敷かれたレールのようでした。
舞台本番前に、一度教室に集まってから点呼を取ってリハーサルをする予定だ。まだ時間に余裕はあるが、私は総監督なので早めに着いておきたいところ。
急げ急げーっと階段を駆け上っていると、踊り場の壁に寄りかかるダグラスと遭遇した。
「そんなところに突っ立って何してるの?」
「ちょっとね、君を待ってたって言ったらどうする……って、うそうそ、冗談だよ」
威嚇態勢に入ったアレンを宥めて、ろくでもない冗談を言う男をじと目で睨んだ。
どうせまたサボってただけでしょ。
「ダグラスのクラスも見てきたよ、オークション凄かったね」
彼のクラスは多方面からかき集めてきた骨董や絵画、価値がよくわからないけど大きな石なんかを競売にかけていた。
こちらもまたカジノに負けず劣らず熱気がこもっていて、見るだけ見てさっさと抜けてしまったが。
「ああ、行ったんだ。君もまめだよね。まぁ俺も君のところの劇は見に行くよ」
「ほんと?嬉しい!まぁ来ないって言っても連れてくつもりでいたけど……なに、私の顔に何かついてる?」
何やらじっと見つめられてる視線を感じる。
疑問に思って見つめ返すと、やれやれと軽いため息を吐いて視線を逸らされた。
「思ったより気にしてなさそうで、つまらないな」
「……ミーシャのこと?」
聞き返しても、無言で肯定するようにダグラスは上っ面の笑顔を向けている。
性格が悪い。思わず眉間に皺が寄った。
ミーシャは数日前、この国を去った。
送られた国がどこだかは分からない。テオとお父様からそれだけ報告されたのだ。
知ったところでどうすることも出来ないから、私も聞くことはしなかった。
何故あの方法を取ったのか、それはミーシャの意識が朦朧としていて聞き出せなかったそうだ。
だから私はもう終わったこととして、頭の片隅に追いやった。
「気にしてないわけじゃない。気にしないようにしてるだけ……後悔も反省も散々したわ。ああでも、もっと分かりやすいヒントをくれればいいのにって恨み言はまだだったわね」
「俺はいつも分かりやすく教えてるって。君が気付かないようにしているだけでね」
「そういうのが分かんないって言ってるの!」
「あはは、よく考えなよ。始めたのは君なんだからさ」
謎解きなんて始めた覚えはないんだけど。
文句の1つでも言いたいところだが、ダグラスはもう用が済んだとばかりに歩き出した。
すれ違いざま、ダグラスが私の耳元に顔を寄せる。
「君がどんな答えを出すのか、楽しみにしてるよ」
小声で呟かれた言葉に急いで振り返るが、ダグラスは片手を振ってスタスタと階段を降りて行ってしまった。
「……何言われたの」
「あ……ううん、劇、頑張れって」
何故だかとても嫌な感じがする。
気のせい……よね。
◇◇◇◇◇◇◇
集合予定の教室に入ると、既に何人かが集まって他のクラスの話で盛り上がっていた。
優秀優秀。楽しそうで何よりだわ。
そして対照的に、隅の方ではテオとオズが椅子に力無く体を預けている。
「なに、2人して。なんでそんなにぐったりしてるの」
「母上とエドに……振り回されて……」
「同じく……鍛錬より疲れた……」
あらら、オズが疲れるなんて相当だわ。
エドくんは好奇心旺盛だし、王妃様は珍しいものが好きなお人だからね。王様は王様でマイペースだから多少のことでは動じないし。
テオが胃を痛めてオズが駆けずり回る姿が目に浮かぶ。
「ふふ、なんだか楽しそうね」
「……来年は君も誘ってあげるよ」
「ああ、それいいな。エドも王妃様もお前と回りたがってたし」
「すみませんでした、勘弁してください」
私は来年もアレンとゆっくり回りたい。
王族に加え、今どこで何してるんだか分からない私の両親まで参戦したら甚だ迷惑な集団になるに決まってる。
徐々に教室に人が増え、点呼を取り始めて、集合時間を過ぎた。
だというのに、一向にルチアが来ない。
「どうしたのかしら……時間に遅れるなんて、今までなかったのに」
「……変だね。何か、トラブルに巻き込まれていないといいんだけど……」
何か、って、まさか……!
嫌な想像が頭をよぎる。職員室や倉庫があるためこの日唯一封鎖されている棟の、その中でも人気の少ない東側の『階段』。そこへ呼び出され、突き落とされるヒロイン……。
でも、突き落とすはずの私はここにいる。ミーシャだって……もういない。
なら、なんでルチアは来ないの?もう終わったんじゃなかったの?
確かめるためにも、『階段』に行かなきゃ、そう思って立ち上がろうとした瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
「ロザリア様!大変です!!ルチアさんが……!!」
慌てて入ってきたのは、別のクラスの女子生徒だ。やめて、その続きを聞きたくない。
「階段から落ちたみたいで、足を怪我していて……!歩けないようだったので医務室にお運びしたんですが、一刻も早くロザリア様に伝えて欲しいと……!」
どうしてこうなるの、なんでルチアなの。
叫びたくなる気持ちをぐっと飲み込んだ。今は知らせてくれた人がいただけ良かったと思おう。
まずは確認して、それから判断を考えないと。
「知らせてくれてありがとう。テオ、私はルチアの様子を見てくるから、こっちはお願いね」
「うん、任された。いってらっしゃい」
「いってきます。アレン、着いてきてくれる?」
「……ん」
もし何かあった時のためにアレンを連れて、医務室へと走った。
知らせてくれた子の話によると、ルチアは職員室のある棟からこちら側への渡り廊下を、壁に手を突いて足を引きずりながら歩いていたらしい。
場所まで一致か、もう、ただの偶然じゃない。
「ルチア、誰かに突き落とされたの?」
「えっ、いえ、違います。私の、不注意で……」
医務室に入るや否や、足をぐるぐると包帯で固定されたルチアに不躾な質問をしてしまった。いくら気が急いていたとはいえ、怪我人相手に聞くことではない。
ひとまず第三者の存在がいなかったことに安堵するが、代わりにルチアを傷付けた。
「っ、……そうよね。ごめんなさい、気が動転して変なこと聞いたわ。足、怪我したのよね?容態は?」
「それは……っ」
「……その、暫くは絶対安静にしているようにと……」
言葉が詰まったルチアに、付き添っていてくれた子が言い辛そうに教えてくれた。
「このくらい大丈夫です!!私、出来ます!!っ、あ……っ!」
気丈に立ち上がって見せたルチアだが、少し左足に力をかけただけでよろめいて倒れてしまう。
どうする、どうしよう、決めるのは監督である私の仕事だ。
このままルチアに、無理にでも立ってもらう?劇の間くらい我慢出来るんじゃない?
だってゲームでは、ルチアは足を痛めた状態でも見事に劇をやりきった。そう、ゲームでは……。
「……だめよ、立つのも辛いんでしょう?無理して悪化したらどうするの」
やっぱりだめだ。怪我の具合までゲームと同じとは限らない。現状ルチアは立つことすらままならないのだ。
出突っ張りのヒロイン役では、いつ限界が来てもおかしく無い。
それどころか、万が一舞台で倒れたら別の怪我に繋がる可能性もある。
「そんな……っごめんなさい、私のせいで……皆さん頑張ってきたのに……!私がもっと気を付けていれば……ごめんなさい……!」
堪え切れなくなった涙が溢れる顔を、両手で覆った。誰よりも頑張っていたルチアがきっと一番悔しいだろう。
私は……こうなる可能性があることは分かっていたはずなのに、なんで最後まで気を抜かずにいられなかったんだろう。
最初に会ったとき、ルチアについて行けばよかった。職員室のある棟には近付くなと、忠告しておけば……。
ルチアは悪くない、きっとこれはルチアに定められた運命だった。悪いのは、知っていたのに何も出来なかった役立たずの私。
「……ロザリア様、お願いします……私の代わりに、舞台に立って下さい……!」
「えっ……ルチア……?」
「お願いします!!勝手なことを言ってるのは分かってます、でも……これで終わりにしたくないんです……!!」
私に縋り付くルチアの目は真剣だった。
私がヒロインと代わっていいのか、躊躇いと戸惑いがある。
だけどこんなところで終わらせたくないのは私もルチアと同じ。見て欲しい人がいる。
だから、決めた。
バシッとルチアの両肩に手を振り下ろした。
「ロ、ロザリア様?」
「……ルチア、合図のタイミングは覚えてるわね?」
「え……?」
「舞台には私が立つ。その代わり、ルチアには私の仕事、任せたわよ」
「ロザリア様……!!はい!!覚えてます!!任せてください!!」
ルチアは涙を拭いて嬉しそうに笑った。
よし!そうと決まればあとはスピード勝負だ。
「アレン、ルチアを講堂まで運んであげて。私は先に行くわ。ルチア、事情は説明しておくから、ついたらすぐ台本を見ながらそれぞれの係と確認をとって頂戴。全部通してる暇はないから、重要なところだけやるわよ」
「はい!!」
テオ達はもう講堂にいるはずだ。ルチアの返事を聞いてすぐにまた走り出した。
「おかえりロザリア。ルチア嬢はなんだって?」
「ルチアは……安静にしてるようにって……」
「……そうか、それじゃ劇は……」
「でも!私が代わりにヒロインを演じるから!!ルチアに託されたの。私じゃ、力不足かもしれないけど……。皆もごめんなさい、だけど諦めたくないの。付き合ってくれる……?」
急に重要な役が代わることを許してくれるだろうか。
どうせやるなら、きちんと全員に納得してもらってからでなければ駄目だ。劇はみんなで作ったものなんだから。
ヒロインの不在を不安に思っていただろうに、すぐに答えを出してくれた。
「勿論です!!ルチア嬢のことは残念ですが……俺達も協力しますので、劇やりましょう!!」
「早くこちらへ!!お召し替えを手伝います!!」
良かった、ほっと胸を撫で下ろした。
これであとは時間いっぱいまでやれることをやるだけだ。
「ヒロインの代役が出来るのは、この劇を全部把握してる君以外いないよ。自信を持って行っておいで」
「うん!」
テオに背中を押されて、駆け出した。
手伝ってもらいながら急いでルチアの衣装に身を包む。
光の聖女の衣装は白いドレスに白いベールの、シンプルなウェディングドレスのようだ。
髪を纏めて、普段は着ない色の清楚な格好が少しだけ気恥ずかしい。
ルチアの衣装を私が着てるのが珍しいせいか、注目を浴びてる気がする。
特にオズ、見過ぎ。
「……そんなに似合わない?」
「は!?ちがっ、きれ、い、っや、それも違くて……っ違くねぇけど!!!とにかく似合ってる!!!」
何言ってんだろ。パニックになりすぎでしょ。
とりあえず似合わないわけではないことは伝わった。不器用な褒め言葉を有り難く受け取ろう。今は少しでも自信が欲しい。
「2人とも。時間がない。駆け足」
「はい!ごめんなさい!!」
「あ、ああ!!」
そして、最初で最後の通し稽古が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇
本番5分前。セリフも動作も全部覚えていたのでそこは問題なかったが、見るのとやるのじゃ全然違う。そして練習と本番もまた然り。
もう舞台袖からでも客席の騒めきが聞こえてくる。
大丈夫、私なら出来る。落ち着いてやれば平気。
目を閉じて深呼吸をしていると、左右の手が同時に握られた。
「大丈夫、君なら出来るよ」
「それに、俺もテオもアレンもついてるからな」
「……うん、ありがと」
握った手を握り返して、どちらともなく解く。
それだけのことで緊張が和らいだ。
今、舞台の幕が上がる。