潜入します。
翌朝、作戦実行のためオズとアレンを連れデリクトラ卿の屋敷へとやってきた。
周りには一般人に見せかけた私服警官ならぬ私服兵士が多数、そしてあらゆるところに武装した兵士が張り込んでいる厳戒態勢である。
「最終確認だ。ロザリアが揺さぶりをかけて動きがあるようなら黒、兵士を突入させる。そうじゃないようなら深追いはすんなよ」
「はい!」
「犯人を泳がすために1人にさせることになるけど、何かあったらすぐ行くから考え過ぎずに防御に徹してろ」
「はい!!」
「……絶対上級魔法撃って。ロザリアに刃を向けた人間は皆んな生きてる価値ないから」
「は……いやそれはちょっと」
危な、流れで返事しそうになった。
こんなところで他人の命を背負いたくないよ。
本当に危なくなったら嫌とか言ってられないけど……極力殺しは避けたい。
「とにかく、安全第一に頑張ります!!」
「うし!!んじゃ行くぞ!!!」
◇◇◇◇◇◇◇
デリクトラ卿は突然の訪問にも関わらず快く招き入れてくれた。
ここにルチアがいることを知らなければ、絶対に彼を疑うことなどなかっただろう。
今でも勘違いであってほしいと思うほどだ。
「すみません、こんな朝早くに押しかけて……」
「いえいえ、よくお越し下さいました。登城前ですのであまり時間はございませんが、何か私に急ぎのご用でもおありですかな?」
「ええ、実は私、今回のことが落ち着くまで国外に出ていてくれということになりまして……デリクトラ卿にもご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。アレン共々この後すぐに発つ予定なので、ご挨拶に来たんです」
作戦の第一手だ。
国を出るなどもちろん嘘だが、私が手の届かないところへ行くとなれば益々ここで片をつけたいと思ってくれるだろう。
これで釣られてくれればいいんだけど……正直、逆恨み程度でそこまで私に執着するか謎だ。
「それはまた……随分と急ですな」
「私がいても騒動が大きなくなるだけだと反省したんです……また何があるかわからないし、早い方がいいかと思って」
「ふむ……それもそうですなぁ……国外の方が安全でしょうし……」
今のところデリクトラ卿に変わった様子はない。
本気で私の身を案じてくれているようにすら見える。
だけど種は蒔いた。作戦の第ニ手に入ろう。
「……すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ。使用人に案内させましょう」
オズとアレンと視線を交わし、一礼をした使用人の後を追う。
ここからは私1人だ。気を引き締めて廊下を歩いたが、何事もなく辿り着いた。
「ありがとう」
「いえ、勿体無いお言葉です。お帰りもお部屋までご案内致しますので、私はこちらに控えております」
トイレの中に人でも隠れているかと思ったがそれも無かった。
これで部屋まで無事に帰ることが出来れば、デリクトラ卿は白とまではいかなくてもグレーくらいにはなるかな。
トイレから出て再び使用人に着いて行く。
……だけど、早速雲行きが怪しくなってきた。
「あの……さっきの部屋ってこっちじゃないわよね?」
「旦那様にこちらへ案内するように言われておりますので……」
ああ……信じてたかったなぁ。
振り返ることすらしないこの使用人もグルだろう。
どこに連れて行かれるのか分からないが、ルチアのところまで案内してくれるなら願ったりだ。
何も知らないフリをして大人しく歩き続けると、使用人は地下室へと続く扉を開けた。
「……地下へ行くの?」
「……お連れ様がお待ちです」
いくらなんでも疑わずに地下までほいほい着いて行っては怪しまれるかと思って聞いてみたが、あからさま過ぎる。
こんなのに騙されると思われてたんだろうか。行くけども。
埃っぽい地下室は思っていたよりもずっと広かった。
薄暗くて良く見えないが、いくつもの鳥籠のような檻が置いてある。
そのうちのひとつにルチアは捕らえられていた。
「ルチア!!!」
「……ロザリア様……?何でここに……!?」
檻の中で格子にもたれかかっていたルチアに駆け寄る。
良かった、少しぐったりしているようだが目立った怪我はない。
「大丈夫?何もされてない?待ってて、すぐ出してあげるから……!」
「駄目ですロザリア様!!!早く逃げて……!!」
「逃げるなら一緒によ。あなたを助けに来たの」
格子を掴むルチアの手に自分の手を重ねた。
今にも泣き出しそうなルチアを落ち着けようとぎゅっと握る。
こんなところでずっと1人きりだったのだ、さぞかし不安だっただろう。
「いやぁ、感動の再会ですな。美しい友情に胸を打たれましたよ」
いつの間にか背後に立っていたデリクトラ卿は、わざとらしくパチパチと乾いた拍手をしている。
ルチアを守るように立ちふさがった。
「……あなたじゃなければいいなと思っていたわ」
「ははは、やはりバレておりましたか」
全く焦る素振りなどなく、不気味なほどに余裕綽々だ。
いつもとなんら変わりない、朗らかな初老の男性がそこにいた。
「……息子さんのことは嘘だったのね」
「いいえ?嘘ではありませんよ。奪われたわけではありませんがねぇ。私が自ら生贄にしたのですよ」
「そんな……!」
「仕方ないことです、偉業を成すのに犠牲はつきものですからな。悲願が叶いさえすれば息子も報われるでしょう」
「息子さんの命をかけなきゃいけないような宗教なんて間違ってるわ!!!自分の息子より教祖の方が大事だっていうの!?」
どうでもいい事のように話すデリクトラ卿が許せなくて声を荒げた。
何よりも大切なはずの家族を、自分の手で死なせるなんて、救いようがない。
デリクトラ卿は私の言葉に、一瞬驚いた顔をしたあと大声で笑い出した。
「ははは!!!鈍いお方だ!!!私が教祖なのですよ!!!この私が人の下につくなどありえない!!」
デリクトラ卿の態度が一変した。
先程までの穏やかだった表情はどこへやら、傲慢な性格が滲み出ているかのような人を見下した目をしている。
まさかこの悲惨な事件の首謀者が彼だったなんて。
「どうして……何が目的なの……?」
「王子も言っていたでしょう。魔王を作るのですよ。あなた方が研究していた魔術式は集めた魔力を結晶化することの出来るものです。魔石とは違い魔力の結晶は力そのものだ。体内に取り込めば、それこそ神をも超える力を手に入れられる……!!!」
温和な雰囲気は完全に消え去り、狂気に顔を歪ませているデリクトラ卿にゾッとした。
今までずっとこの顔を普段の仮面の下に隠していたのかと思うと恐ろしい。
だけど負けていられない、彼をここで止めなければならない。
「……そんなこと不可能だわ、人の身で耐えることなんて出来るわけない」
「当然ですな。誰もが神になれるはずがない」
ユリウスは自分の許容量を超える魔力を手にしても自爆するだけだと言っていた。
それを知っていて、なおやめるつもりはないらしい。
デリクトラ卿は当然だと言うように頷いて話を続けた。
「だが彼は別だ!!天才アレン・ミリオン。彼ならば魔王の器に相応しい。初めて彼を見つけたときは魂が震えたものです。しかし彼は反抗的でね……従順に躾けていた最中に、あなたに奪われてしまったのですよ」
「そんなことのためにアレンを……!!」
出会った時のアレンを思い出して、拳を握りしめた。
「いやはや、感服しましたよ。彼をよく手懐けておられる。わざわざ王都まで出て来た甲斐がありました。どれだけ子供を攫っても、彼より適正のある人間は見つからなかった。もう一度アレン・ミリオンを手中に収めようにも我々では最早制御など出来ない……そこで目を付けたのがロザリア嬢、あなたです。あなたを人質にすれば、彼も素直に言うことを聞いてくれるでしょうな。その時こそ、私の名が白の神も黒の神をも超えた絶対神として歴史に刻まれる!!!」
馬鹿げている。
すぐにアレンとオズも地下室の存在に気付いてくれるだろう。
こんなくだらない思想の人間に、8年もの猶予を与えてしまった責任を取って終止符を打とう。
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やっと書くことができました!
本当に一生終わんないかと思いました。人間の心理難しい。