ユリウスと鬼の霍乱です。
文化祭に向けて、生徒会も準備に取り掛かっている。
今日も放課後は今後の動きについての会議と書類作成の予定だ。
アレンは嬉しいことに、魔法の展示の方へ行っている。手伝うくらいはすることにしたらしい。
テオと付き添いのオズと共に、生徒会室の扉を開けた。
「うぅっ、ユリウス様お願いします……仕事を止めてください……!」
「うるさい、まだやれる」
おっと修羅場だ。
半泣きでユリウスを止めようとするノーマン先輩と一心不乱に仕事をするユリウス。
どういう状況だこれ。
「あのー……」
「あぁ!!ロザリア様いいところに!!お願いします、ユリウス様を止めてください……!ユリウス様はお風邪を召されてるんです……!」
「……風邪……」
言われてみれば少し顔が赤くて息が上がってるような。
ユリウスとも長い付き合いだけど、体調崩してるところなんて始めて見た。
鬼の霍乱ってやつかぁ。
「熱は?ちょっと測らせて」
「触るな、なんともない」
おでこに伸ばした手を払われた。
取りつく島もない上に、ユリウスはこちらを威嚇している。
手負いの獣か?
「……よし、気絶させよう」
「諦めないでください!穏便に……!穏便にお願いします……!」
穏便にと言われても、気絶させて寝かしとくのが一番スムーズだと思うんだけど。
ノーマン先輩が泣いてしまうから仕方ない。
「はぁ……テオなら1人でも大丈夫よね?」
「うん、問題ないよ。行っておいで」
話が早くて助かる。
付き添いの許可が降りたのでユリウスをコールマン家まで送り届けよう。
「ユリウス、オズに無理矢理お姫様抱っこで運ばれるのと肩貸してもらって自分の足で歩くのと、どっちがいい?」
「…………一人で歩ける」
「俺だって男を横抱きは嫌だぞ……」
想像したのか、ユリウスは観念して帰宅を決めたようだ。
ふらふらと壁に手をつきながら、怠そうに歩き出した。
オズが手を貸そうとしても問題ないの一点張りである。
「ノストラダムス〜帰るよ、おいで」
「にぃ」
よしよし、主人に似ず素直な猫ちゃんだ。
トトトと近付いてきたノストラダムスを撫でて抱き上げる。
鞄もノストラダムスも忘れてるあたり、見かけより相当具合が悪いのかもしれない。
頑なに1人で学園の校門まで歩いて見せたユリウスを辻馬車に乗せた。
「辛かったら私の肩に寄っかかってもいいよ……」
腕を組んで馬車に揺られているユリウスは、窓に頭をぶつけそうで危なかっしい。
これも断られるかと思ったが、少しの沈黙と舌打ちのあと体を傾けた。
「……着いたら起こせ」
「はいはい、おやすみ」
馬車を走らせて暫く、コールマン家へと辿り着いた。
事情を説明すると、使用人達は大慌てで看病の支度をしに走り出す。
ユリウスはまた1人で部屋へと行くつもりのようだ。
ひとまず役目は終えたし、私はさっさと学園に戻るかと思ったとき執事に呼び止められた。
「あの……ロザリア様……差し出がましいお願いで申し訳ないのですが、ユリウス様が寝付くまで側にいて下さいませんでしょうか……」
「それはいいですけど……鬱陶しがられるんじゃ……」
「そんなことはありません!コールマン家は旦那様も奥様もお忙しい身で、幼いユリウス様はいつも1人でご病気に耐えておられたのです……なのでどうか、今日くらいは親しいご友人であるロザリア様に元気付けて貰えたらと……」
ユリウスのお母さんも王城で女官として働いている、バリバリのキャリアウーマンだ。
私も一回しか会ったことがないが、見た目は女版ユリウスといった感じだった。
具合が悪いのにも関わらず、誰の手も借りようとしないのは1人でどうにかしなきゃいけないと思ってるからか……。
「……わかりました。私でよければ」
了承して、すっかり常連になったユリウスの部屋に来た。
ユリウスは着替えて横になってはいたが、眠れないでいるらしい。
「……まだいたのか、何の用だ」
「別に。心配だなぁと思って。ユリウスが寝るまで見守ろうと思ったんだけど、気が散るなら帰るよ」
「……勝手にしろ」
それだけ言うとこちらに背を向けるように寝返りを打った。
ユリウスの勝手にしろはOKという意味なので、大人しく椅子に座る。
「……何か話せ」
「何かってなによ」
「なんでもいい、今ならくだらない話でも聞いてやる……」
なんでもいいって言われてもねぇ……。
この世界の定番おとぎ話じゃ流石に面白くないだろうし……日本の定番の桃太郎でいいか。
「じゃあ……昔々あるところに」
「時代と所在が曖昧過ぎる。やり直せ」
いきなり出鼻を挫かれた。
なんでも聞くって言ったのはどこのどいつだ。
「わかんないわよそんなの!!えーと、昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」
「川で洗濯をするなら少なくとも200年は前か……その山に生えている木の種類はなんだ」
「時代と場所を特定しようとしなくていいから。黙って聞いて。そして寝て。おばあさんが川へ洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れてきました」
「具体的に言え」
「……このくらい大きな桃が流れてきました。おばあさんは喜んでその桃を家に持ち帰りました。桃を食べようとおばあさんとおじいさんが桃を割ると、なんと中から元気な男の子が……」
私だって具体的な桃の大きさなんて知らないが、適当に両手で桃の大きさを表して話を続ける。
桃から男の子が出てきたと聞いてユリウスがガバッと起き上がった。
「子供が桃の中に入る可能性について検証する」
「早く寝て!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇
やっと寝たか……。
あれから、ユリウスの突っ込みに耐え、きびだんごをパンに変え雉が生息しているのかわからず鷲に変え、鬼もいないので悪魔に変えてアレンジを効かせた桃太郎はカオスを極めた。
こんなに疲れるおやすみ前のおはなしは初めてだ。
静かに寝息をたてるユリウスの顔を覗き込む。
ほんと、黙ってれば綺麗な顔してるのに。
おでこに手を当てると、ピリピリとした熱さを感じた。可哀想に、結構な高熱だ。
退室する前に、少しだけはだけていた毛布をかけ直す。
「ひぇっ!?」
寝惚けているのか、毛布から離した手を掴まれた。
ユリウスは先程と変わらない寝顔のまま私の手を握っている。
「ちょっと、どうせ起きたら私に八つ当たりするんだから離してよ」
引き抜こうとしてみても、しっかり握っていて離れる様子がない。
指を一本ずつ外すしかないか……。
「いだだだだ砕ける砕ける!!!」
指を持ち上げようとした途端、握り潰さん勢いで手に力が入った。
普段私の頭を絞め上げてる成果が遺憾なく発揮されている。
もういい、ユリウスが起きるまで待とう。
諦めてベッドの縁に腰かけた。
「ん……?」
ぱちりと目を覚ますと、目の前に黒い毛玉が寝ている。
どうやらいつのまにか私まで寝てしまっていたようだ。
何故だかベッドに横になっていた。
ノストラダムスを撫でながら起き上がると、机に向かうユリウスが見える。
「起きたか」
「うん、ごめん寝ちゃってた……ユリウスが運んでくれたの?ありがと」
珍しいこともあるものだ。
ユリウスは熱が出ると優しくなるんだろうか。
「……って違うわ!あなたが寝てなきゃ駄目じゃない!体調は?少しは良くなったの?」
「……いや、体が怠いし頭痛もあるな。喉もやられている。万全とは言い難い」
「そんな状態で何で座って作業してるのよ……!ほら、ベッド返すから早く安静にして!!」
あれだけ認めようとしなかった病状をあっさりと認めるなんて、どれだけ悪化したんだ。
慌ててベッドから降りると、ユリウスが突然可笑しそうに喉の奥で笑い出した。
「……悪くないものだな」
「……熱で頭おかしくなったの?」
普段風邪を引かない分、脳が熱せられて正気を失ったとしか思えない。
何故だか満足そうな顔をしていて引いた。
「ロザリア」
「えっ、なに……」
過去に数度しか呼ばれた事のない名前を呼ばれた。何か上機嫌なのが怖い。
「今が何時か知っているか?」
「へ、今……?うそ!!もう19時じゃない!!なんで起こしてくれなかったのよ!!」
「起こせとは言われていなかったからな」
「ばかユリウス!!も〜……絶対お父様とアレンに問い詰められる……」
ユリウスとの関係を一から説明させられる……それも一度や二度じゃ済まないはずだ。
頭を抱えていると、部屋の扉が叩かれ使用人から報告がなされた。
「あの、ロザリア様……門の前にエルメライト公爵がお見えに……」
終わった。
もう間違いなくお父様は号泣して、アレンはコールマン家を更地にしようとする。
「ユリウス〜!!!」
「俺は知らん、病人は安静にすべきなんだろう」
こんな時ばかり病人を主張したユリウスはベッドに戻っていった。
そして私は案の定、血相を変えて迎えに来たお父様とアレンに詰め寄られるのであった……。
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ユリウスは起きたときちょっと混乱しました。