テオとお出掛けです。
「……ロザリア、本当に僕を置いて行くの……?」
「ごめんね、今度はアレンも一緒に行きましょうね」
「……やだ、行かせたくない……」
テオのご褒美として要望を受けたお出掛けの朝、アレンは案の定私から離れようとしなかった。
このやりとりもかれこれ数十回目だ。
今生の別れじゃないんだから、もう少し気楽に送り出してくれ。
「ロザリア……テオドア殿下に限ってないとは思うが、万が一のことがあったら、これを……っ」
お父様から差し出されたものを見て目を疑った。
どうみても短剣だ。これをどうしろっていうのよ。
知らない人とならともかく、テオと2人で遊びに行くだけのことになんでこんな……。
オズと出掛けたことだってあるし、ユリウスともよく仕事で1日一緒なんてこともあるのに。
「お父様、その万が一はテオが死ぬのでは」
「それも致し方ない……」
致し方なくはない。
苦渋の決断みたいな顔をしないでください。
あと今年度を乗り切れば処刑エンド回避できるのに、王族殺しなんて御免である。
「あなた、アレン、ロザリアが困ってるわ。ほら、この2人はお母様に任せて、ロザリアは早く行きなさい」
「ありがとうございます、お母様……!」
「帰ってきたら詳細を聞かせて頂戴ね」
お母様だけは報告をした日からずっとご機嫌だった。
ただやたらとテオとの話を聞きたがっていたが。何もないです、ほんとに。
逃げるように馬車に乗り込む。
テオはうちまで迎えに行くと言っていたが、あの様子を考えると待ち合わせをこっちにしておいて正解だ。
間違いなく詰め寄られてたわ。
「僕もいーきーたーいー!!!」
辿り着いた王宮のテオの部屋の前。城の床にひっくり返って駄々をこねている子供がいた。
お久しぶりのテオの弟、エドワード君だ。
元気が良くて大変よろしい。
「あ、ごめん、ロザリア……本当は見つかる前に出るつもりだったんだけど……」
「……お互い大変ね、お兄ちゃん」
頭を抱えているテオに苦笑で返す。
まぁこれも愛されてるってことですよ。
「兄上ばっかりロザリアとオズ兄を独り占めしててずるい!!僕も行く!!」
「こら、エド。きちんと敬称をつけるようにいつも言ってるだろ」
違った。私とオズが愛されてた。
真面目過ぎるほど真面目なテオと、自由奔放なエド君。王族の子育て極端だな。
エド君は聞く耳を持たずにやだやだと泣き喚いている。
「だから、今度連れてくって言ってるじゃないか……」
覚えがあり過ぎる台詞だなぁ。
エド君は涙を拭いて立ち上がると、私の足に縋り付いた。
「この前もそう言ったもん……!ロザリア!!兄上が嘘つく!!」
「いえ、テオは嘘をつかないわよ。嘘にならないギリギリのラインを攻めてくるからたちが悪いの」
聞かれなかったから言わなかったとか、いつとは言ってないから嘘じゃないとかね。清廉潔白の限界に挑戦している。
おっと、正面からの黒いオーラが漂ってきた。
「あぁーっと、そう、えーっと、じゃあ次のお休みの日に、私がエド君を遊びに連れて行ってあげる。それならいい?」
「ほんと!?」
「ええ、私は嘘ついたことないでしょ?」
「ない!!」
「ロザリアはエドには甘いな……」
年下にはどうしたって甘くなるのよ。
あと、エド君がここまでわがままを言えるのはテオも甘やかしてる証拠だと思うの。
◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車を走らせて暫く、広々とした草原が見えてきた。
柵の中では牛や馬が闊歩している。
「ここは……」
「ふふふ、驚いた?牧場よ」
「また予想の斜め上を……」
テオがどこでも好きなところでいいと言ったので、今回はずっと来てみたかった牧場にしてみました。
ここならあんまり人目を気にせずに、テオもゆっくり出来るかと思って。
「あらまぁ……綺麗なお嬢さん方だこと……」
「こんな辺鄙なところによくおいでくださいました……貴族様に来て頂けるなんて光栄でございます……」
母屋を訊ねると、可愛らしい老夫婦が笑顔で迎え入れてくれた。
きちんと手紙で事前にアポは取ってある。抜かりはない。
「いえ、こちらこそ急な申し出にも関わらず、快く受け入れてくださったこと感謝しております。私、そちらで製造されているバターがとても好きで……一度現地で見てみたかったんです」
「有難いことです……今日はどうぞ、ごゆっくりなさって行ってください」
何を隠そう、私は料理は出来ないくせに素材とかにはこだわるタイプなんです。
あと調味料とかもつい集めちゃう。
奥さんと旦那さんが、ガーデンテーブルへお願いしていたものを用意してくれた。
「今日のメインはこれ!これからバターを作ります!」
「へぇ、それはまた……そんなに簡単に作れるものなんだ」
作れます。
出来立てから30分以内のフレッシュバターは格別に美味しいらしい。
「はい、ここに蓋つきの容器に入ったクリームがあります」
生乳を長時間置いておいて、分離したところを掬って作ってるそうだ。
遠心分離機とかあれば多分もっと早いんだろうな。開発しよう。
「これを脂肪の塊が出来るまでひたすら振ります!」
簡単!だけど大変!!
ジャブジャブジャブジャブ。
あー、そうだ、アイスも作りたいなぁ。作り方知らないけど。
卵と砂糖と……バニラエッセンス?多分そんな感じ。冷やして混ぜればいける気がする。
ユリウス絶対好きだろうから手伝ってくれるでしょ。
ジャブジャブジャブジャブ。
「疲れてきた……」
「ふふ、代わるよ」
明日は筋肉痛になりそうだ。
本当は私がテオに作ってあげたかったんだけど、諦めた。オズがいたら楽だったのに。
「あ、音無くなったよ」
「ほんと?そしたら今度はまた水の音がするまで振って」
「……まだ振るのか」
ファイトー!
音が無くなったら、またぱしゃんと聞こえるまでひたすらシェイク。
それが水分と脂肪分が分離した合図だ。
そこから更にもう少し振る。
「テオお疲れ!!じゃーん出来ましたー!」
出てきた水分を取り出して、少し塩を入れて混ぜれば完成!
早速一口大に切ったパンに塗って、テオの口元へ差し出した。
「はい、口開けて」
「ん…………美味しい、すごく」
「でしょでしょ?頑張った甲斐あった?」
「うん、こんなので本当に出来るのか半信半疑だったんだけど、言われるがままに振り続けて良かったよ」
疑ってたんかい。
だけど手作りバターはいたくお気に召したようで、こちらも連れてきた甲斐があった。
作ったバターを全て美味しく頂いた後、牧場内は自由に見て回っていいと言われたので柵の周りをお散歩することにした。
「牛だ!かわいい!」
のんびり近付いてきた牛は、ゆっくり立ち止まって草をはもはもしている。
なんだろ、なんかアレンに似てる……。
夢中になって覗き込んでいると、後ろからお腹に手を回された。
「柵から身を乗り出したら危ないよ、もう少し下がって」
「えぇ〜もうちょっと……牛かわいいよ、テオももっと近くで見たら?」
「あー……うん、そうだね」
スッと目を逸らされた。びびってるなこれ。
可哀想なので柵から離れて、少し行ったところにあった大きな木の下に腰をおろした。
「風が気持ちいい……老後はこういうとこに住みたいなぁ……」
「いいよ、君と一緒ならどこでも退屈しなさそうだ」
当然のように一緒に住もうとしてる。
にこにこしながらこっち見ないで。
「……テオはさぁ、なんで私なの?それこそいくらでも選び放題でしょ?王子としてのテオだったら、もっと品行方正なお嬢さんの方がいいはずじゃない」
「ああ、まあね。婚約者選びのお茶会のときとか、いかに完璧な王妃を演じられる人を選ぶかとしか考えてなかったし」
こっわ……なんつー可愛げのない子供よ。
あの時にこやかに対応しながらそんなこと考えてたの?
「それなら余計になんで私……」
「んー……色々あるけど、それは内緒にしとく。学園を卒業したら、そのときに全部伝えるよ、約束」
定期的にプレッシャーかけてくるよね。
逃げ切れるのかなこれ。そりゃあよく分からない人と結婚するよりはテオの方が全然いいけど……。
「え?うわっ!なに!?」
急にその場に押し倒された。
困惑しながら見上げるテオは楽しそうな顔をしている。
頭の処理が追いつかないうちに、テキパキと上着がかけられテオもこちらを向いて寝転んだ。
「びっくりした……お昼寝するの?」
「うん。たまにはこういうのもいいかと思って。こんな王子はダメかな」
「ううん、私はそっちのテオが好きだよ」
ゲームの王子様は生き辛そうだったし。
他人にまで完璧を求めてもいいことないしね。今の方が付き合いやすくて好き。
だというのに、テオは笑顔のまま固まった。目が笑ってないこわい。
「……不意打ち、は、ずるいだろ……」
「え?なにが?」
「いいから早く寝て、速やかに」
抱き寄せられて頭を胸板に押し付けられた。
これはお父様に貰った短剣の出番かとも思ったが、今日は一応ご褒美だから見逃してあげよう。
ブックマーク&評価ありがとうございます。
ついに2000件を超えまして感無量です。
今後もどうぞよろしくお願い致します。
手作りバターって牧場行かなくても市販の生クリーム振れば出来るんですね。
これから作ってきます。