謎が謎を呼びました。
「おはようございますロザリア様!教室移動、ついていってもいいですか?」
「おはようミーシャ。いいわよ、行きましょう」
「ありがとうございます!あっ教材お持ちします!」
「えっ?いや自分で持てるから……あー……!」
2度目の事件があった日から、ミーシャは私に話しかけてくることが増えた。
それはこちらとしても大歓迎なのだが、些か距離感が近いというか、方向性が間違ってるというか……。
扉を開けたり椅子を引いたり、どこにでも付いてきては荷物持ちまでしてくれるのだ。
そんなことしなくていいと諌めてはいるが、これが中々難航している。
あの日、最初に登校した子が来たときにはもう机はあの状態だったそうだ。
運悪く第一発見者になってしまったせいで、その子は犯人として疑われることになった。
幸い1度目の事件の時にはアリバイがあったためすぐに容疑は晴れたが、クラスにはいつ容疑者に仕立て上げられるかと暗雲が漂い始めている。
テオが調べてくれた硝子の破片は、どこにでもあるようなグラスが割られたものだと言っていた。
怪しい人や思い当たることがないか聞き込みもしたが、依然として犯人像は謎に包まれたままだ。
「ロザリア様、台本の確認をして頂けますか……?私、怖くて……」
「ええ、任せて」
「ロザリア様の台本は私が……!」
「あ、私のは今ルチアがあそこで緻密な検査をしてくれてるわ」
真剣な目で1ページ1ページ手触りまで確認している念入りさだ。
ミーシャの台本もルチアにお願いした方がいい気がしてきた。
「なんでルチアさんが……」
あ……まただ。
ミーシャは何故か、ルチアに張り合っているところがあるように思う。
ハルオーネに言われたことを気にしてのことなのか、時折悔しげにルチアを見つめていた。
2人にも仲良くなって欲しかったんだけど、ミーシャはルチアにライバル意識を持ってしまったようだ。
色々と懸念もあるが、劇の準備自体は順調に進んでいるのが救いだ。放課後の練習も滞りなく終わった。
生徒会も大忙しなので、クラスにばかりいるわけにもいかないのだ。
「ルチア、今日も生徒会室くる?」
「はい!お手伝いさせて頂きます」
「あのっ、私も生徒会室に行ってもいいですか?邪魔はしないので……!」
うっ……今はちょっとなぁ……。
忙しい中でも、テオがうまく回してくれているので雰囲気は悪くない。
が、この状態のミーシャを連れて行くのは少々気が引ける。
特に今までワンオペで仕事をしていた中毒患者のユリウスが不服そうにしているのだ。
顔見知りですらない人間を連れてったらバキバキに心を折りそうでひやひやする。
「ちょっと……厄介なのがいるから……やめたほうがいいわ……」
「……でも、ルチアさんは行くんですよね?」
「えっと、ルチアはもう実質生徒会役員みたいな扱いだから……ミーシャのことも今度また忙しくない時に紹介するわ、ね?」
ユリウスは最近ルチアのことを雑用係と呼び始めた。もはや公認の補助員だ。
その呼び方はどうなのかと思ったが、ルチアは別段気にしていないらしい。
日を改める約束をすると、ミーシャは渋々諦めてくれた。
「……わかりました」
「それじゃ、気を付けて帰ってね。また明日」
◇◇◇◇◇◇◇
「少し、ミーシャ嬢との距離を置いた方がいいんじゃないかな」
仕事中、テオに耳に痛いお言葉を頂いた。
実は私に近付くミーシャに、アレンもフラストレーションを溜めまくっている。
テオにも思うところがあったのだろう。
「……ちょっとやり過ぎかなと思う時はあるけど、いい子なのよ……」
「だとしても、君に取り入りたい人間なんて山ほどいるからね。こうなるのが目に見えてたから遠ざけてきたっていうのに……」
テオは忌まわしげにひとつ、溜息を吐いた。
私より色んな人に言い寄られてる分、苦い記憶もあるのだろう。
私だって悪意がある人間なら突き放せたが、ミーシャはただ頑張りすぎて空回っているだけなのだ。
それにあんなことがあった後だと思うと、無下に出来ずにいた。
「犯人が見つかりさえすれば落ち着くと思うんだけどな……」
「おい、喋ってないで手を動かせ」
自分の分の仕事が終わって手持ち無沙汰になっているユリウスが、トントンと指で机を叩く。
「ちゃんとやってますー。ユリウスのクラスはいじめとかないの?」
「興味がない」
興味の有無を聞いてるんじゃないんだけど。だめだこりゃ。
まぁ知ってたとしてもあまり参考にはならないだろう。
大体は文句の言えない下級貴族を高位の貴族が取り巻きと甚振って遊んでいるのだから。
「こういうのってあからさまに存在アピールするものだと思ってたのに……誰か分かんない相手にどう対処すればいいのよ……」
「被害を防ぐだけなら教室を施錠すればいいだろう」
「それだ。ユリウス天才」
「今頃気付いたか」
犯人を見つけるのも大事だけど、被害にあわないのが一番だ。
人がいない時は鍵をかければ硝子に怯えることもなくなるし、クラスメイトたちも安心できる。
なんでそんな簡単なこと思いつかなかったんだろ。
まぁ、まだ『階段』と『照明』が残ってるけど……それは私が近くで見張ってよ。
「そうと決まれば、早速先生のとこ行ってくる!!」
「待て、ついでに書類渡してこい」
「はーい……って、これ各研究室回らないといけないやつじゃない。全然ついでじゃない!」
「喧しい。感謝してるなら行け」
くそー、感謝してるから言い返せない。
数えた書類の枚数は8枚、つまり8ヶ所。職員室の他に先生方に研究室を与えてるせいで、この無駄に広い学園を走り回ることになった。
「ロザリア様、私も行きますので手分けして配りましょう」
「ありがと助かる……」
教室の鍵を借りてルチアと歩いていると、聞き覚えのある話し声が聞こえた。
廊下の陰に隠れて覗き込むと、なにやら険悪なムードのミーシャと見覚えのない女子生徒が複数名。
これはもしかして、いじめの現場を目撃してしまったかな。
「ミーシャ、まだ帰ってなかったのね」
「ロザリア様!!助けて下さい!!」
一応友人の線も考えて偶然を装って出て行くと、ミーシャが私に泣きついた。
やっぱりいい話題ではなかったみたいだ。
後ろにいたルチアがスッと前に立ちはだかると、私の登場にも余裕の表情をしていた女子生徒たちの顔色が変わった。
「お久しぶりですね、まだ懲りてなかったんですか?」
「ルチア……知り合い?」
ルチアを見て彼女たちは明らかに恐怖を滲ませている。お久しぶりって、何したんだ。
「知り合いというほどでもないですが……一度お話しましたよね?」
「そっ、そうだったかしら……!私たち、急用を思い出したので失礼するわ!」
お話という単語にビクッと反応を示し、そそくさと逃げていった。
恐らくハルオーネと同じように撃退された人達なんだろう。
悪役令嬢より恐れられるヒロインとは。
「ミーシャ、何かされなかった?」
「……みなさんに近付くなと、言われました……」
私に近付くだけで別の嫌がらせを誘発してしまうのか。守ってあげたかったのに、ままならない……。
「ルチアも前に同じこと言われたの?」
「ええまぁ……ですが、少しお話したらわかってもらえたので大丈夫ですよ」
「……っ簡単に言わないでよ!!」
先程まで震えていたミーシャが、ルチアを睨みつけ声を荒げた。
突然のことで私もルチアも呆然としてしまう。
「……すみません、帰ります」
はっと我に返ったミーシャは、それだけ言うと悲痛な面持ちで足早に帰っていった。
「ミーシャ……どうしたのかしら」
「私、気に触るようなこと言ってしまいましたでしょうか……」
「いえ、そんなことないと思うけど……」
きっと何かがあったとしたらミーシャの方だ。
心当たりはないと言っていたが、人に言えない気掛かりがあるのかもしれない。
事件が起こる前の、ミーシャの様子を調べてみよう。
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頑張ります。
最近どんどん寒くなっていきますね。
こたつを出しました。