学園祭後編です。
結局、優秀なアレンのイカサマの証拠を掴むことは出来なかった。
イカサマは見抜けない人間の負けである。
「お嬢!!坊ちゃん!!」
諦めて次に向かおうとすると、後ろから私達を呼ぶ声がした。この呼び方をするのはシルク村の人達だ。
今日は頭領さんと村の若者の3人で遊びに来てくれた。
「どう?楽しんでくれてる?」
私の問いかけに、全員が少しだけ気まずそうに苦笑いを浮かべた。反応が芳しくない。
「いやそれが、どうにも落ち着かなくてさ」
「こんな立派な建物初めてなもんで、緊張しちまって……」
どうやら学園の豪華さに圧倒されて、萎縮してしまったようだ。
自分の領地から代表を招いている貴族もいるので、平民は彼らだけではないのだが居心地が悪いらしい。
「嬢ちゃんは俺らなんかにも気軽に話しかけてくれるけどよ、やっぱ住む世界が違うお人なんだなぁ……」
「何言ってるの、ここにはあなた達の作るものを求める人が一杯いるんだからね!!2階の教室でやってるカジノに行ってみなさい。ただし、あなた達がシルクを作ってるってバレたら詰め寄られるから気を付けてね」
遠い目でしみじみとしている頭領さんの背中を叩いて送り出した。こればっかりは慣れてもらうしかあるまい。
どうにも自己肯定感が低いみたいなので、この機会に自信を持ってもらいたい。
さてさて、今度こそ次に行こうと歩き出すと、ノーマン先輩が廊下の端に縮こまっていた。
「ノーマン先輩……何してるんですか?」
「あ、その……宣伝と……呼び込みを……」
……出来てるのかな?
なんでこの人に呼び込み任せちゃったんだろうか。
そもそも、呼び込みをしないと人が来ないなんて何をやってるんだろうか。大体どこもそれなりに賑わっているのに。
「ノーマン先輩のところは何を?」
「諸外国の政治と経済についての分析です……」
「あー……それはまた……」
食い付きの悪そうなワード1位2位の揃い踏みだ。
教育の場としては正しい在り方だと思うけれど、いかんせん真面目過ぎる。
それじゃ人も入らないだろうなぁ……。
「そうなんです、皆さんそんな反応なんです……お祭りで政治の話は難しいとも思ったんですけど……出来るだけ多くの人に見て欲しくて……よく出来てると思うんですけどね……それとも私が駄目なんでしょうか……暗いし……」
「いっ、行きます、行きますよ!!案内してください!!」
◇◇◇◇◇◇◇
自己分析を始めてどんどん闇落ちしていくノーマン先輩を見兼ねて見に行ったクラス展示だったが、中々見応えのある面白い内容だった。
テーマは固いが文章は専門用語なども使わずに分かりやすく書かれていたので、確かにあれは色んな人に見てもらいたい。
ということで、効果があるかは分からないが看板に『ロザリア・エルメライト公認』と微力ながら援助をしてきた。
次はいよいよユリウスのクラスに……と思ったのだが、入り口でこそこそと様子を伺う怪しいおじさんが1人。
変装のつもりなのか、不気味な仮面をつけているせいで不審者にしか見えない。
非常に声をかけたくないが、このままでは通報されかねないので早めに正体を明かしてもらおう。
「あの、宰相様ですよね?」
「……なんのことだね?私は通りすがりの一般貴族だが……」
「いやコールマン公爵様ですよね」
「……違うと言ったら」
「警備員を呼びます」
そりゃ宰相様じゃないと言い張るなら変質者として警備員に突き出すわ。
それでも渋る宰相様に大声を出そうとすると、やっと慌てて仮面を外してくれた。
「くっ……分かった、すまない、観念しよう」
「王様が仕事預けてきたって言ってましたけど……来て大丈夫なんですか?」
「大丈夫なものか!王め、ここぞとばかりに仕事を押し付けおって……!ユリウスも学園祭に来る暇があるなら仕事に専念しろと言うし、妻も息子の意見に賛同するし……今年が最後なんだぞ!!私だって息子の研究成果をこの目で見たい!!だからこうして変装までして抜け出してきたのだ……!」
「はぁ……」
キレ気味の宰相様は正常な判断を失ってるのだろうか?
こんな仮面被って城を抜け出すくらいなら、初めから絶対に行くとユリウスに伝えれば良かったのに。
「まぁせっかく来た事ですし、アイス食べて行かれてはどうですか?私達も今から中に入ろうと思ってたので」
「そうか!!一緒に行ってくれるか!!いやぁ助かった、こんなこと初めてだからな。どうしたものかと思っていたんだが……あ、私が来たことはくれぐれもユリウスには内密に頼む」
「了解でーす」
といっても、既に周囲には気付かれているのでユリウスの耳に入るのも時間の問題だと思うが。
教室にはレストランのようなテーブルと、各家から連れてきたのか給仕係として使用人が点在していた。
生徒はテーブルに着いているお客様にアイスクリームについての説明を行なっている。私の想像していた模擬店と全然違う。
そしてエルメライト公爵家の姉弟とコールマン公爵家の宰相の組み合わせで入ったので、大慌てでVIP席へ通された。
「これがアイスクリームか……!美味いな……!」
「ユリウス様に製作して頂いた遠心分離機で、生乳から今までとは比べ物にならない速さで生クリームを分離することが出来るようになりました。その生クリームと牛乳、砂糖、卵黄をあちらの撹拌機で凍らせながら混ぜるとアイスクリームが出来上がります。それもこれも、ロザリア様のご助言があったからこそ実現したものです……!本当にありがとうございました!」
「いえ、作ったのはユリウスですし」
学園祭でユリウスに展示を断られたクラスメイトさん達はやっぱりめちゃくちゃ困っていたらしく、すれ違うたびに最敬礼をされるようになった。ほぼ私欲だったのでいい加減申し訳なくなってくる。
それにユリウスに作ってもらった遠心分離機と撹拌機はうちの商会で取り扱い予定なのだ。
WIN-WINどころか私の一人勝ちなので本当にもう気にしないでほしい。
「ユリウスはロザリア嬢と出会ってから明るくなったからな。人と関わることも多くなったし、出掛けることも増えたし、ロザリア嬢は私の話し相手にもなってくれるし……本当に嫁に来ないか?」
「遠慮します」
度々言われるけど、お断りします。絶対最後のやつ目当てでしょ。
「それでは私は仕事に戻るとするか。ありがとうロザリア嬢、いい思い出になった」
「肝心のユリウスは生徒会室に引きこもりっぱなしですけどね……」
「ははは、それでも息子が尽力した行事に参加出来ただけで満足だ。この礼はいつかしよう。では、これで失礼するよ」
「お仕事頑張ってくださいねー」
再び不気味な仮面を装着した宰相様に手を振った。その仮面、つけて帰るんだ……。
「ユリウスいるー?」
聞かなくてもいるのは分かっているけれど。
生徒会室を覗くと、ユリウスは片手でノストラダムスと戯れながら読書中だった。
「展示とか、何も見てないの?」
「見回りついでに見た」
「見回りついでって……それ学園祭始まる前の話じゃない……」
「概要を把握すれば充分だ」
もー、つまんない奴め。
最初にここに来て引っ張り出せば良かったわ。
来年は卒業生として招待状が来るだろうから無理やり連れ回そう。
「まぁいいや。それより、さっきフィオーラ・フィーネ新作発表会の招待券もらったから一緒に行かない?」
「……行ってやってもいいが、今度は何をする気だ」
「もちろんコネを作りによ!!スイーツのことはスイーツ屋さんに任せるに限るでしょ?アイスクリームの今後の発展のために、色々お話したいと思って!!」
アイスにもいちご味とかチョコ味とかあるし、パフェとかアフォガードとかアイスを使ったデザートも沢山あるのだ。
是非再現してもらいたいし、見たことのない新しいデザートにも出会えるかもしれない!
「お前は、本当に抜け目ないな」
「あれ?褒められてる?」
「呆れてるんだ」
その割に若干表情が柔らかいような。
まだ見ぬスイーツにユリウスも期待を隠しきれないのかな。
「それじゃあそろそろ行くわ、劇観に来てね」
「断る」
ノータイムで断りやがった。
本気で生徒会室から一歩も出ないつもりか。
「劇、観に、来て、ね!!!」
ユリウスの頰をぐにっと引っ張った。
殺気がやばい。早く逃げよっと。
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学園祭後編はお久しぶりな人物の登場回でした。
シルク村の人達はこのあとカジノに熱中しまくって貴族様と仲良くなります。