いつかの誓い
「あのっ……!私、オズワルド様のこと……!ずっと前から好きでした!!」
放課後、呼び出された裏庭で、隣のクラスの女子が頭を下げた。
泣きそうな顔で、それでも好きだと告げてくれた勇気を眩しく思う。
この子も俺と同じ、叶わない恋をしている。
「……悪い。俺、好きな奴いるから」
「はい、分かってます。それでも、最後にお伝えしたくて……」
「ありがとな、すげぇ嬉しかった。困ったことがあったら俺に言え。いつでも力になる」
「ふふ……そんなこと言われたら、諦められなくなってしまいます」
そう言って、少しだけ笑った彼女はもう一度頭を下げて去って行った。
ビシッと断ることも優しさだと、テオに言われたことがある。けど、俺にはどうしても出来なかった。
それにあいつならきっと、同じ事を言うだろう。
この感情が友情なんかじゃないと、認めてしまったのはいつだったか。
ふとした仕草とか、繋いだ手の細さとか。女の子なんだと気付かされるたびに、意識せずにはいられなかった。
出会った時から惚れていたんだ。親友の、婚約者に。
「……いるんだろ、出て来いよ」
「あ〜……バレてた?」
「当然」
ずっと感じていた背後の気配に声をかけた。
振り向いて鼻で笑うと、校舎の陰からロザリアが申し訳なさそうに顔を出す。
俺がお前の気配に気付けない訳ないだろ。バレバレなんだよ、未熟者め。
「別に覗き見しようと思ってた訳じゃないのよ?たまたま通りがかって……いやその後ちょっとは見てたけど……」
「お前がそんな奴じゃねえってことくらい知ってるわ」
とはいえ、見られていたことには変わりない。
言い訳を続けるロザリアの頭に、トスッと軽い手刀を落とした。
自分に非があるので文句も言えないロザリアは、不服そうな顔で頭をさすっている。
「……告白、断っちゃったの?」
「……あの子、もうすぐ婚約するんだと。俺が言えた義理じゃねぇけど、生涯の伴侶くらい自分で選べたらいいのにな」
「まぁね……」
貴族に生まれた以上、家のために結婚するなんて当たり前のことだ。けれどそんなのは間違っている。
家柄なんて関係ない。一生添い遂げたいと思った相手とでなければ、意味がないはずだ。
だから騎士の家系であるルーンナイト家は婚約者を作らない。主君と死ぬまで守り通したい女性にだけ、騎士の誓いを立てる。
「オズは恋愛結婚、出来るといいね。私が応援するわ」
「……俺のことよりお前はどうなんだよ。テオと婚約すんだろ?」
「んんん」
婚約、と聞いた瞬間、すっぱい顔になった。テオが見たらまた怒りそうだ。
それにしても、貴族の令嬢がする顔じゃねえだろ。
「ふっ、ひっでえ顔!」
「うるさい!!だってテオには他にいい人がいると思うし……あと王女とか無理……」
ベシベシと俺を叩きながら不満を並べるロザリア。大して痛くもない、その手を受け止めた。
「……俺と駆け落ちでもするか?」
9割冗談、1割本気。
テオのことは信じてるし、応援してる。
けれどこいつが本当に望むなら、全てを捨てて連れ去ったって構わない。
見つめ合って数秒、ポカンとした顔をしていたロザリアは腹を抱えて笑いだした。
「ふっ、ふふっ、あははは!!!」
「笑い過ぎだろ」
「だっ、だって、真剣な顔で駆け落ちとか言うから……!!いつのまにそんな冗談言えるようになったのよ。ふふ、変なの!!」
「……っは、そうだな、変だな。はは!!」
何言ってんだろうな、ほんと。どうかしてる。
こいつがこうやって笑えてるんだから、何も心配なんていらないのにな。
よかった、安心した。安心したら、俺まで笑えてきた。
「はー……笑った……。駆け落ちするにしても、テオを相手に私とオズじゃ国境も超えられないと思うわ」
「だな。あいつやり方が汚ねえし」
「アレンみたいに空を飛べたら良かったんだけど……逆に穴掘って地中から行く?」
殆ど盗賊の手口だろそれ。
こいつもこいつでやり方を選ばないな。
「お前がいいならいいけどよ……」
「いいよ。そんで海!!海に行きたい!!」
「おー、海で何すんだ?」
市場が見たいとか、船に乗りたいとかか?
はしゃいでる姿が目に浮かぶ。泊まりがけになるが、海くらいなら行く許可が降りそうだ。
そのうちみんなで港町に旅行でも行くか。
「魚を生で食べる」
「魚を生で食べる……!?」
何言ってんだこいつ。
駄目だ、絶対テオもアレンも連れて行けない。
予想の斜め上過ぎて、顔が引きつった。なんでよりにもよってそんなことを……!?
「む、何よその顔は。新鮮なお魚は生で食べても美味しいのよ!!」
「……腹壊すぞ」
「壊さない!!……たぶん」
自信ねーのかよ。
仕方ない、俺も今から覚悟を決めよう。こいつが食う前に絶対毒味してやんねえと。
……胃袋って鍛えられんのかな。
「あとドラゴンとか探したいし、遺跡も見てみたいし、もういっそ世界一周したい!!」
「ハハッ、でけぇ夢だな!!」
「世界は驚きと発見に満ちているのよ。行きたいところもやりたいことも沢山あるの!!」
キラキラした目で夢を語るこいつが好きだ。楽しそうに笑ってるこいつが好きだ。
例え結ばれることがなくても、きっと一生変わらない。変えられない。
「どこでも好きなとこ行けよ。それ全部叶えようぜ。何があっても側にいて、守ってやるから」
これだけは、誰にも譲れない。俺だけの役目、俺だけの誓いだ。