1話
「なんか、えらいことになっとる……」
連休中、コツコツと進めてきたゲームをようやくコンプリートした後、買い出しに行こうと自宅のアパートの扉を開けるとそこには非現実的な光景が広がっていた。
街の彼方此方で煙が上がっていて、時折悲鳴のような物まで聞こえてくる。地震か、はたまたテロか。イヤホンをしてゲームをしていたので全く気付かなかった。
とりあえず情報収集と、災害であるならば避難場所の確認をと思い、ポケットからスマホを取り出そうとした時だった。
目の前で黒い霧のようなものが現れたかと思うと、ゴブリンが現れた。
「は? え? 」
突然のことに呆けていると、ゴブリンは手に持った棍棒を振りかざし襲い掛かってきた。
躱せたのは偶然か奇跡か、人間の生存本能か。咄嗟に横に飛び退いていた。
「グゲ、ギャギャ」
次は外さんとでも言っているのだろうか、此方に向き直り、にじり寄るゴブリン。このままではやられると思い、目に付いた消火器を手に取る。
消火器を構えて、ゴブリンと睨み合う。先に動いたのはゴブリンだった。
ゴブリン語で何か叫びながら飛び掛かってきたゴブリンを躱すと、棍棒を振り隙のできたゴブリンの後頭部に消火器を叩きつけた。
当たりどころが良かったのか悪かったのか、一撃で動かなくなったゴブリンは、手に持っていた棍棒を残して黒い霧となり消えていった。
「訳分からん……ゲームかよ」
手にまだ慣れない暴力の感触が残っている。ゴブリンは霧のように消えてしまい、死体が残っていないので幾分生き物を殺したという嫌悪感は薄い。
またゴブリンが現れたら堪らないと思い、武器として消火器とゴブリンが持っていた棍棒を拾い部屋に戻ろうとすると、頭の中に無機質な声が聞こえた。
<ゴブリンの棍棒を入手しました>
「完全にゲームだこれ」
まるでゲームのシステムメッセージのような内容を告げる謎の声に気をとられたが、取り敢えず部屋に入り鍵を閉め、チェーンを掛ける。
冷蔵庫から麦茶を取り出し一息吐くと、拾った棍棒に意識を向ける。ゴブリンが使っていた時より大きくなっている。まるで人間サイズに合わせたかのようだ。
「取り敢えず情報収集するか」
スマホでニュースや、某巨大掲示板を見ると、どうやらこの現象は今日の早朝から始まったらしく、世界各地でゲームに登場するようなモンスター、怪物が出現し暴れているらしい。
軍や警察の機動隊が対応しているが、突然黒い霧によって現れるため中々対応に苦戦しているようだ。
日本政府は避難を呼びかけ、警察や消防などが誘導しようとしているが全く手が足りず、被害は広がる一方らしい。
また、モンスターに襲われて亡くなった人は光になって消えてしまうと言う。
(消える? どういうことだろうか)
ほかにも掲示板の方に、気になる書き込みを見つけた。モンスターを倒したらレベルが上がったりスキルを手に入れた、と書いてある。
平時であれば、嘘乙で済ませる書き込みも、こんな異常事態が起きて居れば本当かもしれない。やり方は自分の状態を知りたいと考えるだけで良いようなので試してみる。
名前 佐藤 秀一
種族 人間
状態 疲労 睡眠不足
レベル 1
スキル 無限収納 ドロップ率アップ モンスター図鑑
「マジで出たよ。どういう原理だこれ」
視界にゲームのようなステータスウィンドウが浮いて見える。残念ながら戦闘系のスキルは無いが、3つスキルがあった。それぞれの詳細を見ていく。
無限収納は、名前そのまんま無限に物を収納できる。生き物は駄目らしい。ドロップ率アップもそのまんま。モンスターを倒した際にアイテムのドロップ率が上がるらしい。
そして最後のモンスター図鑑。これは倒したことがあるモンスターが図鑑に登録され、更にドロップしたアイテムも登録される。
「やばい、これは埋めざるをえないぞ」
ゲームなどでこの手の図鑑があるとついつい全部埋めたくなってしまう自分としては、非常にワクワクするスキルであった。
図鑑を見ると1番にゴブリンが登録されており、アイテム1がゴブリンの棍棒、アイテム2が力の結晶(小)になっている。ゴブリンはドロップ枠が二つのようだ。棍棒の文字は白く、力の結晶(小)は灰色になっている。白色が入手済、灰色が未入手というところだろうか。
「ゴブリンにもレアドロップがあるのか。しかし、さっきは偶々勝てたから良いけど、次も倒せるかはわからないな」
下手をすれば、最初の一撃で此方がやられていたかも知れなかったのだ。我ながら良く身体が動いたと思う。せめて、一つでも戦闘に使えそうなスキルがあればと思うが無い物は仕方がない。この先に期待しよう。
この非常事態だ、連絡が付くとは思えないが家族や友人に連絡をしてみるが、やはり繋がらない。一応メッセージだけでも送っておくが、インフラもいつまで保つかわからない。
さて、これからのことだが救助を待っていてもいつになるかわからない。このまま部屋に篭っていても、食料も底をつくだろうから、いずれは外に出なければいけない。
「取り敢えず、無限収納とやらを試してみるか」