作戦会議です。
「……というわけで……ダグラスに言いくるめられて……今回の騒動に至った次第です……はい……なんか全部仕組まれてたらしいです……」
現在、私は床に正座してガタガタ震えている。
テオとオズが帰城してから早速洗いざらい吐けとの厳命を受け、話し始めたはいいものの説明を続ければ続ける程に目に見えて増していくテオの怒りのオーラ。
それでも話さないわけにはいかないので須らく地に伏した。
「……救いようの無い阿保だな」
「誠に申し訳ありませんでした……まったくもってその通りでございます……」
返す言葉もございません。
冷ややかな視線を向けるユリウスに深々と頭を下げる。
「……次……やったら……」
「もうしません!!」
次はないです!!!
私の軽率な行為がアレンの相当なトラウマになってしまった。これは暫く引き摺りそうだ。
「はっ、反省してるみてーだし、この辺にしといてやろうぜ、な!!」
「そうです!!ロザリア様、せめて椅子の上に……!!」
「海よりも深く反省しております……」
「頭を上げて下さい!!」
健気にも私を庇ってくれるオズとルチアに頭が上がりません。
そしてラスボスであるテオは長い脚を組んで頬杖をつきながら私を見下ろしている。
「ま……僕よりもダグラスを信じたことについては追々言及するとして、君の言い分は分かったよ」
「ありがとうございます……私が馬鹿でした。前世の記憶があるからってダグラスの言うこと全部鵜呑みにして……あー、自分に腹立つ〜……!!」
「これに懲りたらもう二度と僕を疑わないように」
そうする。前世の記憶のシナリオなんかより、私が自分の目で見てきたみんなが真実だ。
こんな簡単なことがなんでできなかったんだろ……。
「……これもあの男が作ったものか?」
ユリウスがどこに持っていたのか、私が開けた『悲恋の匣』を取り出した。
あの時は何も思わなかったけれど、今見てみると何の変哲もないただの箱にしか見えない。
アイテムはアイテムとしか情報が無かったので首を傾げていると、今まで黙って浮遊していた白の神が懐かしそうに会話に参戦してきた。
「ああ、それは私が失恋したかの英雄に渡したものです。今は英雄とまで呼ばれている彼も、女性には滅法弱かったのですよ」
悲恋って、そういう……なんとなく知りたくなかった。じゃああれ、白の神の力の一部が入ってたのか。
箱に仕掛けがないと知るやいなや、ユリウスは私に箱を放り投げて白の神を握り潰した。
「貴様のせいか!!!迷惑な聖遺物を残しておくな!!!」
「ああああ」
ひぇ、棒読みな叫び声のわりになんかバチバチいってる。神をも恐れぬユリウスの代わりに部屋の空気が凍りついた。
「オズ!!回収!!」
「お、おう!!」
私の声で我に帰ったオズがユリウスの手から白の神をひったくる。おっかなびっくりしながら渡された白の神を受け取って椅子に座った。
「握り締められたのは初めてだったので、驚いて爆発するところでした」
こわい。
本気なのか神様ジョークなのか分からないところが一番こわい。うっかりで爆発四散なんてされたらたまったものじゃない。
「それで、肝心なのはこの後の話だよ。ロザリアの知っている未来ではどう魔王を収束させた?」
「愛の力で魔王を倒してハッピーエンド」
「陳腐なストーリーだな……」
うるさい、私は結構気に入ってたの!!
テオルートだったらルチアと手を取り合って真実の愛を誓ったところで光魔法が発動した。
しかし今はその力の源だったのであろう白の神がその辺をふよふよ漂っているのだ。これで白の神がさくっと解決してくれたら良かったのだけど、それも望めない。そもそも倒したいわけじゃないし……どうしたものか……。
「ひとつ方法がありますよ」
「白の神……え、さっきどうにも出来ないって……」
「言ってません、考え中だったので揺れただけです」
舐めてる。ぶん投げてやろうかと思った。
ただでさえ表情とか無くて分かり辛いんだから言葉にして欲しい。くそ、神様め。
じとっと白の神を睨みつける私を無視して、テオが話を進める。
「方法があるなら教えて頂けますか」
「はい。ですがその前に……ひとつ、重要なことがあります」
先程まで軽い調子だった白の神が、打って変わって真剣な声色に変わりごくりと息を飲んだ。
緊張しながら次の言葉を待つ。
「私にも名前をつけてください。マオだけなんて不公平です」
……やっぱりぶん投げてやろうかしら。
元気に上下運動をする白い発光物に弱冠の殺意を覚えた。テオが深いため息をついてこめかみを抑える。
「…………ルチア嬢」
「えっ、そんな、私如きが名前なんて……ロザリア様!」
「私!?えーっと、じゃあ白いからシロ君!!」
「じゃあそれで」
「犬猫じゃねえんだぞお前ら……」
即決された安易な名前だが、白の神改めシロ君は部屋中をくるくる回って喜んでいる。
本人が気に入ったならもうなんでもいいでしょ。
動き回るシロ君をとっ捕まえて、今度こそ話に入ってもらった。
「まず、私に取れる選択肢は何もしないか自分ごとマオを消滅させるかの2択です。万全な状態ならともかく、弱っている今の状態では人の手を借りても封印する程の余裕はありません」
消滅、は嫌だな。
封印が出来たとしてもそれも嫌だ。またマオ君が目覚める頃には、私はとっくに死んでいる。
「何もしなければ当然、いずれマオにより世界が滅ぼされるでしょう。次に消滅させた場合ですが、こちらも世界が均衡を保てなくなり滅びます」
「役に立たん癖に厄介な存在だな」
「そうですね、なので私に出来ることはあまりありません。ですが……あなたなら、救えるかもしれません」
「私……?」
シロ君が、ゆっくりと私の目の前に飛んで来た。煌々と輝いているのに、なぜか光が目に優しく馴染む。
「マオは貴方のことを大層気に入っているようでしたから。愛で奇跡を起こして頂こうかと」
私はヒロインじゃなければ聖女でもない、ただの元悪役令嬢兼一般貴族だ。
誰にでも愛で奇跡が起こせるのなら苦労はしない。だけどシロ君がふざけているようには見えなかった。
「……私に、出来るの……?」
「黒の神と縁を結んだ、あなたにしか出来ないことです。アレは悲しみと絶望を、私は喜びと幸福を。愛はその両方の性質を併せ持つ、我々にとって一番の糧となるのですよ。……あなたはマオのことが好きですか?」
……マオ君、初めて会った時は少し怖くて、どこか寂しそうだった。
二度目に会った時はハンバーグを気に入って、ぱくぱく食べてた。
それから、創世記の話を聞いて、本当は優しい神様だってことを知って、沢山助けてもらった。
だから今度は私の番。
「……うん。私、やりま……むっ!?」
決意を表明しようとしたら、横からテオに口を塞がれた。いま水を差す!?
「失敗した場合は?」
「死にますね」
「却下」
「ん〜っ!!!」
棄却するのが速いよ!!
反論しようにも口を塞がれているので喋れない。どうにかテオの手から逃れようともがく。
「ぷはっ……どうせやんなきゃみんな死ぬんだから同じでしょ!!やってやるわよ!!」
「あのね……具体的な方法も聞いてないのに迂闊に返事をしない」
呆れた顔をされている。テオだって方法聞く前に却下したのに。
「それ、俺も着いて行けるやつ……ですか?」
「止めはしませんが十中八九生きては帰れませんよ」
「一割生きて帰れるなら……」
「いやちょっと駄目だからね?連れてかないわよ」
「また1人で行く気かよ」
あからさまに不満げなオズだが、流石に九割死ぬ可能性のある場所になんて連れて行けない。
マオ君が助かってもオズに万一のことがあったら私は泣く。
「ロザリアだけでもそう危険はありませんよ。失敗は死に直結しますがそれは世界の終わりでもありますから。むしろ彼女の帰還を待つ我々の方が危険かもしれません」
「え、危険なの?」
「今、マオは自身の神域の中に暴走する力を抑え込んでいる状態です。ロザリアにはそれを破ってマオを探して欲しいのですが破るということはつまり、制御するものが無くなるということです」
「それって……まずいわよね?」
「ええ、かなり。マオが正常に戻っても地上が壊滅状態では話になりませんからね。ロザリアがマオを止めるまでの間、世界を守る必要があります」
世界滅亡レベルの危機から守れと。
とんでもない難易度のミッションだわ。マオ君を連れて帰ってきたら誰もいなかったとか怖過ぎる。
「オズ!!私は絶対生きて帰ってくるから!!それまで世界のことは頼んだわよ!!」
「……わかった、お前の帰ってくる場所は俺が守る。任せとけ!!」
良かった、これで安心して行ける。
納得してくれたオズと拳を突き合わせた。
「よしっ、そうと決まれば学園に……!」
「待った」
部屋から飛び出そうと足を踏み出したところで、再びテオからストップがかかる。
首根っこを掴むのはやめてください。
「もう、次は何?」
「白の神、魔王のあの状態はいつまでもつか予想がつきますか……白の神?」
シロ君はテオの質問に答えずそっぽを向くようにくるりと半回転した。
聞こえてるはずなのに……あ、ひょっとして。
「シロ君、マオ君がどんくらい耐えられるか教えてって」
「1日、が限界なんじゃないですかね」
あー、やっぱり。名前呼んで欲しかったのか。
めんどうくさい神様だ。まぁ自分から欲しがるくらいだから、余程憧れがあったのだろう。
そう思うと私は結構重要なことをやらかしてしまったのでは……いや、気にするのはよそう。
「…………分かった、それなら決行は明朝にしよう。まだ色々とやらなきゃいけないことが残ってるからね。それまでに詳しく話を聞いて最善の手段を考えておくよ。ロザリアも、色々あって疲れてるだろ?一度帰って休んだ方がいいよ」
「それはテオも一緒よ、無理しないで……とは言えないけど」
「そうだね……これが終わったら、またどこかに遊びに行こうか」
「ふふ、そうね、約束よ」
前にテオと行った牧場を思い出す。今度はみんなで行きたいなぁ。
マオ君とシロ君も連れて、何気ない日常を過ごしたい。
「話は終わりだな。俺は城の研究室に篭るぞ。あの男の作った魔術式を全て解読してやる」
席を立ったユリウスは据わった目で口角を上げてさっさと部屋から出て行った。
あらー、あのお兄さん思ったより頭にきてるわ。
「ルチア嬢は悪いけど城に留まってもらってもいいかな、白の神の……」
「シロです」
「……シロのこともあるし」
テオが敬うことを諦めた。
その方がいいよ、神様くらい偉くなると普通に話しても全然怒らないものなんだよ。多分。
「っは、はい!神様とお城に泊まる日が来るなんて思ってもみませんでした……」
「大丈夫、ちょっと仰々しいけど実家だと思って寛げばいいのよ。シロ君は……うーん、マオ君はハンバーグとか食べてたんだけど、シロ君も食べられるのかな?」
「食べられます、ください」
食欲旺盛でなにより。
腹が減っては戦は出来ないものね!!
私もルチアと泊まって行きたいなぁと思ったら、後ろからアレンに抱き寄せられた。
「ロザリアはこっち……僕も、父様と母様に謝らないと……」
「あぅ……」
そうだ、ここのところ心配かけっぱなしだったからなぁ。見上げたアレンの顔も眉が下がっている。私のせいでそんな顔をさせてしまって申し訳ない。
……そういえば、私が魔王に関わってるって噂もとっくに両親の耳に入っているのでは?
そうなったら、お父様は魔王にだって殴り込みに行く。絶対に行く。
バッとテオの方に顔を向けると、私の顔色で全てを察したのか片手を上げて首を縦に振った。
どうやら根回し済みのようだ。よかったぁ、頼りになる、テオ大好き!!
「じゃ、家に帰りましょうか。ごめんねアレン、苦労をかけるわ……」
「ん、いいよ。ロザリアがいてくれるなら」
優しい良い子に育ったものだ。
両手を上げてわしゃわしゃと頭を撫で回した。癒し……。
「じゃあ、また明日ね」
テオ達に別れを告げて帰路につく。
明日、全てが決まる。