いつかの約束
「……テオはさぁ、なんで私なの?」
2人きりで出掛けた日、ロザリアにしては珍しい質問を受けた。
恋愛方面の話は避けるようにしていたのに、わざわざ2人で出掛けた甲斐もあったというものだ。
だけど、今はまだ伝えられない。
今話しても、きっとロザリアは否定するだろう。
学園を卒業したらと、初めて会った時と同じ約束をすると、あの時と同じようにロザリアは苦笑いを浮かべた。
何度繰り返してきたか分からないやり取りがもどかしくて悔しい。その上未だに愛されてる自信もないのだから、なんともやり切れない。
少しくらい悪戯をしても許されるだろうと、ロザリアを押し倒した。
「びっくりした……お昼寝するの?」
「うん。たまにはこういうのもいいかと思って。こんな王子はダメかな」
「ううん、私はそっちのテオが好きだよ」
……ほらまた、そうやって、王子ではないありのままの僕を好きだと言ってくれる。
仕返しをしたつもりが、倍返しになって返ってきた気分だ。
君が気付かないだけで、君がいい理由なんていくらでもあるのに。
腕の中で眠りについたロザリアの髪を撫でながら、思い返していた。
初めは憧れと、少しの羨望だったのだと思う。
生まれながらにして周囲の目に縛られてきた僕は、それを気にも留めないロザリアに自分が馬鹿馬鹿しくなった。
だって自由に生きる彼女はこんなにも眩しい。そして心からの笑顔に惹かれたのだ。その目線の先はクッキーだったけれど。
あれからなんの進歩もないことに焦ればいいのか呆れればいいのか……。
次に、すぐに無茶をするところ。
危なっかしくて、ほっとけなくて、いっそどこかに閉じ込めてやろうかと何度も思った。
ギリギリ思い留まったのは、ロザリアが傷付いた小鳥を拾った時のことだ。
懸命に看病して、やっと回復してきたその小鳥をロザリアはとても可愛がっていた。
けれど怪我が治ると同時に、躊躇いなく空に放ったのだ。
「そのまま飼ってしまえば良かったのに」
「駄目よ、あの子は海を渡って行かなきゃいけないんだもの」
それでもやりようはいくらでもある。
僕だったら大切なものは誰にも傷付けられないよう、鳥籠の中にしまっておきたい。そうしたら、守ってあげられる。
「また怪我をしたら?」
「えっ、うーん……それは悲しいけど、でもその時はその時かな。狭い鳥籠の中で一生を終えるよりは幸せだと思うの。それに帰ってきたくなったら帰ってくるでしょ!」
ロザリアがそう思うなら、きっとあの小鳥も広い空で生きて死ぬことを望むのだろう。
鳥籠の中では生きられない、自由な小鳥。それなら、その空ごと手に入れればいいと思った。
ロザリアがそのままのロザリアでいられるように、危険なものを排除すればいいと。
そうして、どこに行っても僕の手元に帰ってくればいい。
それから、ありがとうとごめんをすぐに言えるところ、誰にでも優しいところ、頑張ったら頑張ったねと言葉をくれるところ。
そして一度だけ見せた、別の世界を見ているような横顔。
高等部に入学する前日。
留学だなんだと企てていたロザリアが万が一にでも逃走しないよう、釘を刺すために城に呼び出した。
これが普通のご令嬢なら、ここまで止めはしなかっただろう。僕がロザリアを好きだということを差し引いても、彼女には他国に行ってもらっては困るのだ。
領地経営や魔術式にも精通した4属性使いの、由緒正しい公爵家の令嬢。ロザリアが他国に取り込まれることは、もはや国にとっても大きな損失となる。
こんな打算的なことを考えたくはなかったが、本人がこんな性格なので擦り寄ろうとする連中は腐る程いる。勿論そんな話はロザリアの耳に入る前に消し去ったが。
聞かせたくない話を避けつつ、ロザリアの嫌いそうな単語を並べて3時間に渡り懇々と説得をした。
「……と、これでロザリアが留学すべきではない理由が分かってもらえたかな?」
「分かったから……もう諦めてクラーウィス学園に進学するから……帰らせて……」
「そうだね、明日もあるし、このくらいにしておこうか。明日もあるし、ね」
「笑顔で圧をかけるのやめて下さい……」
このくらいしておかないと、ロザリアはすぐにとんでもないことを仕出かすから油断ならない。いつだって僕の想像を軽々と超えてくるのだ。
まぁ今日のところはここまでにしておいてあげようと、部屋を出て帰りの手配を済ませた。
嫌われたくはないので手土産に甘いものを包ませて、部屋の扉を開く。
窓の外を眺めるロザリアは、どこか遠くを見つめていた。
哀しげで消え入りそうな、その顔の理由が分からなかった。何故だか焦燥感に駆られて、鼓動が跳ねる。
「……ロザリア、今何を考えてた?」
「あ、おかえり。んー、今日の夕飯は何かなーって」
嬉しそうに笑うロザリアからは、先程までの儚さは消えていた。
見間違い?いや、そんなはずはない。
「本当に?」
「本当よ」
少しだけ困ったような微笑みは、まるでこれ以上聞くなと言っているようだった。
ロザリアは、ずっと何かを抱えて生きているんじゃないか?
僕には話せない何か。きっとそれがロザリアの語る運命と関係しているんだろうと、そんな気がした。
ただ一言『助けて』と手を伸ばしてくれれば、なんの迷いもなくその手を掴むのに。
頼って欲しいと思っても、まだ彼女は僕よりも運命とやらを信じている。
「……どこにも行かないって約束してくれないか」
「えぇ……さっき散々したじゃん!!どこに行くって言うのよ。っていうか、行かせてくれないじゃない。私の留学の話全部潰したくせに」
「それもだけど、この先も。僕の隣に居て欲しい」
「……それは……まぁ、追々……」
やっぱり頷いてはくれないロザリアに溜息を吐いた。
本当に、どうすれば繋ぎ止めておけるのか。
王妃という肩書きが窮屈なのは分かってる。けれどその分、僕の全てを君に捧げよう。
どうか、受け入れて欲しい。受け入れてくれなくても、手放すつもりは無いけれど。
君と一緒にいる時間が積み重なって、その数だけ想いが増していく。
8年間、何度も恋に落とされた。
運命なんて関係ない。例え運命の相手じゃなくても、もう君じゃなきゃ駄目なんだ。
「ずっと好きだよ、約束する」
いつかの約束を、本物にするために。
呟いた言葉は、微睡みの中に消えた。