嫌な予感がします。
ミーシャのことをよく知ってそうな人、いつもミーシャと一緒にいた2人のクラスメイトを呼び出させてもらった。
この間の食堂での様子も気になっていたので、彼女たちの間に何かあったのかも確認しておきたかったのだ。
「ごめんなさい、急に呼び出したりして」
「い、いえ!光栄です!!」
「それで、お話って……」
「なんでもいいから、事件の前のミーシャのことを教えて欲しいの」
目を見合わせた2人の間に、気まずい空気が流れる。言い難いことなのか、意を決したように口を開いた。
「……ミーシャは……というか、この学園の人は殆どそうだと思うんですけど、元々皆さんに憧れていて……遠くから見ているだけで満足していたんです。でも、事件の少し前からミーシャが急におかしくなって……なんていうか、妬んでるような……」
まぁみんな目立つからなぁ。
そういう人が結構いることは知っている。ルチアやミーシャに突っかかっていたあの子達もそうなんだろう。
ミーシャ本人もそうだったのは意外だが、それならあの頑張りようも頷ける。
それにしても、学園祭前に急に、というのが気に掛かる。
「……実は私達、あれミーシャが自分でやったんじゃないかって……」
「ちょっと!」
「だっておかしいじゃない!!あのミーシャの変わりよう見たでしょ!?きっとロザリア様達に近付くために全部自分で仕組んだのよ!!」
仲違いしたのかと思っていたが、どうやらミーシャが一方的に切り捨てたようだ。
彼女も鬱憤が溜まっていたみたいで、堰を切ったようにまくし立てた。
「ロザリア様の前で言うことじゃないでしょ!!」
「あ……すみません、私……!」
「いえ、教えてくれてありがとう。助かったわ。私も少し、ミーシャと話してみるわね」
「はい……それでは、失礼します」
自作自演か……考えてもみなかった。
あり得なくはない話だが、何故今になって急に?それもわざわざ『硝子の破片』を使って。
今更ゲームの強制力が働いた……なんて、まさかね……。
テオは犯人探しを始めた時点でこの事も想定していそうだ。あとで相談しよう。
ぼーっと立ったまま考え事をしていたら、ぽん、と肩を叩かれた。
振り返ると爽やか笑顔のダグラスが立っている。
「色々大変そうだね」
「ダグラス、聞いてたの?」
「聞こえたんだよ」
ダグラスは心外だというように肩を竦めた。
丁度いい、ダグラスにも今回のことについてもう一度確認しておきたかったのだ。
「……このあと何が起こるか、分かったりしない?」
「さぁね」
その返事はどっちの意味なんだ。
まったく肝心な時に役に立たないんだから!!
最近すっかり不憫キャラが板に付いてきたんだから、ミステリアスキャラなんて捨ててしまえ。
「そんなに悩んでるなら、はっきり鬱陶しいって言えばいいじゃないか。助けてやる義理もないだろ?」
「言えるわけないでしょ!もし本当に全部自演だったとしても、きちんと話を聞いてから解決したいもの」
それがどんな理由でも、何も知らずに終わらせることはしたくない。一度関わってしまったのだから、最後まで付き合いたい。
それに何より……やり方が気になる。犯人が誰であれ、私は私のする筈だった行動を再現されていることに少なからず恐怖を感じている。
「君って偽善者だよね」
「……そんなこと、私が一番知ってるわ」
皮肉めいた笑みを浮かべるダグラスに背を向けて歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
今日から、舞台を使っての立ち稽古が出来るようになった。
舞台のある講堂は、そのままでも劇場のようだ。
卒業式や入学式に使うので座席が備え付けられている。
そしてもちろん、『照明』もバッチリある。ゲームでは練習中に、ルチアの真上から落ちてきた。
ミーシャは舞台に上がらないので被害にあうとは考えにくいが、本当に『照明』が落ちてきたら今までとは比べものにならない大怪我の危険がある。
まだミーシャの自演と決まったわけではないし、ルチアのためにも細心の注意を払わなければ。
「上登って照明の留め具見てくる!いってきまーす」
「ストップ」
意気揚々と階段に足をかけたところで、舞台設営の指示を出していたテオに首根っこを掴まれた。私は猫か。
「照明係の男子何人かで、確認してきてくれるかな?」
「私行きたかったのに……」
「危ないからダメ。2人とも、ロザリア抑えといて」
私をアレンとオズに預けて、テオはまたさっさと設営に戻っていった。
後ろからアレンの腕に抑えつけられ、抜け出せそうにない。
仕方ない、今日は諦めよう……場合によってはギチギチに溶接しようと思ってたんだけど。
「アレン、オズ、もし照明が落ちてきたらルチアを守ってあげてね」
「……ん」
「まぁ万が一があればな」
よしよし、2人に任せれば舞台上は安心だ。
落ちてこないことを願ってるけども。
「……ルチアさんも気をつける必要があるんですか?」
「あー……ルチアはずっと舞台に立ってるから、念の為ね?ミーシャも異変を感じたらすぐ教えてね」
「……はい」
なんでこんなにルチアを敵視するんだろう。
ルチアを妬んでいたのだとしても、今はもう同じ立場のはずなのに。
舞台セットを終え、立ち位置の確認をしながら稽古に入る。
みんなの演技も大分スムーズになってきた。
オズは少しセリフを崩して素と演技の中間くらいにまで成長した。
もう少し慣れて固さがなくなったら丁度良くなるだろう。
テオは殆ど本人役みたいなものなので問題ない。
ルチアはゲームの時よりもずっと真に迫る演技を見せつけた。とにかくやる気に満ち溢れている。
「ルチア上手!!女優さんみたい!!」
「ありがとうございます!ロザリア様のような気高さと気品のある慈愛に満ちた聖女様になれるよう頑張ります!」
うん、それでいい演技が出来るならいいんだけどね。
ルチアの目に私はどう映ってるのかたまに疑問に思うよ。
「ロザリア様、少しお時間頂いてもよろしいですか」
「ミーシャ……ええ、みんな先に行ってて」
練習後、ミーシャに呼び止められた。
テオから鍵を預かって、人の居なくなった講堂に残る。
何の話かは分からないが、ミーシャにもみんなと仲良くしてもらいたいなぁ。ルチアだって凄くいい子だもの。
「お願いします、ルチアさんを遠ざけてください!」
私の願いは第一声でへし折られた。
いや、諦めるな私!話せばわかる!!
「……理由を聞いてもいい?」
「ルチアさんが私のことを邪魔だって言ってるのを聞いてしまったんです!私がロザリア様の側にいるのが気に食わないんだわ……!また呼び出されたりしたらと思うと怖いんです、お願いします!!」
ミーシャは異様なまでに必死だ。
顔を両手で覆い、俯いたまま肩を揺らしている。
嘘を吐いてるとは思いたくないが、ルチアはそんなことを言ったりしない。
ルチアはミーシャに睨まれていることも知っていた。けれどそれでも「お友達になれたら」と望んでいたのだ。
まぁ「あまり度が過ぎるようでしたら私が」とも言っていたが。
「何かの誤解よ、ルチアはそんな子じゃないわ。ちゃんと話し合ってみたら、ミーシャもきっと……」
「私を選んではくれないんですね」
私の言葉を遮るように顔を上げたミーシャの目には、ゾッとするような狂気を宿していた。
いつかの、デリクトラ卿のような……。
「っそういう、わけじゃ……」
「分かりました。それでは、また明日」
さっきまでの形相が嘘だったかのように、ミーシャは可愛らしく微笑んだ。
嫌な予感に胸が早鐘を打つ。もう、悠長なことは言っていられないのかもしれない。
ブックマーク&評価ありがとうございます。
更新お待たせ致しました。
人の感情って難しいですね。
感情を持って生きてきたはずなんですけどね。