王子がご機嫌斜めです。
当初の予定から少し外れて、オズワルドを加えたメンバーで勉強会を開始した。
が、オズワルドはそわそわなんだか落ち着かない様子だ。
あとなんかこちらをチラチラと気にしている。
目があったが凄い勢いで逸らされてしまった。
やっぱり魂に染み付いた敵対心は抜けないようである。
「あの、オズワルド様……」
「……オズでいい」
「……オズは、勉強苦手なの?」
さっきから全く進んでいない教材は私がいるからだけではないだろう。
「オズは普段自主的に勉強なんて絶対にしないからね。講師の授業だって嫌々受けてるのに」
「うっ……最低限はやってるんだからいいだろ……俺は外で身体動かしてる方が好きなんだよ」
「なら一人で外に行けばいいんじゃないかな」
「……なに怒ってんだよ、テオ」
さっきからなんとなく刺々しい雰囲気だったのは間違いではないようだ。
オズの機嫌が直ったと思ったら、今度はテオのご機嫌が斜めらしい。
「そんなこともわからない?僕はまだロザリアに失礼な態度をとる君のこと許してないよ」
「テオ、私は気にしてないよ?」
「そういう問題じゃないんだよ。オズは僕の側近なんだ。ロザリアはそういう性格だから気にしないかもしれないけど、これが他のご令嬢だったら困るだろ?」
確かにド正論である。
というか、ゲームでのロザリアとはまさにそんな感じで窮地に陥っていた。
王族を支えるべき近衛騎士団長の息子がその国の公爵家を害するなんてあってはならない醜聞だ。
「それはっ……そうかもしんねーけど、俺はお前の側近なんだから怪しい奴を警戒するのは当たり前だろ!?」
「だからといって必要以上に敵対心をあらわにすべきではないと言ってるんだよ。迷惑だ」
「っんだと!?」
「オズ、落ち着いて」
テオに掴みかかりそうになったオズを宥めて座らせた。
言ってることは間違ってはいないがこれはちょっと言い過ぎである。
「テオ」
「……はぁ、少し頭を冷やしてくるよ。ごめんロザリア」
視線で諌めるとテオは部屋から出て行った。
普段理性的なテオが珍しいなと思ったが、友人相手ともなると年相応にケンカすることもあるようで少し安心した。
口が達者な分言葉の刃が大分鋭いが。
もとはと言えば私が原因なのですっかり落ち込んでしまったオズのアフターケアは私が引き受けよう。
「……あいつの周りは……」
暫く無言で項垂れていたオズがぽつぽつと語り始めた。
「あいつの周りは王子っていう立場に寄ってくるような奴ばっかりなんだ……だから……俺が守ってやらなきゃって……」
「うん」
「俺は……父上みたいな立派な騎士になりたくて……」
知ってる。オズワルドはただ憧れである騎士に対して真っ直ぐで頑張り屋さんなだけなのだ。
その熱意が少しだけから回ってしまうだけで、オズの存在は王宮で完璧な王子を演じるテオにとってもかけがえのないものだ。
「けど、あいつにとっては迷惑なだけだったんだな……」
「うーんとね、そんなことないと思うよ」
「でも、テオが……」
「あれはね、テオも言い過ぎちゃっただけだと思うの。このままだといつかオズが困ったことになるかもって心配してるんだよ。オズだって王宮に相応しくないって言われて騎士になれなかったら嫌でしょう? 王族の近衛騎士になるっていうのはただ強いだけじゃなくて、それだけ周囲のことも知らなきゃいけないってことなんだよ」
「…………」
悲しいかな、貴族社会で生きるには素直なだけじゃいられないのだ。
それは高位に近付けば近付くほど顕著でオズには生き辛い世界だと思う。
けれどそんなオズだから、テオは安心して側近を任せられるんだろう。
「それにほんとに迷惑に思ってるんだったらテオはあんなこと言わないでしょ? 多分笑顔で遠ざけられてるよ」
「……そんなこと、俺が一番よく知ってる」
そう言ってオズは少しだけ笑った。どうやら立ち直れたようだ。
「……テオって、見た目は綺麗な王子様だけど中身は結構腹黒いし笑顔が怖いし強引よね」
「ふっ……そうなんだよ、あいつの笑顔怖いよな!言い出したら聞かないとこあるし!!」
「ほんとに!! 背後に黒いオーラが見えるの!! 例えるなら魔王のような……」
「誰が魔王だって?」
「「え」」
気付くとそこには魔王……ではなく魔王のようなオーラのテオが立っていた。
この王子はいつのまに隠密スキルを手に入れたんだろうか?
「2人とも、僕がいない間に随分仲良くなったみたいだね? 詳しく話を聞かせてもらってもいいかな?」
魔法で倒せない分魔王より恐ろしい王子様に2人揃って綺麗に頭を下げたのだった。
「はぁ……オズ、その」
「悪かった!!!!」
「は……?」
歯切れが悪いテオに比べてオズはサッパリしたものである。
一度納得してしまえばあとはすぐに行動に移せるとは羨ましい性格だ。
「お前の言ってたことはわかった。反省する。けど、俺にお前みたいに愛想よくするのは無理だ」
「……うん、そうだろうね」
「その代わり誰にも文句を付けられないくらい力をつける!! 剣だけじゃなくて知識も功績も、権力…は、無理だけど……」
段々声が小さくなっていくオズ。
君が話しかけている彼こそ権力の象徴みたいなもんなのだが、それを全く利用する気がないあたり彼らしい。
安心してくれ、オズになんかあったらエルメライト公爵家もバックにつこう。
「はははっ……君らしいね。僕の方が馬鹿みたいだ。オズごめん、さっきは言い過ぎた。ちょっと……その、嫉妬してたというか。迷惑なんて思ったことないよ。これからも僕の友人でいてくれるかな?」
「あったりめーだろ!!! お前友達いないしな!!!」
「一言余計なんだよ、君は」
仲直りできたようだ。よかったよかった。
男の子同士の友情っていいね!!!
完全に傍観者を決め込んでいたら突然オズワルドに声をかけられた。
「ロザリア!!」
「へっ!?なっなに??」
「お前も……悪かった。ほんとは一目でお前が悪い奴じゃないってことくらいわかってたんだ。お前の言う通り、拗ねてたんだと思う……だから、ごめん」
感動した。なんていい子なんでしょう。
嬉しくなった私はまたオズワルドの手を取った。
「全然いいよ!! それより私ともお友達になってくれる?」
「……おう」
そして再びテオによってオズの腕がはたき落とされるのであった。