終息しました。
その後、最早逆らう気力もなくなったデリクトラ卿は大人しく兵に連れられていった。
床で転がっていた手下やこの屋敷の使用人まで、全員城で事情聴取を行うらしい。
街中に潜む信者の炙り出しには、また更に時間がかかるだろう。
「テオ、ルチアを早く病院に連れて行ってあげて、火傷をしてるの。それにこんなところにずっと閉じ込められていたんだもの、異常がないか調べてもらわなきゃ」
「皆様、助けに来て下さってありがとうございました。すみません、ご迷惑をかけて……」
3日も監禁されたうえに炎に包まれたルチアが心配でテオのもとに連れて行ったのだが、逆に頭を下げられてしまった。
「巻き込んでしまったのは私の方よ、ルチアは被害者だわ」
「でも、私がもっと周りに気をつけていればこんなことには……」
「そんなこと……それより、私が街で声をかけたりしたから……」
申し訳なさそうなルチアに、罪悪感に追い討ちがかかる。
私が私がと、お互い一歩も譲らないデッドヒートを繰り広げていたらテオが間に入った。
「2人ともそこまで。悪いのは全部デリクトラ元辺境伯だよ、君達が謝ることは何もない。いいね?」
「……はい」
「……うん、ありがと、テオ」
ちらっと横を見ると、ルチアもこちらを見ていて目があった。
それがなんだか可笑しくて顔が綻ぶ。みんなが無事だったのだから、もうそれでいいや。
「兵に病院まで送らせるから、ロザリアも一緒に診てもらっておいで」
「え、なんで?」
「なんでって……ふらふらじゃないか。それに顔、少し腫れてる」
「ごめんなさい、ロザリア様は私をかばうために……」
「いや、俺がもっと早く駆け付けられてれば……」
ルチアは再びずーんと影を背負ってしまった。
今度はオズにも飛び火したらしく、空気がどんよりとしている。
「ああ、もう、オズまで!!そういうつもりで言ったんじゃないよ、落ち込むのはやめてくれ」
「私なら大丈夫だから!!魔力なんて寝れば回復するし、顔も冷やせばすぐ良くなるわよ。アレン、氷ちょうだい」
「ん」
アレンが私の頰にペタッと手をつけた。
氷じゃない。でも程よく冷たいからいいか。
「はぁ……家に帰ったら念の為、専属の医師に診てもらうんだよ」
「はーい」
私の顔を見て涙ぐむルチアの背中を押して、病院へ送り出した。
さて、そろそろ私も家に帰ろうかな。ここにいても捜査の邪魔になるだけだし、はやく帰って両親を安心させてあげたい。
そういえば、お父様はデリクトラ家の領地に行ってるんだっけ。
今回の潜入は私が決めたことだからとどうにか承諾してもらったけど、お父様はへし折れそうなくらい歯を食いしばっていたから、相当悔しかったんだと思う。
辺境が更地になってないといいけど……。
ふと、未だにひび割れた石板をまじまじと眺めているユリウスが目に入る。
「どうしたのユリウス、それ欲しいの?」
「……いや、王宮の書庫にすらろくな記述が残っていなかった魔術式を、あの低脳な男がどうやって完全な状態で再現したのかと思ってな」
「……確かに。でもそれは本人に聞けばわかるんじゃない?」
「……それもそうか」
ユリウスの疑問はもっともだ。
太古の禁術の存在を、デリクトラ卿はどこで知ったのか。
金輪際このようなことが無いように出所ごと潰さなければ。
「それと、莫大な量の魔力が凝縮されていた術式が壊されてこの程度で済むものなのかと考えていた」
「え、ちょっと急に怖いこと言わないでよ」
「何もない方が不自然だろう。ダムに亀裂が入ったときのことを想像してみろ」
ダムに亀裂が入ったらって、そりゃあそこから水が溢れる。
後から後から水が流れ出て……やがて……決壊する。
パリパリと可愛らしい音を立てていた石板が、段々バチッバチッとシャレにならない音になってきた。
「……待って、嫌な予感がするんだけど……それってもしかして……」
「ああ、このままだと爆発するな」
ユリウスが言い終わるのが早いか、耳をつんざくような爆音が響き光の柱が地下から屋根を突き抜けた。
ゲームでのミリオン家の崩壊って絶対これだ!!!!
「そういうことはもっと緊迫感のある顔で言いなさいよ!!!」
「どんな顔だろうと俺の勝手だ」
「死にたいの!?少しは焦って!!」
なんでそんな無駄に冷静なんだ。
爆発物を前にして、日常会話と同じテンションで話ができる神経がいっそ羨ましいわ。
「言い争うのはあとだよ。ユリウス、爆発までにかかる時間と規模の予想は?」
「そうだな……この屋敷の敷地内にはギリギリ収まるんじゃないか。そこまで移動するだけの猶予は充分にある」
「了解。周辺の住民を避難させておいて正解だったね。上にいる兵にも早急に撤退するよう伝えろ、爆発の被害に備えさせるんだ」
「はっ!!」
テオが指示を出すと、兵達はテキパキと行動に移していく。
慌てていたのは私だけのようでなんだか決まりが悪い。
「さ、僕達もすぐにここを離れるよ」
「ロザリア、お前はこっちだ。まだ万全じゃないんだろ?」
「ありがとう……」
オズが私を抱え上げて走り出す。
万全だったとしても、足の長さが違い過ぎて走る彼らに追い付くことは出来ないので助かった。
敷地の外から徐々に大きくなる光の柱を見上げる。屋敷を完全に飲み込んだと思った瞬間、光が弾け飛んだ。
辺りを爆風と閃光が襲った。王宮所属の魔導師達が総出で防壁を張って堪えている。
風が止んだあと、そっと目を開けてみると破裂して散った魔力がキラキラと降り注いでいた。
綺麗……犠牲になった人達の魔力だけでも、解放することが出来て良かった。
幻想的なその光景に、追悼の意を込めて手を合わせた。
今度こそ全てが終わった。
テオ達には瓦礫に埋もれた屋敷の処理という仕事が増えたが、怪我人も周辺家屋への被害も大したことがなかったようで何よりだ。
「……頬っぺた、痛むか?」
変わり果てた屋敷を眺めていると、私を抱えていたオズが心配そうな顔で頰に恐る恐る手を添えた。
「なに、まだ落ち込んでたの?このくらい平気よ。それよりオズの方がボロボロじゃない」
「俺のは殆ど暴走するアレンを止めようとして巻き込まれただけだ。あいつ片っ端から吹っ飛ばそうとしてたからな」
「止めてくれて本当にありがとう!!そしてごめん!!」
「でもそのせいでお前が殴られた……」
オズにシューンと垂れ下がった犬耳が見えて、なんだかかわいい。
そんなの見せられたら、ついからかいたくなるじゃないか。
「よしよし〜オズはいい子だね〜!!」
「はっ!?バカおい、撫でんな!!!」
「だっていつまでも暗い顔してるんだもの。ほら、元気出して〜!!」
「分かったから!!!もうやめろ!!!」
両手でわしゃわしゃと撫でくりまわす。
撫で心地はアレンの方がいいけど、耳まで真っ赤にしてやめろって言われるとやめたくなくなるな〜。
ご機嫌になでなでしていると、先程まで兵と難しい話をしていたテオが近付いてきた。
「いつまでその体勢でいるつもりなのかな君達は」
「これ楽なのよ、もう今日はこのまま帰ろうと思う」
「なら僕が連れていってあげるから、おいでロザリア」
「いやテオはダメでしょ、私に構ってないで後始末の指揮してきなさいよ……」
「僕だって君が心配で心配で心配で気が気じゃなかったんだよ……!少しくらいご褒美をくれたっていいだろ……!!」
「ごめんて……わかったから……」
必死な顔をするテオに負けた。
これでご褒美になるのかは知らないが本人が望んでるんだから仕方ない。
テオに向かって腕を伸ばすと、横からアレンに攫われた。
「ロザリアは家が同じ僕が連れて帰るから」
「……今すぐ重要参考人として城に連行してあげようか?」
アレンとテオが睨み合う。日常が戻ってきた気がするわ……。
あーあ、夏休みももうすぐ終わっちゃうなぁ。
せめて残りの日数だけは思いっきり楽しもう!!!
◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、見張りをしていた兵士の目をどう搔い潜ったのか、1人の青年が崩壊した屋敷の上に立っていた。
青年が手をかざすと、光が繊細に魔術式を描き出す。
それに呼応するように瓦礫の下の一点が紫色に光った。
「あったあった、これがないと始められないからね」
青年は事も無げに瓦礫を浮かし、手のひら程の大きさの結晶を拾い上げる。
「君と俺、果たして勝つのはどっちかな」
ひとり爽やかに笑った青年は、夜の闇へと消えていった。
ブックマーク&評価ありがとうございます。
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そして今回初めてレビューを書いて頂きました。嬉しい!!
レビューには返信できなかったので活動報告でお返事させて下さい。
頭を使う話がやっとこれで終わってくれました。
またちょっと日常編に入る予定です。