともな保護者を見つけて、彼女を託す方が良いに違いないという常識的な考えだって持っているのだ。少なくとも今は。
『そんなこの世の終わりみたいな顔をするな。気分が滅入るなら、さくっと人でも殺してハイになろうぜ』
彼なりに気遣ってくれているのか、バーニーは『良い仕事があるぞ』とこの地区で指名手配されている殺人鬼のリストを見せてくる。
シャロンは安全だというロサンゼルスにだって、星の数ほどの殺人鬼がいる。
それを2,3人殺そうというバーニーの提案は悪くない気がした。
殺すことで憂鬱な気持ちが消えるとは思えなかったけれど、殺人鬼らしい事を時々するのは悪くない。刺激のない男でいたら、シャロンに飽きられる可能性もあるし。
――だが、いざ誰かを殺しに行こうと思った瞬間、俺の耳が聞き覚えのある悲鳴を捉えた。
「……シャロンが呼んでる」
『おい、彼女が恋しすぎて幻聴まで聞こえだしたか?』
「嘘じゃない!」
微かな物だったけれど、人間より聴力の発達した俺の耳にははっきりと聞こえた。
「ここにいろ。絶対車から出るなよ」
そう言い置いて、俺は車を飛び出し体育館の方へと向かう。
恐怖で震えるシャロンの息づかいを捉え、一気に加速すれば目的の場所までは一瞬だ。
「ハーヴィ!」
シャロンがいたのは、人気のない体育館の中だった。
彼女は血まみれの少女――正確には少女だった物――を抱きかかえており、その前には獣のような顔を持つ、身長二メートルの巨大なモンスターが立っている。
「無事か?」
「うん、でもリリーが」
「リリーって君をいじめてたヤツだろ?」
何でそんなヤツを抱きかかえているのかと悩んでいると、シャロンが震える声でこの状況を説明し始める。
「今日も私のロッカーに落書きしてたから、怒って追いかけたの。そしたら、彼が急に現れて……」
「殺されたのか?」
「一瞬で、何も出来なくて」
「落ち込む必要はないよ。君をいじめていたのなら自業自得だ」
どのみち、シャロンからリリーの悪行を聞いたときから、いずれ始末してやろうと思っていたのだ。
それが早まっただけで、シャロンが嘆くことではない。
「ともかく、そんなヤツ放っておけ。服が汚れるだけだ」
言いながら、俺はモンスターとシャロンの間に立ちはだかった。
途端に、モンスターが俺に向かってうなり声を上げた。
その声を聞きながら、俺は改めて相手の姿を確認する。
「狼男か」
今日は新月だし、そもそも夜でもない。
なのにどうしてと思ったところで、俺は狼男の視線がシャロンに注がれていることに気づく。その上ヤツは妙な角度に腰を曲げている。
どうやら目の前の狼男は、気持ちが昂ぶりすぎて本性を隠しきれなくなったらしい。
「シャロン、君は本当に誰彼構わず虜にするな」
「えっ、私?」
「そこの駄犬は君に発情してるみたいだぞ」
「い、いぬじゃないわ。その子はリリーの恋人のビリーって言って、いっつも私に意地悪ばっかりするのよ」
「求愛方法が犬以下だな……」
思わず呆れた途端、ビリーが牙を剥く。
『くそったれヴァンパイアの分際で、俺を馬鹿にすんじゃねぇ!!』
狼訛りが強いが、どうやら彼はまだ人間の言葉を喋れるらしい。
「俺の正体に気づけるなら、一応知能はあるようだな」
『馬鹿にするな! 俺はお前より高位の存在だぞ!』
口調を荒げ、ビリーはそこで不気味に笑う。
『それに内心ではビクビクしてるんだろ?』
「俺が?何故お前に?」
『俺は狼男だぞ』
「だから?」
『古今東西、狼男はヴァンパイアの天敵だ!! つまりお前に勝ち目はねぇんだよ!』
得意げに言い放つと、ビリーは強靱な脚力で地面を蹴り、飛びかかってくる。
そしてそのまま俺の首筋を咬みちぎるつもりだったのだろうが、その牙は俺に届くことはない。
「躾のなってない犬だ」
迫ってきた歪な顔面に軽い右フックをたたき込めば、ビリーはいとも簡単に地面に沈む。
それでも体力だけは無駄にあるのが狼男だ。
最後の意地で飛び上がり、俺の腕に食らいついて来たが、ヤツの牙はあまりに小さく頼りない。
「そんな牙で俺を殺せるとでも?」
俺が痛がるそぶりを見せないことに驚いたのだろう。ビリーは慌てて牙をはなし、その場から後退しようとする。
だがそれよりも早く、俺はヤツの尻尾を掴んで側の壁に5度ほどたたき付けた。
3度目の時点で全身の骨が砕けて血が噴き出し、意識もほぼなかったが、残りの2回は俺の大事なシャロンに腰をこすりつけようとした罰である。
「殺したの?」
壁にめり込んだビリーの身体を見ながら、シャロンが恐る恐る尋ねてくる。
「殺したかったが、ティーンエイジャー相手だと処理が色々と面倒でな。ギリギリ生かしてる」
本当にギリギリだが。
「君は無事か?」
「ええ。でも……」
そこで、シャロンが俺の腕を見つめて青い顔をする。
「傷、大丈夫なの?」
「すぐ塞がるよ」
「でも、狼男の牙って吸血鬼にとって致命傷になるんでしょう?」
どうやらシャロンは、ビリー同様古い言い伝えを信じているようだ。
そして俺のことを心の底から心配しているらしく、それがあまりに嬉しくて、俺は思わず彼女を抱き寄せた。
「平気だよ。あれは迷信だし、それに俺は厳密にはヴァンパイアじゃない」
「そう…なの……?」
「ああ、もっと禍々しい物だ」
「悪魔とか?」
「まあそんなところだ。だから犬に噛まれたくらいじゃ死なないよ」
俺の言葉にほっとしたのか、シャロンの方も俺の身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
震える身体を抱き締めるのは心地が良かった。なのになぜだか、こうしていると心の奥が疼くように痛んだ。
切ないような、苦しいような、例えようのない不快感が生まれるが、だからといってシャロンの身体を離すことも出来ない。
一度腕を放したら最後、胸の痛みは激しさを増し、命ごと心を砕かれてしまいそうな気さえした。
「あなたが無事で良かった」
そのとき、シャロンが震える声でぽつりとこぼした。
彼女の声は、本当に微かだった。俺の耳が人の物より良くなければきっと届くことさえなかっただろう。
その弱々しい声を聞いているとまた胸が痛くなり、俺は先ほどより強くシャロンを抱き締めた。
「それは俺の台詞だ」
殺さないよう注意しながら、できるだけ強い力でシャロンを抱き締めていると、ようやく彼女の震えが止まる。
それに、俺はほっとしていた。
少し前までは、人が恐怖に震える姿を見るのが一番好きだったはずなのに、シャロンが震える所は何故だか見たくない。
「……これも、魔法のせいなのかな」
思わずこぼすと、シャロンが「魔法?」と首をかしげる。
「バーニーが言ってたんだ。魔法でもなければ、俺のようなクズが君を好きになるわけないって」
俺の言葉に、シャロンはそこで小さく笑った。
「そうね、そうかもしれない」
「笑ってる場合じゃない。それが事実なら、魔法が切れた瞬間君は俺に殺される」
「確かにそれは怖いけど、あなたに殺されるのならいいかなって、ちょっと思っちゃった」
「だが俺の殺し方は、痛いぞ」
「死ぬときはどうやったって痛いわよ。でもどうせ痛いなら、あなたにされたほうがましかなって」
「本気か?」
「もちろん死にたくはないし、普通に幸せになりたい。けど、それが難しい世界なのはわかってるから」
無残な姿で横たわるクラスメイトの死体を見ながら、シャロンは悲しげに顔を歪める。
「いつ誰に殺されてもおかしくない世界なら、私はあなたに殺されたい。死ぬときくらい、あなたを本当の意味で幸せにしてあげたいって思うし」
「本当の意味って?」
「もし私を好きなのが魔法のせいなら、今の生活はあなたにとって本当の幸せじゃないんでしょう? それにあなたは、人を殺すときが一番生き生きしてるし」
「だからって俺に殺されるのか」
「そうならない方が嬉しいけど、私ばっかり幸せなのはずるいなって最近ちょっと思ってたの」
苦しげな声で言ってから、シャロンは俺の唇をそっと奪う。
「いつかあなたが本当の愛に目覚めてくれたら嬉しいけど、悪魔の心を変えられる品行方正なヒロインって柄じゃないもの。もしこれがドラマなら、私はシーズン1の最後で死ぬ偽者のヒロインね」
「バーニーと同じ事を言うんだな」
「誰だってそう思うわよ」
笑いながら、シャロンは俺の腕からすり抜けようとする。
でもそれに、俺は耐えられなかった。
温もりが遠ざかっていくのが寂しくて、辛くて、慌てて彼女の腕を掴んでしまう。
「でも俺は、君がヒロインのドラマが見たい」
自分でも驚くほど甘く弱々しい声が、口からはこぼれる。
少し前の俺なら絶対に言わなかった台詞だ。でも口に出してみると、意外としっくりくる。
「ヒロインは君が良い」
俺の言葉に、シャロンが微笑んだ。
どこか困ったような、でも嬉しそうな微笑みが愛しくて、俺はもう一度「君が良い」と繰り返す。
「私がヒロインじゃ、シーズン1で打ち切りよ?」
「かまわない。ハッピーエンドで終われるなら」
「殺人鬼のくせにハッピーエンドを選ぶの?」
「そういうホラー映画やドラマがあってもいいだろ」
「殺人鬼とヒロインが結ばれるなんて駄作も良いところだわ」
「駄作だって良いさ」
シャロンとずっと今のままいられるなら、それでも構わない。
そんな気持ちでシャロンの唇を奪えば、彼女はそれに応えてくれた。
まだちょっとつたなくて、子供っぽい舌使いを味わっていると、愛おしさのあまり彼女の首を絞め殺したくなる。
でも俺はそうしないし、できない。したいと思ってしまったことに、恐怖さえ覚える。
だから代わりに、俺は彼女の髪に優しく指を絡めた。
「それに駄作だとしても、マニアには受けるかもしれないだろ?」
自分の気持ちと場の空気を和らげるための言葉を口にしながら、俺は壁にめり込んだままのビリーに目を向ける。
「少なくとも、モンスターと殺人鬼はいっぱい出てきそうだし、きっとファンはつくさ」
「私としては、あなただけで手一杯なんだけど」
「だが、引き寄せてるのは多分君だぞ?」
「そうなの?」
「君が可愛いすぎるから、一目見ただけでみんな夢中になる」
「みんなって、物騒な奴ら限定でしょ? そういうハーレムは望んでないんだけど」
うんざりしたように言うシャロンに、俺は思わず笑った。
「君が望むなら、歪なハーレムは俺が壊すよ」
「そうね、フラグは全部あなたに折って貰おうかしら」
「なら手始めに、躾のなってない狼を片付けようか」
俺の言葉に、シャロンはそこではっとする。
「でもそうだ、バーニーのことは殺しちゃ駄目だからね」
「まさか二股かける気か?」
「ありえないわよ。でも彼とは良い友達だし、あなたの親友でしょ?」
親友は大事にしなさいと、シャロンは笑う。
愛が分からない俺にとっては友情もまたよくわからないものだが、彼女がそう言うなら何があっても殺すのはやめようと思う。
「君のベッドに忍び込んだりしたら、手にかけるかもしれないが」
「そのときは許可するわ」
そんなジョークを口にしながら、シャロンは俺に向かって小さく手を振る。
「じゃあ行くね。完全に遅刻だし、服に血がついちゃったから、上手い言い訳も考えないと」
「彼氏と血まみれで愛し合ってたって言えば良い」
「歴史の先生は殺人鬼じゃないから、その冗談は多分通じないと思う」
「なら、車に着替えがあるからそれをつかえばいい」
「用意が良いのね」
「殺人鬼のたしなみだ」
そう言ってにっこり微笑むと、シャロンは最後にもう一度だけ俺にキスをしてくれる。
それから彼女は軽やかな足取りで血だまりを飛び越え、体育館を後にする。
愛らしい後ろ姿を見送った後、俺は壁にめり込んだままになっているビリーの尻尾を掴んだ。
血だらけの狼男を引きずり出しているうちに、気がつけば甘ったるい恋の歌が俺の口からはこぼれていた。
バーニーに聞かれたらウンザリされるだろうが、恋に浮かれるのは思いのほか悪くない。
首の骨を折ったり内臓を引きずり出すときとは違う高揚感が、俺を幸せな気持ちにしてくれる。そしてこの気持ちを知った今なら、シャロンとのハッピーエンドも夢ではない気がしてくる。
胸に芽生えた優しい気持ちが歌声を大きくし、俺は颯爽と歩き出す。
雨の中を軽やかに闊歩するジーンケリーのように、血だまりを軽やかに蹴散らしながら――。
【異世界転移したら素敵な彼女が出来ました!――ただし彼女の周囲にハーレムが形成されつつあるので皆殺しにしようと思います――】 END