蝶々しいです。
「あらぁ、ごめんなさい。私ったらまだうまく魔法が扱えなくて」
「クスクス……大変、ずぶ濡れですわね」
どうやらこの水は彼女達の魔法によるもののようだ。
わかるわかる。練習してるとたまにこうやって失敗しちゃうのよね。
「このくらい全然大丈夫! 気にしないで! 私もよくオズを水浸しにしてたもの。何事にも失敗はつきものよ!!」
「はっ……!?」
「そういうところが……!」
グッと親指を立ててサムズアップしてみせた。
懐かしいなぁ、私が魔法を失敗してはオズが庇ってびしょ濡れになったり焦げかけたり落とし穴に落ちたり……。
早く魔法を習得しなければオズの身がもたないと気合が入ったものだ。
「……ロザリアに何をした」
「あらアレン、ルチアは?」
「終わった。いまあの教師に報告に行ってる。……そんなことより、なんでこんなに濡れてるの」
「えっ早過ぎない!? 凄いねアレンもルチアも。私はちょっと打ち損じに当たっちゃっただけよ」
「……あいつらのせいか」
まるで話を聞いてない。
いや良くないところだけ拾って聞いてる。
「待って待って! この子達は失敗しちゃっただけなんだから怒っちゃダメよ! ね? そうよね?」
「そっ、そうです!アレン様!」
「私たち、そんなつもりじゃ……!」
「黙れ」
まずい全然とり合ってくれない。
魔力の感知ができなくてもわかる。アレンがやばい魔法を使おうとしている。
「お待ちください」
どこからか、ルチアが間に割って入ってくれた。
ひとまずアレンを止めることが出来たようだ。
ルチアありがとう!!流石ヒロイン!!!
「彼女達の始末は私が付けるので、この場は譲って頂けませんか?」
親指でくいっと後方を指すルチア。
なんか最近仕草が男前過ぎやしない?大丈夫?
「……は? 関係ないやつは引っ込んでなよ」
「このままじゃロザリア様が風邪を引いてしまいますよ。アレン様はロザリア様を医務室に連れて行ってあげてください」
「……あとでこの落とし前はつけるから。ロザリア、行くよ。掴まってて」
そう言うとアレンは自分が濡れるのも構わず私を抱え上げた。
おお、お姫様抱っこ。
アレンたら……私より小さかったのにいつのまにこんなに力持ちになって……。
医務室まで運ばれた私は、落ち込んだ様子のアレンにわしわしとタオルで拭かれている。
自分で出来ると言ったが聞き届けられなかった。
「……僕が目を離したから」
「私がアレンにルチアをお願いしたのよ。ただの水だし大丈夫よ」
「ロザリアに何かあったらやだ」
「ふふ、私愛されてるわね」
「うん……愛してるよ」
随分心配をかけてしまったようだ。
慈しむような目で見られると流石に気恥ずかしいものがある。
私が姉でいるのも、そろそろ潮時なのかなぁ……。
「……あのねアレン、弟じゃなくなったらって言ってたでしょ? あれね、やっぱり私はアレンだったらなんだって大好きなんだよ」
「……ほんとに? 弟じゃなくても……?」
「うん。寂しいけど、弟やめてもいいよ」
まさかこんな形でアレンとの関係が変わるとは思わなかった。
けれど、いつこうなったっておかしくなかったのかもしれない。私が見ないふりをしていただけだ。
「じゃあ、僕と……!」
「……でも知らなかったわ、アレンがお兄ちゃんになりたがってたなんて」
「…………は」
「え? 違うの? 弟じゃなくなるって、お兄ちゃんの方がいいってことでしょ?」
今ではアレンも私よりずっと背が高い。
私が小さかったアレンを弟みたいに思ってたように、アレンも私のことを妹みたいに思うようになったのかと。
お母様からも私のお目付役に任命されていたし。
やたらと私にくっついてたのも、お父様みたいな過保護からくるものだというなら納得だ。
「……ばか、ほんとばか。信じらんないんだけど」
「いひゃい」
なんでー!?
アレンは物凄く不機嫌な顔で私の頰をつねった。
「はぁ……いいよ、もう暫くはこのままで」
「え、いいの? まぁ私も今更アレンのことお兄ちゃんとは思えないけど……」
「思わなくていいから」
えーんまた怒ってる。キレやすい若者だ。
水気を取り終えたアレンに強めのドライヤー魔法を正面から当てられた。絶対これ顔ブスになってる。
大人しく乾かされていると、ノックの音が聞こえた。
「ロザリア様、入っても大丈夫ですか?」
「ルチア! 来てくれたの。ええ、大丈夫よ」
入室の許可を出し扉が開いたかと思うと、先程の2人が飛び込んで来て瞬時に頭を下げた。
「「ロザリア様!! 申し訳ありませんでした!!!」」
「えっちょっと、そんなに謝らなくてもいいのよ?誰だって失敗くらいするし……」
「いいえ!! たとえ故意でなかったとしても、ロザリア様を濡らしてしまったのは事実です!!」
「失敗の一言で許されることではありません……! どうか罰を……!」
「ルチア!? 一体何をしたの!?」
「ほんの少しお話させてもらっただけですよ」
嘘だ!! 絶対嘘だ!!!
お話だけでこんな風になるもんか!!!
ルチアはのほほんと微笑んでいるが止めてくれる気はないようだ。
「えっと……もう大丈夫だから、顔を上げて?次成功できるように頑張りましょう、ね?」
「「なんて慈悲深い……」」
「よかったですね、ロザリア様!」
地面に着く勢いで頭を下げていた2人は、今度は祈るように涙を流し始めた。
この状況にさっきからずっとにこにこしているルチアが怖い。
きっとこの子も敵に回しちゃいけないタイプの人間だ……。
私が悪役令嬢やってても負けてたかもしれない。今は味方で本当に良かった、と息を吐くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……あれ、なんでわざとやったって言わせなかったの。気付いてたでしょ」
「ええまあ。けれどロザリア様に余計な気苦労をかけるべきではないと判断しました」
「……ふーん」
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「アレンお兄ちゃん♡」
「…………(満更でもない)」
自分に向けられた感情に鈍感なロザリアでした。
ルチアは強火なロザリア担なので説法しただけです。
このあと庇い損ねたオズが膝から崩れ落ちます。