オズと乗馬の訓練です。
「おはよー……ん?」
休み明け、いつものように教室に入ると机に突っ伏したまま動かないオズの背中が目に入った。
普段ならテオと談笑してるのに、喧嘩でもしたのかな?
「どしたのあれ」
「あー……それが、君と2人で出掛けたことが気に入らなかったみたいで……昨日からずっとあの調子なんだよね……」
ここにも説得しなきゃいけない駄々っ子がいたかぁ。
そういえば、一番最初にオズに会った時も同じ理由で拗ねていた。あの時から随分経つけれど、やっぱり私とテオが2人で遊んでるのは嫌らしい。
懐かしさを噛み締めつつ、オズの機嫌を取りに向かった。
「なーに拗ねてるのー」
「拗ねてねぇ!!!」
ははは、どう見ても拗ねてる。
机に伏せた頭をわしゃわしゃ撫でくり回す。
「機嫌なおしてよー今度は一緒に連れてってあげるから」
「うるせー撫でんな!」
頭を撫でていた手をペシペシと払われた。
弟たちより聞き分けがないな、手強い。
「じゃあ優勝のお祝いにオズのお願いも聞いてあげる」
お、ちょっと考えてる。
その隙にまたオズの頭へと手を伸ばした。ゴールデンレトリバーみたいで楽しい。
オズは懲りずに撫でていた私の手首を掴むと、少しだけ顔を上げた。
「……なら、お前を乗せて馬を走らせる練習がしてえ」
「別にいいけど、なんでまた」
「……いざってときに必要だろ……他国に逃げるときとか……テオは自分で乗れるから、お前は俺が連れてかねぇと……」
「ああ……そんな絶望的な『いざ』まで想定してくれてるのね……ありがとう……」
あながちないとも言い切れないのが悲しいとこだ。
戦争が無くても私の国外追放とかは全然あり得る。もし処刑エンドが回避できなかったら、私も馬に乗って逃げられるように習っとこうかな。
未来の近衛騎士団長を逃亡犯にするわけにもいかないのでね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後、見学のテオとアレン、ルチアを連れて学園内にある馬術場にやってきた。
有志で使える乗馬クラブみたいなものらしい。
初めて来たけど貴族の嗜みって感じがするわ、令嬢はあんまり自分じゃ乗らないけども。
「乗馬の経験はあんのか?」
「小さい頃お父様に乗せてもらったくらい……ルチアは馬乗ったことある?」
「はい!私乗馬は好きなんです!それにいざというときに使えますし……」
なんでみんな、そんなにいざってときのこと考えてるの?
いやでもルチアが白の聖女として目覚めた暁には必要になってくるか……。
「他国に逃げるときのため……?」
「いえ、私はふつうに移動手段としてですが……確かにロザリア様くらいになると国から狙われてもおかしくないですね。というか、既に自国の王子に狙われてますし」
「あ、いや、私もふつうの移動手段がいいです。テオは他国くらいじゃどうせ逃げらんないし」
オズがちょっと狂ってるだけだった。
かもしれない運転にも程がある。それに慣れてきてしまった私も私だが。
そして、オズによる壮大な避難訓練が始まった。
厩務員さんが練習馬場へ馬を連れてきてくれる。
折角だから気持ちを作ろう。ギュッと眉間に力を入れて、口元を引き締めた。
「なんだそれ」
「緊迫感のある顔」
「俺の中のお前は亡命中でも笑ってんぞ」
「いやその私情緒大丈夫?」
国を追われてへらへら笑ってたら最早ただのサイコパスだよ。
抗議の視線を向ける私を置いて、オズはさっさと馬に跨り手を差し出してきた。
「そこに左足掛けろ……よっ、と」
「わぁ……思ったより高い」
大人しくオズの手を掴んで指示どおり鐙に足を掛けると、そのまま軽々と引き上げてくれた。
所謂横座りの状態だが、後ろにはオズの体があるので支えられている。
両サイドも手綱を握るオズの腕があるし、安定感がすごい。
「落ちたら怪我するからな、しっかり掴まってろよ」
「はーい」
顔を前に向けたまま、片腕を背中に回しオズにしがみついた。
これももう慣れたものである。
オズが馬のお腹を脚でポンと蹴ると、軽やかな足取りで走り出す。
「凄い!!速い!!」
「平気か?ならもっとスピード上げんぞ!!」
「うん!!!」
景色がどんどん過ぎていく。
あっという間に馬場を一周してしまった。
馬車と違って直接風を切って走るのが爽快だ。これは練習じゃなくてもまた乗せて欲しい。
「暴走してるね……」
「……僕の方が速く飛べるのに」
「ロザリア様が楽しそうで何よりです!」
猛スピードでトラックをぐるぐる回る私達に、見学組が約1名を除いて若干呆れている。
ルチアもスピード狂っぽいな。
そして5周近く走り続けたところで、オズが手綱を引いて馬を止めた。
「お疲れさん、どうだったよ?」
「楽しかった!!!また乗りた……あ」
くるっと後ろを振り返ると、思いの外近くにオズの顔があった。
勢いでほっぺたにふにっとオズの唇が当たる。
「ごめんそんな近くにいると思わなくて……って、オズ?おーい」
少し離れて謝罪をするが、オズはうんともすんとも言わなくなった。
顔の前で手を振ってみても固まったままだ。
……と思ったら、ズルッと馬から落下していった。
口元を抑えて蹲っている。
「えっ嘘でしょ!?ちょ、大丈夫!?怪我してない!?」
「大、丈夫、じゃねえ……っ!」
「テッ、テオ!!アレン!!!大変!!オズを医務室に運んで!!」
慌ててテオとアレンに緊急要請を出した。
2人ともハテナを浮かべながらのたのたとやってくる。
「落馬するなんて何かあった?」
「その、ちょっとハプニングが……」
「言うなロザリア!!テオ……何も言わずに俺のことをぶん殴ってくれ」
オズは地面に転がったまま思い詰めたような顔をしている。
そんなに嫌だったのか、失礼な。
それにしたって追い打ちを所望するなんて、死にたいの?
頭でもぶつけたんだろうか。
「大体わかった。歯を食いしばれ」
「待ってなんもわかってない。怪我人を殴っちゃだめ!!」
決断が早すぎる。
私は医務室に連れてけと言ったのになぜ更に危害を加えようとするのか。
いくら本人の希望とはいえ、重大な怪我に繋がりかねない。
テオはひとまずオズを医務室に連れてく気になってくれたようだ。
肩を貸して半ば引き摺るように歩いて行った。搬送が雑。
「……僕も行ってくる」
「アレンも付き添ってくれるの?」
「うん……ちょっとね」
微妙に含みのある言い方をして、アレンも後を追う。
アレンがテオのストッパーになってくれればいいけど……期待出来なさそうだ。
そして重大なことに気が付いた。私は一人じゃ馬から降りれない。
「……降りれない、どうしよ」
「でしたら私が支えてますので、ゆっくり滑り落ちて来て下さい」
「ごめんねルチア……ありがと……よっ、ほっ」
なんとも無様な姿だが仕方がない。
ルチアの手を借りてどうにか地上に降りることが出来た。
私も自分で馬に乗れるようになろう……。
「お見舞い行った方がいいかな?」
「今はそっとしておいてあげるべきかと……」
その後、オズは目立った怪我などなかったものの、暫く目も合わせてくれなかった。やっぱり頭を打ったのかもしれない。
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頑張ります!!
ロザリアは両親とアレンのせいでスキンシップ耐性がメキメキ上がりました。
まぁ外国の人はキスも挨拶って言うし……って感じです。




