6話
どうするか、今後のことを考えると宮田さんにはレベルを上げてもらって、ある程度自衛できるようになってもらう方が良いかもしれない。自分は図鑑を完成させるという目標があるので、ずっと付きっきりというわけにもいかない。
「宮田さん、無理にとは言わないんですが、ゴブリンを倒してみませんか? 自分がサポートするので」
宮田さんにモンスターを倒すと、死体は残らず霧になって消えること、今の自分なら恐らく押さえ付けて身動きできなくできることを伝える。また、レベルを上げることで身体能力も上がり、いざと言う時には逃げられる可能性が高くなることを伝えた。
少しの間悩んだ宮田さんだったが、覚悟を決めたようで、お願いします。と頭を下げてきた。
作戦としては、いつものように棍棒を無限収納で取り上げて、自分が取り押さえる。そこで、小力を受けた宮田さんが棍棒で殴り倒すという感じだ。刃物は下手に扱うと自分を傷付けてしまうし、弓なんかは素人では当たらないだろうということで、棍棒を使うことにした。
魔法を使うというところで、また宮田さんが驚いていた。佐藤さんは魔法使いだったんですね、と言うので何故かダメージを受けた。
「それじゃあ、準備は良いですか?」
問い掛けると、棍棒を両手で握りしめてコクコクと頷く宮田さん。肩まである髪を、邪魔にならないようにと後ろで纏めている。強化は掛けてある。そっと、ドアを開け収納で棍棒を取り上げると同時に、慌てるゴブリンに駆け寄り地面に押さえ付ける。当然、暴れて抵抗するが、ゴブリンは体長1m弱しかないうえに、力でもこちらが圧倒している。
「宮田さん!今です」
「は、はい!」
宮田さんが駆け寄り、棍棒を振り下ろす。一撃では倒せなかったが、二発めでゴブリンは霧となって消える。ドロップは無い。
命を奪った恐怖か、短い時間だったが戦いの興奮か、震えている宮田さんに声を掛ける。看護師という、人の命を助ける職業を目指している彼女には、たとえモンスターでも命を奪うのは辛いことかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「怖かったですけど、平気です。佐藤さんの助けもあったので」
と、ぎこちなく微笑む宮田さん。全然平気そうではなく、こちらに心配を掛けまいと強がっているように見える。
「それよりも佐藤さん、レベルが1になりました! スキルの所に初級回復魔法って有ります。私もスキルを覚えることができました。ありがとうございます」
話題を変えるように、レベルアップとスキルを報告してくる宮田さん。やはり、レベル1になるとなんらかのスキルが覚えられるようだ。
(しかし看護師を目指していた彼女が回復魔法か、初期スキルはその本人の職業や趣味嗜好が反映されるのかもしれないな)
「あっ、佐藤さん。腕を怪我しています」
「ありゃ、本当ですね」
暴れたゴブリンの爪が掠ったのか、浅いが20cmほどの傷ができていた。何気に初ダメージだった。
「治療しましょう」
と、宮田さんに怪我をしていない方の腕を引かれて彼女の部屋に戻ると、自室の救急箱と、手を付けていない水のペットボトルを持ちこちらへ近づいてくる。
「あの、宮田さん。せっかくだし覚えた回復魔法を使ってみませんか?」
はっとした顔をする宮田さん。少し赤くなり、傷の洗浄はしましょう。と、腕を取り台所のシンクで洗ってくれる。
「沁みませんか?」
「大丈夫です。レベルが上がったせいですかね? 痛みもあまり感じなくて、言われるまで怪我したことにも気付きませんでした」
そう告げると、彼女は難しい顔をして、良し悪しですね、痛みは人間のセーフティー機能でもありますから、と言う。
確かに痛みはブレーキになる。戦闘中は気をつけるようにしよう。
傷口を洗い終えると、清潔なタオルで優しく水気を拭い、消毒をしてくれる。
「では、魔法を使ってみますね」
「お願いします」
初級回復魔法は、治癒、解毒、鎮静の3つらしく、治癒は傷を癒し、解毒は弱い毒を治し、鎮静は興奮状態を鎮めることができるようだ。
「では、治癒」
傷口に手をかざして、呪文を唱える宮田さん。詠唱や動きは必要無いのだが、初めてだしその方がイメージしやすいのかもしれない。
魔法の効果は劇的だった。浅い傷ということもあるのかもしれないが、見る間に傷が塞がっていき、カサブタさえできなかった。念のためと言い、解毒も唱える宮田さん。
「いや、凄いですね回復魔法。初級でこれほどとは。中級とかになるとどうなるんだろ」
「はい、お役に立てて良かったです」
ニッコリと笑う宮田さんは、先程ゴブリンを倒した後の笑顔より、とても良い笑顔に見えた。