握った手は離させません。
「よし!!やったりますか!!」
翌朝、気合十分に学園までやってきた。
正直、色々考え過ぎて殆ど眠れなかったのでハイになってるとも言える。とはいえ心構えはバッチリだ。
私とアレン以外は城からの馬車で既に到着済みだった。昨日のうちに周辺の国民は避難を進め、街中は兵達が警戒にあたっている。
いよいよ大詰めということだ。
「なんかこう……イマイチ緊迫感がねぇよな」
「これでも世界の命運がかかってるんだけどね」
「そこ、聞こえてるんだけど」
失礼なテオとオズに頰を膨らませながら、マオ君の元へと案内してもらう。いまのところ、学園内は教会があった付近にしか被害は出ていないようだ。
暫く歩くと、昨日と同じように浮いている黒い球体が見えてきた。今はその周りを、王宮の騎士団と魔導士団が万が一に備えて取り囲んでいる。私達に気が付くと、それぞれの団長と思しき人達が抜けてきて敬礼をした。
業務連絡はテオに任せて、私はシロ君と作戦の確認だ。
「あの中の何処かにいるマオを探してください。恐らく会話くらいは出来ると思うので、その後のやり方はあなたに任せます。中に入るための道は、私が開きましょう」
「……了解」
命名、なるようになれ作戦。
変に気負うよりはいいか……どうせ思ったことをそのまま伝えるだけだ。
マイペースにくるくる回るシロ君を眺めていると、団長さん方からやけに熱い視線を感じることに気がついた。
「こうして白の神様の御加護のもと、神話の1ページに携われるなんて光栄です!!ロザリア様、どうぞ御武運を」
「は?」
「まさかロザリア様が神の啓示を受けた聖女であらせられるとは……歴史の中で悪役にされた黒の神と心を交わし……真実の創世記を劇という形で我々に知らしめ……そして今度は悲しき運命に囚われた黒の神をおひとりで鎮めに行こうなどと……この場に立ち会えたこと、感謝しております!!」
「はぁ?」
なんだか壮大な話になっている。
というか待って、聖女ってなんだ。そんなキラキラした目で見られても困る。訳が分からずテオの方を見ると、苦笑いを浮かべていた。
「……どういうこと?」
「……諸々、秘匿にするために多少脚色を……ロザリアならもう聖女の称号がひとつふたつ増えたところで変わらないと思って……」
確かに全部神様のせいに出来たら便利だけど。
嘘という嘘はついていないところがテオらしい。
それにしても……。
「……自分でも無理があることは分かってるよ」
じっとテオを見つめていたら、ばつが悪そうに目を逸らした。
責めてるわけじゃない、テオにしては話を盛ったなと思っただけ。どちらかというとテオは私が目立つことはさせないタイプだ。
不思議に思っていると、オズがこそっと教えてくれた。
「テオの奴、ついさっきまで色んなとこ駆けずり回ってたんだよ。王様はともかく、他のお偉いさん方はうるさくてな」
「……そっか……」
マオ君を助けられるように、わざと私を持ち上げてくれたのか。
普通は世界の命運を一介の公爵令嬢になんて任せない。しかしそれが神に選ばれた聖女となれば話は別だ。
私が色々知ってる辻褄も合わせられるし、丁度いい肩書きが出来たと思おう。
まだ話が忙しそうだから、あとでちゃんとお礼を言っとこ。
「ところでオズ、いいの持ってるじゃない」
視線の先、オズの腰には白銀の剣が下げられている。デザイン自体はいつもの剣と変わりないが、いつの間に新装備を手に入れたのか。
「お、いいだろ、昨日シロ様が俺の剣に加護をくれたんだよ。これで黒の神にも対抗できるってよ。外のことは俺に任せとけ!!」
「いいなぁ、本当に物語の騎士様みたい!!」
鞘から抜いて見せてくれた剣は、繊細な光を放っている。オズは照れ臭そうに笑って跪き、私の前に剣を捧げた。
「俺の血も、骨も、この命すらも、全ては貴方のために……なんてな」
「何それ、かっこいい、ずるい」
「ははっ、ずるいってなんだよ。じゃあな、お前に託したからな!!」
そう言ってぽんと私の頭を撫でると、オズは騎士団長と一緒に隊列へ戻って行った。そういえば、いつも守ってもらってばかりだったから託されるのは初めてだ。それが少し嬉しい。
私も動くかと思ったところで、ユリウスに呼び止められる。
「これを持って行け」
「ん?これは……」
渡されたのは、透明な結晶だった。
ネックレスのように鎖に繋がれて、首から下げられるようになっている。
「御守みたいなものだ。多少なら黒の神の力にも耐えられるだろう」
「ありがとー、似合う?」
早速身に付けて見せても、ユリウスは興味なさげに眉をひそめただけだった。
似合う似合わないの問題じゃないから別にいいけど、一言くらいあってもいいのに。
ユリウスは呆れた様子で眼鏡を押し上げて、何事もなかったかのように再び口を開いた。
「……それと、8年前の石板は粉々にした」
「えっ、それって」
「勘違いするなよ、俺はあの男とは違う。あんなもの残しておかない方がいいだろう。そこの発光体が、全て供養した」
「……そう、良かった」
一瞬、実験に使っちゃったのかと疑ってしまった。反省。
あの石板自体にマオ君を狂わせる程の怨念が込められていたなら、8年前の事件の被害者もやっと眠りにつくことが出来ただろう。気付くのが遅くなって、ごめんなさい。
「……お前が気にすると思ったからな」
ボソッと聞こえた声を、私は聞き逃さなかった。貴重なユリウスのデレだ!!
行き場のない嬉しさをユリウスにぶつけるためにベシベシ肩を叩く。
「えへへへ」
「……ふん、ふざけたことをしていないでさっさと行ってさっさと帰ってこい。俺はいつまでもこんなことに付き合ってるほど暇じゃないんだからな」
照れ隠し……には到底見えないけれど、ユリウスは用は済んだとばかりに踵を返した。
素直じゃないな。
後方支援担当のユリウスを見送って、今度は同じく後方組のルチアが頭にシロ君を乗せて駆け寄ってきた。何してんの。
「ロザリア様、お気を付けて。私は……ここから祈ってることしか出来ませんが……」
「良いではないですか、人の祈りが人を強くするのです」
「そうよ、特にルチアが祈ってくれるなら心強いわ」
本物の聖女に祈っててもらえるなんて、こんなに頼もしいことはない。それに、そうやって想ってくれる人がいるから私は頑張れるのだ。
「……絶対、絶対無事で帰ってきてくださいね!!遅くなったら、また私が迎えに行きますからね……!!」
「ルチア〜……!!もう、すぐ帰ってくる!!秒でマオ君連れ戻してくるから!!」
「はい!!信じて、待っています!!」
最高の笑顔をくれたルチアに、感極まってハグをした。最初はこんな関係になれるなんて、思ってもみなかったな。
「うんうん、美しい友情ですね。ついでに少し分けてください」
あ、こいつ、今ルチアの感情吸ったな。
マオ君に対抗するためにシロ君にも力を蓄えて貰わなきゃいけないのは分かっているのに、なんだかイラッとするのは何故だろう。シロ君は最後まで私と一緒なので捕獲した。
さて、マオ君のとこに行く前に。
「アーレンー」
昨日大人しく話を聞いていたと思ったら、やっぱり不服だったらしいアレンはやや拗ね気味だ。
散々家で甘やかした上に宥め賺して、今日は魔導士団の方達と共闘してもらう運びとなっている。
「……僕の、いないところで……死なないでね……」
「いきなり縁起でもないこと言わないの。みんなと生きるために頑張るのよ」
「心配」
溜息混じりに即答されて倒れ込んできた。体重がかけられているので重い。
気持ちは嬉しいのでどうにか堪えて、背中に腕を回した。
「僕にとってはロザリアが一番大事だって、忘れないで」
「私もよ。だからアレンも怪我しないでね?」
「……ん。ちゃんと待ってるから、今日も甘やかして」
身体を起こしたアレンは、私の掌に擦り寄った。
可愛いけど、甘やかしたら甘やかしただけ増長するからな……。
「……考えとく。テオの言うことよく聞くのよ」
「……気が向いたら」
そっぽを向いたアレンに苦笑しながらも、魔導士団の人によろしく引き渡した。
これで声掛けは終わり。最後にエスコートしてくれるのはテオの役目だ。
騎士達が間を割って道を作ってくれる。テオの手をとって、ゆっくり歩き出した。
「私をマオ君のところに行かせてくれてありがとう」
「……オズか」
ふふ、バレてる。
珍しく眉間にしわを寄せたテオは、きっと一晩中頑張ってくれたんだろう。
陥没した地面の手前で手を離して、抱き締められた。
「……本当は行かせたくない、世界なんてどうでもいい。2人で何処かに逃げられたらいいのに……」
「……うん」
王子としては言ってはいけない、テオの本音。
お互いにそんなことは出来ないってわかっている。でも聞いているのは私だけだから、いいよ。
「なんでロザリアなんだって、神様を憎らしく思うよ。代われるなら代わりたい……だけど、愛が世界を救うなら、僕らに愛されてる君は無敵なんだろうね」
「当然よ、私もみんなのこと大好きだもの」
それだけは自信しかない。
なんなら前世から好きだったんだよ。顔を見合わせて、どちらともなく離れていった。
「愛してるよロザリア。いってらっしゃい」
「ありがと!!いってきます!!」
先導するシロ君を追って、アレンが作ってくれた足場を登る。宙に浮く岩を一歩一歩踏みしめて、遂に目の前までやってきた。
近くで見ると、中で何かが動き回っているようだ。
シロ君が黒い球体に触れると、バチンッと勢いよく弾けた。風圧で体勢が崩れる。
「今です、早く!!」
形を変え暴れ出す球体に、言われるがままに飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
右も左も分からない暗闇を、ただひたすらに探して走る。
自分以外に誰もいない不安と、早く見つけなくちゃという焦りに襲われて、気を確かに持たなければ泣き崩れてしまいそうだ。
ここにいるだけでも精神に何かしらの影響を受けているのかもしれない。ユリウスに貰った結晶は、黒く濁り始めていた。
外はどうなっているんだろうか……なんて考えがよぎった時、黒い靄を纏ったマオ君を見つけた。
「マオ君!!!」
「来るな!!!」
初めて聞く大きな声に、驚いて足が止まる。マオ君は時折呻き声を上げながら、どうにか立つのがやっとの様子だった。
「あいつに、っ、聞いたんだろう……私を、消滅させろ……!!お前達なら神など居なくとも、世界を続けられる筈だ。頼む、私が傷付けてしまう前に、逃げてくれ……」
自分が一番辛いはずなのに、優しくて泣きそうになった。
そんな懇願するように逃げてくれなんて言われて、置いていけるわけないじゃない。
意を決して、マオ君に近付いた。
「逃げないよ。私はマオ君を助けに来たの」
「馬鹿、触るな……っ!!」
そっと手を伸ばすと、黒い靄が私に伸びてきて、侵食する。
流れ込んでくる感情に頭がどうにかなりそうだ。
助けて、死にたくない、やめて
誰かが頭の中で叫んでいる。
首から下げていた結晶が砕け散って、鎖が地面に落ちた。
マオ君は、ずっとこれに1人で耐えていたのか。震える足を動かして、しがみ付くように抱きついた。
怖い、嫌だ、1人で死ぬなんて嫌だ
おうちに帰りたい、誰か助けて!!!
どうして私がこんな目に?
悔しい悔しい悔しい悔しい
殺してやる……殺してやる……!!!
「ぅ……っ!!」
「……っ、やめろ、お前まで飲み込まれるぞ……!!」
引き剥がそうとするマオ君に、必死で首を横に振った。
私だって伊達に一度死んでない。理不尽に命を奪われた無念も、残してしまった人に対する悲しみも痛いほどわかる。
だからこそ、彼らもここにいてはいけないんだ。
「大、丈夫、大丈夫だから……!」
口ではそう言っていても、涙が止まらない。
気を紛らわすように言葉を続ける。
「マオ君だって、私のこと助けてくれたでしょ……?」
「そんなことはいい、離れろ!!」
よくない。全然よくないよ。
神様のことは、誰が助けてくれるの?
「私と……っ、マオ君は、似てるから……分かるよ。人を巻き込みたくないって、自分を犠牲にすればいいんだって、思ってること……」
私も、そうだったから。
だけどそれは間違ってるって、マオ君が、みんなが教えてくれた。
「一人で抱え込むなって、言ってくれたのはマオ君じゃない。だからさ、辛い時くらい側に居させてよ……」
ぼろぼろ泣いて、引きつりながら作った笑顔はさぞ不格好なことだろう。
それでも、少しでも可能性があるなら、助かりたいと思っていいんだよって伝えたい。
「何故、何故だ……どうして、そこまで……」
何故なんて、今更聞かないでよ。
そんなの決まってるじゃん。
「マオ君が、好きだからだよ……っ!」
「……っ、お前は、本当に愚かだな……っ」
顰められた顔に、一筋の涙が伝った。
神様でも泣いたりするんだなぁ。その涙があんまり綺麗だったから、辛いのも忘れて見惚れていた。
「……愛している。ここで死なせるものか……」
マオ君が、私を強く抱き締めた。
その瞬間、すうっと心が楽になって、ようやく息を吐くことが出来た。悲しみも怒りも、全部マオ君が溶かしてくれる。
黒い靄が舞うように渦を巻いて、少しずつ輝きに変わるのをマオ君越しに見ていた。
ああ、これが、神様っていうものなんだな。
消えていく最中、微かにありがとうと聞こえた気がした。
「……収ま、った?」
足に力が入らない、頭がぼうっとする。
なんだか凄い奇跡を目の当たりにした気がする。マオ君は私を抱き締めたまま動かないのだが、無事だろうか。
そろっと様子を伺おうとすると、マオ君がぽつりと呟いた。
「……こんな危険なこと、もう二度とするな」
……良かった、戻ったんだ。安心したら、一気に気が抜けた。もう立っていられなくてマオ君に体を預ける。ああ、未来を変えられた。
それにしても第一声がそれかと思うと、本当にお人好し過ぎて笑えてきた。
「ふっ、ふふ、マオ君が危険にならなければね」
「……笑い事ではないぞ、まったく……」
くすくすと笑い続ける私を、マオ君はずっと優しく抱えていた。
どのくらいそうしていたか、そろそろ足も回復したと思った矢先、大きな音を立て空間に亀裂が入る。
「わぁっ、なに!?」
次々とヒビが入り、徐々に崩れ落ちていく。
近いのか遠いのか、割れた先もまた暗闇で分からないが、ここにいてはまずいということだけは分かった。
「……空間を保てない。情けない話だがな。完全に消失する前に早くここから出るぞ」
「あ……待って。もう1人、連れて帰らなきゃ」
このまま勝手に終わるなんて許さない。
犯した罪は償ってもらうわ。