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『創世記第二章』

 


 ——白の神は光をつくった。黒の神は闇をつくった。白の神は光を朝と名付けた。黒の神は闇を夜と名付けた。白の神は朝に太陽をつくった。黒の神は夜に月と星をつくった。白の神と黒の神はそれぞれの力を半分ずつ宿し、人をつくった。これは神と人が共に暮らしていた、最後の日の話——





「今日も熱心だね、ルミナ」


「レイズナー様、ジルベルト様も」


 ルミナと呼ばれた少女は祈っていた。

 ここは白の神と黒の神が住む聖堂。彼女は人の中で唯一、神の声を聞くことが出来る聖女だった。

 レイズナーは聡明な青年で、ルミナと共に人々を導いてきた。そしてそんな2人を守る騎士として、ジルベルトは忠誠を誓ったのだ。


 2柱の神と、3人の人はいつも一緒だった。

 レイズナーとジルベルトも声こそ聞こえないが、確かに神の存在を感じていた。



「黒の神を出せ!!!」


「隠し立てすると貴様らもただでは済まさんぞ!!!」


 乱暴に開けられた聖堂の扉から、ピリピリと気が立った人々が押し寄せた。


「控えろ!!無礼だぞ!!」


「やめろジルベルト、話を聞こう」


 剣に手をかけたジルベルトを制し、レイズナーは問いかけた。

 先頭を切っていた男は、苦々しげに語り出す。


「最近、窃盗や殺人が頻繁に起きているのは知っているな」


「ああ、勿論だ。だからこそ今、法を作って統治しようと……」


 ただの集団であった人の群れに、未だ秩序など無かった。故に、感情が黒く染まった人間は簡単に他人を害した。ここにいるのはその被害者たちだった。

 レイズナーは罰を作り、罪を抑制しようと考えていたのだ。

 けれど、人々の怒りは収まらなかった。


「そんなものが何の役に立つ!!全てはここにいる、黒の神の……いや、魔王のせいだ!!」


「そうだ!!黒の神がいるから憎しみも恨みも無くならない!!魔王とともに、この世界から悪を滅ぼせ!!」


「なっ……不敬な!!黒の神を貶めることは、私が許しません!!」


 ルミナの叫びと共に、黒の神が姿を現した。

 どこまでも深く澄んだ、美しい闇。姿を見せた黒の神は、逃げるかのように聖堂をすり抜けた。


「逃げたぞ!!追え!!」


「やめろ!!黒の神は何もしていない!!」


「魔王を庇うなど、人類の敵だ!!白の神を渡せ!!裏切り者ども!!!」


「お前らは白の神を独占する気だろう!!」


 人々は怒りの矛先を、黒の神を庇う聖女達に向けた。

 彼らはただ、怒りたいだけなのだ。何かを凶弾して、何かに縋る。そうして己を保っていた。


「勝手なことを……!!レイズナー様、ルミナ様を連れてお逃げください!!ここは俺が守る!!!」


「くっ……すまないジルベルト!!先に行く!!」


 レイズナーはルミナの手を取り、聖堂をあとにした。

 ジルベルトが剣を抜く。人々と彼の間には、圧倒的な力量の差があった。

 相手は1人だというのに、誰も走り出す聖女らを追うことは出来ない。

 そして人の立ち入らない森の中に逃げ込んだ。



「何故、急にあのようなことに……」


「私の責任だ……みんなの不満を、受け止めることが出来なかったから……」


「レイズナー様のせいではありません。きっと何か、理由があるはずです……きゃあっ!」


 突如、茂みが揺れる。

 ルミナを背に隠し、レイズナーは身構えた。



「レイズナー様、俺です。聖堂にいた輩はひとまず寝かして参りました」


「ああ、ありがとうジルベルト。助かったよ。だけど、これからどうしたら……」


「私を黒の神のもとへ、連れて行ってください。場所は白の神が示してくれます」


「……そうだね、まずは黒の神と話をするのが先決だ。みんなのことは、私が説得してみよう」


「もうすぐ日が落ちます、今日はどこか安全な場所を見つけてそこで休みましょう」



 3人は森の中で洞窟を見つけ、そこで一晩を過ごすことにした。

 ルミナとレイズナーは疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。

 それを見届けたジルベルトは、外で見張りを始める。


 剣を抱くように座り星空を眺めていると、洞窟からルミナが顔を出した。



「……ジル様、起きていらしたのですか?」


「はい。昼間の連中が追ってくるかもしれませんので、念のため……ルミナ様?」


 話の途中、ルミナがジルベルトの手を凝視していることに気付く。ルミナはジルベルトに近付くと、彼の左手に触れた。


「手、怪我をしています!」


「え……ああ、さっき掠ったのでしょう。戦闘に支障はありません」


「ダメです、私達を守ってついた傷ですもの。せめて手当くらいさせてください……よし、これで大丈夫」


 ルミナはハンカチを取り出し、ジルベルトの手に巻き付けた。


「……お心遣い、感謝致します。明日は早いので、慣れないでしょうがどうぞお眠り下さい」


「ええ、そうさせて頂きます。いつも守ってくれてありがとう、ジル様」


 そう言って微笑んだルミナの背中を、ジルベルトは見送った。

 再び静まり返った夜の森で、ジルベルトは自身の左手に結ばれた白い布に口付ける。


「俺は、お前を守れるだけで充分だ……」


 その小さな呟きは、誰の耳にも入ることはなかった。



 翌朝、白の神の導きにより森の奥へと歩き続けた3人は、美しい滝壺で黒の神を見つけた。


「黒の神様!!私です、ルミナです!!お迎えに参りました、一緒に帰りましょう!!」


 ルミナが懸命に呼び掛ける。

 しかし、黒の神が答える素振りを見せることは無かった。

 心なしか濁った黒は、ただそこにあるだけだ。


「待て、様子がおかしい。ルミナ、黒の神はなんて?」


「……お返事が……ありません……どうして……」


 いつもなら呼び掛ければすぐに応えてくれていた黒の神は、まるで意思がないようだ。

 白の神にも分かりかねている。

 その時、3人の後ろから昨日の集団が現れた。


「案内ご苦労だったな」


「後をつけてきたのか!!」


 ジルベルトが悔しげに叫ぶ。男はそんなことを気にも留めず、黒の神へと話しかけた。


「聞け魔王!!!白の神は貴様を裏切りこちらについた!!!」


 その言葉に、沈黙していた闇が激しく蠢く。


「黒の神!!耳を貸すな!!」


「貴様は我々の敵だ!!大人しく消え去れ!!」


 レイズナーの叫びも虚しく、空を雲が覆い影の落ちた大地を闇が打ち崩す。

 徐々に大きくなっていくそれは、非力な人間にとって脅威と言える存在となった。


「魔王が、本性を表したな!!!」


「殺せ!!!」


 人々が武器を手に襲いかかる。

 しかし闇が人に触れた途端、呻き声をあげて倒れていった。


「っ、ぐあぁ!!」


「なんだ、これは……っあぁ!!!」


「ひっ、いやだ!!来ないでくれ!!」


 人の命を奪っては、また大きくなっていく淀んだ闇。それは最早、かつての黒の神ではなくなっていた。


「そんな……!ああ、なんてこと……」


 人々の憎しみが、神を魔王へと堕としたのだ。

 彼らは自らの怨嗟によって命を狩られている。


「レイズナー様、ルミナ様、一度引き返しましょう!!」


「……ああ。死にたくない者は武器を捨てついてこい!!」



 命からがら逃げ出した人々は、その数を半分にまで減らしていた。

 どうにか生き残ることは出来たが、黒の神の力を目の当たりにして意気を失っている。

 ルミナが意を決したように口を開いた。


「……黒の神を、封印しましょう」


「封印って、そんなこと……!」


「するしかないのです!!これ以上、優しいあの方が命を奪ってしまう前に……!それが、白の神の御意志です……」


 ルミナは涙を堪えながらも、聖女として神の言葉を代弁した。白の神が望むなら、それを叶えるのが聖女の役目だ。


「そうだ……そうしてくれ!!」


「あんな恐ろしい存在、早く消してしまおう!!」


 口々に賛成の声をあげる人々。

 怯えや恐れ、そして期待が見え隠れしている。

 レイズナーはそれを見ていることが出来なかった。


「いい加減にしてくれ!!誰の……誰のせいでこんなことになったと……!!」


 拳を握りしめ、絞り出すように叫んだ。

 それは彼が見せた、初めての怒りの感情だった。群衆は静まり返る。


「っ……すまない、少し1人にしてくれ……」




 森の中を流れる小川のほとりで、レイズナーは考えていた。

 2柱の神々のこと、人々のこと、自分のこと……。


「……レイズナー様……」


 様子を伺いにきたルミナが、そっとレイズナーの隣に腰を下ろす。


「……ルミナ、私は間違ったことを言っただろうか」


「いえ……!いいえ、レイズナー様……!!私もです、私も、黒の神を穢したあの人達が憎くてたまらないのです……!今にも憎悪に心を支配されてしまいそう……」


 ルミナは自身の弱さを吐き出した。

 聖女だって人間だ。大切な存在を傷付けられて、笑っていられるはずがなかった。


「……みんなも、こんな気持ちだったのかな。やり場のない怒りと悲しみを、ぶつけられるなら誰かにぶつけたい。やっと理解したよ……だけど、この感情が無くなればいいとは思えないんだ」


「憎しみも怒りも……悲しみも、神から私達人間に与えられたものです。何か一つが欠けても、私達は生きられないのでしょう。愛があるから憎しみ、悲しみがあるから人は成長するのだと思います」


 それから暫く、2人はただ寄り添っていた。

 結論はもう出ている。それを口にするまで、少しだけ時間が欲しかった。



「決めたよルミナ、黒の神を封印しに行こう」


「……はい」


 ルミナはゆっくりと頷いた。

 そして両手を広げると、そこに美しい光を放つ一本の剣が現れた。


「これは……」


「……白の神がお作りになった、光の剣です。黒の神と白の神は対なる存在。黒の神を封印するには、白の神の全てを掛けねばなりません」


「……そうか。それは、つまり……」





「ジルベルト、待たせてすまなかった。行こう、黒の神を鎮めるために」


「はい、どこまでもお供いたします」


 レイズナーとルミナの帰りを待っていたジルベルトは、すぐに2人に続いた。

 それを止める声が上がる。


「待ってくれ!!」


「私達も、連れて行ってください!!」


「……君達が来て、何をする気だ?また黒の神を責め立てるのか?それとも、封印される黒の神を見て安心したいのか?」


「違います、ただ……もう、目を背けてはいけない気がして……」


「さっきのレイズナー様の言葉で気付いたんです。自分達の身勝手さに……お願いします。どうか、見届けさせてください」


 人々は後悔していた。

 自分達の行き場のない感情を、神に押し付けたことを。絶大なる存在に甘えていたのだ。何をしても、そこにいてくれると信じ込んでいた。


「分かった、一緒に来るといい。……私も、自分の未熟さを思い知ったよ。さぁ、私達の手で幕を引こう」


 人々を率いて、レイズナーは再び黒の神の元へと足を運んだ。

 黒の神はより一層体積を増し、ドロドロと溶けるように大地を蝕んでいく。


「……辛いな」


「レイズナー様、私はここから祈っております。どうか、早く眠らせて差し上げてください」


「後ろは俺が守りますのでご安心を」


「ありがとう2人とも、行ってくる」


 レイズナーは光の剣を取り出した。

 その光に吸い寄せられるように、黒の神は気怠げな闇を振り下ろす。

 ぶつかり合う光と闇。一撃ごとに黒の神は苦しげに消滅していく。


「あ、ああ……俺達はなんてことを……」


 その悲惨な光景に人々は膝をつき、祈りを捧げた。

 それは贖罪であり、感謝であり、崇拝の祈り。

 その祈りを集めて、英雄の剣は更に煌々と輝く。

 最後の一撃が決まったとき、人々は消え逝く神が自分達の心ごと浄化していったことを知った。


「レイズナー様、ご立派でした……!」


「黒の神は封印された……白の神も、力を失いました……もうこの世界を守るものは、何もありません……」


「……私達で守ろう、彼等が作った世界を。再び神が目覚める日まで」


 レイズナーはルミナの手を取った。

 これは永遠の別れではない、神に死はないからだ。


「出来るでしょうか……聖女ではない、ただの私に」


「出来るよ、君となら」



 ——かくして、英雄と聖女は神のいなくなった世界で国を築いた。光と闇、朝と夜、幸福と絶望、その両方を受け入れて。いつかまた封印が解け、再び共に暮らせるその日まで——

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