良いことありました。
ヴェリタス通りまでは馬車で1時間もあれば着くことができる。
まだ昼を過ぎたばかりなので2、3時間は余裕で見て回れるだろう。
まだ仕事の残っているテオを置いて城を出た。
「……少しは元気出たか?」
「へ?」
「お前の事だから、どうせ犯人達のこと気になってたんだろ?最近ずっと暗い顔してたからな」
だって、嫌でも気になってしまう。
アレンを助けたことは決して後悔していない。
けれど、だからって他の人が犠牲になってしまったことを仕方ないとは思えないのだ。
「……うん、本当は今も飛び出して行きたいくらいよ。でも私が勝手に手を出すわけにはいかないし……もどかしいわ」
「それでも、こうやって出来ることくらいあるんだ。大人しく待ってるだけなんてお前らしくねぇよ。俺はお前の無茶に付き合わされんのには慣れてるしな!」
「わっ」
オズは私の頭をわしわしと雑に撫でながら、にっと笑った。
慰めてくれたようで、少し救われた。
秒でアレンに叩き落とされたが。不憫な。
ヴェリタス通りに着くと、本当に人で賑わっていた。
可愛らしいアクセサリーのお店や食べ歩きの出来る屋台など、確かに若い子に人気のありそうなお店が集まっている。
夜にはバーになるレストランもあるようだ。
これでは目撃情報も出さず誘拐なんてことも出来はしないだろう。
こちらの世界では中々珍しい光景だなと思いながら歩いていると、見覚えのあるピンクの髪が目に入る。
「ルチア!」
「えっ……ロザリア様!」
声をかけるとやっぱりルチアだった。
良いことって、ひょっとしてこれか。
なるほど、さすが乙女ゲームのお助けキャラ。ダグラスは夏休みの遭遇イベントの発生を教えてくれていたらしい。
「偶然ですね! お買い物ですか?」
「うーんとね、良いことがあるって言われて来たの。そしたらルチアに会えたから、本当だったみたい」
「ロザリア様……! 私も来て良かったです! ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。折角だから少し見て帰りましょう」
ルチアも交えてひとつひとつお店を眺めていく。
今日ルチアは自分用の服を買いに来たらしい。
男爵家で仕立ててもらえるのでは……と思ったが、ルチアにはこちらの方が余程楽しいようだ。
そして私も、久しく忘れていたウィンドウショッピングを楽しんでいる。
「これルチアに似合いそう!」
「わぁ!可愛いですね!それにします!」
「早くない!?試着しようよ!」
ルチアに渡したのはさりげなくフリルとレースが使われた白のワンピース。
即決で買おうとしていたので店員に許可をとり試着室に押し込んだ。
「……女の買い物って大変なんだな……」
「まぁ……ロザリアが楽しそうだからいいけど……」
すっかり取り残された男共に謎の友情が生まれている。
あちこちと振り回してしまって申し訳ないが、もう少しだけ付き合ってもらおう。
「どう……ですか?」
「えっ似合う……可愛い……」
「え、えへへへ、じゃあこれに決めちゃいますね!」
試着室から出てきたルチアはワンピースがよく似合っていた。可愛い……家に飾りたい……。
はにかみながら試着室に戻ったルチアを名残惜しく思っていると、先程まで後ろでげんなりしていたオズが私の肩を抱き寄せて耳元に顔を近付けた。
「ロザリア……誰かに見られてる」
「えっ、誰かって……もしかして、教団の……!?」
「だろうな」
「なんで、ここに……」
これだけ人が多くて、今まで誘拐犯の目撃が少なかった場所だ。
なぜ今日に限って……。
「それはわかんねーけど、たまたまってわけじゃないだろうぜ」
「私がマークされてたってこと……?」
この間のことが誰かに見られていたんだろうか。
少なくともエルメライト家の領地で起こったことだ。頻繁に視察に出ている私が目を付けられてもおかしくはない。
「……捕まえて来ようか?」
「ま、待って!だめよアレン、それより兵の詰所に相談に行くとか……」
「おい、なんのために俺がいると思ってんだ。今回はテオが総指揮を任されてるからな、俺にも逮捕権が持たされてんだよ」
「……そう、ならアレンとルチアを先に帰してそのあとに取り押さえましょう」
「僕も行く」
「アレンはルチアを守ってあげて、お願い」
私と一緒にいたことでルチアを巻き込むわけにはいかない。
必死に頼み込むと、アレンは漸く承諾してくれた。
「ロザリア様?どうかされたんですか?」
ワンピースの購入を終えたルチアが不思議そうな顔で戻ってきた。
「ううん、なんでもないの。私は少し行くところが出来たから、ルチアは先に帰ってくれる?アレンに送らせるわ」
「それは構いませんが……」
「じゃあ、よろしくね」
2人を置いて足早に店を出た。
気付いていることがバレないように、なるべく後ろを振り返らず自然な感じを装って足を進める。
「……ついてきてる?」
「ああ、いるな。ちょっとペース上げるぞ」
オズが私の肩を抱き歩く速度を上げた。
足の長さが違いすぎて、肩を掴まれていなければすぐに置いていかれそうだ。
「そこの路地に入って待ち伏せる」
「了解」
比較的人の少なそうな路地を選んで曲がる。
角で身を潜めていると、すぐに慌てた様子の男が駆け込んできた。
「よっ……」
一撃。
オズが男の鳩尾に拳を入れると、一言も発することなくその場に伏してしまった。
「……凄い。早かった」
「俺だって毎日鍛錬してるからな……でも、悪い気はしねーな」
オズはいたずらっぽく笑うと男を肩に担ぎ上げる。このまま兵に突き出して王城まで護送させる予定だ。
こんな話を聞いたら、今度こそテオに監禁されそうだな。
オズと2人で兵の詰所へ向かうと、アレンとルチアが待っていた。
「あのあと、怪しい方に絡まれまして……」
「えっそうなの!?大丈夫だった!?」
アレン達の方へも教団の人間が行っていたようだ。
巻き込まないようにと思ったのに……。
「当然……こいつらのせいでロザリアと離れることになったと思ったら腹が立ったから、潰して持ってきた」
「アレン様がロザリア様から離れるなんて何かあると思ったら、こういうことだったんですね。ロザリア様が狙われるなんて……私に出来ることがあればなんでも言ってください!」
「……とりあえず、2人が無事でいてくれたならそれで充分よ」
ルチアは私の手をとって心配そうな顔をしている。
こうやって気にかけてくれる人がいると思うと、私自身を囮には使えないよなぁ。