とある秀才子息の独白。
俺には尊敬する人物が二人いる。
一人は宰相でありながらコールマン公爵家の当主を務める俺の父だ。
そしてもう一人は憲法の基礎を築いたとされる革命家、ノストラダムス・ミシェルド。
今俺はそんな偉人の名を冠した猫を抱き目標である父の書斎の前にいる。
「勢いで連れてきたはいいが……」
入るのか、書斎に。猫を抱えて?
どうかしている。頭が痛くなってきた。
何をしてるんだか、俺は。
溜息を吐きながらこんなことになった原因の女を思い出す。
「革命、起きるといいわね……ふふっ」
「この期に及んでまだ笑うか貴様は」
「あ、痛い痛い!!! やめてー!!!」
あぁ、思い出したらまた腹が立ってきた。
やはりあのときに頭蓋を粉砕しておくべきだったな。
ことの始まりはひと月ほど前。
父上が突然学園の初等部に編入しないかと言い出した。
今更学ぶことなどない初等部の、それも最終年度に通う意味が全く分からない。
体良く厄介払いされているのかとすら思った。
しかし父上が言うには今年入学するエルメライト家の令嬢なら俺と話があうだろうからいい刺激になるだろう、とのことだった。
エルメライト家の令嬢といえば社交の場に殆ど出ない俺の耳にも名前が入ってくる令嬢だ。
父親である当主にあれこれと指示を出し領地経営の一端を担っている小娘。
日々研鑽を積んでいる俺でさえ父上が任せられるものではないと判断されているのに、エルメライト家は随分と杜撰な経営をしているに違いない。
そうでなくともキャンキャンとやかましい女なんかと話すことは何もない、と思っていたがあいつは俺の想像より遥かにやかましかった。
姿を見かけたので声を掛けてみると友人を侮辱されたのが気に入らなかったのか、やれここが凄いだのどんな努力をしているだの聞いてもいないことを叫び散らしたあとにドライヤーを作りに来た、と言った。
俺ですら聞いたことがないものをあまつさえ作ろうとしているのが気に食わず、説明をさせたら温風の出る魔道具などと滅茶苦茶な話をしてきた。
風の魔術に熱いも冷たいもあるものか。そう思ったがこんな女の想像しうるもの程度再現できないのも癪に触る。
丁度良い、この生意気な女を黙らせてやろうと今までの知識を総動員し魔術式の設計を始めた。
だというのに、あの女は基本的な知識もないくせに隣で喚き立ててくる。
おかげで久しぶりに大声を出す羽目になった。
完成をさせたらさせたで今度は人の話も聞かず勝手に商会を立ち上げるなどと抜かす始末だ。
どこまで自分勝手なんだ。
あまりにもしつこいので父上に確認をとれば、そんなことより今すべきことを探せと言われた。当然の判断だ。
いくら考えても最善が見つからず焦っていたとはいえ、あの女に相談なんてしたのは失敗だったな。
俺にまでわがままを言えと言ってきた。
挙げ句の果てに、猫まで押し付けられて……。
お前と一緒にするんじゃないと一蹴すればよかったものを、乗ってしまった俺も俺だが。
「にゃ」
「あっおい、こら!!!」
いつまでも立ち尽くす俺にしびれを切らしたのか、ノストラダムスが腕からすり抜けて書斎の扉を引っ掻き始めた。
くそ、これだから動物は嫌なんだ。
「どうしたユリウス。一人で騒いだりして……ん? 猫か?」
最悪のタイミングで父上にばれてしまったようだ。
扉が開いて転がったノストラダムスを父上が摘み上げた。
「……申し訳ありません、父上。俺が連れ込みました。」
「お前が……珍しいこともあるものだな。しっかり面倒みるんだぞ。こいつには首輪を用意してやろう。」
「……飼うんですか?」
「なんだ? そのつもりでここまで来たのではないのか?」
「いえ、その通りですが……」
てっきりすぐに捨ててこいとでも言われるかと思っていたので拍子抜けだ。
ノストラダムスを抱える父上は心なしか機嫌がいいように見えた。
……今ならまだ、言えるかもしれない。
「父上、お話があります」
「猫以外にか? わかった、部屋に入りなさい」
書斎に招き入れられソファへと腰を下ろす。
父上はノストラダムスを離す気がないようで、膝の上に落ち着けていた。
「昨日の商会を立ち上げると言ったお話ですが、もう一度お願いに来ました」
「お前がそんなこと言うなんて初めてだな。……何か理由があるのか」
「……、それは……」
理由。理由か。こっちが聞きたいくらいだ。
別にあいつに付き合ってやる義理もなければ公爵家の人間としてやらなければならないことでもない。
俺がこんな風に父上に刃向かうような真似をする理由など、どこにもないのだ。
それなのになんでわざわざ俺は猫なんて抱えてここまで来たのか。
考えがまとまらないな。父上を、自分を納得させられるだけの理由が見つからない。
……やりたいことはやりたいと言う、か。
「……俺が、やりたいからです」
こんなことを言うなんて馬鹿げている。
しかし不思議と高揚している自分がいた。どうやら俺もあの女に毒されたらしい。
父上は少し目を見開いてまたすぐに真剣な顔に戻った。
「……そうか、お前がやりたいのか。何を作ったのか、教えてくれるか。」
「はい。アイデアはエルメライト家の令嬢のものですが、中の魔術式は俺が作りました。ドライヤーという髪を乾かすための道具だそうです。風属性と火属性の術式を2層にすることで温風が出る一つの魔術式を展開しています。火属性の術式で風属性の術式そのものに熱を発するという指令を送ってやることで風に温度を与えることが可能になりました。魔力の絶縁体も組み込んであるので切り替えを行えばただの風を起こすこともできます。温風を出すことをエルメライト家の令嬢が断固として譲らなかったもので、苦労致しました……」
家にある魔術に関する本を論文から戯言の類まで全て引っ張り出し、検証に検証を重ねようやく辿り着くことができた術式だ。
そのせいで徹夜になったが今もまだ試したいことが尽きていない。
「ふっ……お前のそんなに楽しそうな顔は久しぶりに見たな」
「……楽しそうな顔をしていましたか」
「なんだ、気付いていなかったのか」
いい加減呆れられるかと思ったが父上は俺を見て可笑しそうに笑った。
「なぁユリウス、私の仕事を手伝う気はあるか?」
その言葉は俺が散々待ち望んでいたものだ。
答えは言うまでもない。しかしなぜ、こんな話をした今なのか。理由がわからなかった。
「いいのですか?」
「ああ、私はお前を誤解していたようだ。私は今まで父である私の仕事が忙しいばかりに、お前が無理して大人になろうとしているのだと思っていた。だが今のお前を見ていてわかった。お前は本当にやりたくてやっていたのだな。ならばそれを認めてやるのが親というものだ。もっと早く話をしていれば良かった。遅くなってしまってすまない」
まさか父上がそんな風に思っていたとは思わなかった。
ずっと俺が不甲斐ないせいだと……ああ、本当に何も伝わっていなかったんだなと痛感した。
全てあの女の言う通りになっていると思うと少しの苛立ちを覚えるが。
「ロザリア嬢には感謝しなければな。あの子のことは王子が狙っているようだが……どうだ? お前も婚約者に名乗りを上げるか?」
「……絶対にお断りします」
誰があんな身勝手な女に。
けれど、王妃にするには勿体ないな、なんてふざけた考えが頭をよぎった。
ブックマーク&評価ありがとうございます。
ユリウス編これにて終了となります。
明日から少し閑話を挟んでいよいよゲーム本編に入りたいと思います。長かった。
今後の参考になんでも構わないのでここまでの感想と評価を頂けたら幸いです。
この先を書く糧に致します。よろしくお願いします。