魔王様を攻略します。
「夏休みー!!!」
今日は終業式。午前だけで学校が終わり、明日からは1ヶ月ちょっとの夏休みだ。
社会人になると1週間取れればいい方なことを考えると、学生の身分が有り難く感じる。
夏休みには休日の街にお忍びで来ていた攻略対象とのイベントが発生するはずだが、もうそんな心配をする必要もない。
ルチアはルチアでシナリオにない恋をしてるのだ。
ヒロインの本気に敵う男はいるまい。
「……あれ、ルチアは?」
「追い付いてなかった礼儀作法の授業の最終テストって言ってたぞ」
「えーそっか……夏休みの予定を立てようと思ったのに」
「なら僕と旅行でも行く?」
行くわけない。
テオの王子としての自覚とかどこに行ったのかしら。
「何言ってるの! 領地の視察にお世話になってる取引先巡りにやることは山積みなのよ!! 旅行に行ってる暇なんてないわ!!」
「残念、気が向いたらいつでも声かけてね」
「はいはい、そのうちね」
「なー、どこに昼食い行く?」
燃費の悪いオズはもう昼ご飯のことしか頭にないようだ。
「あ、私まだやることあるから。先帰って」
「……待ってる」
「いつ戻れるか分からないからダメ。アレンもテオ達とご飯食べてきて」
アレンは納得いかない顔をしているが、今日は大事な用があるのだ。
最後の懸念を払拭するために。
「明日から休みだっつーのに何の用があんだよ」
「休みだからよ。学園の隅にある教会へ神様に会いに行くの」
「……やべえ宗教にでもハマったのか?」
「違う!!!」
「……で、さっきから気になってたんだけどロザリアの持ってるそれは何?」
「え? おかもちだけど?」
おかもちとはラーメン屋の出前でよく見るアレである。
内部で冷蔵と保温が出来るハイスペックバージョン。
今日のためにユリウスに頼んで超特急で作って貰ったのだ。
「おかもち……」
「じゃあ私行くから。またね」
◇◇◇◇◇◇◇◇
歴史ある学園の中でも一際古めかしい、白の神が祀られた教会。
この下に魔王の棺は眠っている。
「頼もー!!!」
重厚な扉を開けて中に入るが、誰もいる様子はない。
元々宗教に熱心ではない国民性も相まって、ここはもう殆ど忘れ去られた形だけの礼拝堂と化している。
この世界の創世記を象った美しいステンドグラスだけが迎えてくれた。
埃っぽい空気をすぅっと吸い込む。
「まおっ……君によく似た男の子ー!!! いませんかー!!!」
……だめか。
ここでなら呼び出せるかなと思いっきり声を張ってみたが、あたりは依然として静寂に包まれたままだ。
「黒髪のー!!! 謎の少年くーん!!! おーい!!! 聞こえますかー!!!」
「……なんだその呼び名は」
「うわっ出た」
駄目元で叫んでみてはいたが、本当に出て来てくれるとは。
おばけみたいに夜しか出ないのかと思った。
「本日はまお……君によく似た少年にお話が」
私の最後の懸念。処刑される決定打。
この間の夜、意外と話せるということが分かった魔王様だ。
「はぁ……もういい、マオと呼べ」
「え? いいんですか?」
「ああ……似てるんだろ」
似てるかどうかは私にもわからない。
けれど呼び名を決めてくれるのはありがたい。
「では改めましてマオ君。お話してくれますか」
「……貴様の名は」
「ロザリアです。ロザリア・エルメライト」
これは了承してくれたと受け取っていいんだろう。
自己紹介もすんだところで、私による私のための人類のポジティブキャンペーンが開幕した。
「……なんだこれは……」
「あ、もしかして人間の食べ物って食べれなかったりします?」
ずらりと並べたのはパンケーキにタルトにハンバーグにサンドイッチ……とにかく思いつく限りの私の好物だ。
このためのおかもちである。
男を捕まえるなら胃袋からって前世の母も言っていた。
「そんなことはないが……もう誤魔化す気ないだろうお前」
「あはは〜……なんのことやら」
これはマオ君の正体に気付いていたことバレてるな。
でも核心に触れたくないので知らないふりで通させてもらう。
「……これが甘い、というものか」
「そうですね。しょっぱいのもありますよ。ハンバーグとかどうですか?」
マオ君は一生懸命パンケーキをもぐもぐしている。可愛いな。
食べ終えた口にハンバーグを運んであげた。
「……これがしょっぱい……」
「好きなのはありましたか?」
「これ、ハンバーグ……? これが好きだ」
「しょっぱい方が好きなんですね、それともお肉かな?」
次はお肉系で攻めるか。
それとも少年の見た目だからオムライスとかのお子様が好きそうなやつがいいのかな?
「……お前はこんなことをしにここに来たのか」
「え? そうですね、今日の用事はこれだけです」
「気配だけじゃなく頭まで変わってるんだな」
……なんだろう凄い暴言を吐かれたよね今。
ハンバーグ食べてる魔王に変わってるとか言われたくないわ。
「マオ君ならなんで私がここにいるか分かりますか?」
「さぁな……何千年と眠っていた私には分かることの方が少ないだろう」
まぁそうだよね、最近目覚めたばっかりだし。
神様なら何か知ってるかと思ったけど、そもそも理由を求めるだけ無駄だ。
「よし、じゃあ今日はこの辺で帰りますね。また来ます」
「……好きにしろ」
来た扉を開けて外に出れば眩しい光に照らされた。
振り返ると薄暗い室内に少年が一人。もの悲しい景色だ。
「……あの、人間が憎いのは分かってるんですけど……滅ぼす前に少しだけ、世界を見てみる気はありませんか」
マオ君に向かって手を伸ばす。
辛い過去を忘れろとは言えないが、少しでも人を知ってもらいたくなった。
「……おい待て、別に人間を滅ぼそうなんて考えてないぞ」
「え」
「あ、ロザリアまだいたね」
前提をひっくり返すような発言に衝撃を受けていたら、よく知った声が聞こえた。
「みんな、何でここに……帰ったんじゃなかったの!?」
「食堂で昼食ったから探しに来たんだよ。神様ってその子がか?」
マオ君をゆっくり人に慣らそうと思ってたのに、なんで今日に限って……!
「あっ……そうだ、ルチアは……っ」
「私がどうかしましたか?」
タイミングが良いのか悪いのか、オズの後ろからルチアがひょっこり顔を出した。
「通りかかったら皆さんお揃いだったので……こんなところで何かあったんですか?」
まずいまずいまずい。
同じ学園内にいたのに細心の注意を払わなかった私の失態だ。最悪の顔触れである。
「……英雄の子孫に我が半身、か」
「待って、マオ君、違うの……!」
「ロザリア、お前もそちら側の人間なら二度とここへは来るな」
苦々しげに言い捨てたマオ君が背を向けると、教会の扉は乱暴に閉まってしまった。
「わ、私のせいでしょうか……」
「……違うわ、マオ君今日はちょっと機嫌が悪かったみたい。さ、帰りましょ! 今度私がちゃんと謝っておくから!」
これで私も敵として認識されてしまったか……。
出来るなら、マオ君にも幸せな結末があればいいのに。
魔王は人を滅ぼす気は無いと言った。
それは戦わずに済むということなのか、それとも……。
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気付けば10万字を超えてました。ここまでお付き合い頂き本当に感謝です。