手紙を出しました。
ひとまずダグラスに何が起きるのか確かめようと、手紙を送ってから数日。
そろそろ返事が来てもいい頃なのにと、自室で手持ち無沙汰に本のページをめくっていたらアレンが訪ねてきた。
「ロザリア……父様が呼んでる」
「お父様が?わかった、すぐ行く」
待っていた手紙が来たのかと思ったら、呼び出しの連絡だった。
心なしかアレンの機嫌が悪いように見える。
何かお説教されるようなことしたっけ……。
そのまま何故か一緒に着いてきたアレンは、書斎机に座っていたお父様の横に立った。
これは本格的に何か問い詰められるのか。
あと、お父様が貧乏ゆすりのし過ぎでえらいことになっているのが気になる。揺れすぎ。
「……ダッ、ダダダ、ダグラスくんというのは、友達かな……? お父様もアレンも聞いたことがないんだが……」
「ああ、隣のクラスの子ですよ。怪しい連中が動いてるって噂を教えてもらったのがその子なので、手紙で詳細を聞いてみたんです」
やっぱりダグラスからの手紙だったようだ。
知らない名前から手紙が来たからって、何もそこまで動揺しなくても。
「ほ、本当にそれだけかい? 何か隠してることは……」
「ありません」
キッパリと宣言すると、お父様は見るからに安堵した。
「なんだそうか!! ははは!! そうだと思ったんだ!! いやぁ!! …………燃やさなくてよかった」
「お父様?」
ほっとしたように小声で呟いたお父様だが、バッチリ聞こえてるんだよなぁ。
ていうか、燃やすつもりだったんかい。何してくれようとしてんの。
慌てて書斎机からダグラスの手紙を取り上げた。
「……なんて書いてあるの」
「えっと、ちょっと待ってね……何があるかはわからないけど、俺が話を聞いたのは王都の西側にあるヴェリタス通りだったかな。行ってみたら? 良いことあるかもよ……だって」
良いことってなんだ。
でもダグラスが言ってきたってことは、きっと何か重要なことがあるんだろう。
私が……確かめに行かなきゃ。
「お父様、今から王宮に行って参ります」
「ああ、わかった。充分気をつけるんだよ」
「……僕も行く」
「アレンは待ってて」
「なんで」
「なんでって……言われても、その、あんまり気分が良くない話をするっていうか……」
アレンにとってあの事件はトラウマだ。
今だって私から片時も離れようとしないくらい心に傷を負っているというのに、残党がまた同じことをしようとしているなんて話は聞かせられない。
「……ミリオン家に出入りしてた連中が関わってることならもう知ってるよ」
「えっ……どうして……」
「父様に聞いた」
「アレンもロザリアに敵意を向けた人間を許してはおけないと言うからね。大丈夫、うちの子はそんなに弱くないさ」
余計なことをとお父様をじろりと睨むと、なんて事ないように答えが返ってきた。
「ロザリアがいるから僕なら平気だよ。そんな気を使われて置いて行かれる方が嫌だ」
「……そっか、じゃあ一緒に行こ」
お父様が大丈夫だと判断したのだ。
アレンだって向き合おうとしているのに、私が信じないでどうする。
嬉しそうに微笑んだアレンと、城に向かう馬車へ乗り込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「それでアレンがここにいると……まぁ本人がいいならいいけど。それで、ダグラスなんて名前初めて聞いたんだけど」
「いやそこ?」
テオに手紙の話をしに来たのに、お父様と同じことを聞かれた。
また同じ説明を繰り返す。
「ふーん……どこまで信用できるんだか。身辺調査しておこうかな」
……ごめんダグラス、なんか面倒なことになりそう。
怖い人に目を付けられたよ。
「……で、その場所に行きたいんだけど……」
「駄目」
即答か……。
まぁこうなるとは思っていた。しかしこの間のことがあるのであまり強くは出れない。
「おい、そんな頭ごなしに否定してないで理由くらい聞いてやれよ」
「あのね……遊びで行くのとはわけが違うんだ。どんな理由があっても関係ない。そんなに気になるなら僕が兵を出して調べさせる」
どうにか許可を得られないかと考えていたら、オズが味方してくれた。
けれどテオは折れない。でもきっとそれじゃ駄目だ。
私が行かなければ、話は進まないんだと思う。
「そんなこと言ってたらこいつなんも出来ねえだろ」
「その通りだよ。ロザリアは何もしなくていい。全てが解決するまで家に閉じこもっていて欲しいくらいだ」
「はぁ? 本気で言ってんのか? こいつがそんなタマかよ」
「本気だよ。少しでも危険があるかもしれないところには行かせない」
「ロザリアの意思も尊重してやれって言ってんだよ!!」
段々と険悪な雰囲気になってきた。
睨み合う2人の間に恐る恐る割って入る。
「あの、2人とも、私はもういいから……」
「ロザリアは黙ってて」
「お前は黙ってろ」
「はい」
いやこれ無理だ。
どうしたものかと思っていたら、部屋にノックの音が響いた。
「……入れ」
「失礼します……おっと、お客人が来ておられましたか。改めましょう」
入ってきたのはロマンスグレーの似合う朗らかな初老の男性だった。
彼は確か……デリクトラ辺境伯だ。国境沿いの領地にいるため殆ど会うことはないが、昔一度挨拶を交わしたのを覚えている。
「いや、彼女達には聞かれても構わないよ」
「不躾な質問ですが、彼らは?」
「魔術式の解析をお願いした商会の主人と8年前の事件の当事者だ」
「というと、エルメライト家の……」
「ロザリア・エルメライトです」
「いやはや、時が経つのは早いものですなぁ。前にお会いしたときは可愛らしいお嬢さんだったというのに、すっかり美しいレディになられて……」
「まぁ、お上手ですこと……って、ちょっと!! アレン!!! あなたもちゃんとご挨拶しなさい!!!」
「はっはっは、随分と仲睦まじいようで。何よりですな」
アレンは私を覆い隠して威嚇している。
デリクトラ卿がいい人だったから笑って済ませてくれているけれど、礼儀はきちんと弁えるように言っておかなきゃ。
「デリクトラ卿は今王都で捜査に協力してくれているんだ」
「私も……息子を奴らに奪われましてな。少しでも早くこの事件を終わらせたいのです。そしてこの手で息子の無念を晴らしてやりたい……」
先程とは打って変わって、悲痛な面持ちで語るデリクトラ卿に胸が痛くなった。
彼の息子さんも誘拐されてしまったのか……こういう人が、あと何人いるんだろうか。
「これ以上被害が拡大する前に何としても食い止めよう。……それで、用件は?」
「おお、そうでしたな。誘拐された子供と今まで捕らえた犯人達の目撃証言を、地図に纏めて参りました」
広げられたこの国の地図には赤と青で印がつけられていた。
赤が子供が攫われたと思われる場所で青が犯人の顔を見たという証言が得られた所らしい。
「……ヴェリタス通りの周辺には殆ど印がないな」
「あそこは夜でも人通りが激しいですからな、犯人もわざわざ近寄ったりはしないと思いますが……何かあるんですかな?」
「私の友人がその辺りで怪しい人達がいるって噂を聞いたらしいんです」
「色んな人間が出入りする分、噂も多い場所ですからなぁ。特にあそこの通りには若い女性に人気の店が多いんですよ。お嬢さん方は噂好きでね」
「そういえば、デリクトラ卿も今はあの辺りに屋敷を構えてるんだっけ?」
「ええ、私も毎日あの通りを利用しておりますが治安はいいところですよ」
ヴェリタス通りはどうやら犯罪とは遠い存在らしい。
ダグラスの言う良いこととは、事件に関係のないことなんだろうか。
もう、ハッキリ何があるか教えてくれればいいのに。
「だってよ、テオ。まだ止めるか?」
「止めるね。僕はロザリアに極力出歩いて欲しくないし」
「ははは、殿下はロザリア様のことを大切にしてらっしゃるんですな。けれど心配ご無用。あそこなら常に人目があるので安全でしょう」
「デリクトラ卿まで……はぁ、分かったよ。ただし日が暮れるまでには帰ること。いいね」
「了解。よかったな、ロザリア」
「うん!!ありがとう!!」
後押しをしてくれたデリクトラ卿にも感謝だ。
何があるにせよ、早く行って早く帰ってこよう。
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大切だから閉じ込めておきたいテオと大切だから自由をあげたいオズでした。




